【愛の◯◯】フライングで歌え、『都の西北』と『紺碧の空』!?

 

3連休の真ん中の日曜日。

机の前の椅子に座って、考えごとをしている。

 

× × ×

 

考えることは主に4つ。

 

その1。ソラちゃんのこと。

引退宣言を撤回し、ソラちゃんはスポーツ新聞部に残った。

でも、デリケートな諸事情によって、あたしとソラちゃんは距離をとっている。

同学年の親友同士なのにね。

不甲斐ないや。

 

その2。スポーツ新聞部の次期部長のこと。

部長たるあたしは3年の2学期で、多くの運動部ならとっくに引退している時期である。

『日高おまえ、まだ部長やってんのかよ!?』と同じクラスの男子につい先日言われた。

つくづく、『スポーツ新聞部』は例外的な部活なんだと思う。

文化部でも、なかなかここまで3年生が居座ったりしないよね。

――で、次期部長なんだけど、順番的に、本宮(もとみや)なつきちゃんがやる流れになる。

彼女ならしっかりやってくれるはず。

あたしがいつ引き継ぐのか。そこがいちばん重要。

 

その3。文化祭のこと。

今年も開催時期は変わらず、9月30日と10月1日に2日制で行われる。

あたしはまだ、運営を担当する生徒会の取材に行っていない。

なつきちゃん&オンちゃんの後輩女子コンビが、ひと足早く生徒会室に突撃取材してくれたんだけど。

『今年度、キミたちの高校の生徒会は、どんな体制になっているの?』って疑問を抱いているブログの読者さんも居るのかな。

申し訳ないんだけど、その説明は後日。だれが生徒会長に君臨してるのか……みたいなことは。

例年通り、生徒会の3年生は文化祭が最後の仕事になる。

 

その4。大学受験のこと。

これがいちばん差し迫った問題で。

自分の人生が、かかってるんだもんね。

……言い過ぎかな?

たしかに、大学落ちたら人生バッドエンドってわけでもなく、大学受かったら人生ハッピーエンドってわけでもない。

受験をシリアスに受け止め過ぎるのも問題なのかもしれない。

ただ……ただ、学校の進路指導室の掲示物なんかを眼にすると、緊張感がゾワゾワ広がってくるのも事実。

あたしの志望校の入試は、ジャスト5ヶ月後だ。

ジャスト5ヶ月後が入試シーズン真っ盛りの、東京の私立大学、といえば……。

 

× × ×

 

「なあヒナ子。おまえ、すげー大学受けるんだってな」

あたしが冷蔵庫から炭酸水を取り出すと同時に、兄に言われた。

ガラスコップに炭酸水を注(そそ)ぎながら、

「いまさら?」

と言うあたし。

「だっておれは、志望校のことをヒナ子から直接聞かされてなかったし」

「それは、お兄ちゃんがあたしのことを『ヒナ子』って呼び続けるからだよ」

「えー」

「『子』を付けないでよ。『ヒナ』があたしの名前でしょ。『ヒナ』って呼んでくれてたら、とっくに話してた」

「えーーっ」

なにその反応。

おかしいよ。

炭酸水をゴクゴク飲みながら、ソファに座ってテレビに正対(せいたい)している兄の後頭部を睨みつける。

兄はあたしに背を向けたまま、

「あれだ、おまえは、カラオケとかで、『歌う練習』をしとくべきだ」

意味分かんないよお兄ちゃん。

カラオケ!? 歌う練習!?

「最低限――」

兄は、

「最低限、都の西北』と『紺碧の空』は、歌えるようになってるべきだと思うぞ」

 

あたし、唖然。

妹をこんなに唖然とさせてくる兄を持って不幸だと、ホンキで思ってしまう。

 

……事実上、あたしの第1志望大学が白日のもとに晒されたわけなのだが、

「……気が早すぎるよね。分かるよね、『早すぎる』ことぐらい。受けてもいないし、受かってもいないのに。それなのに、校歌と応援歌を憶えろだとか……!」

「ヒナ子って、おれと違って、優等生だよな。誇れる」

「話を聴いてよ!! 髪を炭酸水でグシャグシャにするよ!?」

「文学部と文化構想学部は受けるんか?」

あのねえ……!!

「その沈黙は、受けるっつー意思表示だな」

堪忍袋の緒がブチブチと切れかかるところに、

村上春樹、目指すってか」

と……本当にアホな劣等お兄ちゃんは。