放課後、
わたしのLINEに、
文芸部の香織センパイから、
メッセージが来ていた。
『図書館にきて。
部長の引き継ぎ、やるから』
× × ×
図書館
「はい来ました、香織センパイ」
「よくできました」
「えっと……部長の引き継ぎ、では……」
「ああ、そうだったそうだった。
羽田さん、カウンターの奥に部屋があるから」
「えっ? あそこってたしか、司書の先生の仕事場なんじゃ」
「相談スペースもあるから」
× × ×
たしかにあった、
相談スペース。
「羽田さん、肩の力抜いてよ~、お説教じゃないんだよ」
「そんな緊張してませんから」
「ほぐしてあげようか?w」
「まにあってますから」
「ーーで、
『引き継ぎ』と言っといてなんだけど、
わたしから言うこと、あんまりないんだよね。
羽田さんは、かならず立派な部長になるから。
だから、アドバイスの代わりにーー」
「(受け取って)ヘアブラシ?」
「アドバイスの代わりに、あなたにあげる。
わたしがしてあげられるのは、それくらいだから。
学校にいるときは、それを持っておきなさい。
ポケットにでも、しまっておくの」
「どうしてヘアブラシを、わたしにーー」
「ときどき寝グセがついてるもん、あなた。決して目立たないけど」
「Σ(・・;)」
「あなたそんなに髪長いんだから、手入れは入念にしておかないとね」
「(・・;)わかって…ます」
「(笑顏で)そしたら羽田さん、今よりもっとキレイになる」
「………」
「でも投げちゃダメよ」
「投げたらダメって…ヘアブラシを、ですか!?」
「(笑って)『アツマさん』に投げちゃったんでしょww」
ギクリ
「話し…ましたっけ?? そんなこと」
「話したよぉ~?w
話した、というより、会話の断片で、ポロリ、とね」
謎の記憶力。
「あなたたち、ほんとう仲がいいのね。
ケンカするほど仲がいいってより、
ケンカする『から』仲がいいんだ、と、わたしは思う」
否定できない。
腑に落ちる意見…。
「それで、引き継ぎというより連絡事項かな、児童文化センターのバイトは続ける方向で」
「はい。
でもわたしーーあのセンターの常連になっちゃいましたw」
「やっぱり」
ふと、
香織センパイが、
何かを、
言いよどむような顔になった。
「どうしたんですか!?
なにか言いにくいことでもあるんですか?
遠慮なく言ってくださいよ、なんでも!
香織センパイのほうこそ、肩に力が入ってーー、」
「う、うん、
ただ、わたしに言う権利と責任があるのかって、ちょっと迷ってただけ」
「いったいどんなことですか? 言ってください!!」
「…羽田さんにとっては、少し先の話になるんだけど、」
「はい、」
「羽田さん、羽田さんが……大学に入ったら、」
「はい、」
「教員免許を、とったらいいと思う」
「(拍子抜けして)ーーはい。」
「(胸をなで下ろしたように)…よかった。羽田さんの未来に関わることだから、うかつに言いにくくて」
「権利とか責任とか、大げさですよ」
「学校の先生になれって言ってるわけじゃないよ。
でも、免許をとっておいたらーーあなたの将来にとって、絶対にプラスになってもマイナスにはならない、
そう思う。
だけど、やっぱり羽田さん、先生に……、
(ハッとして)いけない、まだ先の話だよね。
それに、他人の進路の心配より、自分の進路の心配しろって言われちゃうよね」
「いえいえ、アドバイス、ありがとうございます」
教職員か。
それも選択肢の、ひとつなのかな。
今はまだ、ワンオブゼムだけど。
「香織センパイ……
今までご苦労さまでした。
お世話になりました。
ありがとうございます」
「こちらこそありがとう。
羽田さんのほうが、教えてくれること、多かった」
「わたしが…センパイに…ですか?」
「羽田さんはわたしに文学を教えてくれた。
羽田さんの文学の知識は圧倒的だった。
羽田さんが文芸部に入ってくれなかったら、『古典がなぜ古典と呼ばれるのか』『名作はなぜ名作なのか』……知らないまま終わっていた。
古典の価値を、名作の価値を、知らないまま。
羽田さん、あなたは文学の意味を教えてくれたんだよ。
あなたが、文学が存在する意味、文学を読む意味を教えてくれなかったら、わたしきっと10年後も、流行りの小説やライトノベルを読んでるだけのままだった。
あなたが文芸部に来てから……わたしは、変わった」
(言葉が出ないわたし)
「それと、羽田さん、図書館の使い方も、教えてくれたよね。
『レファレンスサービス』なんてことば、わたし知らなかった。
司書の人に本の貸し借り以外のことを訊(き)くなんて発想、なかったもん。
センター試験、受けてきたんだけど、
わたしが図書館に行ってレファレンスコーナーで調べたことが、
なんと試験問題に、出てきたんだよ!w
羽田さんの、おかげだよ。」
こみ上げてくる。
なにかが。
なにかが、
眼に。
熱いものが。
ああ、感動するって、きっとこういうことなんだ。
「…泣く必要、ないでしょ」
「わたし案外、泣き上戸なんです(グスン)」
「泣かせちゃったね…
泣かせちゃったからには、
いま書いてる恋愛小説、絶対に完成させる。
わたしが書いてるものが『文学』なのかどうかは、別の問題。
たぶん、『文学』じゃないんだと思う。
でも、
だからこそ、
なおさら、絶対に完成させるしかないじゃない。
約束するよ。
これが、むしろ、『引き継ぎ』かなw」
「グスン……恋愛体験を、作り出すんですね……」
「その気持ちにウソはない。
作り出せる、
違う、
作り出すよ、わたしが」