「愛よ。居間のソファで読書タイムか」
「そうよアツマくん。読書タイム」
「なに読んでるんだ」
「『新古今和歌集』」
「うおっ、マニアックだ」
「バカじゃない!? 新古今和歌集の、どこがマニアックなのよっっ」
「ちょちょっと待てっ」
「……」
「怒(おこ)り出すのが、いきなり過ぎるぞ」
「敏感なのよっ、あなたのそういう無知には」
「教養の無さに、激おこ、ってか」
「げ、げきおこ……?!」
「激おこ。激しく怒ったから、激おこ」
「……コトバの乱れかしら」
「どうかねぇ」
「あなたにこの新古今集を貸そうかしら」
「なんで」
「和歌を読ませて、コトバの乱れを矯正する」
「――ま、和歌に『激おこ』なんてワードは、出て来ないよな」
「ふざけてるの!? ふざけてるのよね!??!」
「愛、距離が近い近い」
「ふざけ通(どお)しのあなたに、西行法師もガックリきてるわよ」
「なぜ、西行法師を持ち出してきた」
「……」
× × ×
「ホントにもう」
「ごめんちょ」
「そーゆーところよっ、アツマくん」
「まあまあ、頭冷やせ」
「言われなくたって。
……ところで。
あなた昨日、利比古の部屋で、利比古となにやら話し合ってたみたいね」
「おうよ。おまえだって、利比古の様子の異変に気づいてるだろ?」
「気づいてる。姉だし」
「なんかあったんかなー、って訊いてみたくて」
「それで、どうだったの。利比古、なにか打ち明けてくれたの」
「残念ながら、打ち明けてくれずじまいだった」
「も、もーちょっと、役に立ってほしいんですけど。あなたと利比古、オトコ同士なわけなんだし」
「オトコはオトコでデリケートなんだよ。話しにくそうだったからさ。あいつを問い詰めても、いけないんだし」
「それは、そうだけど」
「愛。おまえも姉として、優しく接してやるんだぞ?」
「……わかってるわよ」
「ま、おまえは利比古に対しては、デフォルトで溺愛(できあい)なワケだがな」
「……アツマくんっ」
「どーしたあ」
「『デフォルトで溺愛』とか。やっぱり、コトバの乱れが甚(はなは)だしいわね」
「すまないね~~」
「だから、ふざけないでよ!? 『新古今集千本ノック』させるわよ!?」
「……新古今集の時代に野球は無かったよな」