蜜柑です。
午後2時。原宿のとあるカフェで、親友の望月恵(もちづき めぐみ)――『メグ』とお茶しているんですが……。
× × ×
「なんだかボーッとしてない? 今日の蜜柑」
といきなり言ってきたのです。
わたしは慌てました。
慌てましたので、姿勢が前のめりになって、
「め、メグ、『ボーッとしてる』って言う根拠は……なに」
と焦り気味に言ってしまいます。
メグは苦笑して、
「根拠というより、印象だよ」
「印象……?」
「ボーッと日曜日を過ごしているように見える。せっかくの日曜日なのに、日曜日であることを忘却したかのような眼つきになってるよね」
「ちょっと……噛み砕きにくいかも」
「わたしの言ってることが?」
「メグの言ってることが」
そんなにボーッと日曜日を生きてるように見えるんでしょうか。
メグの話すことには、ちゃんと相づちを打ってるつもりだったんですけど。
「蜜柑ー。考えごとでもあるんじゃないのぉ?」
う。
メグが……鋭いコトバを。
前のめりをやめ、背筋を伸ばし、姿勢を全体的に正してから、わたしは、
「『無い』と言ったら、嘘になる」
と言い、
「懸念事項があるの」
と言います。
「いくつ?」とメグ。
一瞬わたしは言いあぐねますが、
「代表的な懸念事項は、2つ」
と答えます。
「2つかぁ」
メグは朗らかに笑って、
「言い当ててあげよっか」
ドキン、としてしまったわたしは、すぐ左横のガラス窓に眼を凝らしながら、
「……ご自由に」
と。
× × ×
お邸(やしき)の壁時計が夜の7時5分を示しています。
『昔は『キテレツ大百科』とかやってた時間帯なんだけどな』
そう言いつつ、お父さんが居間から去っていきました。
『キテレツ大百科』放送時には既に社会人だったと思われるお父さんが居間を出たあとで、お母さんが入ってきました。
「もう少しで『世界名作劇場』のお時間ね」
お母さん流のジョーク以外の何物でもありません。
そんなジョークを言ったかと思うと、お母さんはブラックニッカの瓶をどん、とテーブル上に置き、グラスに氷を詰めていきます。
「お嬢さまとは一緒に飲まれないんですか?」
わたしが訊きましたら、
「言ったんだけどね。あーちゃん、9月は飲むお酒の量を減らすんだって」
と、お母さん。
『あーちゃん』とは、アカ子さん……すなわちお嬢さまの、お母さん限定のニックネームです。
「みーちゃん、みーちゃん」
お母さんがわたしに呼びかけます。
『みーちゃん』もまた、お母さん限定のニックネームなのでして。
「あーちゃんの代わりに飲んでみる?」
用意周到にもウィスキーグラスがもう1つあるのでした。
しかしながらわたしは、
「お断りします。アルコールに弱いわたしがブラックニッカなんて飲んでしまったら、お母さんだけでなくそこら中に迷惑をかけてしまうので」
と、キッパリ。
すると、お母さんがなにやら意味深な笑みを浮かべるではありませんか。
なんなんですか、その意味深スマイルは。
「今さっきのみーちゃん……反抗期の頃みたいだった♫」
え。
「お断りの仕方にね、反抗期の頃のみーちゃんが混じってたわ」
「は、反抗期なんて……遠い昔で」
「そんなに遠い昔かしら? みーちゃんが12歳のときって」
どうして「12歳」と具体的過ぎる年齢を出してくるんですか。
「わたし比較的小柄で身長156センチとかなんだけど、もうその頃にはみーちゃん、とっくにわたしの身長越してて、160センチを――」
「あ、あのっ、ちょ、ちょっとよろしいですか、お母さん」
「なーに? みーちゃんが如何にして現在のようなモデル体型に育っていったのかを、振り返っていきたい気分になってたんだけど」
……なんと言っていいやら。
それが分からないなりに、わたしは『勘弁してください』という気持ちを込めて、
「過去を振り返る流れを止めてください。ブラックニッカに意識を集めてください」
と嘆願、するんですが、
「イジワルみーちゃんね。やっぱり12歳だわ~~」
と笑われてしまい、思わず、
「お母さん!!」
と大きな声を出してしまうのです。
叫びに近い声をわたしが上げても、お母さんは冷静さを保って、
「なによー、ビックリしちゃうじゃないの☆」
と事実の反対を言ってきます。
ですから、わたしは堪(たま)りかねて、
「わたし今年で24歳なんですよ。12歳の2倍です」
「それがどーかしたのぉ?」
するんですよ。
「……あのですね。ここから、人生相談的なニュアンスの強い話になっていくんですけど。お母さん、飲みながらでいいですから、聴いてくれますか?」
「もちろんよ」
「『24歳だなんて、もう若くないな……』という思いが、日々募っているんです。24歳なんて、住み込みメイドの盛りを過ぎたような歳で……」
「自分がオバサンになったって言いたいの?」
「まさに。今日のお昼に会った親友のメグもばりばり働いてるし、自分だけ取り残されるような感じで。……ひとことで言うと、先行きが不安なんです」
「立場的に?」
「立場的に。」
いつの間にかブラックニッカの1杯目をほぼ飲み干していたお母さんは、
「わたしもみーちゃんに、ひとことで言ってあげるけど」
と言って、それから、
「みーちゃんは、オバサンじゃありません。わたしみたいな年齢になって初めて、オバサンを名乗る権利が生まれるの。24歳でオバサンなんて言うものでもないってことよ」
ぐぐ……。
お母さん、厳しい。
お叱りを受けているのを自覚します。
「いくつになっても、みーちゃんはみーちゃん」
「ですけど……」
「ですけど、なに?」
お母さんのシビアさに負けかかっているわたし。
ブラックニッカの瓶に視線を逸らしていたら、
「みーちゃん。すごく強引にお話の流れ、変えちゃうけど」
……??
「――『彼』は?」
は、はい!?!?
「か、彼、とは、ど、どなたですか」
「ムラサキくんに決まってるじゃないのよ」
!!!!!
「む、ムラサキくん云々については、尺が足りないのでまた今度で!!! それで勘弁してくださいお母さんっ」
「いつでも逃げるが勝ちとは限らないわよ~~」