「熱い試合だったね!!」
「……白熱してたな」
…ちょっと。
なに、そのリアクション。
「ホントに白熱したって思ってるの!? 会津くん」
「お、思ってるよ」
「疑わしい」
試合での選手のスマッシュのモノマネをして、
「スマッシュすごかったじゃん!! スマッシュ!!」
と叫ぶように言う。
だけど、
「日高。声が大きい。
まったく……運動公園まで来て、日高のうるささを注意することになるとは」
ムカッ。
× × ×
テニスの大会の取材で、運動公園に来ているんである。
…あたしと会津くんだけで、来ているんである。
ソラちゃんは、模試を受ける都合で、欠席。
× × ×
――それにしても。
「会津くんだって、けっこう声は大きいよね??」
「…普通だと思うが?」
「誤魔化しても無駄だよ」
……舌打ち、しないでよっ。
「なんで舌打ち!? ヒドいよ、ヒドい」
「…わからないのか」
「なにを」
「君の絶叫は…時に、許容範囲を逸脱するんだ」
……。
「会津くんさ」
「なんだよ?」
「わざと、回りくどく喋ってるの!?」
「回りくどく…??」
「…もっと、喋りのスキルを磨いたほうがいいよ」
彼を、そう煽りつつ――、
あたしは、約10メートル先にある、ドーナツ屋さんの出店(でみせ)を見ていた。
「ねえ、あそこに行ってみようよ。ドーナツが買えるよ」
そう言うと…会津くんは無言になり、
『どこまで食いしん坊なんだ、おのれは…』
みたいな表情で、あたしを見てくる。
イラついたので、
思わず、
会津くんの腕を、取った。
「――あっ」
あたしのしてしまったことに、あたしは恥ずかしさを覚えてしまう。
あたし、会津くんの腕を引っ張って、ドーナツ屋さんの出店に連れて行こうとしたんだ。
……恐る恐る、彼の腕から、あたしの腕を離す。
× × ×
ドーナツを買ってそこらへんのベンチに腰掛けてから、お互い15分は無口だった。
ドーナツをあたしは一心不乱にムシャムシャした。
…ちょっとだけ会津くんのほうを向く。
ドリンクのストローを口に含んでいた。
「おいしかったね…」
遠慮がちに言うあたし。
「…ソラちゃんにも、食べさせたかった」
「……水谷か」
「そ。祝日に模試だなんて、残念」
「まあ、それも……水谷の選択なんだから」
小さな風があたしを揺らす。
揺らされた髪を直す。
……それから、
「会津くんは……進路のこととか、どれくらい意識してる?」
と、真面目になって、言ってみる。
「あまり意識はしてないな。まだ高2の9月なんだし」
「高2の9月でも――意識する子は、すると思うけど」
「――意識するのは、10月頭の文化祭が終わってからでいいと思う」
「文化祭…」
「文化祭を全力で頑張って、楽しんで。…まずは、眼の前のイベントに集中、だろ?」
眼の前のこと――。
「眼の前のことに集中、か。
いいこと言うね、会津くんは。
20回に1回しか、いいことは言ってくれないんだけど」
「20回に1回って……適当な」
「……ごめんね、適当で」
ドーナツの袋をお腹で抱きしめる、あたし。
× × ×
加賀部長は将来どうするんだろう、という話とかもした。
夕方、帰宅するなり、
「ずいぶん遅かったじゃんか~、ヒナ子」
と兄が、出迎えと同時にからかってくる。
「ヒナ子じゃなくてヒナだよっ、あたしは。いい加減にしてよっ」
「怒った怒った♪」
「ばかっ」
……手を洗いに行くあたし。
しかし、背後から、
「そんなにプンプンしてるってことは――同行者とケンカでもしたか??」
という声がする。
洗面所に近づきながら、
「同行者ってなにっ、同行者ってっ」
と突っぱねる。
が、
「――運動公園には、ヒナ子だけで行ったわけじゃないんだろ?」
という兄の追い打ち。
「そ…それが、なに」
背筋がヒヤリとする。
「――会津くんか。会津くんも、いたんだな。お兄ちゃんだから、わかるんだ」
× × ×
別に会津くんとケンカなんかしてないし。
蛇口から冷たい水を出しまくる。
両手をガンガン洗う。
なかなか、水を止められなくって。
それで……しつこいぐらいに、両手をハンドソープでゴシゴシする。
視線を両手に向けさせ続ける。
視線を上げてしまったら、鏡に映るあたしの顔が見えてしまう。
それは、今は……イヤだった。