今週の土曜日は、愛の誕生日だ。
誕生日プレゼントを買ってやらねばならない。
だけど、おれだけじゃ選びかねる。
手近な女子に、一緒に見てもらいたい。
なぜかって――女子の好みは、当然女子がいちばん良くわかっているだろうし。
女子の意見がほしかった――愛が喜びそうなものを選ぶには。
手近な女子、とは?
まず、八木である。
もともと愛の先輩だったのだし。
それにおれと同じ大学で同じサークルだから、容易につかまえられるんじゃないかと思っていた。
ところが運悪く、八木は火曜の午後は講義がビッシリ詰まっている、ということを思い出した。
あいつは火曜午後は勉強で忙しくて、サークルにも顔を出せないのだ。
奨学金をもらうために勉強をがんばっている苦学生のあいつを、サボらせるわけにはいかない。
八木はだめだ。
としたら、星崎姫か。
数ヶ月前、星崎とCDショップに行ったこともあったし――。
なんだか、品定めしてくれそうな気がして。
幸いきょうの火曜日は英米文学専攻の必修で、一緒になる。
必修講義が終わるのを見計らって――、
と思いきや、
講義が終わるや否や、脱兎のごとく教場から消えていってしまったではありませんか。
追いかけようにも、廊下を全速力で駆け抜けるには気が引ける。
星崎もつかまらなかった。
教場で途方に暮れて立ち尽くすおれ。
手近な女子といえば、ほかにだれが……。
大学が近い、藤村。
藤村に連絡をとってみようかとも思った。
しかし、思い直した。
たらい回しみたいに、手近な女子にあたり続けるのは、よくない。
いくら、(奇妙なことに)女の知り合いが多いからって。
よくない、よくないぞ。
女子に、頼り切るのは――。
もう、おれ自身で、愛へのプレゼントを決めるしかない。
× × ×
品目はもう決めていた。
文房具だ。
あと少しで愛も大学入試なんだし、勉強に関連するアイテムを買って、応援しようと思った。
勉強関連アイテムといえば、文房具だ。
――文房具というのはスンナリ決まったのだが、問題はどんな文房具を買ってあげるか? ということだった。
ペン1本にしても、無限に種類がある。
新宿区某所のとある文具店。
おれは文具棚を前にして、極度に悩んでいた。
うぅ、こんなときに、相談相手(とくに女子)がいてくれれば……。
どうすりゃいいんだ。
シャープペン1つとっても、ボールペン1つとっても、所狭しと並んでいて、種類が多すぎて、違いがわからない。
ペン系以外にも、目につく文具が多すぎて、棚の周囲を文字通り右往左往している。
パニックになってきた。
決めかねる。
決められない!
決められない自分自身を呪い始める。
嫌な汗が次から次へと出てくる……。
『なにか、お探しものですか?』
やっべえ!!
挙動不審に思われたか!?
声の主は、若いお兄さんの店員さんだった。
『谷崎』という名札。
ニッコリとおれの顔を見る。
ドギマギしながらもおれは、
「ここらへんの文具を選ぼうとしたんですけど……どうしても決められなくて」
谷崎さんはニッコリと、
「プレゼント?」
「そうなんです、誕生日プレゼントなんです」
「どんなひとに?」
うぐぐぅ。
その質問、最強に答えにくい。
「一緒に…住んでいる…年下の…女の子に……」
「一緒に住んでるってことは――同棲?」
「ちちちちちちちちちがいますっ!!!!」
やむを得ず、居候だとかなんとかかんとか、愛に関する事情をひとしきり説明した。
「――でも、きみの彼女であることには変わりないよね」
ず、ずいぶんフレンドリーな人だ。
立地的に学生もよく立ち寄りそうなお店なんだが、いつもこうやって接してるんだろうか。
…にしても、
「愛は――あいつは、単なる彼女ってわけではなくって、」
興味津々に聞いている谷崎さんに向かって、勇気を出して言ってみる。
「たとえるなら、家族です。とても大事な――」
「――家族であることが前提なんだ」
「そうです」
「じゃあもう彼女は、きみの奥さんみたいなもんだな」
「あいつは、まだ高3だし、今度の誕生日で、ようやく18歳なんだし」
「ごめんねえ、動揺させるようなこと言っちゃって」
「いいえ……、
18歳の女の子は、どんな文房具を喜ぶでしょうか?」
「きみ自身の気持ちはどーなの?」
「エッ」
「彼女のことを世界でいちばんわかってるのは、きみなんじゃないの?」
「……こっ恥ずかしい言い回しは、好きじゃないです」
「そういう率直(フランク)なところを、彼女は好きになったんだろうな」
「かもしれません。
でも、アドバイスはください。」
谷崎さんは爽やかスマイルで、
「まず、なにを選びたい?」
「シャープペンとかボールペンとか、ペン系を」
「よしきた」
フーム、と棚を眺める谷崎さん。
「彼女は、どんな字を書くのかな?」
「どんな字、って言われましても」
「ひとつ屋根の下で、寄り添ってるのなら、どんな字を書くかぐらい、把握してるもんだろう」
たしかに。
「字は……キレイですよ」
「どんなふうにキレイなんだ?」
「……サラサラとしていて。繊細なようで、自己主張がある。文字に存在感があって、なにより読みやすい」
「なかなかいい表現だな」
「どうも」
「――よっしゃ。承知した」
と言ったかと思うと、ボールペンを5本、棚から抜き出して、
「まずはボールペンだ。候補はおれが選んだ。でも、最終的には、きみが決めるんだ」
× × ×
遅い帰宅になっちまった。
居間に入るや否や、エプロンをつけた愛が飛び出してきて、
「おかえり。ずいぶん遅かったね、きょうは」
「買い物してたんだ。悪かったな」
やべ、「買い物してた」とか言ったら、勘づかれるか、
と思う間もなく、
「アツマくん、
ごはんとお風呂、どっち先にする?」
あ、ああああああああ……、
『きみの奥さんみたいなもんだな』という谷崎さん発言が、フラッシュバックする。
「――どうしたの? 早く言ってよ」
ダメだぞ。
ダメだぞアツマよ。
おくさまは女子高生とか、くだらない妄想は、断じて厳禁だからな。
「それとも、ごはんとお風呂じゃないのなら――」
「やめろ愛っ! その続きを言ってはいけない」
「え? ――観たいテレビでもあったのかなーって思っただけよ」
「…………、
ごはん!!」
「はいはい♫ あなたの好きな豚の角煮、作ったのよ」
「……そうですか。」