【愛の◯◯】敢えて弱みを突く

 

JR山手線某駅の東口。

麻井りっちゃんが眼の前に立っている。

「久しぶり、愛さん」

「りっちゃん、久しぶり~~!!」

やり取りをしつつも、わたしはりっちゃんの身だしなみを精細に見ていく。

うん。

全体的にオシャレよね。

部分部分がきちんとしてるから、全体がオシャレに見えるんだわ。

140センチ台の小柄な子だけど、体型にジャストフィットしてる感じの服装。

きっと育ちが良(い)いんだと思う。

「りっちゃん。あなたって、わたしよりもだいぶ身だしなみに気を配ってるのね」

「え?? どういうこと、愛さん……」

「わたしなんかより全然コーディネートが決まってるってことよ」

「そ、そんなことない。愛さんのほうが100倍キレイだし」

「『100倍』とか言わない言わない」

うつむき加減の彼女に対し、

「ステキよ。ステキだわ」

と言ってあげる。

 

× × ×

 

「帰省したばっかりで、くたびれが残ってない? そこが心配」

わたしはりっちゃんに訊く。

「どうってことない。昨日実家でグッスリ寝たし」

りっちゃんはわたしに答える。

 

会話のキャッチボールをしながら某大手CDショップに向かっていく。

入店してから、

「りっちゃんは、音楽は――」

「あんまし詳しくない。映画や本と比べたら、全然」

「だったら」

ジワッと彼女を見つめて、

「わたしが広い音楽の世界に案内してあげるわ」

 

洋楽の棚に行く。

『このバンドはアメリカ西海岸の出身』『このバンドは70年代中盤に活躍した』『このバンドはパンクバンドってことになってるけど、後期は音楽性がパンクの外にはみ出した』

輸入盤アルバムを手に取りつつ、こういうふうな説明をしていく。

「すごいね。ホントウに詳しいね」

「詳しいのよ」

自画自賛しちゃったから、彼女が少し戸惑っちゃう。

しかしわたしは、

「ロックだけじゃなくて、ジャズやクラシックの世界だって広いのよ?」

と言って、彼女の手を取る。

 

ジャズの棚。ブルーノートの古典的な名盤が試聴できるようになっている。

「難解なものもあるけど」

と前置きしておいて、

「試聴できるのだと、これなんかはずいぶん取っつきやすい」

と、試聴するための機械に書かれたアルバム名を指し示す。

「アタシ、ジャズなんかほとんど聴いたことない」

とりっちゃんは言うので、

「だったら、ここが出会いの場ね」

と、ヘッドホンを持ち上げ、わたしよりかなり小柄な彼女に手渡してあげる。

ヘッドホンをかぶる彼女。

再生ボタンを押す彼女。

じっと眼をつぶって聴き入る彼女。

聴き終え、ヘッドホンを外して、

「うまく説明できないけど。『オシャレな音楽』だと思った」

喜んでもらえたみたいね……とわたしは安心する。

しかし、その次に彼女の口から出たコトバは、

「洗練されてて、アンタが身にまとう洗練さみたいなモノを感じた」

 

× × ×

 

そんなに洗練されてるかな。

身だしなみに自信あるほうではないし。例えば、アツマくんにはマンションで、しょっちゅう寝グセだとかアホ毛だとかが伸びてるのを指摘されてるし。

 

ロック→ジャズ→クラシックと見ていったあとで、わたしの自腹でアルバムを1枚買ってあげて、それから退店し、少し外を歩いて、食◯ログなど口コミサイトには登録されていない隠れ家的なカフェに連れて行った。

わたしは700円のプレミアムなブレンドコーヒーを注文し、りっちゃんは550円のカフェラテを注文した。

「わたしが1250円出すわ」

「えっ、悪いよ……」

首を横にふるふる振ってから、

「せっかくだから奢(おご)らせてよ。今月のアルバイト代も振り込まれたし」

「ドイツ語の翻訳のバイト……だっけ」

「下訳(したやく)に過ぎないんだけどね」

プレミアムブレンドコーヒーとカフェラテが同時に運ばれてくる。

ぐい、とブラックで口に運んでから、わたしは、

「美味しい。わたしのドイツ語読解力より研ぎ澄まされてるわ」

りっちゃんは苦笑して、

「無理やりドイツ語と結びつけなくても」

「そうね」

コーヒーカップを置く。

自分のコーヒーを飲むよりも、りっちゃんがカフェラテを飲んでいく様子を見ることに集中する。

ほぼ飲み終えた彼女がテーブルにコトリ、とカフェラテのカップを置く。

その瞬間を見逃さずに、わたしは、

「あなたがカフェラテを堪能したみたいだから」

と言い、

「『今日わたしが1番訊いてみたいこと』を言うわ」

と言う。

わたしのコトバを受け、真向かいの彼女が姿勢を正す。

真面目なのね。

真面目なのってホントに良(い)いことだわ……と思いつつ、真面目の真逆であるわたしは、

「そろそろ、わたしの弟に会ってみたくない?」

という問いを彼女に食い込ませる。

この問いが彼女の胸元のあたりに鋭く食い込んだみたいで、動揺と恥ずかしさがかき混ざったような表情に次第になっていって、わたしに眼を合わせようと頑張るものの、そのたびに伏し目がちになってしまって、しばらくすると――握ってみたら柔らかそうなほっぺたが、ほんのりと紅く染まってきた。

「……イジワル言わないでよ」

精一杯の反発。

弱みを突かれたから、弱る。

そんなりっちゃんがとっても可愛らしくって、ここがカフェじゃなかったら、きっと抱きしめたくなっちゃっている。