【愛の◯◯】彼のカノジョさんとわたしのカレシの事情

 

リビングのソファで読書。

きょうから新しい本を読み始めている。

読みふけっていたら、だれかの足音。

「くつろいでるね、あすかちゃん」

流(ながる)さんだった。

くつろぎ過ぎだったかな、ソファに腹這(はらば)いで読書しちゃってたし…と思いつつ、起き上がり、流さんのほうを向く。

「あ」

わたしの文庫本に眼が行ったのか、

ドナルド・キーンだ」

と言う流さん。

「そうですよ、ドナルド・キーンさんの自伝です」

「面白いよね、それ」

「わぁ、読んでたんだ、流さん」

「むかし読んだ」

「むかしって、どのくらい前ですか?」

 

「……」

 

ななな、なんでそこで沈黙?!

困っちゃう、わたし。

 

はぐらかして、流さんは、

「知り合いで、生前のドナルド・キーンさんの講演を聴いたことのある人もいて…」

と。

流さんが、かなーりどーしよーもない、ので。

「流さーん。そこに座ってくれませんかねー」

「え。そこ、って……このソファ」

「座ってくださいよお。わたしの近くに」

「き、厳しいね……きみも」

なに言うのかなあ。

 

× × ×

 

「カレンさんとの進捗(しんちょく)はどうですか?」

流さんが腰掛けた瞬間に尋ねる。

流さんは眼を丸くする。

「し、しんちょく、かい?!!?」

彼の声が上(うわ)ずる。

頼りない婿入り養子みたいな声だ(たとえが分かりにくくてごめんなさい)。

なぜか、メガネを外してレンズを拭き始める彼。

焦(じ)らさないでくださいよ。

「か、彼女は順調だよ……」

「ケンカしたりは?」

「ぜんぜん」

「おしどり夫婦(カップル)ですね」

せ、籍(せき)は入れてないよっ

彼の声が上ずってばかりで、かわいそうになってきたけど、

「わたし、カレンさんを、邸(ここ)に呼んできてほしい気持ちも」

「彼女を、ここに……」

「ハイ」

「い、いそがしいからなあ、カノジョも」

「お互いが忙しくない日を、なんとかして作ってくださいよ」

「無茶な振りかたするんだねえ……」

「エヘヘ」

 

――咳払いする流さん。

このタイミングで!?

 

「――ぼくとしては。

 ぼくとしては、ね。

 

 ミヤジくん。

 

 そう、ミヤジくん……きみの彼氏こそ、もっと邸(ここ)に連れてきてほしいんだけど」

 

 

 

いじわるっ。

流さんの、超いじわるっ。