『羽田愛のお料理学園』が完成したので、きのうの放課後、旧校舎の空き教室で、ささやかな上映会を催(もよお)した。
お姉ちゃんは、本当にハンバーグを美味しそうに焼くな…。
実際美味しかったけど。
…そんな感想を抱(いだ)きながら、映像をしみじみと眺めていた。
麻井会長ノータッチで、下級生3人のちからで作り上げた。
タイトルはこれでいいのか? という思いこそあれど、達成感に満ち満ちている。
感慨深いものがある。
これからは――もっとしっかりしなきゃダメだな。
板東さんや黒柳さんと、協力しあって。
上映終了後に、予期せぬことが起こった。
ぼくが質問攻めに遭ったのだ。
ぼくのことを訊かれたのではない。
うすうす、お気づきの読者のかたもおられるかもしれませんが――、
姉のことを訊かれまくったのだ。
――もちろん、ぼくに食いついてくるのは、みんな男子生徒。
板東さんが、呆れて苦笑いしていた。
――姉・羽田愛の、桐原高校デビューは、とても鮮烈な印象を残した。
残してしまった。
× × ×
きょうも朝から大変だった。
登校したら、学年問わず多数の生徒が――ほとんどは男子生徒だ――押し寄せてきて、姉のことを根掘り葉掘り訊き出そうとする。
あんまりにあんまりな質問もあったので、そういうのに対しては適当にぼやかして対処していた。
1限目から、疲れて授業を受けることになった。
とんだ災難だ。
でも姉のせいじゃないから――窓口をぼくが引き受け続けるしかない。
放課後になっても、波はおさまらなかった。
人だかりが教室のぼくの席の周りを取り囲んで、さらにそこに野次馬が加わって、なんだかとんでもない騒ぎに発展しつつあるのを感じた。
質問の嵐。
拡散し続けるこの騒ぎに収拾をつける自信が、徐々になくなってくる。
ほとほと参っていると、クラスメイトの野々村さんが、
「あのー、羽田くん困ってるんで、そのくらいで勘弁してもらえないでしょうか?」と注意してくれた。
が、聞く耳を持たないのか、喧騒(けんそう)で聞こえないのか、野々村さんの注意の効果がない。
「こりゃダメだ、羽田くん」
お手上げ、といったジェスチャーをする彼女。
「マズいことになってるよね、これ……」
「あなたのお姉さんが作ったハンバーグの美味しさとは裏腹な不味い事態だね」
「ウマいこと言ってる場合じゃない気がするよ野々村さん…」
こ、ことばあそびをしている場合じゃなくなってきたのだ。
ウマいとかマズいとか。
眼が回ってくる。
麻井会長が――怒鳴り込んできてくれないだろうか。
場が一掃されるには、もう麻井会長の凶暴さに頼るしかないような、そんなレベルまで発展してしまっている。
こっそりスマホで麻井会長にSOSメッセージを送ろうか、真剣に考え始めた。
自己責任とか、そういうこと考えてる場合じゃない。
ヤバい。
ヤバいから、手を借りたほうがいい。手を借りるのは、麻井会長以外にいない。
決心を、つけようとしていた、
そのとき、
「コラあああああああああああああぁ!!!!!!!!」
耳をつんざくような怒鳴り声がした。
野太い声。
振り向く群衆。
『ば、番長……』
『番長だ……』
なぜかその男子生徒は、学生帽をかぶっていた。
大柄な身体(からだ)の威圧感よりも、学生帽をかぶっているのがぼくの目を引いた。
なんだか、前時代的ないでたちの男(ひと)だ。
バンカラ、ということばを、何処かで聞いたことがある。
そのバンカラ、ということばのニュアンスが、ぴったり当てはまりそうな、そんな男(ひと)。
学生帽の次に目についたのは、学ランを腕まくりしているところ。
なんの必要があって――!?
場が静かになった。
怖くて有名な人なんだろうか、彼は。
にしても、「番長」っていうニックネームは……。
名前で呼んであげてもいいのに。
……ぼくは、ベイスターズファンの姉の影響で、「番長」って呼び名がある人は、決まってリーゼントの髪型をしていると思っていた。
この人はリーゼントじゃない。
ぼくの認識が間違っていたみたいだ。
そんな「番長」は、
「困ってるだろ……? 羽田クンが。
そんなこともわからないのか!? おまえら」
と、重々しい声で、黒山の人だかりを抑(おさ)えつけた。
どうやら、ぼくの味方になってくれるみたいだ。
でもなんでぼくの名字知ってるんだ。
「羽田くん、もしかして『番長』知らなかったの!?」
野々村さんが意外そうに訊いてくる。
「応援部だよ、応援部」
「――この人、応援部なんだ」
「そうだよ。部長でも副部長でもなんでもないけど」
『番長が言うなら……』と、人波が次第に引いていった。
あきらめてくれたみたいだ、姉のことについて尋問するのを。
「番長」の貢献により、人は散り散りになって、ようやく場はおさまった。
ぼくは安堵したので大きなため息をついた。
一件落着だ。
「あの……ありがとうございました」
眼はいかついけど、悪い人じゃないんだな、と思った。
「ぼくの名前……どこで覚えたんですか」
疑問を率直に表明したら、
「番長」は、なぜか、ためらいがちに、
「それは……その、耳に入ったんだ」
なんか様子がヘンだ。
「俺、3年の、篠崎大輔って言うんだけどさ」
ためらったかと思うと、
不自然なくらいの真顔になって、
「話したいことがあるんだ……」
「な、なにを、ですか!?」
「決まってる。
君の――お姉さんについてだ」