姉についての質問攻めにあたふたするぼくの前に突如として現れた「番長」。
篠崎大輔さんという名前らしい。
姉のことで「話がある」という、番長もとい篠崎さん。
いったい、なにを言われるやら……。
× × ×
「俺はああいう連中は好かないな。興味本位でハエのようにたかってくるんだ」
さっきまでぼくを取り囲んでいた人たちを非難する篠崎さん。
「俺はあいつらとは違う。正々堂々と、君のお姉さんのことを知りたいと思っている」
ええぇ……。
「……いなかったですよね? きのうの、上映会」
「部屋にはいなかった」
「……どういうことですか」
「たまたま通りかかったら、窓から上映会がやっているのが見えたんだ」
あやしい。
「覗き見……ってことですか」
うかつだった。
カーテンをなぜしなかったのか。
詰めが甘かった!
「羽田クン!!」
篠崎さんがぼくに迫ってくる。
肩を鷲づかみにされるかと思った。
「…覗き見たのは悪かった。だが……」
「だが……?」
「訊きたいことがあるんだ…」
「なにを……ですか」
「――君のお姉さんの髪は、なんであんなに長くてキレイなんだ?」
そう訊いたかと思うと、目深(まぶか)に学生帽をかぶった。
照れているようだ。
姉について、最初に髪のことを訊いてきたので、少し拍子抜けしてしまった。
まあ、姉の栗色がかった長髪が、ファースト・インプレッションとして目を引くのは、理解できる。
「正直に答えていいですか」
「羽田クン……」
「ぼくにも良くわからないんです。姉の髪のことは」
どうしてあんなにキレイなんだ、って言われてもなー。
ぼくのほうが姉に訊いてみたいくらいだよ。
ただ、
「ただ――髪を長く伸ばしているのには、理由(ワケ)があるみたいですが」
「そ、それはなんなんだ!?」
威圧感。
「そんなに近寄らなくても……」
「すっ、すまん」
「……姉の髪はどんどん伸びてるんです。そして、『これ以上伸ばさない』というようなことを言っていたと思います」
「伸ばさないワケは!?」
「ちょっと落ち着いてくださいよ。……単純にあれ以上伸びすぎると生活に支障が出てくるというのがあると思うんですけど。それと――」
「そっそれと!?!?」
「ぼくの個人的見解を言いますが」
「――」
「姉は――きっと、『誰かのために』、髪をあそこまで伸ばしてきたんだと思います」
ドッキリカメラの被害に遭ったような篠崎さんの表情……。
ことばを喪(うしな)って、「その『誰か』って、誰だ!?」と問い詰める気配もない。
「で、姉が誰のために髪を伸ばしてきたのか、ぼくは薄々気付いていて、」
「ちょ、ちょっタンマ」
急に、篠崎さんが、ぼくの左手を激しくつかんできた。
鬼気迫る握力。
じっとりと、汗で濡れているのがわかってしまう。
「羽田クン――その続きは、今は言わなくていい」
「篠崎さんの察しがよくて助かります」
「……それでも、それでもだ。
俺は、君のお姉さんがハンバーグを作っているのを、せっかく観てしまったのだから。」
あれ……??
不穏だぞ。
「お、お姉さんが、ハンバーグをこねる手つきは、すごくキレイだった。キレイな指をしていると思った。」
「しっ篠崎さん、篠崎さんなんで上映会の教室の外からそんな細かいところまでっ」
「と……ともかくっ!! 俺は彼女に見入ってしまった!!
陰ながら、でいい。俺は彼女を応援したいと思っている」
このひとは、姉に底知れぬ魅力を感じている。
しかも、ひと目見ただけで、イチコロになってしまったんだ。
危険なのめり込みかただ。
姉に対する彼の意識が、これ以上エスカレートするようだと、弟として、対策を講じなければならない。
姉を守るために。
姉をお料理講師にしたことが、こんな危うさを内包していたなんて。
背筋が寒くなり、冷や汗が垂れる。
そのあとで、不安がジワジワと立ちのぼってくる。
どうすればいいんだ?
いまこの場で、強く言うべきか。
でも、この威圧感に満ち満ちた先輩の眼の前で、強気になれる自信がない……。
「そのへんにしようよ、篠崎くん」
キリリとした、声。
大人びたルックスの、短めの髪をした、長身の女子生徒が、やってきた。
甲斐田部長だ。
か、甲斐田部長が、救世主に見える!!
「甲斐田――」
「ダメでしょ、そんなに利比古くんをあおったら。
カツアゲしてるみたいだったよ」
「く……。俺は、俺はただ、話をしたかっただけだ」
「苦し紛れの言い訳にもなってないよ。
誰かが見てるんだよ、必ず――いけないことをしてたら、ね」
厳しい顔で甲斐田部長は、
「告げ口はしない。見逃してあげるから。
だから――こんなマネはもうやめて。
篠崎くんらしくないよ」
ようやく手が離れた。
「番長」とは呼ばない甲斐田部長。
お知り合いらしい。
「愛さんの評判が拡散すると同時に――篠崎くん、あなたの悪評も拡散し始めてる」
青白くなる、篠崎さんの顔。
「自業自得だけど――あなた、応援部が代替わりしてヒマになったのをいいことに、愛さんの私設応援団を作ろうと画策してたんでしょ」
「どうしてわかるんだよ、甲斐田……!?」
「そこまで進展してたんですか!?」
衝撃を受けたぼくは、青ざめに青ざめる篠崎さんに向かって、
「もしかして――『羽田愛さんを愛する会』みたいな名前で――」
ぼくの指摘がズボッと食い込んだのか、完全に彼は図星モード。
「篠崎さん。姉には言わないでおきます。
だから。
そっとしてやってください、姉のことは。
約束できますか?」
「羽田クン……俺を、嫌わないでくれ」
「約束できますか?」
「……」
ごくごく小さな、頷(うなず)き。
「それから、ぼくがあなたを嫌わないかどうかは、約束できませんから。
――番長。」
× × ×
「ずいぶん突き放したね」
「――家族のことが関わってくるんですから、当然です」
「悪い子じゃないんだけどね――篠崎くん。
女グセが悪いとか、そういうのでもないんだけど。
愛さんみたいな女の子が突然、舞い降りてきたら――調子に乗っちゃって、ああいう失敗をしちゃうタイプなのかな」
「――最初は、味方してくれる、いい人だと思ってたのに」
「許せない?」
「ぼくはあの人に対して半信半疑です。それに――そもそもなんで学生帽かぶる必要あるんですかっ」
「硬派に見せたいんでしょう――応援部にいるのも、自分を硬派に見せたいから。言っちゃなんだけど、彼の応援部での立場は、あんまり強くないの」
「見栄っ張り?」
甲斐田部長は苦笑し、
「本性とのギャップが凄いからねえ」
「甘いものが大好きだ――とかですか?」
「よくわかったね! スイーツ大好きなの彼」
「『番長』にそんな面があったら、名折れになっちゃいますね」
「3年でも一部しか知らないけどねー。でも、一部は弱みを握ってるってことだよ」
「ぎゃくに『強み』とかあるんですか? あの人」
「あるある、最大の強み」
「なんですか?」
「学業だよ」
「うわぁ……」
「なんでそこで利比古くん『うわぁ……』なの」
「いや、なんとも言えなかったからです」
「――私や麻井より成績上位なんだ。信じられないでしょ」
「さっき、半信半疑って言いましたけど、ぼくはあの人が嫌いになりそうです」
「へー。ひとの好き嫌い、しないと思ってたけど」
「…もっと彼のことを教えていただけないでしょうか?」
「弱み…握りたいの?」
「握って、握りつぶしたい」
「いやいや握りつぶしたら弱み消えちゃうでしょ」