テーブルを挟んで、小路(こみち)ヨーコがカーペットに腰を下ろしている。
「ヨーコ。あなたの大阪での暮らしぶりを是非とも聴かせてほしいわ」
ヨーコは大学生活を送っている大阪から東京に帰省しているのである。
キャラメルコーンをつまんで食べてからヨーコは、
「わたしにそんなに近況報告させたいの?」
なにを言ってるの。
させたいわよ。
会える機会はヨーコが帰省してるときぐらいなんだし。
「わたしの近況報告なんかよりもっと重大なトピックがあるでしょーに」
そう言われて、一気に背筋が冷え込み、胃に鈍痛がしてくる。
「亜弥(あや)、あんたはわたしに伝えてきた。先日、羽田利比古くんとバッタリ出会ったことを」
「……ええ。遭遇したわね」
「また遭遇したいでしょ? もちろん」
胃の鈍痛が続く。
「だってねぇ。卒業式のとき、わざと2人きりシチュエーションを作り上げて、さらには彼に対し――」
「あ、あいかわらず、わたしをおこらせるのが、トクイみたいねっ」
「え、怒ってんの?」
「胃の鈍痛がムカムカになってきたのよ」
苦笑いで、
「そんなに胃に来るのかー」
とヨーコ。
わたしの気も知らないで。
なんとかして羽田くん絡みの話題をやめさせたいわたしだったが、タイミングが良いのか悪いのか、部屋のドアが派手に鳴った。
弟のヒバリのノック音としか思えない。
ヨーコも察知していて、
「ヒバリく~ん。入ってきていいよ~」
即座にドアが開いてしまう。
ヒバリが足を踏み入れてくる。
『なんの用なのよ』と咎めようとして、ヒバリが右手に持っている本に眼が留まる。
漫画単行本だった。
そういえば、ヒバリは確か……。
「ヨーコさん。借りてた漫画、返す。今この場で返さないと、返す機会がしばらく無くなっちまうから」
「オオー」
ヨーコは喜んで、
「律儀だねえ。そーゆートコロはお姉さん譲りなのかなあ」
と、差し出された漫画単行本を受け取る。
それからヨーコは、
「せっかくだし、ゆっくりしていきなよ。2人より3人のほうが楽しいよ」
そのほうがわたしとしては都合が良くもあった。
羽田くんのことでヨーコに気持ちを掻き乱される危険性も減るから。
しかし、立ってわたしたちを見下ろすヒバリは、
「だけどさー。3人になると逆にできない話もあるだろ?」
と不穏さに満ちたコトバを発し、それから、
「恋バナとか、おれが居るとやりにくいっしょ」
と……わたしの胃袋の激痛を誘発させる発言をしてくる。
× × ×
「ヒバリくんかわいいね」
「どこにかわいい要素があるっていうのよ!! ヨーコはきょうだいじゃないから、なんにも分かってないのね」
「怒鳴りなさんな」
「……」
ヒバリは追い出した。
つらいわたしは、テーブルに右肘を乗っけて、頬杖をつく。
「どーする? 恋バナ続行する??」
「しない。するべきじゃない」
眼を細くして、わたしを面白がる素振りのヨーコ。
思わず三ツ矢サイダーのペットボトルに手を伸ばし、一気に飲んでいってしまうわたし。
「いい飲みっぷり。亜弥、将来はアルコールに強くなりそうだ」
「あることないことを」
ここでヨーコはドアのほうを見て、
「『ヒバリくんかわいいね』って言ったけどさ。彼、ずいぶん声が低くなったし、ずいぶん背丈も伸びたよね?」
「声変わりならほとんど終わってるわ。とっくに163センチのわたしの背丈なんか越してる」
「中学2年の冬休みなんだもんねー」
「外見が大人っぽくなってるのは認める。中身は小学生の頃から進歩してないけど」
「そーなの?」
「ここに土足で入ってくるのよ」
「いや、家の中なんだし、土足で歩いたりしないでしょ」
「ひ、比喩的に言ったまでだからっ。あなたわたしより高校時代は成績良かったでしょ!? 『土足で入ってくる』のニュアンスぐらいちゃんと理解してほしい……」
「成績良かったのは、入試まで。現在(いま)は、あんたが通ってる大学のほうが、わたしの大学より格が上」
「学歴トークはやめてよ。それに、わたしの大学とヨーコの大学、偏差値的にはそんなに変わらないはずでしょ」
「いやぁ~~」
「よ、ヨーコっっ」
「法と政治の大学のほうが、格上でしょ~~。なんてたって東京六大学!!」
あのねえ……。
わたしの在学している大学が、初めてブログで読者のかたがたに暗示されてしまった。
ちなみにキャンパスは、都心のほうの……。
じゃ、なくってっ!
まったくラチがあかない展開になってきて、腐れ縁の親友から眼を逸らす。
年の瀬の窓の外を眺め始めていると、耳にまたもやノックの音が響いてきた。
もう我慢できず、ガバァァッ!! と立ち上がる。
ずんずんドアに突き進んでいく。
暴力的なまでの勢いでドアを開き、
「ちょっとっ!!! ヒバリ、もう用なんか無いんじゃないの!?」
「おいおいおい姉ちゃん、そんなに怒鳴ったら、階下(した)に居る父さんや母さんにまで聞こえちゃうぜ」
「いいわよ!! 聞こえたって!!」
「いいのかよ」
「わたしに不利益なんかない。とにかく、この部屋に乱入しようとした理由を言って」
「最近の姉ちゃんの暴れぶりについて、ヨーコさんに詳しく説明したかったんだ」
わたしは即座にヒバリの頭頂部を平手打ちした。