【愛の◯◯】文化の日のおれの「秘密」

 

『都内某大型書店に行きたい!』ということを愛が強烈に主張してきた。だからふたりで出かけていった。

やっぱり愛のヤツは、文化の日なんだから書店に出かけていきたかったんだと思う。

出版「文化」とか言うもんな。

読書の秋も深まり過ぎなくらい深まっている。

 

「そうよアツマくん。読書の秋が深まってるから、あなたは必ずここで本を購入して、帰ったらすぐに読むのよ?」

いきなり愛のヤツがコトバを発したのでギョッとした。

それに、

「『そうよ』ってなんだよ『そうよ』って。『そうよ』を付ける意味が無いだろ。意味無いというか、意味分からん」

なぜか愛は細い眼でじーーーっとおれの顔を見て、

「『あなたのココロを読んだ』って言ったら、ビビる?」

えぇえ……。

「ビビるよりもドン引(び)く」

「引かないで。あなたの内面でどんなモノローグが為(な)されているのか、手に取るように分かるんだから」

そう言って、

「長い付き合いでしょ?」

と、ニコリと笑う。

冬が到来したように背筋に寒気を覚えつつ、短歌や俳句の棚へ移動するおれ。

ここは文芸書フロアなのであった。

「あら」

素早く愛がついてきて、プライベートゾーンなどお構いなしに自分の顔を寄せてきて、

「短歌や俳句にでも興味あるの?」

「……なんとなく見てみたかっただけ」

「曖昧ね」

少し背伸びしたかと思えば、

「短歌なら川又さんが詳しいわよ」

と自分の後輩に言及する愛。

「詳しいらしいな」

「実作もしてるし」

「あれか? 彼女はワセダで日本文学やってるって言うじゃねーか。和歌とかも勉強してるってことだよな」

途端に愛の顔が苦くなって、

「勉強してない可能性なんてあなた考えてたの!?」

「いやそーゆーわけでは」

「あなただって専攻や大学の偏差値は違えど文学部に居たんでしょ。どうしてそんなに浅ましい無知をさらけ出すわけ」

愛のパンチがおれの左脇腹に食い込んだ。

愛ちゃん。

体罰はやめよう。

やめるべきだし、そんなパンチ全然痛くないですよ。

 

おれたちは海外文学がひしめき合っている棚付近に移動する。

「ふう。知らない横文字の作家ばかりだぜ」

何気なく言うと、

「わたしもよ」

と愛が驚愕の発言。

「キミは……知らない作家のほうが、少ないんでは」

「バカね」

今回も『バカ』と言いやがった可愛げの無い美人は、

「知らない作家も読んでない作家も星の数ほど、よ。特にこういった海外文学だとなおさら。世界は広いの、地球は大きいの」

「ん……そんなもんか」

キミは出逢ったときから文学少女であったと認識してるんですがね。

岩波文庫の「赤」で読んでない本のほうが少ない』とか、過去に言ってませんでした?

岩波文庫だけが文学の世界じゃないでしょう?」

うぉっ……。

「今のは完全におれのココロを読んでたな、愛」

「そうね。読み切ったわね、あなたのココロ」

そう言ったかと思うと、棚の上方(じょうほう)に背伸びして、とても分厚いハードカバーの小説を抜き出す愛。

 

× × ×

 

夕暮れの色が濃くなっていた。

道を歩く。

愛の手提げバッグが重そうだ。なぜなら、小説本だけで1万円以上も使っていたのだから。

「おい、持ってやろーか? そのバッグ」

「自分が買った本は自分で持ちたいし。自己責任よ」

「自己責任だなんて、軽々しく言うもんでもない」

「確かにね。社会人であるあなたのほうが、『責任』については良くわきまえてるんでしょう」

軽く溜め息をついてからおれは、

「『責任』云々で話を引っ張らんでおこうぜ。祝日なんだから、社会がどうとか責任がどうとか、重い話を続けたくない」

おれの相方は素直に、

「ごめんなさい」

と謝る。

重苦しい空気だけは避けたくて、

「や、なーんかヘンな流れになったのは、おれのせいのほうが大きいし」

と言い、それとなく相方の左肩をポォン、と叩いてやる。

「悪かったです、愛さん。」

「……アツマくん。あなたって」

「?」

「わたしの名前に『敬称』を付けること、意外に多くない?」

「そうかねえ」

「呼び捨てのほうがわたしは好きよ」

「承知しました」

「そういうおフザケの敬語もペナルティ寸前」

「ペナルティ寸前ってなんじゃいな、愛」

「あ、呼び捨てしてくれた。やっぱりあなたのことが大好き……」

ステキな笑顔を見せられてしまった。

ので、顔面のほっぺた付近が熱を帯びてしまう、おれ。

 

× × ×

 

さてと。

祝日なんだが、「ひと仕事」。

 

× × ×

 

「夕ご飯は特に決めてなかったでしょ? 適当に近場のお店で済ませちゃいましょうか」

「ちょーっとまった」

「え?」

「待つんだ、愛」

「ま、待つって」

「あのな」

「アツマくん……!?」

故意に小さな笑い声を出し、少しだけ目線の向きを下にする。

それから、もう一度目線を上昇させていき、穏やかな顔つきで愛を見つめることに努め、そしておれは、

「愛。サプライズだ。

 夕飯のレストラン、もう予約してあるんだよ

言われた愛。

深い衝撃を受けているご様子で、

「え!?

 えっ!?

 えええっ!?!?」

と、驚きの大きさをひたすらに伝えてくる。

「ビックリしたよな」

と言っておれは、

「伏せてたし。秘密にしてたし。バレたらカッコ悪かったが、ここまで上手く引っ張ることができて良かった」

驚きが大き過ぎて、『ありがとう』すら言うことができなくなった相方。

そんな相方の今の表情が、素直に可愛いと思った。いつも以上に可愛いと思った。

だから。

いつもとは真逆に、おれのほうから、愛に腕を絡めていって、

「行こうぜ。本も『文化』だが、メシだって『文化』だ。なんてったって食『文化』って言うんだもんな☆」

と、予約したレストランへと誘(いざな)っていく。