【愛の◯◯】踏み込み過ぎて痛かった

 

愛に訊かれた。

『高校生のとき、男の子とつきあったことあるの?』

と。

わたしは答えた。

『3年間で、2回』

と。

嘘ではない。

高校時代に、2人の男子とつきあった。

高1のときと高3のときだ。

率直に言って、良い思い出はあまり無い。

終わったコトなのに、いまだに後悔の念が襲ってくるときもある。

わたしにとって痛い過去。

 

× × ×

 

高校生になったばかりの頃につきあった男子。

『カズ』

というニックネームのクラスメイトだった。

わたしは最初は彼を本名で読んでいたけど、距離が近づくにつれて『カズ』と呼ぶようになっていた。

 

1学期の終わり頃。7月だった。

雨が降っていたと思う。

旧(ふる)いほうの校舎。だれも寄りつくことの無いような教室。その横の廊下。

わたしの前にカズが立っていた。

恋人になりたいと望むときに言うことをカズは言った。

詳(つまび)らかには思い出せない。でも、告白するのに慣れていないような言いかただったと思う。

わたしだって慣れていなかった。告白されるのなんて。

彼氏いない歴15年だったんだから。

された途端に、ドキドキし始めた。

慣れていなかったし、眼の前のカズの顔がとても赤くなっていたから。

このドキドキは『そういう』気持ちなんだってことを自覚した。

だから、わたしは距離を一歩詰めて、カズの告白を受け入れた。

 

彼氏彼女になった帰り道。いきなり相合い傘で帰った。

相合い傘の傘はカズの傘だった。

「もっとおれに近寄らないと、制服が濡れちゃうぞ」

「少しぐらい濡れたっていいから」

「ダメだろ。乾かすのに手間がかかる」

「女子の制服のことそんなに分かった気でいるのね」

「ん……」

うろたえ気味になったカズが微笑ましくて、急接近してあげた。

その帰り道でわたしの夏服はほとんど濡れなかった。

 

夏休みが近づいていた。

貴重なお小遣いで生まれて初めてファッション雑誌を買った。

授業が終わって、カズと一緒に帰り道を歩く。時には手を繋いだりもして。

「じゃあね。またあした」と言い合って別れ、帰宅する。

自分の部屋に入り、着替えて、白い夏服をハンガーにかける。

すぐさま勉強机にファッション誌を広げる。

両親の眼が怖かったから、雑誌に眼を通すのは1時間弱だった。

でも、それが家で過ごすときの最大の楽しみだった。

カズという彼氏ができた。世界が広がった。

世界は限りなく広がっているように思えた。

 

× × ×

 

夏休みになった。

親にはうまく誤魔化して、カズとのデートに出掛けた。

やりくりできる範囲内で精一杯おしゃれをして、彼と会い、ごはんを食べたり、遊んだりした。

とある植物園に入ったときのことだ。

温室栽培の花を前にして、カズがわたしのおしゃれをホメてくれたのだ。

大井町(おおいまち)」

名字を呼んでから、彼は、

「カワイイ服着てんじゃねーか」

と言ってくれた。

言われた瞬間、好きな気持ちが昂(たか)ぶって、季節外れの温室育ちの花々が意識から消えて、いったんは顔の火照りをさとられたくなくて俯いたけれど、自分の想いを見せたかったから、顔を上げてカズを一生懸命見つめた。

 

× × ×

 

2度目のデートのあとで、カズの自宅に誘われた。

もちろんわたしは首を縦に振った。

 

カズの家のダイニング・キッチンで、2人だけでカルピスソーダで乾杯した。

「ねえ。そろそろ名前で呼んでくれてもいいと思うんだけど」

「呼んでほしいのか?」

「ほしい。『侑(ゆう)』って」

「じゃあ呼ぶ」

「呼んで。いますぐに」

「侑」

「……なあに」

「おまえ、今日みたいにジーンズ履(ば)きのほうが似合ってんのかもしれない」

「……わたしの脚を見てるの?」

「見てる。見て悪いか? おれはおまえのカレシなんだぞ。べつに気色悪くねーだろ」

少しわたしは戸惑っていた。

カズが脚を見ているということよりも、『ジーンズ履きが似合ってる』と言われたのが予想外で、戸惑っていたのだ。

 

カズの家に入ったときには夕方の4時半をもう過ぎていた。

『ご両親が帰ってきたら、きちんとご挨拶しなきゃ』

決意を固めていたから、

「そろそろあなたのご両親も帰ってくる時間帯よね」

と、2杯目のカルピスソーダのグラスを置いてカズに言った。

ところが、

「……そっか。侑は、そう思ってたか」

と、歯切れ悪くカズは言ってきた。

「どういう意味なの、それ」

訊くわたしのココロに不穏さが芽生えた。

不穏さの芽が伸びていく前に、彼の口から、

「おまえ、思い込んでたんだな」

「思い込んでた……? あなた前もって言ってたじゃない。『父さんと母さんも歓迎してくれるよ』って」

「あれはウソだ」

いきなりズブリと言われた。

ウソ、とカズは言った。

彼のご両親に関する思い込み。

歓迎してくれるご両親にご挨拶できるという期待がわたしにはあったのに。

一瞬でカズは裏切った。

『ウソだ』というたったひとことで裏切った。

夏なのに寒かった。体感温度が急激に低下し、ココロが凍てつき始めた。

いきなりカズが音を立てて椅子から立ち上がった。

一気にわたしに近づいて、左腕を引っ張って立ち上がらせた。

カズの胸に押し付けられた。

カズはまだ15歳だったから、160センチ台後半の成長途上で、さほど胸板は厚くなくて……その微妙な感触が、状況ゆえに、気持ち悪かった。

無理やりわたしはカラダを引き離した。

開く、距離。

カズの顔色のほうがわたしの顔色より青くなっているように見えた。

震えているような口。

結局はなにも言えず、俯くカズ。

わたしもしばらく言語を喪(うしな)ってしまっていた。

 

それから、10分間以上、互いの時間は停止していた。

 

「さ、さよならっ」

 

わたしは、こう告げるしかなかった。

玄関まで駆け足で逃げた。

暴力的に玄関ドアを開けて、外に逃げ出して、また駆け足になった。

 

なにがなんだか分かるわけも無かった。