波乱は翌朝に起こった。
× × ×
晩ごはんを作ってあげて一緒に食べた。
それから一夜をともに過ごした。
そして朝を迎えた。
朝の小鳥の鳴き声がドアの外から聞こえてくる。
わたしは玄関の前に立っている。
「それじゃあね、大井町さん。
元気出しなさいよ?
キャンパスや学生会館で会えるの、楽しみにしてるわ。
困ったときは、助けてあげるから」
大井町さんがわたしに近寄ってくる。
「部屋が汚くなったら、呼んでよ。すぐにキレイにしてあげられるんだから」
言い足すわたし。
「じゃ、またね」
後ろの大井町さんに微笑みかけて、靴を履こうとする。
ところが。
ところが、ところが。
靴を履くために屈(かが)もうとした、その瞬間。
わたしの背中に……大井町さんが……抱きついてきた……!
「ど、どうしたの!?!?」
ビックリのわたし。
ビックリ状態のわたしから、大井町さんが離れない。
ギューーッと引っついている。
しかも、わたしを抱く強さがどんどん増してきている。
強くしがみつく彼女。
つまり。
つまり、つまりは。
大井町さんは……わたしに、行ってほしくないのだ。
部屋を出てほしくないのだ。
その証拠に、
「はねださん、いかないで……。いかないで、いかないでっ」
という、涙声が、わたしの耳に響く。
弱く湿った声で、
「いっちゃヤダ……。もっと、ここにいて」
と言う彼女。
わたしを必死に引き留める、コトバと、抱く腕の強さ。
× × ×
落ち着かせて、ベッドに座らせる。
その右隣に寄り添ってあげる。
これは、非常事態。
「もしかして、学業がうまくいってないんじゃないの? あなた」
そっと訊く。
訊かれた彼女は、
「どうしてわかったの……」
と弱い声。
「どういうふうにピンチなのかな」
「……学業が?」
「学業が」
無言。
沈黙。
ひたすら彼女の顔を見守るわたし。
見守っていたら、彼女の眼に涙が浮かんできた。
涙を流しながら、
「連休明けに……課題を提出しなくちゃいけない講義が、3つあって……だけど、3つともできなくって……。なにもできずに、連休、明けちゃって……。もう単位、取れない……。単位を落としたら、奨学金もらえない、大学にも居られない……」
わたしは冷静に、
「他には? 出席できてない講義とかもあるんじゃない?」
と訊く。
すると、眼を伏せて、
「ある……。初回だけ出て、それから1回も行ってない講義が……いくつも」
と、さらに弱々しい声で。
ポタポタと涙が落ちている。
床が濡れちゃうかもしれない勢い。
かわいそうになって、左手を右肩に置いてあげる。
「よしよし。つらかったのね」
慰めた、その直後。
泣きじゃくり状態の彼女が、上半身を抱きしめてきた。
声を上げて、わんわんわんわん泣く。
部屋の外まで漏れちゃうんじゃないかという勢いで、ひたすら泣きじゃくる。
号泣というレベルではなかった。
今までわたしが見てきた大井町さんとは、ギャップが激しすぎる。
こんなに泣き虫だったんだ。
わたしも涙もろいほうなんだけど、今の大井町さん、次元が違うぐらい泣き虫になってる。
どうにもできない、どうにもならない。
そう思ってるからこそ、こんなに泣きわめくんだろう。
わたしの手だって借りたいわよね。
死活問題の4文字以外の何物でもないんだもの。
泣きすぎて疲れたのか、彼女の鳴き声がかすれてきている。
こんな彼女を独りにさせておくわけにはいかない。
だから、
「――わたしにいい考えがあるわ、大井町さん」
と言って、彼女の頭頂部を柔らかく撫(な)でてあげる。