仕事が半日で終わった。
半日で終わった理由は割愛するとして、せっかくだから卒業した大学のキャンパスに向かってみることにした。
うむ。
卒業したのが2ヶ月前だから、キャンパスの雰囲気はほとんど変わってないな。
でも、雰囲気が変わらないだけじゃない。
「懐かしさ」っつーものも、こみ上げてくるわけだ。
早くも。
変わらない雰囲気に「懐かしさ」がプラスされたキャンパス。
学生会館も同じ印象だ。
学生会館入り口の手前に佇み、建物を見上げる。
曇り空の下の学生会館。
建物の変わらぬ壁の色。
感慨深くなるおれ。
しかし、感慨深くなり続けているヒマは……「ある女性(ひと)」の登場によって、無くなってしまったのである。
× × ×
旬の野菜の炒めものとサイコロステーキがメインの夕飯を食っている。
いったん箸を置いて、
「愛」
と呼びかけ、
「美味しいよ」
と言ってやる。
「それはありがとう」
愛は感謝。
「でも、わざわざ箸を置いてから言う意味あったの?」
へへっ。
「意味は、無い」
そう言ってから、おれは再び箸を取る。
ふたり分の食器を洗ってやる。
ダイニングテーブルの椅子に再び座る。
愛の手元には既にマグカップがある。
「母校を訪ねに行ったのよね」
と言う愛。
「ああ、行ったぞ」
「懐かしかった?」
「懐かしかった。」
「サークルに顔出ししたりは? あなたのサークル、確か笹田ムラサキくんが会の中心になっていて――」
「顔出し、するつもりだったんだがな」
「? 『するつもりだった』?」
「学生会館に入っていく前に、『出会い』があって」
「だれと出会ったのよ」
わざとコトバを溜めたあとで、おれは、
「オトナのお姉さんに出会ったんだ」
と言う。
驚いたように眼を丸くして、
「オトナのお姉さん……って、だれ、いったい」
と愛は。
「梢さんだよ。東本梢(ひがしもと こずえ)さん」
とおれ。
「ええっと……。あなたより年上だけど、学年が下だっていう女性(ひと)だったっけ」
そーだ。
「そーだその通り。彼女はまだ在学生なわけで」
「だから、学生会館の前でバッタリ出会いました、と」
「おまえもさすがの理解力だな」
「……」
愛の視線がマグカップの中に落ちていく。
なんでかな??
「しばらくぶりだったから立ち話して。それから梢さんに『私のサークル部屋に来てみない?』って誘われて。断るわけにもいかなくて」
マグカップの内部に視線を注いだまま、
「梢さんはどんなサークルに入ってるの」
と訊く愛。
「『西日本研究会』。名前の通り、奇特なことをやってるサークルなんだ」
「……ふうん」
「今日は、阪急電鉄大阪梅田駅のプラットホームについて講義されちまった」
無言になる愛。
しかし、目線が少しだけ上昇する。
上昇したのは良いのだが、いささか不穏当な眼。
まるで機嫌を悪くしたかのごとく。
おれはその表情をジックリと吟味する。
なるほど。
なるほどねえ。
愛ちゃん。キミも可愛いもんだねえ。
表情に出てるぜ。
「――ヤキモチか」
ズバッと言うおれ。
99%、ズボッと図星である。
それを証拠付けるがごとくに、
「どうしてわかるの……」
という定番のリアクション。
声が震えてるぜよ。
ふるふるの声で、
「アツマくんに見抜かれるの……怖かったから、見抜かれないようにしてたのに」
と。
甘い。
× × ×
マグカップのコーヒーを飲むどころではなくなった愛。
ヤキモチをそのままにしておくのも、いかんよな。
なので。
テレビの前のソファまで行こうぜ、と促して……ソファに隣同士になって、日付が変わるまでずっと寄り添ってくつろいでいた。