【愛の◯◯】最悪な日曜日

 

ひどく悲しい夢を見てしまった。

・病室で泣いているお母さんとお兄ちゃん

・お父さんに抱っこされたり肩車されたりしているわたし

この2つの情景が、代わる代わる、フラッシュバックみたいに現れる。そんな悪夢だった。

亡くなったお父さんに関わる夢。

感傷的なんてものじゃない。

ただひたすら悲しい。「悲しい」というコトバがいくらあっても足りない。

お父さんはわたしが幼い頃に病死したから、なおさら。

数少ないお父さんの記憶が、悲惨なイメージに成り代わり、わたしの脳内を抉(えぐ)る。

夢から覚めたら、あり得ないくらいの頭痛がしてきた。鈍くて、重い。ベッドから身を起こすのを妨げてくる。

怖くて、悲しくて、痛くて、どうにもならない。どうにもならない度合いが強すぎて、涙すらも出てこない。ベッドから動く気力も完全に奪われている。

おまけに、昨夜、エアコンをつけないまま寝てしまうという失策を犯したから、部屋がすさまじくヒンヤリとしている。冬の寒気(かんき)に包まれた部屋が、わたしをネガティブの底の底に陥れる。

マイナスの感情と思考がグルグル頭を巡る。頭痛がガンガンガンガンわたしを叩いてきて、打ちのめす。

 

ベッドから出られたのは90分後だった。

 

× × ×

 

慌ててつけたエアコンも効果があまりない。

 

『せっかくミヤジと別れた悲しみも癒えてきたのに。今度はもう帰ってこないお父さんのコトが、わたしを苦しめてくるなんて』

 

もうお父さんは帰ってこない。もう、会えない。

お父さんとの微かな記憶が、痛みを伴ってわたしを襲ってくる。

起き上がって、しばらく経って、涙腺が刺激されてくる。

ボタボタ落ちる涙をティッシュで拭こうとする。でも涙はなかなか乾いてくれない。

ベッドにうつ伏せになってしまって、枕に顔面を押し付けてしまう。

悲しい夢の延長線上みたいな状況。

靴下を履いていないから、足先が冷える。その冷えが全身に染み通って、ココロが凍てつく。

 

× × ×

 

過去がつらくて悲しいのを、ぜんぜん振り切ることができない。

食欲が無くて、朝ごはんを抜く。

『なにか食べなきゃ』と思ってお昼にインスタントラーメンを作った。でもインスタントラーメンを選んだのが失敗で、わたしの胃袋ばかりでなくココロも重くするだけだった。

 

最悪な日曜日って、こんな日曜日なんだろう。

 

リビングのソファに仰向けに寝転んでしまう。眼を閉じて、必死にココロとカラダを休めようとする。

やがてわたしに訪れたのは浅い眠りだった。

浅い眠りだったから、ココロもカラダもなんにも休まらない。

眠りの浅さに起因する頭の鈍痛で身を起こせず、高い天井を見つめる。

だれかが毛布を掛けてくれていたことに気づいた。

たぶん、お母さんだと思う。

 

ごめんなさい、お母さん。

お父さんが居なくていちばんつらいのは、お母さんなんだよね。

わたし以上に、喪(うしな)った痛みがあるのに。わたしは、こんな体(てい)たらく。

 

× × ×

 

流石にサナさんもわたしの異変に気づいていて、

「浮かない顔してるね、あすかちゃん。調子悪いんだったら、シャンプーしてあげよっか」

と美容師さんらしいコトバを掛けてくれる。

「頭痛もあるんでしょ?」

「あります」

元気の無い声で答えて、後悔し、自分を嫌悪する。

「せっかく邸(いえ)にシャンプー台もできたんだし」

わたしの右斜め前のソファに座ったサナさんはそう言って、それから、

「どこまであすかちゃんを元気にしてあげられるかどうかは、分かんないけど。わたしにできることは、してあげたいから」

 

× × ×

 

美容院でシャンプーしてもらうのと同じ体勢で、してもらう。

してもらってから、上半身の凝りやすいところを隈なくマッサージしてもらって、髪を乾かしてもらう。

 

「どうかな」

わたしの背後に立つサナさんに問われる。

「少しは気分、晴れたかな」

正直なキモチを言うのがすごくつらかった。

サナさんに対して、自分の素直なキモチを、素直に伝えたくない。こんなのは、初めて。

見えないなにかに締め付けられて、無言になる。不甲斐なさを自覚して、自覚しまくって……。だから、本当に思っているコトを、言い出せない。

「晴れないかな。まだ」

悪気の無い彼女のコトバが、胃袋の奥まで突き刺さる。

泣き出してしまうような状況だったけど、なぜか泣けない。

「ごめんね。チカラになれなくって」

謝られて、申し訳無さが10倍になる。

10回以上、首をブンブン横に振るのを繰り返す。

「いいんだよ」

今のサナさんの表情を知るのが、怖かった。

優しい苦笑いの表情なんだと思う。

だけど、だけど……わたし、サナさんの「まごころ」に、うまく応えることができなかったから、だから……!!