学校で嫌なことがあって、家に帰っても、なんだか落ち着きがなかった。
夕食のとき、お父さんに、
「なんだしぐれー? 顔がカタいぞー」
と指摘されて、
私は「うん……」とはぐらかした。
「ごちそうさま。」
「しぐれ、お父さんと一緒にTVでも観ないか?」
「ごめん、えんりょしとく。
勉強がいそがしいから」
逃げるようにして、階段を駆け上がった。
ごめん――お父さん。
× × ×
落ち着きがなくて、受験勉強がはかどらない。
何度も、ノートに書き損じ。
今日は、うまくいかない日だ。
イライラと、くすぶっていたら、部屋をノックする音がした。
お母さんがノックする音だ。
「入っていいよ、お母さん」
お母さんがドアを開けた。
――たまらず私は、
「ごめん。なんかごめんね、お母さん」
キョトンとするお母さん。
「…しぐちゃん、なんにも悪いこと、してないじゃない」
「そうかなあ…」
お母さんはドア付近に立ったまま、
「……わかった♪」
「なにが?」
「学校で、なにかあったのね♫」
「……まぁ、どうしたって、わかっちゃうよね」
私のお母さんだもの。
「――下りてきなよ、しぐちゃん。
お母さんと一緒に、カフェオレでも飲も?」
× × ×
あたたかいカフェオレを、お母さんが作ってくれた。
ダイニングテーブル。左斜め前にお母さんが座っている。
カフェオレのあったかさで、若干こころが解きほぐれた気がしたので、
打ち明けることにした。
「…放送部で……、ささいなことから同級生と言い合いになって……険悪な雰囲気、作っちゃった。私が部長だから――責任感が重くて、罪悪感があって」
「それでテンションが低かったのね♫」
お母さんは、おだやかに私を見すえて、
「もうちょっと、詳しく聞かせて♫♫」
全部打ち明けると――ラクになる。
仲直りのアドバイスをくれるお母さん。
肩の荷が下りて、明日からも放送部に向かっていける元気が出てくる。
「ありがとうね…お母さん」
「困りごとがあったら、いつでも窓口になってあげるから♪」
そう明るく言ったかと思うと、私の頭に手を乗せて、ナデナデしてくれる。
お母さんは、本当に強いな、と思った。
「――ところで、律っちゃん元気してる?」
麻井の名前が、お母さんから出た。
「違うクラスだから、あんまし様子見れてないけど、殺伐とした感じは、減った気がする。
元気があるかどうかは、わかんない。」
「……さみしいのかな、あの子」
マグカップを両手で持ち上げ、ポツリとつぶやくお母さん。
本気で心配しているような眼だ。
お母さんに触発されたのか――、
ふと、さみしそうな麻井の顔を思い浮かべてしまった。
色々な意味で、さみしいんだよね、麻井。
こころの何処かに、ポッカリ穴が開いているような――。
そんな麻井を想像して、思わず同情してしまう。
同情にひたっていたら――、
あれ、
なんでだろ、
じんわり、
じんわり、
涙が……浮かんできた。
「どしたのー? しぐちゃん」
「麻井に、感情移入、しすぎちゃって……」
「あらまぁ」
涙声で私は、
「やっぱり麻井は――私の友だちなんだね」
「それはあたりまえじゃない?」
「あたりまえだけど――今の今まで気付けてなかった」
麻井のことが、こんなにも大切だって、
今になって、初めて気付いて。
悔しいよ……。
遅すぎたのかな……。
クシャクシャの涙声で、私はお母さんに助けを求める。
「――まだ、間に合うかな?」
「間に合うよ。」
大丈夫だから――と、私の身体をあったかく抱きしめてくれる。
私のお母さんは、優しくて、強い。