姉の誕生日が近づいている。
今年は、姉にプレゼントをあげたいと思っている。
今年から、お邸(やしき)で姉といっしょに住み始めて、いろいろとお世話になっていることだし。
それにぼくも高校生になったんだし。
貯金も、それなりにあるんだし。
自分でプレゼントを選んで買ってあげたい。
でも……どんなものを買えばいいんだろう。
昨晩も、寝ながらずっとプレゼントのことを考えていた。
『なにを買ってあげるべきか?』
自分なりに、考えてみたが……いいひらめきはなかった。
姉の誕生日は土曜日だ。
けっきょく決められずに買いそびれました――なんてことは避けたい。
悠長にしているヒマはない。
自分だけで妙案が浮かばないのなら――、
だれかに相談するべきだ。
相談相手に、ふさわしいのは――。
× × ×
「麻井会長」
「なに羽田」
「姉の誕生日まであと3日なんです」
「ふーんそうなの。……そんで?」
「プレゼントを至急購入したいんですよ」
「すればいいじゃない」
「……どんなプレゼントが、いいと思いますか?」
「はあぁ!? なんでアタシに訊くわけ!?」
「わけはこうです。姉にプレゼントを贈るんですから、年上の女子のひとに、ご意見をうかがおうと思って――」
「アタシアンタの姉になったおぼえないんだけど」
「でも2つ年上ですよね」
会長は、プイと顔をそむけて、
「最近は……むしろアンタの『妹』だよ、アタシ」
「えっ」
「アンタの『先輩』らしく……振る舞えてないよね」
「なにをいうんですか会長」
会長は「ハァ……」と大きくため息をつき、
「甲斐田をあたってよ。甲斐田のほうが適任だよ」
「甲斐田部長を……?」
「アタシそういうこと考える余裕とかないし」
たしかに、そうかもしれない。
「会長すみませんでした。いきなり姉へのプレゼント考えてくださいとか、無茶振りでした」
ぼくは席を立って【第2放送室】から出ようとした。
すると、
「ちょっと待った羽田」
「え、いま出ていくのマズかったですか」
「そうじゃない」
会長が、若干照れたような顔になっていた。
「愛さんに――愛さんに、伝えて……」
ああ、なるほど。
「……アタシが『おめでとう』って言ってた、って」
× × ×
会長が、姉のことを好きでよかった。
それはそうとして、甲斐田部長を探しに【第2放送室】の外に出たわけだ。
いつの間にやら入手していた甲斐田部長の連絡先。
いつ、彼女のLINE知ったんだっけ――と思いつつ、スマホのアプリを立ち上げた。
その途端、
『お~い、羽田くん』
背後から、板東なぎささんの声がした。
呼び止められた。
ぼくを追ってきたっていうのか。
でも、なんで。
「どうしたんですか? 板東さん」
「どうしたもこうしたもないよ」
「ぼく、【第2放送室】に戻らなきゃ、マズいとか――」
「そーゆーことじゃないよ」
ぼくに言いたいことでもあるんだろうか。
なんだかそんな雰囲気だ。
「羽田くん、愛さんに誕生日プレゼントあげたいんだよね?」
「あげたいです。でも、決めかねていて」
「――会長や甲斐田部長に相談するのもいいんだけどさぁ、」
板東さんは不敵に笑って、
「わたしだって――年上の女子、なんだけどな」
ああっ………。
「………盲点でした。」
「盲点とか言わないっ。わたしの存在忘れてもらっちゃー困るな」
「すみません…」
「わたし愛さんのこと尊敬してるし、プレゼントするならいっしょに考えてあげたい」
唐突な姉リスペクト宣言だ。
「いくつか、候補は思いつくんだけど――」
「どんな候補でしょうか?」
「んっとね、
まずは――マグカップ」
「それはぼくも考えていました」
「考えて『いました』ってことは、マグカップじゃだめなの?」
「間に合ってるので――姉はその日の気分に応じて3種類のマグカップを使い分けているんです」
「足りてるってことね。
じゃ、目覚まし時計は?」
「必要ないです。姉が朝寝坊するなんて、年に1度か2度あるくらいなんで」
「朝、強いんだ」
「日本の女子高生のなかでも有数の強さではないでしょうか」
「羽田くんユーモアあるね」
「どうも」
「文房具とかいいんじゃないの? これからの受験に向けて」
「文房具は絶対だれかと『かぶる』と思ったので、除外です」
「お邸(やしき)のほかのだれかが、文房具をプレゼントにするだろうと」
「そういうことです。絶対ダブります」
「――CDは?」
「ぼく、姉ほど音楽に詳しくないので…、どんなのを買ってあげればいいのかわかりません。まず、ジャンルの問題が……ロックにすればいいのかジャズにすればいいのかクラシックにすべきなのか」
「詳しくないんだ」
「無念です」
「楽器も弾けない?」
「無念にも」
「愛さんってさ――ぜったい、絶対音感あるよね」
「あるんでしょう――天賦(てんぷ)の才、ですか」
「そうだ! メトロノームは?」
「――あげて喜びますかねぇ?」
「たしかに」
「姉がもらって喜ぶものがいいと思うんですよ」
「ふーむ」
「姉の立場になって想像しようとするんですけど、なかなか……」
「……羽田くん、シュシュってわかる?」
「アクセサリーですよね。髪をまとめるときに使う」
「そうだよ。ほら、愛さんあんなに髪長いんだし」
「実はシュシュみたいなのも、脳裏、よぎったんですけど……」
「いけないの?」
「……なんとなく、近いうちに、髪を伸ばすのをやめる気がするんです」
「切るってこと?」
「どこまで短くするかはわかりませんが……」
「近いうちに、って、受験が終わったら、とかそういうことなんだろうか」
「おそらく」
「弟のカンか」
「カンです」
「じゃあシュシュ贈ってもしょうがないかもね」
「しょうがない感、ありありです……」
× × ×
せっかく親身になって板東さんがプレゼントを考えてくれたんだが、どうにもこうにも、決定打がなかった。
板東さんに対し、申し訳ない思いでいっぱい。
旧校舎から現校舎に移動。
切り替えて、甲斐田部長が来るのを待つ。
頼りになるのは、もはや甲斐田部長ぐらい。
× × ×
「とつぜんLINE送ってすみませんでした」
「篠崎くんにまたなんかされたのかと思ったよ」
「ハハ……」
テーブルの上には、緑茶の2リットルボトルと、柿の種。
ガラスで仕切られた向こうでは、放送部部員の女子生徒が発声練習をしている。
「うるさくてごめんね」
「いいえ、無茶を言ったのは、ぼくのほうなんですし」
聞こえてくる早口言葉。
『久留米の潜り戸は栗の木の潜り戸』
「……板東さんも、こういう早口言葉で、練習していたような気がします」
「そっか、あっちでもしてるんだ、発声練習」
元はと言えば、板東さんも放送部だったのだ。
「なぎさが……いちばん、将来有望だったんだけど」
遠い目になって、
「私じゃなくって、麻井についていっちゃった」
左手で、頬杖をつく。
「ショックだったんですか?」
「恋人を人質に取られたような感じ」
……いろんな人間模様が、あるんだな。
ぼくの知らないところで――例えば、ぼくが桐原に入学する前、甲斐田部長と麻井会長のあいだで、いろんな駆け引きがあったんだろう。
発声練習が響き渡るなか、
「愛さんへの、誕生日プレゼントを、いっしょに考えてほしいんだね?」
「はい。姉が喜ぶようなものを」
「最初に利比古くんに訊きたいんだけどさ」
「はい。」
「愛さんが好きなものって、なんだと思う?」
「それは……いっぱいあると思いますね」
「いっぱいある、じゃ答えになってない」
ぎくっ。
「きょうだいなんでしょ、弟なんでしょ。お姉さんの好きなものなら、十二分に把握してるはず」
詰められてる。
「――あなたのお姉さんが好きなものを、ひとつずつ挙げていくことから、始めてみようよ」
…それもそうだ。
甲斐田部長が、メモ用紙を素早く準備する。
「ほら、リストアップ体制は万全だよ」
……なにから言えばいいだろうな。
姉が好きなもの。
パッと思いついたのは――、
「まず、姉は……、
エビグラタンが好きです」
――瞬時にガクッ、とその場に崩れ落ちる甲斐田部長。
震えながら、体勢を立て直して、
「あのねえ利比古くん」
本格的に怒り出してしまった彼女。
「好きなものって、好きな食べものとか、そーゆう話じゃないでしょうがっ」
――こりゃマズい。
天然ボケって思われてしまったのか。
激昂(げっこう)する甲斐田部長の様子を、ほかの放送部部員のひとが、発声練習を中断して、ガラス越しに見ている。
「……エビグラタンが好きだったのね、それは知らなかった。さすが弟」
「……なんか、申し訳ありません」
「ほんとうにもう」
「怒らせてしまって、ごめんなさい」
「まだちょっと怒ってる」
「もっと真面目にやろうと思います……」
「……『好きなもの』っていう訊きかたが悪かったのかもね」
「どういうことですか?」
「質問、少し変えてみる。
あなたのお姉さんの趣味は、なに?」
趣味――たしかに、「趣味はなに?」と訊かれたほうが、答えやすい。
「読書、ですね」
書き留めながら、
「つぎ」と訊いてくる甲斐田部長。
「音楽鑑賞」
「はい、つぎ」
「野球観戦」
「はい」
「お菓子作り」
「それから?」
「スポーツ全般、
裁縫(さいほう)、
ピアノ、
小さい子と遊んであげること、
美味しいコーヒー目当ての喫茶店めぐり、
最近では、マンガを読んだり、自家製ラーメン作りに凝(こ)ったり、ゲームセンターでUFOキャッチャーに散財したり…」
「…多趣味ね」
「…まだまだ出てきますね」
「こりゃ、投げっぱなしオチになるのは避けられないわ。致し方ない」
「ブログ記事としては、それでいいんですけど…」