どうも皆様こんにちは、じゃなかったこんばんは。
蜜柑です。
アカ子さんの邸(いえ)で住み込みメイドをしている蜜柑です。
えー、「こんばんは」と言いましたのは、
現在、女子3人で、お酒を飲み交わしている最中なのです。
いわゆる『宅飲み』です。
わたしが作った料理をつっつきながら、楽しく呑んでいます。
なんだかカラダもあったまってきました。
× × ×
参加者は、
・わたし
・星崎さん
・メグ
の3人。
わたし以外の2人を、ご紹介しておきましょう。
まず星崎姫(ほしざき ひめ)さんは、戸部アツマさんの大学のご友人です。
どんな経緯でわたしが星崎さんと知り合ったかといいますと、
去年の暮れ……わたしがこころの風邪をひいてしまい、落ち込んでいたことがあって、
そんなとき、アツマさんのとりなしで、星崎さんと会わせてくれて、いっしょに遊んだことがあったのです。
星崎さんのおかげで元気を取り戻したわたしは、それから彼女と仲良くなりました。
びっくりしたのは、星崎さんとわたしの愛読書が同じだったことです。
――愛読書が同じって、運命的なものを感じませんか?
感じるはずです。
絶対。
――『その愛読書はいったいなんなのさ』って疑問に思われるかたにお教えしましょう。
スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』です。
新潮文庫の野崎訳だと、フィッツジェラルドじゃなくて、フィツジェラルド、なんですよね。
細かいことなんですけど。
でも、星崎さんもわたしも、同じ新潮文庫の野崎訳で読んでいたので。
愛読書が、翻訳者まで同じだと、なおさら運命を感じますよね。
感じなきゃウソです。
それで、彼女とわたし、『グレート・ギャツビー』について、夜が更(ふ)けるまで語り合ったりしました。
星崎さんとお酒を飲むのは、きょうが初めてです。
彼女の誕生日は、10月2日――「大人になりたてのホヤホヤです」と言ってましたが、ハタチの誕生日は過ぎているので、ともかく問題はありません。
ちなみにアツマさんの誕生日は来年の1月だそうです。
まだ未成年なのですね。
「まだ子どもなんですよ。かわいそうに」と、満面の笑みで、カンパイの前に星崎さんは言っていたのでした。
次はメグです。
メグ、はもちろんニックネームで、本名は望月恵(もちづき めぐみ)です。
彼女はわたしの高校時代の親友でした。
わたしが高校を卒業して邸(やしき)に篭(こ)もりっきりになってから、疎遠になっていました。
しかし、先ほども言いました、わたしがこころの風邪でダメになっていたとき、突然連絡してきてくれて、このお邸(やしき)に来てくれました。
お邸から一歩も外に出られない最悪のダメ状態のわたしを、助けに来てくれたのです。
もっと早く、自分からメグに連絡すればよかった――そう思いました。
でも、親友との再会は、遅すぎるということはなく、わたしとメグは高校時代以上の仲良しになって、
そしてこうして――宅飲みにも、真っ先に駆けつけて来てくれているわけです。
× × ×
「アカ子ちゃんは?」
メグが、わたしに尋ねました。
「宅飲みのこと話したら、『じゃあ外食するわ』って。どこかで食べて、たぶんもうすぐ帰ってくると思う」
メグは壁時計を見て、
「そうだね、もうこんな時間だもんね」
「門限とかは、別にないんだけどね」
苦笑しながら、缶ビールをわたしはゴクリ、と飲みました。
「ねぇ蜜柑テレビつけてもいい?」
「どうぞご自由に」
時刻は19時をまわっています。
酔いがまわるには、ずいぶんと早い時間帯な気もしますが、若干わたしは…まわりかけています。
やっぱりわたし、アルコールには強くないんでしょうか?
大きな大きな液晶テレビの画面に、自動車のコマーシャルが映し出されます。
「アッこれアカ子ちゃんのお父さんの会社だ」
「ほんとだ! このクルマ最近よく見かけますよ」
――我が家では日常茶飯事な光景なのですが、さすがにメグと星崎さんは、にわかに沸き立ちます。
そうなりますよねー。
テレビ画面に急接近して、やんややんやと大騒ぎな2人を遠目に見ていると、だれかの足音が後ろから聞こえてきました。
アカ子さんが帰ってきたのです。
「こんばんは。メグさん、星崎さん」
『おかえり~~』と同時に振り向く2人。
……なんでわたしをスルーするんでしょうか。
む~~っとアカ子さんの顔を見たところ、
「あ、ただいま、蜜柑」
まるで……飼い猫のような扱いじゃありませんか。
いくら、見慣れた存在だからって。
わたしの存在をぞんざいにしないでください。
「おかえりなさいませお嬢様っ」
「……なんで仏頂面なの?」
「ずいぶんお帰りが早かったのですね」
「あなたのお酒を飲むピッチも速いみたいね」
……はい??
「仏頂面に加えて、赤ら顔になりかけてるわ」
「そんな。まだ宅飲みは始まったばかりで」
「蜜柑あなたお酒強いほうじゃないんだから――メグさんと星崎さんに迷惑かけちゃ駄目よ」
× × ×
「アカ子ちゃんと蜜柑さん…どっちが年上だかわかんないみたい」
ビールの500ml缶を片手に、星崎さんがからかいます。
「じきに、アカ子ちゃんもお酒が飲めるようになるんだよねえ」
度の強い缶チューハイを片手に、メグがつぶやきます。
「……お父さんとお母さんが、話してたんですけど、」
ぼしょりぼしょりと、空いた缶を膝上(ひざうえ)で両手で持ちながら、
「アカ子さんは……絶対お酒は強いだろう、と」
「わかる!」
メグが、ご両親の意見に同意します。
「遺伝的なものもあるんだろうけど、それはわかる!」
「メグ……くやしいのよ、わたし」
だんだん愚痴っぽくなってきました。
アルコールも、わたしの不満をあおります。
わかっていても、止(と)められません。
だんだんと制御できない勢いになって、メグと星崎さんに迷惑をかけてしまうのも、もはや既定路線です…。
にしても――なんで2人とも、赤くすらなっていないんですか。
星崎さん……お酒、飲めるようになったばっかりなのに……ずいぶんずいぶんお強いですよね……。
「蜜柑さんに質問です!」
話題を換(か)えたほうがいいと思ったんでしょうか、星崎さんが唐突にこう訊きます。
「蜜柑さんは、身長何センチですか?」
「…言いませんでしたっけぇ? まえに」
呂律(ろれつ)のまわりかたが、不穏になっていくのを自覚しながらも、
「ひゃくろくじゅーはっせんち、ですけどぉ」
「ああ、168センチですか! やっぱり高いですね」
まるで素面(シラフ)のままのような星崎さんが座ったまま近寄ってきて、右手でわたしと背丈を見比べるようなジェスチャーをしたかと思うと、
「わたし157しかないんですよ」
「それが……どうかしたんですかぁっ」
「高身長って、やっぱ憧れなんですよ! 戸部くんなんかわたしより多分20センチぐらい高いんです、身長。いちいち見上げないといけないんです」
ええと……星崎さんが、157センチで…アツマさんは、星崎さんより20センチほど、高くって……。
と、いうことは……アツマさんの身長は、およそ……。
あ、
あれっ。
計算が……頭のなかで……できなくなってきちゃった。
「――どうしたんですか? 蜜柑さん」
「――――――――、えーっと、」
「蜜柑さん!?」
「蜜柑」
メグが……なにか言ってるらしき、気配はある。
「あなたとアカ子ちゃん、どっちが背が高いか、言える?」
え……。
そんなの決まってんじゃないのぉ、メグったら。
なに言い出すのよぉ。
「――アカ子さんのほうに決まってるでしょう?
おバカねぇ、メグも――」
「だめだこりゃ」
「本格的に、ベロベロになってますね」