【愛の◯◯】真面目の反対を教えて

 

せめて、服装だけでも、愛さんに負けない見た目でいこう…と思って、姿見の前で、ほんとうに何時間も考えた。

 

どれだけ服装をオシャレにしても、所詮ちんちくりんな体格のアタシだから、見栄え、で彼女に敵(かな)うわけないんだけど。

 

でも着ていく服は精一杯悩んだ。

悩み抜いて、オシャレした。

 

 

× × ×

 

約束の時刻より早く着いてしまい、駅の柱に背中をひっつけて、新書を読みながら時間をつぶしていた。

 

新書を一章分読み終わったとき、手を振りながら小走りでやってくる愛さんに気づいた。

 

「ゴメ~ン。遅れちゃったみたい」

「そんなに遅刻じゃないって」

「ホントに?」

腕時計を見てアタシは、

「3分ぐらい、過ぎただけ」

「そっかあ……でも遅刻には、変わりない」

「ぜんぜん気にしてないから。

 小走りにならなくったって、よかったじゃん。

 あわてるなんて――アンタらしくないよ」

 

小走りになっていたけれど、息切れひとつもしていない。

そんな愛さんを、あらためて見すえる。

ファッションのセンスは――正直、ふつうだと思う。

バリバリにオシャレしてるわけじゃない。

でも――、

ますます……ため息が出るぐらいの美人な顔に……磨きが、かかって、

その、女子大生らしくオトナびた雰囲気をかもし出し始めたルックスに、

高校生時代と比べて短く切り落とした髪が……絶妙に似合っている。

 

負ける・負けないの……話じゃなかった。

 

こりゃ、女子でも、惚れかねないわ。

 

 

「…どしたの?? りっちゃん」

 

あ、

まずい。

 

「ご、ごめん、ヘンに、無言で」

 

愛さんは少し口もとを緩め、

 

「久しぶりに顔を合わせたら――ときめいちゃった?」

 

「と、ときめくって、なに」

「なんでもないよ~~ん♫」

「……」

「……?」

「――あ、あのさ、さ、サッパリしたよね!? 愛さん」

「あ~、かもねぇ。髪、切っちゃったし」

「――似合ってると思うよ、その、髪の長さ」

「ありがと。うれしい♫」

 

…彼女は、含みをもった眼つきで、アタシを見下ろしたかと思うと、

 

「りっちゃんこそ、サッパリしたんじゃん?」

「…どうかな」

「りっちゃんの、いまの髪の整いかた…好きだよ、わたしは」

 

「好きだよ」、ってハッキリと言われた。

 

「服も…わたしより、オシャレじゃないの」

「そんなこと…ないよ」

「あるよ、あるって。わたしより、趣味がいいんだね」

「……べつに。」

 

「――スネなくったって」

 

そう言って、なだめてくる。

なだめてくる愛さんが、アタシより3歳ぐらい年上のお姉さんに見えてしまう。

 

――そう。

彼女の、言うとおり。

スネてる場合じゃ、ないよね。

 

 

× × ×

 

「……正直、アンタの出で立ちを見たとたんに、嫉妬が出てきちゃった。

 だから、スネるような態度、見せちゃったかもしれない」

 

そう『告白』して、アイスカフェラテを飲んだ。

 

「……ホントに、正直ね」

 

やや呆れ加減の愛さんに対し、アイスカフェラテのグラスを置いてアタシは、

 

「――でも、こんなこと言ったって、仕方がない。

 アタシはもっと前向きに行ってみたい」

 

「前向きにって――どんなふうに?」

「それは……愛さんと、楽しい、会話を」

「なるほど」

「どんな話が……したい?」

「そうねえ」

彼女はさして考えこむこともなく、

「さっき、駅でさ、りっちゃん、新書を読みながら、わたしを待ってたよね」

「――待ってたよ」

「実はね、

 あの新書――最近、わたしも買って」

「――読んだの!? もしかして」

「うん。もう、読み切っちゃった」

「――ネタバレ、やめてね」

「新書にネタバレうんぬん、あるかなあ」

「あるの」

「りっちゃんには、あるのね」

「ある……」

「りょーかいっ。

 …わたしのとってる講義と、関わりのあるテーマの新書だったから」

「勉強熱心、なんだね」

「アハハ、ありがとう」

「……意外かも」

「えっ!?」

 

 

「りっちゃん、読書、好き?」

「……趣味。」

「好きってことじゃない」

「でも、ただの、趣味だし」

「読書が趣味な時点で、サイコーじゃん」

「サイコー……なの!?」

「みんな本なんて読まないよ」

「…どうだろ」

「わたしの周りの人間はなぜか、本読みが多いけど」

「……」

「せっかくの機会なんだから、ここで読書トークのお時間といきますか」

「ノッてる…ね」

「ノッてるノッてる」

「ここ3ヶ月のうちに読んだ本のことを話す、とか、そういう流れ?」

りっちゃん、あたまいい~~

「愛さんッ」

「あ、すみません」

 

案外、真面目じゃないんだよね……この子。

というか、『案外』なんて、要らないくらい。

根っこの部分から……。

 

アタシが生真面目すぎるのかな。

うまく、とぼけらんない。

 

 

× × ×

 

読書トークのお時間は、予想外に白熱した。

 

「――こんど、りっちゃんと会えるのは、いつかなあ!?

 せっかく趣味が合うんだし、次に会ったときは、もっともっと長ーくおしゃべりしていたい。

 ねっ? いいよね??」

 

「――いいよ。」

 

と、言うしかない。

 

帰り道、アタシと愛さんと、ふたり。

 

必然に時間は流れて、

愛さんは愛さんの生活に、

アタシはアタシの生活に、還っていく。

 

もうすぐ、アタシはふたたび、東京を出ていく。

ひとり暮らしの大学生活。

半分、巣ごもりの。

 

――しばらく、愛さんの顔が見られなくなるのが、

名残惜しい。

純粋に、そう思った。

そう。アタシにしては珍しく、純粋な気持ちで。

 

 

道を、彼女は、どんどん前に進んでいく。

その背中に、

「ちょっと、速く行き過ぎだから、愛さん」

と、投げかける。

「歩くの速いよっ、どんどん距離が離れてく」

 

もう少しゆっくり行こうよ。

こんど会えるの、何ヶ月後になると思ってんのよ……。

 

……そういう気持ちを込めて、アタシは、投げかける。

 

彼女の歩きが、ゆっくりになる。

振り返ってくる。

振り返り美人の彼女は、

「ごめんごめん、どんどん先に進んじゃうんだ、わたし。

 いまみたいに、怒ってくれないと、立ち止まれない」

「怒ったわけじゃない」

「そーなの?」

「……さみしくって」

「え……。」

「さみしかったんだ。アンタが、遠ざかっていくのが」

「大げさだよ……ちゃんと言ってくれたら、立ち止まって、待ってあげるんだから」

 

「……真面目すぎるのかな」

 

「りっちゃん?」

 

「真面目すぎる性質(タチ)で。ムキになって。『さみしい』とか、気持ち、大げさで」

 

困ったように立ちんぼの愛さんに、

 

「アタシ、もっと自由でいたい。愛さんみたいに。

 もっと、もっとはっちゃけたいんだ。

 真面目の反対がいい」

 

なんてこと言ってんだろ……アタシ。

 

でも、止まらない。

 

あ、アンタみたいに、不真面目になれる、なりかたを……知りたいの

 

「りっちゃん、」

「……」

「落ち着こうよ」

 

眼を、伏せる。

 

「自覚してるよ。じぶんが、真面目の反対だってことは」

「…ゴメンナサイっ」

「はい、はい」

「……しばらく会えなくなると思ったら、つい。無茶苦茶なことを」

「無茶苦茶じゃないから。むしろ、わたしのこと、ちゃんと理解してくれてる」

「……」

「ほんとーに、性格、どーしよーもなくって、わたし。

『性格ブス』って、言ってくるひともいる」

 

「だれ……それ。そんなヒドイこと、言うなんて」

 

「わたしの彼氏」

 

 

あんぐりと口を開けて、ことばを失うアタシに、

 

「彼氏だから言える、っていう面もあるけど」

 

そして――屈託なく、笑い、

 

「そっかぁ。

 ――教えてほしいんでしょう、りっちゃん。

『性格ブス』に、なる方法を」

 

戸惑い……ながらも、

ひとりでに、首をタテに、振っていた。

 

「――わかった。

 わたし、もう少し、つきあってあげる。

 特別だよ。

 わたしの――個人授業。

 りっちゃんへの、不真面目のなりかた講座。

 性格ブスの――なりかた講座」