【愛の◯◯】「戸部くんって女の子との接し方すごく上手だよね」

 

藤村が、カフェオレを飲んでいる。

「どうだ、くつろげたか?」

藤村はカフェオレのカップを持ちながら、

「おかげさまで」

「そうか。一安心だな」

「戸部に迷惑かけちゃったね」

「そんなことないぞ」

「ごめんね」

「謝らなくとも」

恐縮そうにしてる藤村は嫌だったから、

「元気出せって」

「やだな~。元気になったよ、わたしは」

「発散できたか?」

できた!

ハツラツとした高校時代の面影が、戻ってきた感じがした。

「戸部。また一緒にウイイレやろうね」

パワプロでもいいぞ」

パワプロはちょっと……

「なんでだよ、じゃあプロスピは?」

なんで野球ゲームにこだわるの……

 

愛やあすかはとっくに登校済み。

おれもそろそろ、家を出なければならない。

「藤村、大学に行ってくるぞ」

「まじめだね」

「――おまえきょう講義は?」

「自主休講」

「ふまじめだな」

舌をぺろん、と出してはにかむ藤村。

なんだよそのリアクション。

「――ま、きょうぐらい仕方ないわな」

「わかってるじゃん戸部」

「なにがだよ」

「…怒らないんだね」

「サボるのは当人の勝手だからだよ」

藤村は肩をすくめて、

「なにやってんのかな~、わたし」

こいつはこいつでいろいろ思うところがあるのかもしれないなぁ、と思ったので、

「藤村。きょうは気が済むまで邸(いえ)に居てもいいぞ」

「えっ、どーゆーこと戸部っ」

「ことば通りだよ」

照れ顔で戸惑われても困るんだよ。

「ゲームでもやって、気楽に過ごせば?」

「お昼ごはんは……」

「食材なら、冷蔵庫になんでもあるから」

「あんたの邸(いえ)、四次元ポケットなの」

「まあ、そんなもんだ」

「食材は、あっても……」

おれはからかうように、

「料理ができない、ってか?」

で、できるもん!! ひとりでできるもん

「あやしいな。コンビニの場所、教えといてやるから」

悄然とする藤村。

「あ~、母さんに作ってもらうって手があったな。それとも…」

そ、それとも?!

「おれが作っといてやろうか」

 

× × ×

 

からかいすぎて、藤村に無言でパンチされた。

おっかねえやっちゃ。

 

それはそうと大学にやって来た。

無難に講義をこなし、学生会館に向かう。

「MINT JAMS」のサークル部屋。

一浪して同じ大学に入ってきた八木八重子が、くつろいで部屋に流れる音楽を聴いている。

「八木も――意外と不真面目なんだな」

!? いきなりどういうこと、戸部くん」

オーバーリアクションするな。

「まだ自主休講の味を覚える季節ではないと思うが」

「疑ってるの」

「疑心暗鬼」

「コマが入ってないだけだよ」

ま、そんなとこか。

「疑って悪かったな」

「そんなにすぐに謝らないでよ」

「え」

「冗談冗談。――でもねえわたし、家庭の経済状態そんなに良くないから、ちゃんと勉強はしないといけないと思ってるの。奨学金も、もらってるし」

苦学生だったのか、八木……。

「偉いな。恵まれてるおれとは、大違いだ」

「ありがとう。でも戸部くんも、偉いと思うよ」

「いいやそんなことないぞ」

「戸部くんのスゴいところはさ、」

「へっ?」

女の子との接し方が……すごく上手だよね

 

「は、はぁ???」

 

「そんなに困惑しなくても」

「だって」

「ふつうは、女の子の前だと、男の子はもっとシャイだと思う」

『シャイ』とか、古ぼけた言葉をあえて使う八木。

「女の子と接する機会が、ふつうと比べて多いって感じない?」

「おれが?」

「うん、戸部くんが」

「そもそも『ふつう』ってなんだよ」

「異性の前でも物怖じしないよね」

「おれはそれこそ『ふつう』に接してるだけだが……」

才能だよ

「どこが」

――気がつかないのも、才能だな

そう言って、八木はひとりで笑う。

 

サークル部屋には、鳴海さんもいて、何も言葉を差し挟むことなく、おれと八木の会話に聞き耳を立てていた。

「鳴海さん、八木は生意気な新入生だと思いませんか?」

「――仲良きことは美しき哉

え???

「そ、それは、どういう意図でおっしゃってるんでしょーか」

鳴海さんはそれに答えることなく、

「八木さん」

はっはいっ、鳴海さん、な、なんでしょーかっ

「リラックスして」

「……?」

「緊張しないで」

同感だ。

鳴海さんに名前を呼ばれた途端、八木はカチコチになったみたいに緊張して鳴海さんに顔を向けた。

おれに対する向き合い方とは大違いだ。

なんでやねん。

「……八木『ちゃん』って、呼んでもいいかな?」

えええ

「おいあんまり大声出すな八木っ、ルミナさんがどなりこんでくるぞ」

「……ダメだったか。」

「えーーーーーーっと。

 その……。

 ダメでは……ないです。

 好きに、呼んでくれていいです」

いいんかい。

「じゃ、『八木ちゃん』、よろしくね」

「はい、よ、よろしくですっ」

もともと小柄な八木が一回り小柄に見える。

さっきまではそんなじゃなかったのに。

鳴海さんと会話し始めてから、だ。

 

ふ~~~む。

 

八木のやつ、

異性との接し方に、慣れてないのかな?

おれとはあんなに砕けて話すのに、

鳴海さんと相対(あいたい)すると、人間が変わったみたいになる。

なんだかんだで、女子校出身なんだな(関係ないかもしれないけど)。