電気を消した部屋。
私と麻井のふたりっきりで――、
寝ている。
ベッドでうつらうつらしている私のそばで、
床に布団を敷いて寝ている麻井。
寝ている、といっても、眠りに入っているというわけではなさそうで、
暗くてよくは視えないけれど、思うことがあって――なかなか寝付けないのかもしれない。
長い夜になりそうだ。
・・・・・・・・・・
家出娘の麻井は、昨晩利比古くんの邸(いえ)に泊まったらしい。
驚いた。
どういう行動力だ、いったい……。
根が真面目な麻井は、あんまり甘えちゃいけないと、1泊2日でお邸(やしき)を引き払って――でも、行く「あて」が無いっていうことで、ここ甲斐田家に落ち延びてきた。
(愛さんには引き留められた、って言ってたけどね。)
予感はあったんだ。
追い詰められてる感じがしたから――じぶんの家を飛び出して、私の家に助けをもとめてくるかもしれない、って。
私にも、
そして私の親にも、
助けをもとめて。
恐縮そうに麻井は玄関に入ってきた。
2ヶ月前に来たときみたいに、脱いだ靴を丁寧に揃えて、重たそうなカバンをゆっくりと慎重に床におろす。
麻井の私服を見るのは、久しぶりだった。
学校での「なり」とは正反対。
フォーマル? というか……小さい身体ながら、ぴっちりと着飾っていて、清潔感にあふれている。
こじんまりとしているけれど、麻井らしくない行き届いた服装で――しかも可愛らしい。
出迎えたお母さんは、とりあえず麻井をハグ。
2ヶ月ぶり、今年2度めのハグ。
よしよしと、麻井をナデナデして、
「よくがんばったね。」
と、暖かくなぐさめる。
お母さんは、麻井の好き嫌いをわざわざ入念に本人から訊き出して、麻井の苦手な食材が入っていない夕食を作ってあげる。
家族3人プラス麻井で夕食。
「なんだか、娘がふたりになったみたいだなあ」
「こら、お父さん」と私はたしなめるが、
「律さん、テレビでも観ないか?」とお父さんはリビングに促す。
麻井→私→お父さんの並びで、ソファに着席。
ゴールデンタイムのバラエティ番組を視聴。
なぜだか、興味津々そうに画面に眼を向ける麻井。
「……なんかやけに面白そうに観てない?」
私が不思議がると、我に返りながらも、
「ふだん…こんな番組観ないから……」
「そっか。――麻井はテレビ番組を観ずにテレビ番組を作るタイプの人間だったね」
私の指摘に反応したお父さんが、
「テレビ観ずに番組作るのかぁ~!! すごいなあ!!」
声が大きいから…。
途方に暮れる私。
コントラストを成すように、満更でもない麻井…。
・・・・・・・・・・
「――で、回想が終わって、私と麻井が消灯した部屋で就寝しようとしている場面に、時系列は戻るわけだ」
「うるさいよ甲斐田…なにわけのわかんないことを」
「わかんないついでに」
「はぁ?」
「麻井が駆け込んでくるまでに、ブログの中の人から連絡があって――、
明日と明後日はブログおやすみ。
3連休も、わかんないんだけど、おそらく更新はおやすみ。
――だってさ」
「はぁ!?」
「仕方ないでしょ。5日間も更新休むとなると、予告しておいたほうが読者の皆さんのためよ」
「……夢でも観てんの!? アンタ」
「おやすみ麻井」
「くっ……」
× × ×
夜中に目が覚めた。
深夜2時をまわっている。
麻井の気配を、濃厚に感じ取って、
たまらず――、
「眠れないか。」
と、布団の彼女に、声をかける。
藻掻(もが)いてるんだ、麻井。
イライラして苦しくて寂しくて悲しくて将来が気がかりで家族ももちろん気がかりで、
いろんなものが、やってきて、それらといちいち格闘して、しまくっていて……。
そりゃ、不眠にもなるよ。
しょうがない。
「起きといてあげる、私も」
照れてるのかどうか知らないが、返事をしない麻井。
と思ったら、ガバリと布団から起き出す音。
「どうしたの?」
「甲斐田、アタシ――布団だと眠れない」
「えっ」
「布団じゃなくてさ……」
「な、なにを、かんがえていらっしゃるのかな、」
「……いいでしょ?」
「いいでしょってなにが。
……まさか」
まさか。
「ベッドで寝させてよ」
「あさいさん…あんた、なんさい?!」
「何歳だっていいじゃん……バカッ」
……麻井の体格なら、私のワキで眠っていても、スッポリとベッドにおさまるのは、確かだった。
でも……私、お母さん役!?!?
子守りとか、したことないんですけどっ!!
× × ×
「うん。やっぱり、ベッドのほうが落ち着く」
「――いろいろと?」
「――いろいろと。」
私は溜め息。
結局、麻井をベッド内に迎え入れてしまった。
× × ×
そして、スマホの表示で、AM2:30。
麻井が寝息を立て始めた。
グッスリと眠りに落ち始める、
腐れ縁の、
家出娘。
まったく――18歳の幼女だかなんだか知らないけど。
「めんどくさい眠り姫だ。」
あきれて、爆睡中の麻井のあどけない顔に私はつぶやいて、
ベッドの中で、『眠り姫』の小さな手を、握ってあげた。