【愛の◯◯】日欧母娘喧嘩発生(約1年ぶり)

戸部邸 夕方

 

午後に講義がなかったし、早めに帰宅することができた。

 

入学試験のため、あしたレポートを提出しに行けば、長期休暇のはじまりはじまり。

 

 

ーー大学生の、特権だなw 

 

・愛も学校から帰ってきた

 

「ただいまーっ」

「おかえりーっ」

 

「…くつろいでるわね。

 いつも以上に……」

「だって(大学の)後期ももう終わったようなもんだし」

「休み長いのよね。またあのカフェでバイトしないの?

 したほうがいいよ」

「するべき?」

「するべき。」

「なぜに」

「2か月も休みがあったら、なまけちゃうでしょう」

「適度にだらけることも必要だと思うけどな」

「だとしても…」

「また『リュクサンブール』で働かせてもらうかどうかは別として、心の余裕をもたせないと、生き急いでるみたいになっちゃうぞ」

 

スマホのバイブ音

 

「おれのじゃないな」

「わたしに着信…だれから。

 

(画面で確認して)

 

 お母さん!?

 

「おいそんな素っ頓狂な声出さなくても」

「なんでよお母さん。

 大事な話してるときだったのに」

「や、バイト云々についてはあとからでもいいだろ」

「とにかくーー部屋で話してくる」

 

・自分の部屋に急行しようとする愛

 

「お~い」

「なによ!? 急に呼び止められたらコケちゃうじゃない」

「生き急いでるな……おまえ」

「ど、どうしてよ」

「カバンちゃんを置き去りにする気か?w」

 

「ふ、ふんっ、

(乱暴に自分のカバンをつかんで、音を立てて歩み去る)」

 

 

 

 

× × ×

 

~25分後~

 

おふくろさんと話し終えたのか、愛が階下(した)に降りてきた。

 

だが………

 

「おまえなんでそんなイラツイてんだ。

 

 まさか……」

 

「……、

 

 ……、

 

 

 

 

 

 ……、その、まさかよ」

 

 

 

グランドピアノの前にどーん、と腰掛け、

ムチャクチャな速さで曲を弾きまくる愛。 

 

 

 

・演奏を突如として停(と)め、鍵盤に突っ伏する愛

 

「(-_-;)」

 

 

おふくろさんと電話でケンカしたんだな

 

「(-_-;)さすがにわかるのね……」

 

 

「前にもあったよな? こんなこと。

 ちょうど去年の今ごろだった気がするぞ。

 

 春の超大型連休に会ったときは、わりとうまくいってたよな? おまえとおまえの母さん。

 

 またおんなじことの繰り返しか?

 よくないなあ」

だって!!

 

びくっ。

 

 

お母さん、わたしがまだなにか伝えようとしてるのに、一方的に電話ブチッと切っちゃうんだもん。

 

 そのくせ、あっちは長々としゃべり続けるし、お説教みたいにーー。

 

 ほんと一方的!!

 

 

「……

 

 それは、ほんとうに、一方的なのか?

 

「なにがわかるの? アツマくんに」

 

「わかってないのはおまえのほうだ」

 

「どうしてよ……」

 

「まず、『時差』ってもんがあるだろ、『時差』ってもんが。

 

 あっちは今、何時だと思ってるんだ?」

 

「あっ」

 

「(やれやれ、と両手を広げて)『あっ』じゃねーよ。

 あっちは、朝。通勤間際の時間帯だ。

 忙しいんだよ。

 もしかしたら、おまえの言い分(ぶん)も、もうちょっと聴いてやりたかったかもしれない。

 

 でもおふくろさんも忙しいんだよっ。

 やむなく電話を切るしかなかった、そういう状況も考えてみないと。

 おふくろさんの立場になれよ。

 余裕がなかったんだよ」

 

『余裕がないのはよくないなあ』って言ったのはどこのだれ?

 

やべっ。

 

自己矛盾。

 

さっき言ったことと、正反対のこと言っちまったのか。

 

でもーー 

 

「…それとこれとは別の話だよな?」

 

「なにそれ。

 

 …自家撞着(じかどうちゃく)ってことばわかる? アツマくん」

 

「中坊じゃねーんだぞ……わかるに決まってんだろ。

 

 でもそれとこれとは別の話なんだ」

 

 

やべぇ。

 

落ち着け、おれ。 

 

 

「離れて暮らしてるから、なかなか顔も合わせられない。

 だから、せめて電話であっても、娘に伝えておくべきことは伝えておきたい。

 

 ーー長話になっても、無理もないって。

 

 それぐらいわかってやれよ、娘だろーがっ。

 な?」

 

 

・うなだれる愛

 

 

すんでのところで『バカヤロッ』と言うのを押しとどめられた。

 

ただーー言い過ぎたか。

 

おれのお説教のほうが、愛の母さんよりも『一方的』だったかもしれない。

 

いや多分そうだ。

 

だからいまーーうなだれてる愛は、からだにちからが入らない。

 

立ち上がるのも難しいんだろう。

 

 

 

傷つけちまった。

 

なら、

 

その傷の、手当てをするのはーー 

 

 

 

ーー悪かったよ

 

 

・ピクンと反応する愛

 

 

「一緒に考えようや。

 おふくろさんと仲直りする方法」

 

 

・うんともすんとも言わない愛

 

 

「立てないんだな」

 

・こくん、とうなずく愛

 

「じゃ、立てるようになるまで、ずーっと待ってやる」

 

「(少し顔を上げて)あるよ…立つぐらいの、元気は」

 

「どうかな」

 

・また無言になる愛

 

「ほらw」

 

・スカートの裾をぎゅっ、と握る愛

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

「あれー? きょうの夕食当番、おねーさんじゃなかった?

 なんでお兄ちゃんが作ってんの」

「不満か? 妹よ」

「不満じゃないけど…あやしい」

「代わってやったんだよ。」

「どして?」

「いまのあいつじゃーー料理は作れないよ。

 フライパンを焦がしちまう」

「そんなことまでどうしてわかるの!? お兄ちゃん」

「ほかのことで精一杯なんだ、いまのあいつは」

「ほかのこと??」

「ーー、

 

 そっとしておけって。」

 

 

 

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】あすかちゃんがお風呂で語る

わたしが居候しているお邸(やしき)には、ただのお風呂ではない、そう、「浴場」があって、温泉が湧いているかどうかなんて知らないけど、銭湯ぐらいの規模は、ある。

 

だから、ひとりじゃなくって、何人かでいっしょに入浴することもできるわけで、ついおととい、あすかちゃんと一緒に湯船に浸(つ)かったばかりである。

 

脱衣所で、あすかちゃんのブラジャーが小さくなってることを指摘したり、お湯に浸かっているときに、会話の流れのドサクサにまぎれてあすかちゃんの「とある部分」を触ったり、おとといは、ずいぶんと彼女にちょっかいを出してしまったものだ。

 

ーー反省。

 

ただ、反省するヒマもなくーー 

 

 

おねーさん、おフロはいりましょーよぉ

 

「ーーきょうも?」

「きょうも。」

 

 

× × ×

 

脱衣所はカット

いきなり! 浴場

 

「…ナイショ話でもあるの?」

「ナイショではないんですけど、おねーさんにはまだ話してないことです」

「ふーん。なぁに?」

 

「……じつはおととい話してもよかったんですけど、

 時間がなくて、話しきれなかったので。

 

 

 

 ……おねーさんがわたしのオッパイ突っついてきたのが悪いんですよ?」

 

ご、ごめん! ほんとうに、ごめんね?

 

「冗談ですっ、冗談。

 

『この一年で、兄が前よりずっと頼れるようになった、頼もしくなった』ってことは言いましたよね」

「言った、言った」

「ーーこれ、兄が頼もしくなる前の話なんですけど、」

「わたしがここに来る前?」

「いいえ、そんな前じゃないです。

 

 1年以上前…つまり、おねーさんが高1でわたしが中3で兄が高3だったときの秋です。

 

 兄が…おねーさんに、過去を…自分が中学時代いじめられていたことを打ち明けましたよね。」

「……うん。

 いじめられてたけど、身体(からだ)を鍛えて、逆にいじめっ子をコテンパンにしたって言ってた。

 でも、わたし、アツマくんの話す過去が、あまりにも壮絶だったから、怯えちゃって」

「いじめてる方、コテンパンにされるどころか、再起不能になっちゃったみたいですからね」

「『なんで、どうしてそんなこと話すの……?』って、わたしが泣きながら言ったら、」

「抱きしめられた」

「そう。恥ずかしかったけど……それ以上に、アツマくんが優しかった」

 

「ーーさて、本題はここからです。

 

 おねーさんが抱きしめられた翌日、『自分の過去を打ち明けたこと』を、兄はわたしに伝えました。

 

 わたしは驚いて、少しだけ兄を見直したんですが、まだ疑心暗鬼な面は残っていました」

 

「どこが疑心暗鬼だったの?w」

 

「兄をーー100パーセント、信頼できていなかったんです。

 

 当時わたしは高校受験を控えていました。

 

『高校受験の勉強のほうはどうだ、うまくいってるか』と、気づかってくれる兄のことばに、わたしは煮え切らない態度を取ってしまいました」

 

「それも、同じ日?」

「そうです。自分の過去を打ち明けたことをわたしに打ち明けた、すぐあとです」

 

「いろいろあるのね、あなたたちきょうだいもw」

「話を続けますよ」

「どうぞ」

 

「ーー兄はほんとうに受験生のわたしを心配してくれてたみたいで、みるみるうちに顔は青ざめて、震え声になって。

 

 ……お兄ちゃんだって大学受験を控えていたのに、わたし思いだった。

 

 だけど、煮え切らない態度を取ったあのころのわたしは、お兄ちゃんが心の底から妹思いで心配してくれてるんだって、イマイチ気付いてあげられなかった。理解が足りなかったんだ。

 

 あのときのわたしの、バカ!

 

 

「(^_^;;)お、おちついて話さないとのぼせるよ、あすかちゃん」

 

 

「とつぜん、わたしの両肩をお兄ちゃんガッシリとつかんできたんです。

 

 お兄ちゃん腕の力が強いから、痛みすら感じるぐらいに…。

 

 あんなお兄ちゃんを見るのは、生まれて初めてだったから、もうわたしは何がなんだかわからない状態でした。

 

 つかみかかる、というよりは、しがみつくような感じで、すがりつくような感じもあったかもしれません。

 

 それから、一喝(いっかつ)、っていうんでしょうか、大声でどなられて、気が動転して、頭が真っ白になりそうだったんですけど、

 

 わたしから両腕を離したお兄ちゃんの顔がとたんに優しくなってーー、

 優しい笑顏で、わたしの頭にぽん、って手を置いてくれてーー、

 

 それでひとこと、

 『兄貴も頼れよ。』

 って。

 

 あのときのわたしは、それでも素直になれなくって。

 お兄ちゃんの心づかいが、こそばゆくって。

 

 やっとの思いで、『ありがとう……』って言えたけれど、胸がくすぐったくって。

 お兄ちゃんがこんなに妹思いなんだ、っていう事実、を、認められない心と、認めてしまいたい心が、せめぎ合っていて。

 

 自分の部屋に戻っても、気持ちは到底整理できなくってーー、

 気付いたら、ベッドの上で、ポロポロ涙を流していてーー。

 

 

 あ、あのっ、自分の部屋で泣いたってことは、お兄ちゃんにはナイショにして、おねーさん」

 

「わかってるよw

 

 でも、バレてるかもねw」

 

語り倒して疲れたのか、あすかちゃん、脱力感にあふれている。

 

からだにうまく力が入り切らない感じ。

 

 

かわいいw

 

 

「ーーでもさ、

 なんでそんな昔のこと、わざわざ今になってーー」

 

「お兄ちゃんのルーツだから」

「ルーツ?」

「ルーツ。

 

 たくましくなったお兄ちゃんの、ルーツだから…

 

 

【愛の◯◯】わたしのバスケ、岡崎さんのバスケ、兄貴のバスケ……

ども! あすかですよ~。 

 

さぁて、センバツの出場校も決まり、プロ野球のキャンプインも間近。

「球春(きゅうしゅん)」も、にわかに近づいてきたのではないでしょうか。

『スポーツ新聞部』球技担当のわたしは、やる気満々で野球記事を書いているわけであります。

 

ーーところがーー

 

「あすかさん、

 ここは書き直したほうがいいよ

 

「…どうしてですか、

 岡崎さん……」

 

 

 

 岡崎竹通(おかざき たけみち)さん。

 

スポーツ新聞部2年生で、

「陸(おか)」の競技を担当しているけど、球技担当であるわたしの記事も手伝ってくれたりする、いい人。

 

いい人、

なのに、

わたしが書いた「センバツ出場校全紹介」における、とある文章に、岡崎さんのチェックが入った。

 

というか、ダメ出し。

 

 

「あすかさんの主観が入りすぎてる。

 もし、この学校の関係者や、学校に近しいひとがこの部分を読んだら、誤解を招くかもしれない。」

 

「関係者…って、うちの校内で配ってる新聞ですよ、この学校に出回るってことはおよそ考えられないーー」

 

「でも、確率はゼロじゃない。

 WEBに加えSNSが発達しているいま、晒し上げられないとは限られない」

 

「(だんだんイライラしてきて、)晒し上げーーって、ツイッターとか、そういうことですよね。

 

 でも、でも、誤解を招くってそんなことはないと思うんですけどっ。

 

 わたしこの学校を叩いたり茶化したりする意図でこの文章書いたわけじゃありませんっ」

 

「でも、読者がいる。

 

 現に、『きみ』じゃない『おれ』が読んで、違和感を感じる。

 

 きみらしくないなあ。

 読者の存在を意識して書いてるんだと思ってた。

 だからきみの文章は素晴らしいんだと思ってた。

 

 思い違いだったのかな」

 

「(キレかかって、)思い違いってーーどういうイミですか」

 

「ーーそれとも、

 無意識に読者を想定できるから、意識しなくてもいい文章がかけるのか…。

 

 そうか。

 うらやましいよ。

 

 にしてもーー、」

 

 

カチンッ💢 

 

 

じゃあいいじゃないですかもう!!

 センバツ出場校紹介は全ボツでも!!!!!

 

 

ーー、

ーー、

 

 

言うがはやいか、

わたしは活動教室から脱走して、

廊下を駆け抜けて、

 

泣きそうになりそうで、

それでも、押しとどまって、

目的地はというと、

 

ーー、

ーー、

 

 

 

× × ×

 

体育館

 

好都合にも、もぬけの殻(から)の体育館。

 

 

 

わたしは、

ひたすらバスケットゴールに向かって、

ボールを投げ続けていた。

 

 

悲惨なことになった。

 

たぶん、たぶん岡崎さんのほうが正しいんだ。

 

わたしが突っぱねなきゃよかった。

 

もっと穏便に済む問題だった。

 

 

でもーーわたしの精神(こころ)のどこかに、勝ち気な気性(きしょう)があってーー

 

その気性が、兄ゆずりなのかどうかは、判然としないけれどーー

 

勝ち気な気性が、前面に出てしまって、

だから、

ーーこうやって、入る見込みのないシュートを、バスケットゴールに向かって何十発も連発しているんだ。

 

 

 

 

…つかれちゃった。

 

 

・あえぐわたし

 

 

 

 

 

 

コービー・ブライアントが亡くなったのは残念だったね

 

 

 

 

岡崎さん……。

 

 わたしのうしろに、いるんですね」

 

 

岡崎さんが、

 

わたしより遠い位置から撃(う)ったシュートが、

 

一撃でゴールネットを揺らした。 

 

 

「……バスケ部だったんですか?」

 

「ちょっと違うんだなあ。

 バスケ部だったといえばウソになるし、

 バスケ部じゃなかったといってもウソになる」

 

「…対手(あいて)のことを考えてくださいw

 

 読者がいるーーって言ったの、岡崎さんのほうじゃないですか!w」

 

 

「ごめんw」

 

 

「わたしのほうこそ…ごめんなさいw」

 

 

「アツマさんはね、」

「!? 兄が、どうかしたんですか」

「おれよりも遠い位置からーーシュートをバンバン決めてたんだよ」

「高校時代?」

「高校時代。」

「そこよりも遠いって、もはやスリーポイントじゃないですか」

「ーーきみ、『黒子のバスケ』読んだことある?」

「緑間真太郎くんのことですか?」

「知ってるんだ」

「先ごろ、全巻読み終えまして」

「それなら話が早い」

 

 

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「わたしその影響で、スカパーでBリーグの試合をちょくちょく観るようになったりもして」

「えらい」

「そうですか?」

 

「ーーで、話を戻すと、

 バスケ部の助っ人で試合に出た兄が、

 まるで緑間真太郎くんみたいに正確無比にスリーポイントシュートを決め続けていたーーと」

 

「そうなのだよ

 

「ウソでしょw」

 

「な、なんでわかった!?」

 

「形だけマネたってダメですよw 小野大輔さんになりきらないとww」

 

「…(ため息をつき、)そうだな。

 でも、緑間ほどじゃないにしても、

 日向順平レベルにはあったよ、きみのお兄さんは」

 

そ、そ、それめちゃくちゃすごいじゃないですか!!!!!

 

「そうだよ、

 ほんとうにすごかったんだ、きみのお兄さんは。

 

 

 

 

 

 ーーだからおれは、スポーツ新聞部に入ったんだ

 

 

 

えっ?

 

 

 

話の繋(つな)がりが、わからない…。

 

 

 

 

 

「片付けて部活に戻ろうや、あすかさん」

「(キョトンとしたまま)わかりました……」

 

 

 

 

【愛の◯◯】おねーさんとお風呂で話す

どうもです。

戸部あすかです。

高校1年生です。

 

ーーところでわたしの兄は都内某大学に通っているのですが、

偏差値はそこそこだけれど、とりたてて名門というまでもないーーというのが、世間の評価であるようです。

 

思えば、むかしから、兄はとくべつ学業が優秀というわけではありませんでした。

同級生の藤村さんのほうが成績はよかったみたいです。

 

えっ?

『おまえはどうなんだ』って?

 

…今のところ、高校時代の愚兄よりは、成績優秀です。

あくまで、わたしが通ってる高校という枠内(わくない)での話ですけど。

 

まだ、おねーさんと20ぐらい偏差値の開きがある。

超名門女子校と比べたら、月とスッポンですよ。

 

さて、わたしよりも学業の芳(かんば)しくない愚兄に話題を戻しますが、そんな愚兄にも、たったひとつの取り柄(え)があるんです。

 

 

それは、『スポーツ』です。

 

 

抜群の運動神経を買われ、高校時代兄はあらゆる体育会系部活の「助っ人」に駆り出されていました。

そこで目ざましい活躍をした兄は、『伝説のOB戸部先輩』として、わたしも通っている母校にその名を刻んでいるのです。

 

ーーで、『伝説のOB戸部先輩』の運動部における活躍の影響で、『スポーツ新聞部』という得体のしれない部活が誕生して、

どういうわけか現在わたしは、『スポーツ新聞部』の部員になっている、という流れーー。

 

 

 

それにしてもさぁ。

お兄ちゃん、水泳大会に勝手にエントリーするのはマズいでしょ。

エントリー「する」というより「させられた」といったほうが適切な表現では、あるけれども!

 

たとえ人数合わせとはいえ、『戸部アツマ』という名前とタイムが記録に残ってしまった。

 

いいんですかね、これ!?

ブログだから許されるんですかね??

そこんとこどうなんですか、某組織のお偉い方!?

 

ーーまあ、このブログはフィクションということで、なんとか許容してくれたら…と思います。

 

ただ、本当にマズかったのは、おねーさんの学校の水泳部部長だった「千葉センパイ」が、『戸部アツマ』の泳ぎとその名前を記憶に焼き付けてしまっていたこと。

 

つまり「千葉センパイ」経由で、勝手に兄が大会に出てなおかつ大活躍していたという事実がおねーさんに露見し、

「どうしてそんなことしてんのよ!?」と先週、哀れなる兄はおねーさんにこっぴどく叱られた、

というわけです。

 

だけどーー。

 

 

浴場の、脱衣所

 

「ちょっとぐらいいいじゃないですか」

 

「Σ(・・;)!? 何が!?」

 

「すみません、ひとりごとだったんですけどw

 

 ーー兄の水泳大会への参加は、勝手なマネだったかもしれません。

 だけどその反面、ちょっぴし、誇らしくも、ある」

 

「(-_-;)なんだかんだいって、お兄さん、だもんね、アツマくん」

「そう! なんだかんだいっても、お兄ちゃんが活躍するのは、頼もしく感じるのです」

「(-_-;)ごめんね、ちょっと過敏に反応しすぎた。

 説教なんか、するもんじゃなかったかもしれない…」

わたしにあやまってもしょーがないじゃないですかーww

「(^_^;)いじわるw」

 

 

カッターシャツを着たまま、ため息をつくおねーさん)

 

 

「ーーどうしたんですか?」

「(・・;)い、いや、いろいろと」

 

(シャツを脱ぐわたし)

 

「(--;)あすかちゃん、きょうは勢いあるね。

 自信満々、って感じ」

 

カッターシャツのボタンに手をかけるおねーさん)

 

 

なんで、ボタン外すのにまごついてるんだろう。 

 

(脱ぎ終えたカッターシャツを丁寧に棚にしまうおねーさん)

 

(おもむろにこっちを向いて、うつむきがちにため息するおねーさん)

 

「……、

 あすかちゃん、

 新しいブラ、買ったほうがいいかもしれない。

 それ、2年くらい前から、もってるやつでしょ」

 

 

 

 

 

× × ×

 

@お風呂

 

・ぷくーっ、とほっぺたをふくらませるわたし

 

「ごめんごめんw ヘンなこと言って」

「こっちはこっちで恥ずかしいんですからね💢」

「コンプレックス?」

久里香(くりか)にLINEで指摘されたあたりから。

 去年の8月でしたっけねぇ!」

「まあ…同年代の女の子は、そういうところ、敏感なのかしらねえ」

「おねーさんだって」

「(わざとらしく)ぎくっ!」

「(;-_-)…言及する子としない子がいます。

 でもむしろ、気にするのは歳上のヒトが多いみたいで…」

「わたしとか?」

「とか。」

「アカちゃんは?」

「なにも」

「さやかは?」

「…どうでしたっけ」

 

(おねーさん、クスリと笑う)

 

「と、とにかくおねーさん、脱衣所で不審な挙動になるのはやめてください!!」

「わかったわかった、もう子どもじゃないもんね」

「お互い?」

「よくわかってるじゃない。お互い、よ」

 

 

× × ×

 

「あの、先週、兄の誕生日だったじゃないですか」

「うん」

「そのとき、兄にもーーお兄ちゃんにも、直接言ったんですけど、

『お兄ちゃん、前よりずっと頼れるようになった、頼もしくなった』ってーーそういうことは、伝えなきゃと思ったので、勇気を出して、伝えました。

 

 お兄ちゃん、ほんとうにたくましくなったんです」

「わかる、わかる」

「肝心なのはですね」

「?」

「きっとーー、

 おねーさんがこの邸(いえ)に来てなかったら、お兄ちゃん、こんなふうにたくましくはなってなかったと思います。

 

 おねーさんがいたから、お兄ちゃんは成長できたんです」

 

「…わたしだけじゃないよ」

「ーー」

 

「アツマくんの成長は、あすかちゃんのおかげでもある」

 

「ど、ど、どこ触りながら言ってんですか!!!

 おねーさんのヘンタイ!!!

 

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】千葉センパイのすてきなリボン

お元気ですか? 羽田愛です!

 

風邪、引いてませんかー? 

今冬(こんとう)の風邪は「しつこい」らしくて、症状が長引いてる人もいるみたいなので、気をつけましょうねー。

 

(例によって?)放課後です。

風邪に負けないからだ作りも兼ねて、わたしは校内プールで泳がせてもらっていました。

 

ーーきのう、アツマくんの大学の留学生ジュリアに、

『あなたとアツマはステディなのね』(大意)

と言われたこととは、なんの関係もありません。

 

でもーー

ジュリア、美人だったな。

髪の色、わたしと似てるけど、本家本元は、やっぱ違うや。

 

 

ーーいけないいけないっ、

泳いでいるのです、わたしは!

 

『ぷはぁっ』

 

・プールサイドに上がり、少し休憩する

 

「順調みたいね」

 

「千葉センパイ」

 

水泳部元部長の千葉センパイ。

部活を引退して、受験生である。

(そうは言っても、このプールには引退後も頻繁に泳ぎに来ていた) 

 

千葉センパイは大学では水泳をやらないらしい。

新しいことに挑戦したいという。

センパイ、いろいろ考えることもあったみたい。 

 

「水着じゃないんですね。きょうは泳がないんですか?」

「さすがに、ねw

 ずーーっと受験勉強、だよ」

「ずっと机に向かってると、かえって良くないのでは?

 泳いで、からだをほぐせばいいのに」

 

(遠くを見るような眼になる千葉センパイ)

 

「(^o^;)ど、どうしたんですかセンパイ……」

 

「羽田さん。

 ちょっと話そうか」

 

 

 

× × ×

 

自販機横のベンチ

 

「何飲みたい? 羽田さん。

 わたしメロンソーダにするけど」

 

「あ、すみません、炭酸、だめなんです」

「そうなんだ」

「ホットコーヒーでおねがいします」

「わかった」

 

 

「メロンソーダ

 葉山先輩が好きでよく飲んでましたよね」

「そうだよ。だからわたしも飲むの」

「?」

 

「ーー葉山先輩と会ったよ」

「いつですか!?」

「去年の12月」

「どこでですか」

「葉山先輩が学校(ここ)に来た」

「ええ……

 わたしに教えてくれてもいいのに、葉山先輩」

「羽田さんは、葉山先輩と仲良いよね。

 仲良し、というか、『あうんの呼吸』というか、

 見えない糸でつながってるみたいに、

 通じ合っていて、

 うらやましいかも…w」

「…千葉センパイをパシリにしてメロンソーダ買わせてたりしてたから、葉山先輩に、良い印象持ってないんじゃないか、って思ってましたけど」

「そんなことないよ~。

 12月に会って、感じたんだ、

 葉山先輩って、

 カワイイな、って」

 

「かわいいんですか…」

 

「茶目っ気というか、天然なところがあるというかーーでも葉山先輩、怒っちゃうかな、こんなこと言ってると。

 幼なじみのキョウさんのことになると、顔が真っ赤になりだしたり、そこらへんがーーかわいかった」

 

「むずかしい人ですけどね」

「あなたはうまく彼女を操縦(コントロール)できてるよね。

 秘訣でもあるの?」

「長いつきあいですからね…それを話すと、時間を食っちゃいます」

「そっか……

 漠然とだけど、特別扱いしないことってのは、ポイントなのかなーって」

「特別扱いしないのは大事ですけど、むずかしいですね」

 

 

 

「羽田さん」

「はい」

「あのさ…

 

 

 

 

 

 大学で水泳をやる気はないの?

 わたしの、代わりに。

 あなただったら、大学から競技で始めても、遅くないよ。

 もったいないとーーわたしは、思っちゃう」

 

 

「センパイが、そう言ってくれるのは、もちろんうれしいです。

 うれしいんですけど、

 

 やっぱり、スポーツは、趣味の領域にとどめておきたくって。

 

 ごめんなさい。」

 

「どうして趣味の領域にとどめておきたいの」

「……」

「って、訊(き)く流れなんだろうけど、

 羽田さんの気持ちを知りたい思いもあるけど…、

 わたしは、あなたの意思を尊重したいから、

 理由を訊くのは、やめる」

「ごめんなさい、センパイ。」

「あは。

 

 フラれちゃったw」

 

 

~沈黙~

 

 

「羽田さん。」

『ビクン』

「フラれちゃうだろうとは、思ってた。

 だけどさ。

 あなたに渡したいものがあるから。

 受け取って。

 拒否権ナシだよ、今度はw」

 

リボン…ですか?

 

 千葉センパイ、こんなすてきなリボン、持ってたんですか…。

 

 うらやましい」

 

「素直だねw

 

 あのね。

 それ、泳ぐときも使えるようになってるから。

 競技だとさすがにマズいけどさ。

 

 でも、使って。

 

 だって、あなた髪がどんどん伸びていくんだもん!w

 

 プールサイドで見ていてハラハラしちゃってたよ。

 

 でも、髪伸ばす理由も、あるんでしょ、きっと?w

 だったら、それが『女の子の嗜(たしな)み』ってやつだよ、

 羽田さんーー」

 

「ありがとうございます、受け取ります」

「使ってね。

 

 あー、

 あなたが髪を伸ばす理由、

 

 当ててあげようか、」

 

『ゴクン』

 

アツマさんのため」

 

 

どうしてわかるの、センパイ、どうして!!

 そもそもどうしてアツマくんのこと知ってるの!?

 

 

「有名だったんだよ、

 大会にいきなりエントリーしてきて、超速い記録残して、それっきり出てこないっていう、『戸部アツマ』っていう名前はーー」

 

「あんにゃろ💢 目立つ行動しないでよっ💢💢」

 

「(;^_^)り、リボンを握りつぶさないでw」

 

「帰ってから問い詰めです。

 

 どんどんわたしとアツマくんのことが白日の下に晒されていく。

 

 最近その繰り返しで…一種のマンネリですね」

 

「いいじゃん、大切な人がいるんだからさ。

 わたしもすぐそばに、大切な人がいてさ。」

 

「千葉センパイそれって」

 

「そ。

 

 わたしも、タカが好きだよ。

 

 

 

× × ×

 

わたしの部屋

 

すてきなリボンだなー。

 

大切にしなきゃ。

 

大切な人と同じくらい、このリボンも大切にしなきゃ。

 

どこにしまっておこうか?

 

ゴンゴン

 

 

「愛、今月号の『スイマーズ*1』読み終わったから、持ってきたぞ―」

 

「あとで読むわ。

 

 その前にーー、

 

 おすわり。

 

「!? は!??!」

 

 

「そこに座って。

 ちょーっと二言三言、問い詰めたいことがあるんですけどねえ…(ゴゴゴゴゴ)」

 

 

 

 

 

*1:わたしとアツマくんが共同で購読している水泳雑誌

【愛の◯◯】G線上のジュリア

それは、

放課後、

帰り道を歩いていたときのことだった。 

 

・てくてくてく…と戸部邸への道を歩くわたし

 

キュキューッ!

 

コンニチハー、元気デスカー?

 

「こんにちは…」

 

・遠ざかっていく自転車

 

何が起こったか、

一瞬、わからなかったが、

つまり、こういうことだ。

 

自転車がわたしの横でいきなり停まり、

見ず知らずの外国人女性にいきなり挨拶され、

思わず「こんにちは」と返答してしまった。

 

 

ただ…

わたしの性格上、

これで終わる話ではなかった。

 

 

× × ×

 

すぐさま全速力でダッシュし始めたわたしは、

懸命に自転車を追いかけて、

やっとの思いで追いついた。 

 

ちょっと!!

 

 ちょっと…待って!!

 待ちなさいよっ…!!

 

・停まる自転車

・あえぐわたしを微笑んで見つめる外国人女性

 

Who are you?

 

How are you?

 

  

 

・英語で会話するわたしたち

 

『英語しゃべれるの? あなた』

『悪かったわね、英語ができて。

 あなたいったいなんなのよ。

 初対面よね?

 いきなり話しかけてきて、なんのつもり?』

『素晴らしい発音だわ、まるでネイティヴみたい』

『おだてないで』

『ねえ、元気? あなた』

『元気だったらなんなの?

 それとも、元気じゃないとでも思ったから、声をかけたわけ?

 思わずオウム返しにあいさつしちゃったじゃないの。

 それじゃあ納得できない人間もいるのよ』

『あいさつは誰にだってしていい権利があるわ』

『じゃあ、道行くひとみんなにあいさつしてるわけ!?

 あなた、通報されても文句言えないわよ』

『みんな、じゃないけど』

『でも、あいさつは誰にだってしていい、ってさっき』

『あなたは特別』

『はぁ!?』

『考えごとしてたでしょ、あなた』

 

どうしてわかるの…

 

『危ないと思って。

 考えにふけってて、電信柱にぶつかっちゃったら大変でしょう?』

 

『ぶつかるわけないじゃないっ!』

 

『なにか深刻なことを考えていたんじゃない?』

『全然見当違いね。

 月末までにお小遣いで何冊本が買えるかってことを、計算していただけ!!』

 

・爆笑する外国人女性

 

『バカにしないでよっ』

『キュートね。』

『……どこが?』

『読書が好きなのね。

 本が好きな人に悪い人はいない…そうパパが言ってた』

『えっ』

 

 

ジュリア!

 

 

「あ、

 アツマくん!?!??!?!

 

 こっ、この女の人と、知り合いなの!??!?!?!」

 

「アツマ!

 

 この辺に住んでたのね!」

 

「ジュリアは……、

 

 おれの大学の、留学生だ」

 

 

 

× × ×

 

戸部邸・リビング

 

「ワンダフルだわ。東京にこんなお邸(うち)があったなんて」

「日本語ふつうにできるのね」

「発音はね。

 ときどき言葉を言い間違えたりするけど」

 

「ジュリア。

 言い忘れてたわ、

 わたしの名前は、羽田愛。

 愛、でいいわ」

 

「アイ」

「なあに?」

「ファミリーネームがアツマと違うのね」

「居候(いそうろう)、ってやつよ。

 わかる? 居候(いそうろう)って概念」

「わからないけど…、

 アイとアツマが、仲がいいのは、わかるわ」

 

ドキン…

 

 

・アツマくんがコーヒーとお菓子を持ってきた

 

「アツマくん、CDかけっぱなしで外出てたでしょ、ダメじゃないの」

「あーわりーわりー」

 

「バッハの『G線上のアリア』ね」

「ジュリア! わかるの? クラシック」

「ちょびっと、ならw」

「ちょびっと…」

 

「この曲、『G線上のアリア』って名前なんだ。

 しかもバッハだったんだ」

「(-_-;)わかんないで再生してたってどういうこと…」

「……、

 ひらめいた!

 

G線上のジュリア』www」

 

・拳を握りしめるわたしーー

 

「アツマ! それ、ひょっとして、日本のダジャレ!?

「そういうことだ! ジュリア」

「(ノ≧∀)ノうわ~ww 日本の文化ね、ダジャレ!! 素晴らしいわ!!」

 

「(アツマくんの頭をはたいて)素晴らしくないっ!

 サムい、って形容するのよ、こういうダジャレのことは」

「コールド?」

「そう、Adjective(形容詞)のコールド」

「アイ、もしかして今の反応、『ツッコミ』ってやつ?」

Exactly!

 

「愛おまえきょう言葉づかい変じゃねーか??」

「Strangeでもなんでもないわよ。

 ジュリアはアメリカから来てるんでしょ?

 だから、気を配って、日本語でも、言葉を選んでーー」

「おれにはそれが『配慮』とは思えんが」

「む、むずかしいのよ、異文化交流って」

「かえってぎこちなくなってる。

 

 日本だろうがアメリカだろうがなんだろうが、同じ人間だろ?

 もっと『ざっくばらん』でいいんだよ、コミュニケーションなんて」

「あんたの場合、ざっくばらんどころかガバガバなところがあるから心配なのよ」

「心配? どこが?」

「大学でーー」

「バカ」

「あんたにだけは言われたくない!」

「ジュリアを困らせたことなんか、一度もねーよ。」

 

 

「えっ……

 

 それって、つまり、わたしより、ジュリアのほうが」

 

「『ほうが』、なんだ?

 根本的に誤解してるだろおまえ」

「な、なにを、」

「コミュニケーションや、人間関係ってやつを。」

 

 

どうしていいかわからなくて、何も言えなくなった。

 

空回りしてるのーーわたし?

 

どうしようもなくなってきて、

バッハのCDの再生も終わり、

アツマくんとのあいだに、異常な気まずさーー。 

 

「愛…おい、どうした、

 

 どうした?

 どうしたんだよ!」

 

 

・アツマくん、わたしの両肩をつかんでくる

 

 

「(笑いながら)ノープロブレム、ノープロブレム」

 

「ジュリア…

 ごめん、ジュリア、

 英語で話したほうが、ナチュラルだったかな、やっぱり」

 

「ノープロブレムよ、アイ。

 そのままのあなたで、だいじょうぶだから。

 ま、そんなに気をつかわないほうが、もうちょいナチュラル、かな?w」

 

「ーーきれいな日本語。ジュリア」

 

「ありがとう、アイ。

 

 おもしろいことばっかり起こるねー、きょうはw」

 

ジュリアはーー、

いきなり見ず知らずのわたしに話しかけてきた。

 

そういう意味では、おかしな出逢いだったけどーー、

ジュリアは悪い人じゃない。

そのことだけは、確信できる。

 

「アイ、アツマ」

「なに?」

「なんだ?」

「あなたたちのやり取り見てて、思ったーー

 

 ステディって、やっぱいいものよね…って」

 

「ーーーーーーー」

「愛よ、なに顔赤くなってんだ? おまえ」

「わからないのっ!?

 わかるでしょ!? わかってよむしろ!!」

 

 

 

 

そのあとーー

 

「『G線上のアリア』の『G線(ジーセン)』はほんとは『G線(ゲーセン)』なのよ」

 

というジュリアの無茶振りから、

ゲーセンつながりで、わたしたち3人は、なし崩し的に近所のゲームセンターに赴(おもむ)くことになり、

 

ジュリアのたっての希望で、

プリクラを撮りまくる羽目になり、

 

ーー、

ジュリアと仲良くなれたのはいいものの、

わたしとアツマくんの関係は、

案の定…完璧に、お見透しになってしまったのでした。

(このパターン、何度目!?)

 

 

 

【愛の◯◯】寝坊と、寝グセーー、そして、「いつもそばにいる人」の、誕生日

 

ダッシュで階段を駆け下り、

キッチンに向かうわたし。

 

なぜかというとーー 

 

ご、ごめんっ、

 寝坊しちゃった、

 

 急いで朝ごはんの支度するね、」

 

「あわてんな、愛」

「アツマくん」

「…スウェット着たままで、料理する気か?ww」

 

がーーん

 

「ね、ねぼけてた、

 昨日の夜、つい本を読みふけっていたら、寝るのが遅くなっちゃって。

 急いで着替えてくる」

「だからあわてるなって」

「でも、アツマくんたち朝ごはん食べられなくなる」

「ばーか。

 自分たちでなんとかするよ。

 ……、

 (少し照れくさそうに)助け合うのが、家族だろ」

 

「……フフッ、

 フフフフ…w」

 

「な、なにがおかしい」

 

「照れなくてもいいじゃない!w

 

 あとーー、

 アツマくん、

 お誕生日、おめでとう。

 

「(おだやかな笑顏で)ああ、ありがとう、愛。」

 

「おねーさん」

「あすかちゃん」

「お兄ちゃんの言う通り、朝ごはんは自分たちでなんとかしますから。

 お兄ちゃん、きょう1限がないらしくて、ゆっくり邸(いえ)を出られるって」

「それならいいけど……」

「おねーさんも朝ごはん食べないといけないでしょ?」

「ああっ」

「だから、わたしが、おねーさんのパンとコーヒーを用意してあげますから」

「(抱きしめて)わかった、ありがとうあすかちゃん、着替えてくるね!」

「(^_^;)…大げさですね。」

 

× × ×

 

「寝坊した」といっても、

いつもより遅く起きただけで、

冷静に考えれば、

遅刻するような時間ではなかった。

 

ーーなので、コーヒーを飲みながら、

アツマくんと話せるぐらいの時間はあった。

 

「ごめん、誕生日プレゼントは、帰ってから渡す」

「いつでもいいよ」

「何時ごろ、帰る?」

「6時までには帰ってる」

「わかった」

 

「ーーあすかがさ」

「あすかちゃんが、?」

「きょう起きてから、最初に『誕生日おめでとう』って祝ってくれたんだけど、」

「うん」

「…、

 

この1年で、お兄ちゃんを前よりずっと頼れるようになった、

 お兄ちゃんが頼もしくなった

 

 だってさ。」

「それは…そうだよ。

 もともと、頼もしくなかったわけじゃないんだけど、

 でも頼りない部分もあったよね」

「ハッキリ言ってくれるな…」

「でも、わたしがピンチのときには助けてくれた。

 

 そういう意味では、あなたは元からわたしのヒーローだったけど、

 この1年で、あすかちゃんにとっても、あなたは頼れるお兄ちゃんになってーー、

 あすかちゃんのヒーローにもなったんだよ」

 

「愛…」

 

「感激してるの?w」

 

「遅刻するぞ」

「  」

 

 

× × ×

 

@学校

 

「愛ちゃん、そのヘアブラシ、前は持ってなかったよね」

「きのうもらった」

「誰から?」

「センパイから。

 どのセンパイかは…秘密にするわけでもないけど、

 秘密にしておく。

 なんとなくw」

「わかったわ、じゃあ秘密ねw」

 

「寝グセがあるからーー直してるの」

「いい心がけだと思うわ」

「きょうは身支度する時間が短かったし」

 

髪を気にしてるのはーー、

じつは、それだけが理由じゃないんだけどね。 

 

「それ以上伸ばさないの?」

「さすがにねぇ」

 

「…………」

「ど、どしたの、アカちゃん」

「わかるわ、愛ちゃんの気持ち」

「ど、ど、どんな気持ち!?」

「わたしがーーハルくんに会いに行くときと、同じような気持ちなのね」

 

あー。 

 

「う、うん、だいたいあってるけどーーすこし、ちがうかな」

「そうなの…ごめんね」

「謝る必要ないよ。

 

 ただ…アツマくんとは、いっしょに住んでるから」

 

「会いに行かなくても…そばにいる。

 その意味で、少し違う、ってことでしょう」

 

「…さすがね、アカちゃんは」

 

「寝グセはそこだけじゃないわよ」

「Σ(;^_^)」

 

 

× × ×

 

戸部邸に帰宅して

 

「おーおかえり」

「ちょっと待っててね、部屋からプレゼント持ってくるから」

「あんまりあわてんなよ」

「わたしそんなにあわてんぼうじゃないもんっ」

 

とはいえーー、

 

部屋で普段着に着替えるとき、

制服にシワを残さないようにするとか、

そういうところは、

いつも以上にきちんとしておいて、

部屋を出て、階下(した)に降りた。 

 

「おーごくろうごくろう」

「なにが」

「いや、べつに」

「なによそれ」

「や、ふだんより、シャキッとしてるなって」

 

「ーー身だしなみのこと?」

 

「まぁな」

「曖昧な返事しないっ!

 せっかく、いよいよ誕生日プレゼントあげる、って段階なんだから。

 

 はい。(手渡す)

 

 あけてみて。」

 

「CDだ。

 

 ホルスト、『惑星』…って、

 クラシックかよ、これ」

 

「不満かしら?

 せっかく音楽鑑賞サークル活動してるんだから、音楽の教養の幅を広げてほしいなあと思ったの」

 

「不満じゃないけど、このCDを選んだのは、なぜ?」

「あなたにも馴染み深い旋律があると思って」

「ど、どゆこと」

 

 

・ピアノに向かうわたし

 

 

・「木星」の第4主題を弾くわたし

 

 

「えっ、これ平原綾香の『Jupiter』じゃん」

 

「そういうことよ。

『惑星』は全7曲だけど、そのなかに『木星』って曲もあって、『Jupiter』はそこからアレンジした歌なのよ。

 

 でも…わたしは、原曲もちゃんと知ってほしくて。

 

 ヘルベルト・フォン・カラヤンっていう指揮者、聞いたことないかしら」

 

カラヤン、っていう名前だけなら…」

 

「そのCDの指揮者がカラヤンなの」

「アッほんとだ」

「最高の指揮者の、最高の演奏を聴いてほしくて」

「そーいうことか。

 プレゼントありがとう、愛。

 

 じゃあ、早速これから聴いてみようよ、CD」

「エッ? いきなり」

「だって好都合にもCDコンポがすぐそばにあるし」

「ほんとうに好都合ね」

 

 

カラヤン指揮の『惑星』、再生開始~

 

 

 

「なぁ」

「?」

『音楽と本』っていうブログタイトルらしく、なってきたよな…

無駄口叩かないでよっ

 

 

 

 

【愛の◯◯】「羽田さんの、おかげだよ。」

放課後、

わたしのLINEに、

文芸部の香織センパイから、

メッセージが来ていた。 

 

図書館にきて。

 部長の引き継ぎ、やるから』 

 

× × ×

 

図書館

 

「はい来ました、香織センパイ」

「よくできました」

「えっと……部長の引き継ぎ、では……」

「ああ、そうだったそうだった。

 羽田さん、カウンターの奥に部屋があるから」

「えっ? あそこってたしか、司書の先生の仕事場なんじゃ」

「相談スペースもあるから」

 

× × ×

 

たしかにあった、

相談スペース。 

 

「羽田さん、肩の力抜いてよ~、お説教じゃないんだよ」

「そんな緊張してませんから」

「ほぐしてあげようか?w」

「まにあってますから」

 

「ーーで、

『引き継ぎ』と言っといてなんだけど、

 わたしから言うこと、あんまりないんだよね。

 羽田さんは、かならず立派な部長になるから。

 だから、アドバイスの代わりにーー」

 

「(受け取って)ヘアブラシ?」

「アドバイスの代わりに、あなたにあげる。

 わたしがしてあげられるのは、それくらいだから。

 学校にいるときは、それを持っておきなさい。

 ポケットにでも、しまっておくの」

「どうしてヘアブラシを、わたしにーー」

「ときどき寝グセがついてるもん、あなた。決して目立たないけど」

「Σ(・・;)」

「あなたそんなに髪長いんだから、手入れは入念にしておかないとね」

「(・・;)わかって…ます」

「(笑顏で)そしたら羽田さん、今よりもっとキレイになる」

「………」

 

「でも投げちゃダメよ」

「投げたらダメって…ヘアブラシを、ですか!?」

「(笑って)『アツマさん』に投げちゃったんでしょww」

 

ギクリ 

 

「話し…ましたっけ?? そんなこと」

「話したよぉ~?w

 話した、というより、会話の断片で、ポロリ、とね」

 

謎の記憶力。 

 

「あなたたち、ほんとう仲がいいのね。

 ケンカするほど仲がいいってより、

 ケンカする『から』仲がいいんだ、と、わたしは思う」

 

否定できない。

 

腑に落ちる意見…。 

 

 

 

「それで、引き継ぎというより連絡事項かな、児童文化センターのバイトは続ける方向で」

「はい。

 でもわたしーーあのセンターの常連になっちゃいましたw」

「やっぱり」

 

ふと、

香織センパイが、

何かを、

言いよどむような顔になった。

 

「どうしたんですか!?

 なにか言いにくいことでもあるんですか?

 遠慮なく言ってくださいよ、なんでも!

 香織センパイのほうこそ、肩に力が入ってーー、」

 

「う、うん、

 

 ただ、わたしに言う権利と責任があるのかって、ちょっと迷ってただけ」

 

「いったいどんなことですか? 言ってください!!」

 

「…羽田さんにとっては、少し先の話になるんだけど、」

「はい、」

「羽田さん、羽田さんが……大学に入ったら、」

「はい、」

 

教員免許を、とったらいいと思う

 

「(拍子抜けして)ーーはい。」

 

「(胸をなで下ろしたように)…よかった。羽田さんの未来に関わることだから、うかつに言いにくくて」

「権利とか責任とか、大げさですよ」

「学校の先生になれって言ってるわけじゃないよ。

 でも、免許をとっておいたらーーあなたの将来にとって、絶対にプラスになってもマイナスにはならない、

 そう思う。

 

 だけど、やっぱり羽田さん、先生に……、

 

 (ハッとして)いけない、まだ先の話だよね。

 それに、他人の進路の心配より、自分の進路の心配しろって言われちゃうよね」

「いえいえ、アドバイス、ありがとうございます」

 

教職員か。

 

それも選択肢の、ひとつなのかな。

 

今はまだ、ワンオブゼムだけど。 

 

 

「香織センパイ……

 今までご苦労さまでした。

 お世話になりました。

 ありがとうございます」

 

「こちらこそありがとう。

 羽田さんのほうが、教えてくれること、多かった」

 

「わたしが…センパイに…ですか?」

 

「羽田さんはわたしに文学を教えてくれた。

 羽田さんの文学の知識は圧倒的だった。

 羽田さんが文芸部に入ってくれなかったら、『古典がなぜ古典と呼ばれるのか』『名作はなぜ名作なのか』……知らないまま終わっていた。

 古典の価値を、名作の価値を、知らないまま。

 羽田さん、あなたは文学の意味を教えてくれたんだよ。

 あなたが、文学が存在する意味、文学を読む意味を教えてくれなかったら、わたしきっと10年後も、流行りの小説やライトノベルを読んでるだけのままだった。

 あなたが文芸部に来てから……わたしは、変わった」

 

 

(言葉が出ないわたし)

 

 

「それと、羽田さん、図書館の使い方も、教えてくれたよね。

 『レファレンスサービス』なんてことば、わたし知らなかった。

 司書の人に本の貸し借り以外のことを訊(き)くなんて発想、なかったもん。

 

 センター試験、受けてきたんだけど、

 わたしが図書館に行ってレファレンスコーナーで調べたことが、

 なんと試験問題に、出てきたんだよ!w

 

 羽田さんの、おかげだよ。」

 

こみ上げてくる。

 

なにかが。

 

なにかが、

 

眼に。

 

熱いものが。

 

 

ああ、感動するって、きっとこういうことなんだ。

 

 

「…泣く必要、ないでしょ」

 

「わたし案外、泣き上戸なんです(グスン)」

 

「泣かせちゃったね…

 泣かせちゃったからには、

 いま書いてる恋愛小説、絶対に完成させる。

 わたしが書いてるものが『文学』なのかどうかは、別の問題。

 たぶん、『文学』じゃないんだと思う。

 でも、

 だからこそ、

 なおさら、絶対に完成させるしかないじゃない。

 約束するよ。

 これが、むしろ、『引き継ぎ』かなw」

 

「グスン……恋愛体験を、作り出すんですね……」

 

「その気持ちにウソはない。

 作り出せる、

 違う、

 作り出すよ、わたしが」