【愛の◯◯】忘れない 忘れたくない

 

2年生コンビの拳矢(けんや)くん&成清(なりきよ)くんが、声優トークにうつつを抜かしている。

お題は、これまでにプリキュア役を演じたことのある声優について。

いくら『オトナプリキュア』が放映中だからって。

不毛の中の不毛だよねえ。

 

おびただしい数の女性声優の名前が飛び交う不毛なやり取りのノイズに苦しめられる中、わたしが幹事長職を譲り渡す羽田愛さんに必須書類一式を手渡し、

「分からないことがあったら連絡してね。わたし卒業して社会人になっても、いつだって羽田さんのことサポートしてあげたいから。だからいつでも訊いてきて? 遠慮無く」

と伝え、

「約束する。」

と力強くコトバを送る。

羽田さんの美人顔が感激顔になって、

「ミナさん……ありがとうございます……ミナさんは本当に素敵な先輩……!」

たはは。オーバーなぐらい感激されちゃってる。

でも嬉しい。

「羽田さん。泣きそうじゃん。あなたみたいな美人に涙はちょっと似合わない」

「嬉し涙でもですか?」

「あーっ」

なるほどね。

「嬉し涙だったら、ちょっち拝んでみたいかも」

「『ちょっち』って。『拝む』って」

感激したまま苦笑する羽田さん。

いつの間にか拳矢くん&成清くんがプリキュア声優談義をストップさせ、羽田さんの劇的に美しい表情に見入っていた。チョロい。

「これだから、男子ってー」

2年生男子コンビのほうに向くこと無く棒読みで言うわたし。

「ミナさん、後輩男子をあんまりからかうのも」と苦笑の超美人な新たなる幹事長は。

「チョロすぎるのがいけないんだよ、チョロすぎるのが」とわたしは後輩男子に容赦ない態度を押し通す。

 

しばらくするとチョロすぎ後輩男子コンビは、またもやプリキュア声優談義をやり始めた。

懲りないというかなんというか。

放っておこう。

「ねえ羽田さん。敢えてあなたに要望することがあれば、男子どもをしっかりと『シメる』こと」

「『シメる』?」

「難がある男子がこのサークル多いから。厳しすぎる態度に出るぐらいがちょうどいいと思うよ」

「えー」

羽田さんが素直に要望に応じてくれない。

なんでどうして。

「わたしは、優しくしたいです。男女の別とかなく。みんなに優しく、わたしの名前のごとく、『愛』に溢れた幹事長に――」

「や、や、優しくするだけが、『愛』じゃないよね!?」

「どうして急激にテンパるかな」

羽田さんの強烈な苦笑い。

同性であっても、否、同性だからこそ、その苦笑いにドキン!! としてしまう。

 

完全にドキンちゃん状態になって、10分経ってしまった。

もう引き継ぎでやるべきことは残っていない、はず。

はずだから。

改めて羽田さんにまっすぐ向き合い、すううううっ……と息を吸い込んでから吐き出す。

そういう深呼吸のあとで、

「引き継ぎ、終わらせてもいいよね?」

とわたし。

「ハイ」

と羽田さん。

じゃあ。

だったら。

わたしは、ゆっくりと両手を上昇させていく。

その上昇させた両手を、スッと伸ばしていって、それから、勇気を出して、羽田さんの両肩へとくっつけていく。

彼女の柔らかい両肩をフニュ、とつまんだ。

わたしの両手を彼女の柔らかな両肩に触れさせ続けた。

スキンシップ絶賛発動中。

不毛なプリキュア声優談義が引き続きノイズだ。

アホな2年男子コンビはわたしのスキンシップ行為に気づけていない。

新米幹事長の羽田愛さんだけが、顔面を赤くしている。

ミナさん……どうして

「なにも言わなくていいんだよ。愛さん。」

「えっ、ええっ、いまわたしを、下の名前で」

「うん。呼んだよ、愛さん。」

 

× × ×

 

『愛さん』は帰った。

アホな2年男子コンビも退室した。

入れ替わりに入室してきたのは、うだつの上がらない4年男子たる郡司くんと松浦くん。

文字数の都合で詳細は省くが、松浦くんがマヌケなことを言ったので即座に咎め、連帯責任で郡司くんとふたり合わせてお説教のシャワーを浴びせた。

お説教のシャワーを浴びたせいで風邪でもひいたのか、「飯(メシ)に行ってくる!」とひとたまりもないご様子の松浦くんがサークル部屋を抜け出す。

したがって、郡司くんとわたしだけが取り残された。

 

「ねえ郡司くん。郡司くんは旧・副幹事長で、わたしは旧・幹事長だよねえ」

「それがどーかしたのか」

「事実でしょ」

「事実を言ったからなんなのか」

「アホバカ」

「おおいコラッ!?」

「決めた。退室時刻を15分前倒しにして、いま部屋を出る」

「え、おれ1人になるんか」

「ううん??」

首をブンブンと横に振って、

「郡司くんも出るんだよ」

「マジか」

「劇的にマジ」

「……」

 

× × ×

 

秋の夕暮れ。

せつない。

 

帰り路(みち)。

『明日は文化の日だよね。文化の日がなんで11月3日か、郡司くん知ってる?』と尋ねたら、1秒後に『知らん』と言われた。だからカバンで右脇腹を叩いてあげた。

 

「暴力反対なんだが」

やれやれ、といった様子の郡司くん。

「わたしも暴力反対派」

「矛盾だらけな!?」

彼に構わず、

「暴力反対だけど、スキンシップは賛成かな」

「はぁ!?」

「あのねわたし、さっき、部屋に郡司くんがまだ来てないとき、羽田さんの両肩を掴んじゃったの。抱きつくような勢いだった。さすがにハグまでは行かなかったけど」

「すごいことやるな……」

郡司くんを、軽く鼻で笑ってあげる。

「引き継ぎだったから。……郡司くんだってワッキーに引き継ぎはしたんでしょ?」

首肯(しゅこう)の彼に、

「よくできましたシールがあいにく無いんだなー、これが」

と回りくどく言って、それから、

「これでわたしたち、晴れて無職」

と、大笑いで言ってみる。

「すぐに無職じゃなくなるだろが。互いに内定、出てんだから」

「そだね」

軽く応えて、

「わたしのほうが年収高いのは、確定」

と未確定なことをわざと言う。

それから。

それからそれから。

 

「ねぇ……今だけ、今のほんの数十秒間だけ、クラスメイトだった時代(とき)に戻ってあげる。クラスメイトだった、高校時代に……」

 

と、甘く言い、甘く言ったあとすぐに、自分の左手で郡司くんの右手をちょこん、と握ってあげる。

「高輪!? どういう気で……」

「郡司くんはホントにホントにデキの悪い高校時代のクラスメイトだねぇ」

「ぬぬなっ」

「ひとことで言ってあげるよ!」

 

郡司くんと。

そして、秋の黄昏(たそが)れた空に、向かって。

 

忘れたく、ないのっ!!