【愛の◯◯】マイ・フェイバリット・お肉

 

街の本屋さんのCMが無事に制作完了した。

というわけで、次のCMを作ることに。

本屋さんCMが出来た直後に次のCMに取り掛かるので、いささか慌ただしい。

 

今度は、お肉屋さんだ。

大学近くの精肉店をPRする。

高度経済成長期から街の人々に親しまれているお店だというから、かなりの老舗だ。

当然のごとく取材に赴いた。

『売り』はなんですか? と訊いたんだが、『ウチの店は全部が『売り』だよ』と答えられてしまったので、ちょっと困った。

ぼくとしてはやはり、CM映像の中心となる商品を設定したかったんだけど。

鶏肉・豚肉・牛肉・その他の肉。

あるいは、コロッケやメンチカツといった惣菜類。

それらの内のどれかをピックアップしたかったんだけどな。

さらに、CM本編の「構成」の問題もある。

「構成」は「ストーリー」とニア・イコールで。

お肉屋さんCMという文脈の中で、どんなストーリーを紡いでいけば良いのか――。

 

× × ×

 

「あっ。利比古くんがまたウィキペディアに熱中してる」

ウィキペディアじゃありませんよあすかさん。Googleで検索してるんです」

「ほとんどおんなじじゃん」

「どういう認識なんですかそれ……」

「なにをリサーチしてたの、なにを」

リサーチしていたものを教えるのにあまり乗り気になれない。

しかし、あすかさんがぼくの座っている位置にだんだんと迫ってきている。

迫られると、追い詰められる。

仕方が無く、

「リサーチしてたのは、です」

「肉?? お肉??」

「ハイ。鶏肉とか豚肉とか牛肉とかの」

キン肉マンの額(ひたい)に書かれてる文字だね」

「……え?」

「!? もしや知らなかったの、キン肉マン!?」

「む、昔のマンガでしょっ」

「昔じゃないよ。今も連載されてるよ」

「ジャンプにですか?」

「違う。プレイボーイ。同じ集英社だけど」

……ラチがあかないぞ。

食用肉のことを調べていたら、あすかさんの介入で、キン肉マンに話が飛んでいってしまいつつある。

流れを変えたい。

 

敢えて、あすかさんの両眼を見つめる。

虚を突かれたあすかさん。

『何事(なにごと)!?』というふうな表情になっていく。

焦り気味になって、キン肉マンにも言及できない。

 

ぼくは落ち着き払い、

「あすかさん。あすかさんは、どんなお肉がお好きですか」

と尋ねる。

戸惑って、

「どんな……って、言われても……」

と彼女は。

「鶏肉・豚肉・牛肉の3つだったら、どれがいちばん好みですか?」

質問内容を変えてみた。

一瞬迷うような顔になったものの、

「全部好きだけど……選ぶなら鶏肉かな」

と彼女は。

「じゃあ、鶏肉の中では? モモとかムネとかササミとかありますけど」

さらに尋ねると、

「ん、んーっと、んーっとね。……ムネ肉」

という答えが返ってきたから、

「ヘルシーですね」

とコメントし、

「そして庶民的だ」

ともコメントする。

「む、ムネ肉って、そんなに庶民的かなあ??」

「違いますかねえ?」

「値段は高くないけど……」

ここでぼくはタブレット端末をパタン、と閉じる。

タブレット端末を静かにテーブルの上に置く。

それから、

「ぼく、ちょっと意外でした。あすかさんのフェイバリットが鶏ムネ肉だったなんて」

「……意外に思った理由は?」

「もっと高級なお肉がフェイバリットだと思ってたんで。牛のサーロインとか」

「ち、違うよ。そんなことない。言わないもん、霜降り神戸牛が好きだとか」

「だけど確実にあすかさんは、最高級の神戸牛を食したことがある――」

「だ、だ、だからなんなの!?」

お嬢さまなんですから。あすかさんは」

「お嬢さま!? いみわかんない、なんで、なんでそんなこと、」

「分かってくれたって良いのに。」

 

――彼女の顔にさす赤み。