9時になってようやくベッドから身を起こした。
麻井律からLINEが来ていることに気付く。
『ちょっと甲斐田!!!
どーしてアタシに返事してくんないの
もしかして、寝てる!?!?
夜更かしして深夜アニメでもリアルタイム視聴して、寝るのが午前3時とかになって、
それで、こんな時間になっても起きてないってワケ
自堕落!!!』
またまた……。深夜アニメなんか観るわけないじゃん。
あんたより自堕落なことは否定できないけど。
× × ×
午前10時半。
「しぐちゃーん、『おつかい』行ってきてくれない?」
お母さんに頼まれた。
徒歩10分のスーパーマーケットまで行って片栗粉だけを買ってきて欲しいというのだが、自堕落私立文系大学生の私にはそれすらも面倒い。
「今じゃないとダメなの?」
「ダメなのよ♫」
「……」
「行ってきてよ♫♫」
「…………ぶっちゃけ面倒い」
本音を口から出してしまうと、お母さんが、
「コラ♬」
と笑顔で言って、私のオデコをちょん、と人差し指で突いてきた。
……怒られた。
× × ×
午後2時半。
お母さんが外出中なので家には私しか居ない。
ソファに身を任せてテレビをつける。
ケーブルテレビのチャンネル。
あまり興味の無い番組だったので、冷蔵庫までコーヒーゼリーを取りに行く。
ソファに戻ってきたら、そのままにしていたケーブルテレビのチャンネルが、
『ブカツ・ワンダーランド』
という番組になっていた。
コーヒーゼリーの容器を開けようとする手が止まった。
今回の『ブカツ・ワンダーランド』は某女子校のチアリーディング部を紹介するらしい。
女性アナウンサーが校内へと入っていく。玄関の前に、チアコスチュームに身を包んだ女の子が立っている。アナウンサーは彼女にインタビュー。高校3年のキャプテンの娘がハキハキと元気よく喋る。
『女子校』という要素と『チアリーディング』という要素が私の中で1つになって実を結ぶ。
イメージせずには居られない。
だれの、どんな姿を?
……羽田愛さんの、チアコス姿を。
羽田愛さん。
私と同学年の女の子。
今映っている女子校とは偏差値が約30違うと思われる超名門女子校の出身者。東大に進学しなかったのは謎だったけど、それはいいとして、あらゆるスペックが高い女の子なのである。容姿端麗を超えた容姿端麗。運動神経抜群を超えた運動神経抜群。お料理名人を超えたお料理名人。ピアノの腕前も超絶技巧ってレベルじゃなかった。
惜しむらくは。
愛さんの超名門女子校に、チア部は存在していなかったということ。
愛さんがチアコスを着るところ。
……キモいこと思ってるってことは分かってる。腐れ縁の麻井律だったら、『アンタどうかしてるよ!? 大丈夫なの!?』って言ってくることだろう。
だけど――。
ケーブルテレビの番組は最早どうでもよくなり、コーヒーゼリーのこともどうでもよくなり、午前中にお母さんに久々に怒られたことが『良い思い出』に成り代わって、それからそれから――私が卒業した桐原高校(共学)のチア部関係者の連絡先が残っていないかどうか、スマホを確かめることに没頭していく。