藤村が、久方ぶりに、邸(いえ)にやって来た。
泊まりがけだ。
「ヤッホ~、戸部」
「やっほー」
「ちょっとっ、もっとノッてきてよ」
「これが普通だ」
「ちえっ。…久々に、ブログに登場することができたのに」
ったく、これだから藤村は……。
「藤村、おまえ最後に登場したのはいつだったか、憶えてんのか?」
「調べてみた。
調べてみたら、今年の3月26日の記事だった」
「フーン。それ、意外と最近に思うが」
「でも、大学3年生になってから、いちども登場してないんだよ!?」
「そこはまあ…スケジュールとか、ローテーションとか、あるだろ」
「ローテーション、ねぇ……。」
「? ローテーションがどうかしたか」
「ローテーションといえば、野球の、投手のローテーション」
「なにがいいたい」
「野球しよーよ」
「は!? いみがわからんすぎる」
「ゲームでだよ、ゲームで」
「え……パワプロとか、やるってこと」
「そーだよっ。たしかこのお邸(やしき)、パワプロ全作品揃ってたでしょ」
「揃ってるけど、おまえ、パワプロは、やりたくなかったんじゃ――」
「――前は、ね」
「んっ」
「心境が、変わったんだよ」
「おぉ…」
「…なんだか、野球キャラだな」
「サッカーも変わらず好きだけどね」
「じゃ、パワプロできる用意して。戸部」
「おれ任せかよ……」
× × ×
広間の一角にあるテレビに、ゲーム機をつなぐ。
藤村とふたり腰かけ、お互いのチームを選択する。
「――阪神にするの戸部? なんで」
「や、今年阪神、調子いいだろ」
「そういう理由か――ならわたしオリックス」
「阪神同様、関西の球団だから?」
「そ。阪神同様、調子もいいし」
「なるへそ」
で、プレイボール。
藤村が、しぶとく、
パワプロの阪神対オリックスは、一進一退の攻防を展開していた。
5回裏が終わったところで、
お盆を持って、愛が、おれたちのところにやって来た。
「ここ、お菓子と飲み物置いておきますね」
「わーありがとう愛ちゃん」
「どういたしまして」
「……」
「ふっ、藤村さん……なにか??」
「愛ちゃん、もう、完全に――戸部のお嫁さんだね」
愛がお盆をストーン、と落とした。
お盆だけでよかった。なにか乗っかってたら、大惨事だった。
にしても、
「気が早いにも程があるというか……、
藤村のからかいグセも、なんとかならんのかいな」
「気が早いのは事実かもね」
「じゃー言うな」
「言っちゃったものは仕方ないよね」
「とりあえず、おまえは愛を落ち着かせような? すんごくテンパってるぞ」
確実に紅潮していると思われる顔を伏せて、
お盆も、拾えないでいる。
藤村が、お盆を拾って、
「ごめんねぇ、テンパらせちゃって」
「……」
「『大人っぽくなった』、で、よかったんだよね」
「ふ、ふ、ふじむらさん…」
「なぁに?」
「さっきみたいなこと、言われたら……おヨメにいけなくなっちゃう」
おいおいっ。
お盆を胸に抱きしめ、愛は、
「――藤村さんっ、あとでわたしと、パワプロで対決してください」
「おー、愛ちゃんもヤル気だな。けど、理由は?」
「――おヨメにいけなくなっちゃいそうだから」
なんだそれ。
「わたしはもちろんベイスターズで戦います」
「わかったー、戸部との試合が、終わったあとでね」
「はい」
…そそくさと、愛は去っていく。
× × ×
「戸部はあんまり動じなかったね」
「ああいうパターンはなんども経験してるから」
「パターン?」
「つまり、だれかが、おれと愛の関係を、おちょくってくる。で、たいていは愛が、ドギマギしたり、デレデレしたりする」
「慣れてんだ」
「そうだ。慣れてんだよ」
「――愛ちゃんさ」
「?」
「きょうも――まぶしいよね」
「まぶしい?」
「とっても、まぶしく見えるの、愛ちゃんが。同性だからかな」
「ジェラシーかよ」
「……」
「おいなんとかいえ」
「……お嫁さん、がどうこうじゃあ、ないけど。
ほんとのほんとで、戸部には、これからも、愛ちゃんを支えて、守ってあげてほしいよ」
藤村……なんだかしんみり声になってきてる気が。
とりあえずおれは、試合を『タイム』にした。
「だって……あの娘(こ)、ああ見えても、あんがい、繊細なところ――あると思うよ」
おれはコントローラーを置く。
「わかるでしょ戸部? デリケートなんだ、って」
テレビ画面を向いたまま、
「――まあ、藤村の言うとおり、だと思う。長年、同居してる身としても」
「ほころびができたら……そこから、どんどん崩れていっちゃう、みたいな」
「……ああ。情緒不安定に、なりやすいんだ」
いろいろ、あったからな。
「なんとか……あいつの、ほころんだところを、おれたちで、直してやってきた」
藤村は、真面目な口調で、
「いつ、『転ぶ』か、わかんないよ――今後も。脅(おど)すみたいだけど」
「転んだら、起き上がるのを、助けてやればいい」
「助ける役目はあんただよ、戸部」
「――だな」
「わかってる!?」
「――ずいぶん詰めるな、きょうは」
「詰めるよ」
「――おまえらしいかもな」
少し深呼吸して、
息を整えて、
「ご忠告、ありがとう。藤村さん」
「…なんで『さん』を付けたの」
「誠意、ってやつだ」
藤村はクスッ、と笑って、
「とっとと試合、再開しよ?」
と言う。
おれの誠意、を、くみ取ってくれたような、笑い顔。
おれには――そう映る。
× × ×
試合を終えたあとで、
「ねえ、なんだか、湿っぽくなっちゃったからさ、途中から」
「――急に立ち上がって、どうしたよ?」
「戸部にクイズ出したいの」
「は??」
じぶんの顔を指さしながら、
「わたしに関するクイズ。
ねっ――わたしの身長、当ててくれない?」
「それに、どんな意味が――」
「意味なんかあるわけないでしょ、バカだねぇ」
チッ……。
「たぶん――藤村、おまえは、160ないんだよな」
「ないよ」
「うーむ、愛よりは低く、あすかよりは、高い…」
「だねぇ」
「157」
「ちがう」
「158」
「おしい!」
「159」
「ハイ正解」
「……茶番じゃねえか? これ」
「わたしの身長がわかったなら、よかったじゃんよ」
「おまえの身長知っても、メリットもなんにもないような」
おれのツッコミを意に介さず、
「こんどはわたしが、戸部の身長を当てる番」
「…ご自由に」
「高いんだよね~、あんた」
「…はやく答えろ」
「180?」
「ばーか」
「なにその態度!?」
「180もねーよ」
「179」
「違うな」
「178。そうじゃなかったら、177」
「いい線ついてる」
「じゃ、じゃあ、178か177の、どっちかなのね!?」
「――すまん藤村」
「エッ――」
「――そこらへんだと思うけど、
正確な数字……憶えてないんだ」
「……健康診断! 4月に健康診断、したでしょう!? 大学で」
「したよ」
「測ったでしょ、身長っ!!」
「測ったけど――その場で忘れた」
藤村は……声もからだも、ふるふると震えだし、
「こ、このっ――、アンポンタンがっ」
「お好きに罵倒してどうぞ」
「3回なぐってやる」
「3回ぽっきりでいいのか?」
「3回ボコれば――戸部だって、痛がるでしょ」
「おれはそんなに甘くないぞよ~~、藤村」
「キモい」