【愛の◯◯】悪い関係でも、互いを知っているから――

 

甲斐田しぐれ。

桐原高校3年女子。

放送部部長。

 

× × ×

 

GW明けの放課後――廊下を通りがかりに、麻井律と出くわす。

お互い、目が合ったものの、麻井はそっぽを向いてずんずんと歩き去ろうとする。

だが、私は、そうはさせじと、

「麻井」

と声をかける。

立ち止まる麻井、私に背を向けたまま返事をしない。

「ちょっといい?」

「こっち来ないで」

意味は拒絶だったが、麻井が口を開いた。

「そっちには来ないよ、麻井と活動場所の方向、逆だからね」

ウンザリしたように麻井は、

「じゃあとっとと放送部に行けばいいじゃん…」と言う。

そしてさらに、

「干渉しないで」と付け加える。

「私だって、あんたのKHKに関わるつもりはないよ。

 でも……」

「なんなの、アタシに言いたいことがあるならハッキリ言ってよ!」

私に背を向けたまま怒る麻井。

「これは放送部とかKHKとか関係なく、麻井に忠告するんだけど」

忠告、ということばに反応して、廊下を蹴る麻井に、私は言い放つ。

「――新入生、いじめちゃだめだよ。

 右も左も分からないんだから。

 高校生になったばかりなんだよ、

『彼』は。」

「羽田のこと? 羽田のこと言ってんの!?」

「そうだよ。羽田くん。」

「いじめてるつもりないんだけど」

「麻井ならそう言うと思った。けど――」

「クドいよ、甲斐田は」

「クドいと思われて結構。

 でもねえ。

 ――自分のストレスを、新入生にぶつける真似だけは、やめといたほうがいいよ」

ついに麻井は半分だけこっちを向いて、

「なんでそんなこと言うの!?

 アンタ、アタシ完璧に誤解してんじゃん!!

 羽田がストレスのはけ口ってわけ!?

 取り消してよ、謝ってよ、『誤解でした』って、ここで謝ってよ!!!」

 

「やだ」

 

「甲斐田、アンタとはもうこれ以上つきあってられない」

 

「…余裕、ないよね」

 

――図星、だったんだろう。

麻井の動きが、止まった。

棒立ち、になったかのように。

 

図星の麻井に、畳み掛けのことばをぶつけた。

「あんたが誤解してるより、私はあんたのこと理解してるよ。

 だって…腐れ縁、でしょ。

 余裕がなかったことだって、一度きりじゃなかったじゃん。

 私も時々は余裕なかったけど、あんたのほうが……余裕ないこと多かったじゃん。

 私は――あんたが思ってるより、あんたのこと気にしてるよ」

 

途中からは、ほとんど口から出まかせだった。

私は麻井が嫌いだ。

放送部から離脱してKHKなんてものをやり出したときには、本気でもう『絶交だ』と思った。

でも、麻井と、まだ関わってる。

嫌いなはずなのに、関わってる。

しかも、「あんたのこと気にしてる」なんて、思ってもみない配慮、を…麻井に対して、している。

嫌いだけど、気にしてる。

嫌いだから、気にしてる。

 

どうして?

 

『腐れ縁』、だから?

いったん踏み込んでしまったら、やっぱりその場所から抜け出せないんだろうか。

私は麻井に踏み込んで、麻井は私に踏み込んだ。

そういった関係は――、もつれても、もつれているからこそ、切りにくい――。

 

悪い関係でも、互いを知っているから。

 

いまの麻井に余裕がないこと。

いまの麻井がストレスを抱えていること。

 

確信が、

悪性に染まった関係性から、

にじみ出る。