藤村杏(ふじむら あん)が、邸(いえ)に来てくれた。
泊まりがけである。
× × ×
もちろん、愛の様子を心配して、来てくれたのである。
だが……。
× × ×
リビングのソファに藤村が座っている。
……うつむき通しで。
「なんだよ。下ばっかり向いて」
気になって、おれは呼びかける。
「なーんか、おまえ、来たときから元気ねーぞ」
と言う。
「さっきの夕食のときも、あんまり顔、上げなかったよな? おまえに向けておれが話そうとしても、反応が鈍くって」
とも言う。
「もしかしたら、夕飯のなかに嫌いなおかずがあったとか…」
「…違うよ」
「ほんとかぁ?」
「…ほんとだよ」
「おまえ、けっこうな偏食だったような気がするけど」
「――なっ」
ムキになったみたいに顔を上げる藤村。
顔を上げてくれたのはよろしい。
「美味しかったよっ、夕ごはんは!」
「そっか」
「……」
「ますます……分からん。きょうのおまえが陰気な理由が」
「そんなに……陰気に見える」
「見える」
「……」
「愛の部屋、行っただろ? …そのときに、愛とイザコザでも――」
「――バッカじゃないの」
おー。
怒った。
「あるわけないでしょーがっ。愛ちゃんとイザコザなんて」
「そりゃー悪かった」
「だけど……」
「ん? だけど、??」
「愛ちゃん……見るからに、調子、落としてたから」
だんだんシリアスみを帯びた口調で、藤村は、
「ほんとうにつらそうだったよ、愛ちゃん」
と漏らす。
藤村から見て斜め左前のソファにおれは腰を下ろす。
「…おれのせい、だとか、思ってるか? やっぱり」
藤村の性格はよく把握している。
藤村がやって来る前から、責められる、ということは、覚悟していた。
藤村に怒られる。お説教をかまされる。
…そう「ならない」ことのほうが、不自然だと思っていた。
だが、しかし。
「わたし、戸部のせい、だとか、思ってない」
返ってきたのは……意外すぎることば。
ふるふる、と首を振りつつ、
「戸部。
あんただって……つらいんでしょう」
と、思いやることばを向けてくる……藤村。
ビックリだ。
藤村が……おれに……同情??
「つらいんだよね。……愛ちゃんだけでなく、あんたも、相当。」
「……なぜ、そう思った」
「好きな女の子が、あんな状態になったら……こころを痛めないほうが、ウソでしょ」
……。
「……まあな」
「曖昧な相づちはやめてよ」
「…曖昧だったか?」
「せっかくわたし戸部に同情してあげてるんだよ。超特大サービスなんだから…」
「超特大サービス、か…。
ありがたやありがたや、だな」
「ありがたやありがたや」がマズかったのか、不機嫌を通り越して悲しそうな表情になってしまう……おれの高校時代の同級生。
泣かせるのはヤバいな……と思っていると、あすかが、リビングに足を踏み入れてきた。
あすかはおれたち2人を見る。
そして、シリアスな雰囲気を察知する。
察知して――藤村から見て斜め右前のソファにすとん、と着座する。
それから、藤村に向かってどんどん距離を詰めていく。
「――あすかちゃん。」
若干うろたえの藤村。
「兄貴がまたなにか、やらかしましたか?」
とあすか。
「ううん。戸部は、なんにも、やらかしてない」
「だけど、いまの藤村さん、すっごく悲しそうな顔だし」
「悲しいよ。悲しいけど……わたしは、戸部と、悲しい気持ちを共有してるんだ」
「マジですか」
「……。
あすかちゃんは、強いよね」
「え??」
「あすかちゃんだって、愛ちゃんがメンタル崩しちゃって、つらいだろうに……」
「あー。
そりゃー、おねーさんのことは、とってもとっても心配ですけど」
あすかは――、藤村のからだを、じぶんのほうに、抱き寄せて。
「藤村さんのことだって、とってもとっても心配。」
そう言って――落ち込み状態の藤村を、あすかは……なだめていく。
スキンシップされた藤村のほっぺたが赤くなる。
ほっぺたの赤みが――藤村が立ち直っていく兆(きざ)しのように、おれの眼には見える。