オレンジ色のTシャツを着た生徒会副会長くんが、大声を出しながら、文化祭パンフレットを配り歩いている。
副会長くんとあたしの眼が合った。
あたしのほうから、
「副会長くんもご苦労だね」
と声掛け。
「日高部長は忙しくないの?」
副会長くんが訊いてくる。
「忙しいよ。来週は、文化祭レポート記事を新聞に載っけなきゃいけないんだもん。眼に留(と)まったモノがあったら、すぐに取材対象にする」
「へー」
「だから、今この瞬間、副会長くんも取材対象」
「ええっ」
どこからともなくメモ帳を取り出し、
「インタビューインタビュー」
と言い、
「川口生徒会長に『こき使われてる』気分はどう?」
と訊く。
「また不穏な。オレ、『こき使われてる』わけじゃないよ。日高部長って、マジで彼女に対して良い印象が無いのな」
「だって彼女、あたしの言われたくないこと、あたしに言ってくるし」
「『志望大学がワセダなのよね』とか?」
黙ってあたしはジト目を送り、
「……副会長くんは理解者だよね、川口さんの。あたしとは真反対」
「理解者?? 理解できん部分もかなり――」
「彼女のことそんなに好きなんだね」
「!?」
× × ×
副会長くんをからかったら、どういうわけか糖分を補給したくなって、出店(でみせ)でクレープを買った。
そこらへんに腰を下ろして、モシャモシャとクレープを食べていく。
人だかりが動くのを観察していた。
文化祭。2日間開催の1日目。
初っ端からすごい人手だ。
記録的な入場者数になることだろう。
ま、川口生徒会長だけの手柄じゃないと思うけど。
『この盛況ぶりは私のおかげ。文化祭は私が育てたといっても過言じゃない』
そんなふうに思ってるのなら、彼女の思い違い。
さすがに、『文化祭は私が育てた』なんて妄想は抱いてないよね。
だけどあの会長、お腹の底でいったいなにを考えてるのやら、だれも分かんないからなー。
ウチの学校の生徒会長、代々そういうタイプが多いみたい。
クレープをほとんど食べ切り、ぼーーっと人だかりを眺め続ける。
取材は1時間ぐらいお休みだな。
明日に疲れを持ち越さないためにも、ここでひと息ついておきたい。
ので、敢えて積極的にボンヤリと、したかった。
……したかったのに。
ボンヤリとし始めた矢先、人の群れの中に……いちばん見たくない光景を、見つけてしまったのだ。
× × ×
1日目が終わる。
瞬く間に2日目がやって来る。
そして瞬く間に2日目のスケジュールが進行していく。
溜めたくなかった疲れが溜まる。
取材活動に加え、クラスの出し物。
やるべきことが、あたしのキャパシティを超えていく。
キャパシティの超過したカラダを引きずって、夕暮れの校舎の廊下を歩く。
窓をチラリと見る。
すると。
『いちばん見たくない光景』が、再度、あたしの眼と全身に食い込んできて。
× × ×
太陽は沈んだ。
校庭には照明の光。
後夜祭の音楽は既に流れ始めている。
どこのだれかも分からないアーティストのダンスミュージック。
あたしは、足掻(あが)くようにして、校庭の周縁の雑草を踏みしだき、前へと懸命に進んでいく。
ソラちゃんと会津くんの真ん前に立った。
彼女と彼は3メートルほど離れて体育座り。
「踊らないんだね」
彼女と彼にあたしは告げる。
「みんなが踊ってるのを眺めてるほうがいいの」
とソラちゃん。
「会津くんも、そうなんだって」
とソラちゃん。
「だから、ここでマッタリと」
とソラちゃん。
「日高」
次に会津くんが口を開いて、
「君もゆっくりしていけばいいじゃないか。取材と出し物のダブルパンチで消耗してるんだろう?」
と促す。
その促しに応えて、
「そうだね。会津くんよりは確実に消耗してるよ。疲労困憊(こんぱい)の困憊だよ」
と言い、彼の顔面に視線を合わせる。
彼はあたしからなんにも感じ取らず、
「だったら、水谷のそばにでも座って――」
と言って、ソラちゃんの隣の空いているスペースに顔面を向ける。
あたしは敢えて、ソラちゃんに眼を向けた。
彼女とあたしの視線がすぐにドッキングする。
ソラちゃんが微笑む。
あたしが微笑み返す。
この、微笑みと微笑みの「交換取り引き」で、このあとの全てが確定した。
確定した、っていうのは。
「会津くん。」
呼び掛けるのは、あたし。
型通りきょとーん、とする会津くん。
「貸してほしいものがあるんだけど。借り物競走じゃないけど」
要求するのは、あたし。
疑問の表情は、彼。
「――あたしから、言わせるんだね。言わせちゃうんだね」
決意して、息を吸い込んで、
「手」
というワードを出して、
「会津くんの、手を、貸してほしいの」
と請い願うのは、あたし。
× × ×
「踊りかたなんて知らんぞ」
「だったら、あたしの動きに従って。中学の時もこういうイベントあったし。選択体育もダンスだし」
両手を取ると、『ホントに慣れてないんだ』って実感する。
ステップを踏む。
彼の体幹は意外と悪くなく、よろけない。
「その調子だよ」
これは、半分彼へのメッセージで、半分自分だけの呟き。
「君、疲労困憊だとか言ってたクセに。すごく動けてるじゃないか」
「ありがと」
「……」
「疲労困憊を突き抜けたから、無我の境地……みたいになってるのかも」
「なにを言うか」
ツッコまないでよ。
この期に及んで。
「ねえ」
やや視線を斜め下にさせて、
「回ろうよ」
「回る? ……回転、ということか?」
「そーだよ。この音楽に乗せて、グルグルって」
「君が眼を回さないか心配なんだが」
過剰な心配をしてくれる。
だから、足を踏んづけたくなってくる。
だけど、踏んづけない。
なぜなら、彼に痛くすると、あたしも痛くなってきちゃうから。
改めて彼の両手を掴む。
BGMのリズムに乗せて、回して、回り始める。
回るのを繰り返すたびに、時間(とき)の流れがスローダウンしていく。
まるでスローモーションで彼と踊っているみたいに。
グルグル回る、というより、ゆったりゆったりと、世界を回しているみたいな。そんな感覚が、確かに在(あ)る。ここに在る。
それは2人だけの世界。
イマだけの。ココだけの。
そう。
最初で最後の。