西武新宿線の某駅で下車。
かなり歩いて、『彼女』が住んでいるというアパートの近辺までたどり着く。
15分以上は歩いた。
もう少し歩を進める。
2階建ての小さなアパートが眼に入ってくる。
『彼女』が伝えてきたアパート名が、壁に書かれている。
大井町さんが住んでいるのは、このアパートで間違いない。
× × ×
伝えられた番号の部屋まで行く。
ドアチャイムを押してみる。
少しの間(ま)のあとで、開くドア。
大井町さんの姿が現れる。
わたしと視線を上手く合わせることができない。
ドアノブを持ったまま、押し黙っている。
自慢の黒髪がボサボサになっている。
そのボサボサな黒髪が、事態の深刻さを伝えてくる。
表情も、思わしくない。
こういうときは、ひとまず声掛け。
「大井町さん、こんにちは。来たわよ」
お返事、無し。
挨拶を返さないのをたしなめるのではなく、
「やっぱり、調子が悪いのね」
と柔らかく言ってあげる。
「入るわよ?」
と言って、
「『助けて』って言ってきたのは、あなたなんだから」
と言ってから、弱った大井町さんに近づく。
わたしが中に入ってきたから、ちょっとだけ後ずさりする彼女。
立つ彼女の向こうに、生活場所の生々しさが広がっている。
ちょっとどころではなく、部屋が散らかっている。
ただの散らかりようではない。
グチャグチャだ。
いろんな種類のモノがたくさん散乱している。
「あらら」
わたしは思わず、
「これはヒドいわね」
と言ってしまう。
大井町さんの目線がますます下がる。
グチャグチャのヒドい部屋を見られて、悔しい思いもあるんだろう。
でも、そもそも、ヘルプと言ったのは大井町さんなのだ。
だから、
「時間はかかりそうだけど、片付けてあげる」
と言ってあげる。
か細い声で、
「あなたひとりで……する気なの」
と訊く彼女だが、
「ええ。そのつもりよ」
と答えるわたし。
部屋の左隅にあるベッドに視線を寄せ、
「あなたは休んでて」
しかし彼女は、
「わ、わたしだって一緒にやるっ」
と突っぱね。
「できるわけないと思うんだけどな。そんな状態で」
彼女が目線を上げた。
上げてから、
「か、片付けかたぐらい……知ってるわよ、わたしだって」
と、狼狽(うろた)えた顔、狼狽えた声で、再度突っぱね。
本格的にどうしようもなくなってるみたいね。
「じゃあ大井町さん、試しに、あなただけでゴミを拾ってみる?」
そう言ってみた。
わたしに背を向けて、絶賛散乱中の床のゴミを見回す。
立ち尽くす彼女。
どうにもならないってことを、自覚し始めたみたい。
やがて。
崩れ落ちるようにして、その場にペッタリと腰を下ろしてしまう。
両膝を床につけて、絶望の彼女。
「ほらぁ」
彼女の後ろに優しく歩み寄って、
「強がってたんじゃないの」
と言いつつ、左隣に腰を下ろして――肩を寄せてあげる。
× × ×
なかなか大井町さんは立ち上がれなかったけど、わたしの努力の甲斐あって、約30分後に、どうにかベッドに腰を落ち着けた。
わたしは散乱しているゴミをガンガン拾っていく。
満杯のゴミ袋をふたつ結んでから、ベッドに接近し、鬱屈な彼女を見下ろして、
「座り続けるのも消耗するんじゃない?? 寝転んでなさいよ」
と促す。
しかし、
「……はずかしい」
と、弱い反発を食らってしまう。
でもそんな反発、痛くも痒くもないから、
「なに言うのかな」
と言い、それから、
「寝転ぶよりも恥ずかしいことがあるでしょうに」
と言う。
わたしの指摘の意味が分からないご様子。
ベッドの敷き布団の端を掴みながら、
「なにが言いたいの。いったいどんな恥ずかしいことがあるって言うの。羽田さん、あなたって、ホント……」
はいはい。
「――気付かないの?? 大井町さん」
「……えっ」
「あなたの眼の前に、あなたの下着が落ちてるのよ」
「!?!?!?」
恥ずかしいでしょ。
恥ずかしいわよね。
下着まで散らかってるところを見られたのは、もちろんのこと。
どんな下着を持ってるか、知られたことだって――。
イタズラ好きのわたしは、その下着をヒョイと拾い上げて、
「――カワイイわね」
と、評価してあげる。