前回のあらすじ。
『6年劇』の稽古。スパルタ式の水無瀬さんの演技指導は苛烈を極め、とくに主演の八洲野(やすの)さんをしごいていた。
水無瀬さんの専横(せんおう)ぶりはエスカレート。
しかし、稽古を見学していた脚本担当の愛が、堪忍袋の緒が切れたというわけではないが――「本気モード」を発動させ、水無瀬さんとの『対話』を試みはじめたのだった。
稽古が終わったあと、愛と水無瀬さんは、居残りで打ち合わせをしていたようだ。
打ち合わせ、というよりも――『ちょっと水無瀬さんの話を聞かせてもらえないかしら?』と、愛が要求した形で。
水無瀬さんに対する『尋問』――とは行かないまでも、ここはひとつ問い詰めてみようじゃないの……という意思を感じた。
彼女の独断専行ぶりを見かねたのか。
居残りで、タイマンで、脚本と演出は向かい合っていた。
もっとも、主導権は――完全に愛の手の中だった。
どんなふうにして、愛は水無瀬さんを問い詰めたのやら。
× × ×
帰宅後、夜、愛とわたしは通話していた。
「会議室にずいぶん居残ってたみたいじゃん」
『そうね。水無瀬さんと、ふたりきりでね』
「あんたが一方的に水無瀬さんを問い詰めてたんじゃないの?」
『物騒な言いかたしないでよぉ、さやか』
「だってさ、本気だったでしょ、あんた」
『なにが?』
「本気で水無瀬さんから話を聞き出したかったんでしょ。そんな気迫だったもん」
『――話って、具体的には』
「八洲野さんとのこととか。きちんと説明してほしいって思ったんじゃないの」
『あー』
「わたしだって――気になってるから。水無瀬さんなんであんなに八洲野さんしごくのか、あのふたりのあいだには、なにか因縁めいたものがあるんじゃないかってさ」
『さやかは勘がいいね』
「稽古の場にいる人間だったら、だれだって思うでしょ」
『そうかも』
「あんたが『話がしたい』って言ったのは、そういうことを問い質(ただ)したかったからなんでしょ?」
『そのことだけじゃないけど、『どうして八洲野さんをそんなにいじめるの?』とは訊いた』
「ほら、やっぱり」
『『むかし、なにかあったんじゃないの?』って、言ってみた』
「ずいぶんと愛も勇気あるね」
『だって、このままじゃダメになるじゃん、劇』
「まあいえてる」
『八洲野さんの主演も、水無瀬さんの指名だったんだし、事情があるのなら、きちんと説明してほしいと思ってた。筋を通す、っていうのかな……煮え切らないままは、イヤだったから』
「で、説明してくれたの?」
水無瀬さんは、いかにも強情なタイプだし、わたしだったら説得しきれない。
いくら本気モードの愛が相手でも、簡単には口を開かないんじゃなかろうか、という懸念はあった。
しかし愛はわたしの疑問に対し、
『してくれたよ、説明』
「マジ!?」
『うん。元来素直じゃないんだろうから……突っ込んだとこまでは、話してくれなかったけど。ふたりの過去が、少しはわかった』
「なにがあったっていうの、ふたりに、むかし。気になるよ」
『えーっとね、事実だけ話すと――』
「うん、うん」
『八洲野さんもね、演劇部に居たのよ、もともとは』
「もともとはってことは――」
『中等部のときに、演劇部を辞めてる』
「なんで」
『水無瀬さんは、『ヤスノは逃げ出したんだ』って言い張ってた』
逃げ出した、か。
「まー、水無瀬さんなら――そう言いそうだ」
『因縁っていうのは、そういうことね。軋轢(あつれき)が尾を引いてるというか』
「それで、今になって八洲野さん引っ張り出して、いじめてるってこと? ちょっと理解しかねるねー。八洲野さんがそんなに気に食わないの、途中で辞めたからって」
『気に食わないからいじめてるのかどうかまでは、わかんないよ。八洲野さんが元・演劇部だったっていう事実以上のことは、話してくれなかった』
「そこはもうちょっとツッコんでほしかったなー。動機だよ動機。『なぜ』八洲野さんに対してああなのか、っていう」
『そりゃわたしも知りたかったよ。でも、はぐらかされた』
「あんたの『本気モード』をもってしても、水無瀬さんの口を割れなかったか」
『強情そうだから』
「わかる」
『あんまり追及しちゃうと、スネちゃいそうだったから。貴重な演出家の気分を損なうのも、いまは禁物(きんもつ)、ってことよ』
「したたかだね」
『とにもかくにも、デリケートな関係性のようだし、そこは頭に入れたうえで、稽古を見なくちゃって思った。さやかも、演じる側として、接しかたを考えてあげて』
「とくに、八洲野さんとの接しかた――だよね」
『同じ演者として、気を配ってあげてね』
「了解。……共通点があるのも、わかったことだし」
『共通点?』
「鈍いなあ。過去に関する共通点だよ」
『……あ~、弦楽部のこと?』
「そうだよ。似た経緯があるでしょ。八洲野さんは演劇部中退、わたしは弦楽部中退」
『中退』の使いかたがおかしくて、思わず愛は吹き出してしまったようだ。
「うまいこと言うと思ったでしょ」
『思った。……まあ、部活中退組で、似た者同士ってことか』
「似た者同士、は言いすぎかも……ともかく、同じような過去の事情を、お互い抱えているんだから。八洲野さんとの接しかた、考えてみるから」
『よろしくね』
「ずいぶん長電話になったね」
『そうね、もうこんな時間』
「宿題、終わったの?」
『やりながら話してたよ』
「ずいぶんと器用だなあ。器用なのか不真面目なのか」
『……長電話で、さやかの勉強の邪魔しちゃいけないよね』
「何時間もしゃべり続けてるわけじゃないから、かまわないよ」
『そう。じゃあさ、もう少しだけしゃべってもいい?』
「なにを?」
愛は一拍(いっぱく)置いて、
『――ブログのこと』
「はぁ!?」
『あのね、このブログの管理人さんから、ダイレクトなお手紙が来て』
「……」
『一緒にプレゼントも送られてきたから、わたしうれしかった』
「……プレゼント?」
『わたしがもらって大喜びするものよ。管理人さん、好みがわかってるの』
「プレゼントは……どうでもいいとして、どんなお手紙」
『ざっくり言うと、
【本シリーズ600回突破。応援ありがとうございます】
って、こんな感じ』
「本シリーズってなに、本シリーズって」
『いつも記事の最初に【愛の◯◯】ってついてるでしょ。そういうことよ』
「や、どーゆーことよっ。記事ってなに、記事って」
『日曜日の記事で、【愛の◯◯】が600回到達したのよ』
「わたしの疑問スルーするな」
『管理人さん、独特の筆跡(ひっせき)でこう書いてた。
【100回ごとのキリ番報告はしつこいかもしれないけど、やっぱり嬉しいものは嬉しい】
【更新を重ねるのは、年輪を刻むようなものだと思っている】
【過去ログもよかったら閲覧(えつらん)してくださいね】
――だって。』
「――3つ目のは、余計じゃない?」
『余計じゃないよ。ブログタイトルの真下(ました)に過去ログ見られるリンクがあるんだから』
わたしは、だれに対してでもなく、ハァ……、と溜め息ついて、
「……ひどい売名ね。」
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