それは、
放課後、
帰り道を歩いていたときのことだった。
・てくてくてく…と戸部邸への道を歩くわたし
<キュキューッ!
『コンニチハー、元気デスカー?』
「こんにちは…」
・遠ざかっていく自転車
何が起こったか、
一瞬、わからなかったが、
つまり、こういうことだ。
自転車がわたしの横でいきなり停まり、
見ず知らずの外国人女性にいきなり挨拶され、
思わず「こんにちは」と返答してしまった。
ただ…
わたしの性格上、
これで終わる話ではなかった。
× × ×
すぐさま全速力でダッシュし始めたわたしは、
懸命に自転車を追いかけて、
やっとの思いで追いついた。
「ちょっと!!
ちょっと…待って!!
待ちなさいよっ…!!」
・停まる自転車
・あえぐわたしを微笑んで見つめる外国人女性
「Who are you?」
「How are you?」
・英語で会話するわたしたち
『英語しゃべれるの? あなた』
『悪かったわね、英語ができて。
あなたいったいなんなのよ。
初対面よね?
いきなり話しかけてきて、なんのつもり?』
『素晴らしい発音だわ、まるでネイティヴみたい』
『おだてないで』
『ねえ、元気? あなた』
『元気だったらなんなの?
それとも、元気じゃないとでも思ったから、声をかけたわけ?
思わずオウム返しにあいさつしちゃったじゃないの。
それじゃあ納得できない人間もいるのよ』
『あいさつは誰にだってしていい権利があるわ』
『じゃあ、道行くひとみんなにあいさつしてるわけ!?
あなた、通報されても文句言えないわよ』
『みんな、じゃないけど』
『でも、あいさつは誰にだってしていい、ってさっき』
『あなたは特別』
『はぁ!?』
『考えごとしてたでしょ、あなた』
『どうしてわかるの……』
『危ないと思って。
考えにふけってて、電信柱にぶつかっちゃったら大変でしょう?』
『ぶつかるわけないじゃないっ!』
『なにか深刻なことを考えていたんじゃない?』
『全然見当違いね。
月末までにお小遣いで何冊本が買えるかってことを、計算していただけ!!』
・爆笑する外国人女性
『バカにしないでよっ』
『キュートね。』
『……どこが?』
『読書が好きなのね。
本が好きな人に悪い人はいない…そうパパが言ってた』
『えっ』
「ジュリア!」
「あ、
アツマくん!?!??!?!
こっ、この女の人と、知り合いなの!??!?!?!」
「アツマ!
この辺に住んでたのね!」
「ジュリアは……、
おれの大学の、留学生だ」
× × ×
戸部邸・リビング
「ワンダフルだわ。東京にこんなお邸(うち)があったなんて」
「日本語ふつうにできるのね」
「発音はね。
ときどき言葉を言い間違えたりするけど」
「ジュリア。
言い忘れてたわ、
わたしの名前は、羽田愛。
愛、でいいわ」
「アイ」
「なあに?」
「ファミリーネームがアツマと違うのね」
「居候(いそうろう)、ってやつよ。
わかる? 居候(いそうろう)って概念」
「わからないけど…、
アイとアツマが、仲がいいのは、わかるわ」
ドキン…
・アツマくんがコーヒーとお菓子を持ってきた
「アツマくん、CDかけっぱなしで外出てたでしょ、ダメじゃないの」
「あーわりーわりー」
「バッハの『G線上のアリア』ね」
「ジュリア! わかるの? クラシック」
「ちょびっと、ならw」
「ちょびっと…」
「この曲、『G線上のアリア』って名前なんだ。
しかもバッハだったんだ」
「(-_-;)わかんないで再生してたってどういうこと…」
「……、
ひらめいた!
『G線上のジュリア』www」
・拳を握りしめるわたしーー
「アツマ! それ、ひょっとして、日本のダジャレ!?」
「そういうことだ! ジュリア」
「(ノ≧∀)ノうわ~ww 日本の文化ね、ダジャレ!! 素晴らしいわ!!」
「(アツマくんの頭をはたいて)素晴らしくないっ!
サムい、って形容するのよ、こういうダジャレのことは」
「コールド?」
「そう、Adjective(形容詞)のコールド」
「アイ、もしかして今の反応、『ツッコミ』ってやつ?」
「Exactly!」
「愛おまえきょう言葉づかい変じゃねーか??」
「Strangeでもなんでもないわよ。
ジュリアはアメリカから来てるんでしょ?
だから、気を配って、日本語でも、言葉を選んでーー」
「おれにはそれが『配慮』とは思えんが」
「む、むずかしいのよ、異文化交流って」
「かえってぎこちなくなってる。
日本だろうがアメリカだろうがなんだろうが、同じ人間だろ?
もっと『ざっくばらん』でいいんだよ、コミュニケーションなんて」
「あんたの場合、ざっくばらんどころかガバガバなところがあるから心配なのよ」
「心配? どこが?」
「大学でーー」
「バカ」
「あんたにだけは言われたくない!」
「ジュリアを困らせたことなんか、一度もねーよ。」
「えっ……
それって、つまり、わたしより、ジュリアのほうが」
「『ほうが』、なんだ?
根本的に誤解してるだろおまえ」
「な、なにを、」
「コミュニケーションや、人間関係ってやつを。」
どうしていいかわからなくて、何も言えなくなった。
空回りしてるのーーわたし?
どうしようもなくなってきて、
バッハのCDの再生も終わり、
アツマくんとのあいだに、異常な気まずさーー。
「愛…おい、どうした、
どうした?
どうしたんだよ!」
・アツマくん、わたしの両肩をつかんでくる
「(笑いながら)ノープロブレム、ノープロブレム」
「ジュリア…
ごめん、ジュリア、
英語で話したほうが、ナチュラルだったかな、やっぱり」
「ノープロブレムよ、アイ。
そのままのあなたで、だいじょうぶだから。
ま、そんなに気をつかわないほうが、もうちょいナチュラル、かな?w」
「ーーきれいな日本語。ジュリア」
「ありがとう、アイ。
おもしろいことばっかり起こるねー、きょうはw」
ジュリアはーー、
いきなり見ず知らずのわたしに話しかけてきた。
そういう意味では、おかしな出逢いだったけどーー、
ジュリアは悪い人じゃない。
そのことだけは、確信できる。
「アイ、アツマ」
「なに?」
「なんだ?」
「あなたたちのやり取り見てて、思ったーー
ステディって、やっぱいいものよね…って」
「ーーーーーーー」
「愛よ、なに顔赤くなってんだ? おまえ」
「わからないのっ!?
わかるでしょ!? わかってよむしろ!!」
そのあとーー
「『G線上のアリア』の『G線(ジーセン)』はほんとは『G線(ゲーセン)』なのよ」
というジュリアの無茶振りから、
ゲーセンつながりで、わたしたち3人は、なし崩し的に近所のゲームセンターに赴(おもむ)くことになり、
ジュリアのたっての希望で、
プリクラを撮りまくる羽目になり、
ーー、
ジュリアと仲良くなれたのはいいものの、
わたしとアツマくんの関係は、
案の定…完璧に、お見透しになってしまったのでした。
(このパターン、何度目!?)