愛と愛母の国際ゲンカは、けっきょくおれの母さんの「なかだち」によって、なんとかなった。
一件落着。
めでたし、めでたし。
…おれも、少しは貢献できたのかな…
きょうは、後期のレポートを出しに、大学へ。
これで、1年の後期も、おしまい。
眼の前に広がる、長~い長~い春休み。
めでたし、めでたし。
『そんなに達成感があったの?』
「星崎かよ」
「なに、その目つき。鬱陶(うっとう)しいものを見てるみたいに……」
「べつにおまえが鬱陶しいとかそういうわけじゃねーから」
「(パァアアアッ、と明るくなって)ほんと? うれしい!」
「子どもっぽい反応すんなよ」
「(どんよりと暗くなって)なんでそんなこと言うの戸部くん、かなしい…」
「達成感はあったんだよ。
レポート以外にも、解決すべきことがあって。
それがなんとかなったから、二重の達成感だ」
「『それ』ってーー愛ちゃんのこと?」
「どうしてわかるんだ、星崎……」
「戸部くんらしくないリアクションしないでよ」
「そっそう言う星崎だって、最近星崎らしくないよなー、とおれは思う」
「(ムキになって)どこがよ!?」
「テンパることが多くなった」
「(ムキになり続けて)そんなことないよ!?」
「トキタさん……だっけ?」
「(極度にテンパって)なんでどうして戸部くんがその名前知ってんの!?
ぜったい戸部くん知らないはずだしわたし話してないし」
「いや、前にな、おまえと大学でからだがぶつかったことがあっただろ?
そのときにおまえ、おれのことを『トキタさん』と誤認しただろ。
ぶつかったときの、おまえの反応があまりにも異常だったから、『トキタさん…』って言ったのも覚えてるんだ」
「(おれの顔を見ずに)戸部くんそんなに記憶力よかったのね」
「(あえていたずらっぽく)そうみたいだ。悪かったなw」
・子どものような表情になって、うろたえる星崎
アチャー。
ビンゴ、か。
星崎に対するNGワードが、2つになった。
もともと、『下の名前で呼ぶ』のがNGだったのだが、
『トキタさん』が、新たなるNGワードに加わった。
「(うろたえ続けながら)……戸部くん……」
え、こいつ、どうしちゃったの。
助けを乞(こ)うような顔になりやがった。
助けてほしいなら、助けてやりたいが、
おれみたいな立場から、
どういう接し方で、星崎を救えばいいんだーー。
「(首を大げさに振って)
ううん、やっぱいい。
今のは忘れて。
これは、自分の”課題”だから。
レポートの課題なんかより、100万倍難しいけど、
自己責任。」
「(ふー、とため息ついて、)
そっかそっかー。
ひとつアドバイスだ。
真面目になりすぎるんじゃねーぞ。
以上」
・何も言い返せない星崎
「いやな、『自己責任』って言葉まで持ち出してきたからさ。
だから、少し心配になったんだよw」
・恥じらうような顔で、何も言い返せない星崎
× × ×
・キャンパスを出た
ーーちょっと、派手にやりすぎたかな。
星崎は、おれをビンタで張り飛ばすぐらい攻撃的なのが、ちょうどいい気がする。
(*'д'c彡☆))Д´)パーン ってなw
べつにマゾとかそういうのじゃなくってーー
× × ×
おや?
あそこに立ってるの、藤村だよな、たぶん。
あ、
おれに気付いたらしく、こっちに向かってくる。
『ずいぶん都合よく出会うものだねえ、戸部』
「キャンパスが近いからだろ。
でもきょうは、不自然に都合がよかったな」
「ねー」
「誰のせいでこんな不自然なんだろうか」
「ねー」
「偶然会ったついでに、お茶していかない?」と、
おれをカフェに誘う藤村。
「エクセルシオールでいい?」
「どこでもいいよ」
「そっけないねー。
どこでもいいんだったら、いっそアキバのメイド喫茶にでも行ってみる?」
「アホ。」
「ちょっと! わたしの頭叩かないでよ!! 暴力反対」
「こういうのは叩いたうちに入らない」
「言い訳しない💢」
「はいはい。
ーーPRONTOに行くか」
「え」
「気が変わったんだ。
気が変わったついでにーー
PRONTOに行くけど、おれがおごってやる」
× × ×
テーブルを挟んで向かい合うおれと藤村。
高校時代から、こうやって向かい合うのには慣れてるから、べつに互いに気にしない。
ただ、藤村が変わった気がする。
変わったというのは、具体的に言うと、
髪が長くなった。
ショートヘア…だったよな? こいつ。
女子の髪型のことは、到底わからん。
だけども、今の藤村は、もはやショートヘアとは呼べないくらい…、
髪が伸びた。
「愛ちゃんに紹介された美容院に行くようになったの」
「(^_^;)は、はあ」
おれの思考読んでるのかよ。
「(頬杖つき、伸びた髪をつまみつつ、)
知ってる? 『アリア』っていうお店」
「知ってるよ、あすかも行ってるから。
美容師さんが邸(うち)に来たこともあるし」
「サナさん? もしかして」
「そ、サナさん。
酒を飲みまくって帰っていった」
「へ~」
・頬杖つき、伸びた髪を指でもてあそびつつ、微笑む藤村
「……」
「ん?
どーした戸部?
もしかして、ドキッときた!?w」
「…きてねーよ」
「ふーーーーーーーーーーーーんww」
「ただ……」
「……?」
「ちょっち、気がかりなのは、」
・頬杖をつくのをやめる藤村
「気がかりなのはだな、
(少し間をもたせて、)
高2のときの『アレ』みたいに、おまえがおかしくなってしまわんだろーか、ってことだ」
「ーーなにそれ。唐突すぎるでしょ」
すまん。
藤村。
わかっちまったかもしれない。
いや、わかっちまったんだ。
おまえの変化の、裏事情、ってやつが……。
「藤村、
おまえさ、いまーー」
・ごくん、と息を呑む藤村
「ーーーー、
やっぱやめとくわ。
こんなとこでする話でもないし」
「わかっちゃったんだね」
「ああ」
「わかっちゃうんだね、けっきょく、戸部にはーー」
「ひとつ言っておく。
できれば、今から言うこと、憶(おぼ)えておいてくれるとうれしい」
・背筋をただす藤村
「もし、
もしな、
ーー残念なことがあって、
絶望的な気分になったときは、
ーーおれの邸(いえ)に来い。
……わかったか」
「(ほころんだ顔で)
…パパみたい、戸部。」
「……こういう態度は、おれの自己満足かもしれんけど」
「強いよ、戸部は…」
「ど、どーゆー意味だ??」
手櫛(てぐし)で、伸びた髪を整え、
藤村は、くすり、と笑うだけだったーー。