『愛』
『どうしたの? 侑(ゆう)』
『……あのね』
『ずいぶんと弱々しい声ね』
『あのね……あのね……』
『どーしたのよ♫』
『へ……ヘルプを』
『ヘルプ? ――ああ、助けが欲しいのね』
『そう……。助けて欲しい。できたら、わたしのアパートまで……』
× × ×
侑の声があまりにも弱々しかったので、すぐさま出かけていくことにした。
西武新宿線に乗って、彼女のアパートへ。
ドアを開けた侑がどよよ~ん、としている。
元気がまるで感じられない。
せっかくの綺麗な黒髪に寝グセができている。
そして目線は下向き。
わたしと眼を合わすことすらできない彼女に、
「入るわよ?」
と告げ、おそらく凄惨な状態になっているだろうと思われる部屋へと進んでいく。
やはり部屋は荒れていた。いろんなモノが散乱している状態だ。
「あらあらまあまあ」
と、ややオーバーにリアクションしてから、ベッドに腰掛けている侑に振り向いてみる。
「これは派手にやったわねえ」
と言うわたし。
侑がどんどん沈み込んでいく。
ジーンズの膝の少し上あたりで指を組み、鬱屈としている侑。
そんな彼女にゆっくりと歩み寄って、まるでお母さんな気分で彼女を見下ろして、
「『どうにもできない』って思ったから、助けを求めたのね?」
小さな頷き。
「偉い。賢明な判断」
とわたしは言い、
「安心して」
と言い、
「これぐらいなら、1時間未満でなんとかなるから」
と告げ、慰めの気持ちでもって、落ち込みの左肩に右手をポン、と乗せてあげる。
× × ×
「ハイ、元通り」
散乱しているモノが片付けられた部屋を見渡しながら言う。
部屋を清潔に修復する能力に自己満足になっていると、
「ありがとう」
と背後から、か弱い声。
振り向いて、侑の様子を確かめて、『頭をナデナデしてあげようかな』とか母性本能でもって思うものの、ナデナデをする代わりに、
「どういたしまして」
と言って、ベッドに着座の侑と同じ目線になって、
「ちゃんと『ありがとう』って言えたね~」
とホメてあげる。
美人な愛ちゃんスマイルがくすぐった過ぎたのか、顔を横に逸らしてしまう侑。
「わたし……小学生じゃないから。子どもをあやすように言わないで」
反発。
「愛、あなたにお母さん役を演じられると……恥ずかし過ぎるぐらい、恥ずかしい」
照れてるわねぇ。
床にペタン、と両膝をつけて座るわたし。
それから「……」と敢えて無言のジト目で彼女を眺める。
「なに? なんなの」
顔に発熱の兆候。
それがカワイイと思って、わたしは、
「あなたの反抗期ってこんな感じだったんでしょ♫」
「う、うるさいわね!? あなたにわたしの反抗期のなにが分かるのよ」
「分かってあげたいなー。親友なんだから」
「……」
「『お母さん役を演じられると恥ずかしい』って侑は言うけど」
「……なに」
「『こうなった』事情を教えてくれなかったら、わたしますます『お母さん』になっちゃうわよ?」
「い、いやだ、それだけはいやだっ」
「じゃあ説明しなさい!」
――依然として、わたしの美人女子大学生スマイルをまともに見ることができていない。
やっぱりカワイイ。
× × ×
アルバイトの詰め込み過ぎが原因だったみたい。
9月に入っても大学の長期休暇は続くから、休暇が明けるまでに稼いでおきたかった……と。
「でも、カラダを壊しちゃったら、元も子もないじゃないの」
まさに図星の顔になった侑。
ズボーン、って。
あまりにズボーン、だったのか、なにもコトバを返せなくなる。
カワイイけどカワイソウなので、腰を上げて、ベッド座りの彼女の左隣に着座してあげる。
「幸い体調は崩してないみたいだけど」
さりげなく肩を寄せて、
「メンタルは崩落寸前で。こうしてわたしが来てあげなかったら、後期の開始早々から不登校になってたかも」
と言って、
「大学、やめたくないでしょ」
と、軽く引っ付いてみる。
わたしのスキンシップ行使のおかげで、やや気持ちがほぐされたのか、
「正しいことを言うのね、あなたも」
と持ち直った声で言い、身を預けるようにしてわたしの右肩に体重をかけてきて、
「フザけたようなこと喋るのも、しばしばだけど」
と付け足す。
まったく、侑ってば。
「今回はなにからなにまで、わたしの敗北だわ」
こらこら。
「そんなこと言わないっ。助け合いに『勝ち』も『負け』もあるなんて思う?」
「確かに」
侑がわたしの右手を握ってきた。
わたしは握ってくる左手を見て、
「あなたの手ってキレイね。流石だわ」
「『キレイ』だっていう根拠、どこにも無いと思うんだけど」
「素直に喜びなさいよ」
「ヤダ」
「手もキレイ。それに、脚だってキレイ」
「ま、またそんなスケベなこと言って!!」
「侑~? 素直になれないの~~?」
「愛……!」
「もうちょっとだけ素直になってくれたら、美味しいお料理作ってあげるのに♫」
分かるのよ。
あなたがお腹ペコペコなことぐらい――。