後輩の幸拳矢(みゆき けんや)くんがレジュメのようなものにひたすら眼を通している。
「それはなに?」
訊くと、
「『アイドルマスター』シリーズで声をあてている声優さんのリストです」
「へ、へぇ……。何枚もリストがあるってことは相当大人数なのね」
「ハイ。男女問わずリストアップしてますし」
え?
男女問わず??
「男女問わずって……アイドルマスターって、女の子だけじゃなくて男の子も出てくるの!?」
「ハイそうですよ。男の子アイドルもいっぱい居ますよ」
「知らなかったわ」
「これ、説明すると長くなっちゃうんですけどね」
× × ×
帰宅後の夜。
季節の野菜たっぷりサラダ風うどんをメインにした夕ご飯を食べ終えて、例によって食後のコーヒータイムに突入している。
中身が半分になったわたし専用マグカップをコトン、と置いて、
「アツマくん。わたしのサークルの後輩ってスゴい情熱を持ってるのよ」
「じょーねつ?」
「そう。情熱。パッション。」
「なんに対して」
「声優。」
「セイユウ?? スーパーマーケットのほうじゃなくて、声の俳優の??」
「当たり前でしょ」
「んーっと……。そういや、おまえの後輩男子にスゴい声優ファンが居たんだっけか。名前はイマイチ思い出せんが」
「拳矢くんよ。幸(みゆき)拳矢くん」
「どんな情熱の中身なんだ?」
「あのね。
声優さんをリストアップしたレジュメのようなものを拳矢くんはよく持ち歩いてるんだけど――」
「なんで持ち歩く必要があるのか」
「話は最後まで聴いて」
「あ、ハイ」
「キャリアが浅かったりしてまだあまり名が知られてない声優さんもリストに入れてて。その中で将来伸びて行きそうだなと思ってる声優さんには『マーク』してるんだって」
「マーク? マークってなんぞ」
「名前に印(しるし)を付けてるってことよ。有望株なんだから」
「ふむ」
「彼のスゴいところは男女分け隔てなく有望株に印を付けてるところで」
「ふむふむ」
「男子だけど女性声優に推しが偏ってるわけじゃないの」
「男女分け隔てなくするべきは男子も女子もじゃねーか??」
「――確かに。あなたって2週間に1度ぐらい鋭い指摘をするのね。『男子だけど』は取り消すわ」
「アレだろ。女性声優と男性声優のどちらかに偏ってない公平性とか、有名無名関係なく広い視野で声優に目配りしてるところとか。拳矢くんのそういうところがスゴいって言いたいんだろ」
「コワいぐらい鋭いのね、今日のあなた」
「や、コワがらんでも」
「結論をひとことで言うなら、拳矢くんは声優ファンの鑑(かがみ)であるってこと」
「うむ」
呑み込めたかしら?? わたしが言ったこと。
呑み込めたわよね。
アツマくん、あなたなら絶対に。
と・こ・ろ・で。
アツマくんの喉仏(のどぼとけ)の辺りに視線を集中させる。
それから、
「声優さんじゃないけど……。
ボイトレする気とか無いの?? あなた」
「ぼ、ボイトレ!?」
のけぞるように驚く彼。
まったくもう。
許容範囲ギリギリのリアクションよ、今のは。
わたしは、
「あなたの声、もっと良くなる余地があると思うの。だから、ボイストレーニングしたらいいんじゃないかな~って」
「発想の出どころが意味不明だと思うんですけど、愛さん……」
「あなた接客業でしょ? 良い声出せるに越したことは無いじゃないの」
「まあ……そりゃなあ」
「繰り返しになるけど、あなたの声はもっと良くなる。言い換えれば、伸びしろがある」
「……けど、ボイトレっていったいどうやって」
ここでわたしは意図的にクスクス笑いを作り、アツマくんになんにも言ってあげない。