駅入り口近くの柱に寄りかかって、そよ風に秋の涼しさを感じ取っていたら、私服の会津くんが歩み寄ってきていることに気付いて、
「時間ピッタリに来てくれてありがとう」
と彼に言う。
「時間にルーズなほうじゃないからな」
と会津くん。
「わかる」
とわたし。
「わかるのか?」
「わかるよ」
と言って、それから、
「会津くんのことを以前よりも信頼するようになってたけど、今回時間を守ってくれたから、もっと信頼しちゃいそう」
と言う。
言ってから、ちょっと照れる。
「公園に行きたいんだろう、水谷」と彼。
「そうだよ。ここで喋り続けるのもアレだし、出発しよーか」とわたし。
照れを残しながらも。
わたしは、彼の右手首よりほんのちょっと上を握った。
そのまま引いていく。
引かれた側の彼がどんな表情か、わからない。
× × ×
池の水が澄んでいる。
祝日ゆえに多くの人間が通行するのを背にして、秋の色にきらめく水面(すいめん)を、会津くんの左隣に立ちながら眺めている。
「……帽子」
会津くんがぽつりと言った。
「わたしの帽子のこと?」
帽子の『つば』を指でつまんで訊く。
「そう。君の帽子」
彼は答えてから、
「阪急ブレーブスだろ」
と言ってくれる。
嬉しかったから、
「嬉しい。会津くんならわかってくれるって思ってた。大正解。昭和のオリックス」
と言って、彼との距離を少し縮める。
「クラスメイトとか、だーれもわかってくれないんだもん。特に女子は、阪急ブレーブスって球団に少しも興味を示さないし」
「仕方がないだろ。みんながみんな野球に関心があるわけじゃない。しかも、阪急ブレーブスは身売りした球団なんだ」
「だけど、会津くんだったら、そんな昭和の球団のことを知っててくれる」
「ん……」
「令和の高校生が阪急ブレーブスの情報を共有してるなんて、おかしな話ではあるけれどね」
だけど、
「だけど、はるか昔のことだとしても、それを話すことで盛り上がれるのなら、楽しさは変わらない」
彼の横顔に顔を向けて、
「会津くんが共有してくれるから、助かるし、楽しめる。わたし、会津くんと同じ学校で同じ学年で同じ部活で……幸せだった」
と言ってから、眼を伏せる。
15秒ぐらい場が静まってから、
「過去形にするのは良くないな」
と彼が口を開いた。
「幸せ『だった』の『だった』は要らないだろ」
自然と、彼の顔を見つめる。
彼が、目線をわたしの反対側にやや逸らしたように見えた。
見えたから、
「もしかして、言っちゃってから、照れてるの?」
とからかうように言ってみる。
「からかうなよな」
呟きのような反発。
それに対し、
「わたしのほうは……デレちゃいそうかも」
と告げてしまう。
『デレちゃいそうかも』と告げちゃったけど、後悔は無くて。
――鳥が飛んできて、池に着水した。
× × ×
会津くんがアイスクリームをキッチンカーから買ってきてくれた。
代金は立て替えない。
彼はそれを許してくれている。
ベンチに隣り合いで座り、わたしはアイスクリームをスプーンで掬(すく)い、彼は缶コーヒーを飲む。
「人が盛んだな。行楽日和の4文字、か」と彼。
「まさに行楽日和だよね」とわたし。
「……酔わないか? 水谷」と彼。
「人が多くて?」
「ああ」
「平気だよ。ナメてもらっちゃ困る。東京生まれの東京育ちで、揉まれてるんだから」
「東京もいろいろだろ……」
と、彼は嘆きの溜め息。
「会津くんも東京生まれの東京育ちなんじゃないの」
「まーな」
「『東京もいろいろ』って言うけど、まだ18歳なんだから、知らないスポットだって沢山あるでしょーに」
「それは当たり前だ。水谷だって同じだろ」
「ブーメラン的発言であると?」
「そうだな」
「やられた」
エメラルドマウンテンブレンドをぐびり、とあおってから彼は、
「知らないスポットもバラエティに富んでいて。例えば、パワースポットだとかな」
「奥多摩とかじゃなくって、港区とかにパワースポットがあったら面白いよね」
「面白い。意外性がある」
わたしは完全なる満ち足りた気分になっていた。
だから、エメラルドマウンテンブレンドを飲み切った彼に、目線をマトモに合わせた。
彼は一瞬面食らうも、苦笑い。
わたしはそんな反応に笑い声をこぼしてしまう。
彼もなんだか、くすぐったくて楽しい気分になったみたいで、わたしの笑い声に呼応するように、声を立てて笑ってくれた。
しばらく、笑い合いが続いていく。
高い秋空(あきぞら)の下で……お互いの楽しい気持ちが、響き合う。