ポヤ~ンと朝飯を食っていたら、
「眠いの!? アツマくん」
と、向かいの席の愛から罵倒が。
「だってまだ起きたばっかだし」
「とってもストロングなコーヒーを飲ませなきゃダメみたいね」
「えっコワい」
「こわくない!!」
はいはい。
分かったから、テーブルを叩かないで。
で、食後のコーヒーとなったワケなんだが、
「アツマくん、わたしを見て」
「? なぜに」
「告知があるの」
なーんかイヤな予感がするぞ。
「またもや、ブログの管理人さんが取材旅行に行くので――」
「更新お休みしまーーす!! ってか」
「そういうコト」
奴(ヤツ)も懲りねーな。
「4月10日から12日までの3日間、更新お休みよ」
「ふうん」
おれはコーヒーを啜(すす)って、
「ちょうど良いんじゃないのか? ほら、記事を書き続けてると、キーボードだとかマウスだとか、機器が消耗するだろ」
「あなたらしくない眼の付けどころね」
「それどーゆー意味」
「ふふーん♫」
あのぉ。
愛ちゃん?
もう少しマジメにやって??
× × ×
「ブログ管理人の都合とかに構ってる場合じゃないんじゃねーのか。葉山が邸(ここ)に来るだろ、もうすぐ」
「そうね。出迎えて、おもてなしをしないとね」
「もてなしたあとは――」
「わたしが、葉山先輩の『先生』になる」
× × ×
でかいリビング。
正方形のテーブルを挟んで、やって来た葉山むつみと愛が向かい合っている。
双方カーペットに腰を下ろしていて、おれは立っているから、ふたりを見下ろす格好に。
「戸部くん上から目線ね」
いきなり葉山の先制パンチ。
「立ってるから仕方が無い」
「あなたも、わたしたちのそばに来れば?」
なにを言う葉山。
「そばに来てどーする。おまえらのジャマになるだけだ」
なにしろ、これから『個人指導』が始まるのだから。
『個人指導』というのは、つまり、
「愛が教師役で、葉山が生徒役。おれの介入する余地なんぞ無い」
「マンツーマン指導だもんね」
と言ったのは愛だった。
「あなたにしては空気読めてるのね」
と付け加える愛。
一瞬ムカッとするが、
「愛。ちゃんと教えてやるんだぞ」
と念を押す。
「分かってるわよ。きりの良いところであなたのスマホに連絡するから、その時は差し入れ、よろしくね」
× × ×
階段を上がり、自分の部屋に戻る。
窓から青空とプッカリ浮かんだ雲が見える。
ベッドに腰を下ろし、『なにをして待とうかな』と考える。
しかしそれにしても。
それにしても、である。
葉山むつみのヤツ、
『大学受験する』
なんて急に言い出しやがるんだもんなぁ。
おれと同学年の葉山は今年の11月で24歳だ。
愛と同じ女子校を卒業してから、あいつはどこにも所属していない。
諸事情というやつである。デリケートな◯◯が絡んでいる。おれもおれなりに配慮してきた……つもりだ。
さすがに無所属が辛くなってきたのだろうか。
大学受けるというコトは、将来の夢でもできたのだろうか。
訊く勇気はあまり無い。
個別指導の先生役を買って出た愛に任せておけば良い。
愛ならば、葉山をきちんと教え導くコトだろう。
後輩が先輩に勉強を教えるという構図も奇妙ではあるが。
『愛同様に葉山も女子校時代は成績優秀だったようだが、いったいどんな大学を狙おうとしてるのだろうか』
暇なので、こんなコトも考えてしまう。
葉山の志望大学を探り始めようとしたおれ、だったのだが、ここでとうとうスマートフォンが振動。
× × ×
葉山の好物は言うまでもなくクリームソーダである。
メロンソーダを入れたグラスに、スーパーマーケットなどではあまり売られていないバニラアイスを乗っける。
あいつにクリームソーダを作ってやるのも何度目か。
何度もあいつのためにクリームソーダを作ってやったおかげで、働いている店でも非常に手際良くクリームソーダやコーヒーフロートなどを作られるようになった。
思わぬところでスキルが向上したのである。
葉山がクリームソーダなら、愛はブラックなアイスコーヒー。
もしブラックアイスコーヒー以外のモノを愛に出してしまったら、機嫌を損ねてしまうだろう。
双方が飲むグラスをトレーに乗せて、チョコだとかクッキーだとか適当に深皿にどばぁ、と入れてこれもトレーに乗せる。
× × ×
「気が利くわねアツマくん」
リビングに来たら愛に言われた。
「いつものようにしてやってるだけだ」
「それが『気が利く』ってコトなんじゃないの」
愛はニコニコしながら言って、
「今のあなたステキよ。素晴らしいわ。寝起きの時とは比べものにならない」
とおれを褒めちぎる。
褒めちぎられた弾みで、愛の顔に見入ってしまう。
不覚。
美しい笑顔に見入ってしまった己(おのれ)を恥じ、まずは葉山の前にクリームソーダを置いてやる。
「良かったわね戸部くん、羽田さんに褒めちぎられて」
「繰り返すが、おれはいつものようにしてやってるだけで……」
「じゃあどうして顔が微妙に赤いの」
「……けっ」
眼を逸らしてしまったおれに、
「クリームソーダ、どうもありがとう」
という葉山の感謝。
「カンペキなクリームソーダね」
は?
「カンペキなクリームソーダって、なに」
思わず振り向くおれに、
「精密機械」
と、葉山は謎の漢字四文字を。
「もっとも、お菓子のほうは、『テキトーに盛っちゃいました』感アリアリなんだけど」
悪かったな。
愛のほうにアイスコーヒーを置きつつ、
「バニラアイスが溶けないうちに早く召し上がりやがれ」
と言うが、声を出して葉山は笑いやがり、
「に、にほんご、ホーカイした、とべくんのにほんご、クラッシュしてる、おかしい、これいじょーベンキョーできないほど、おかしい、せきにんとって、せきにんっ」
と、度を越した爆笑状態になって、おれをからかっていく……。
「アホか。おまえは小学生か。退化しやがって」
「『召し上がりやがれ』なんて言っちゃう戸部くんも小学生レベルよ」
「はぁ!?」
「小学生扱いしないでよ、わたしのコト。せめて中学生が良いわ」
「ぐぐぐ」
「ねえ」
「な、なんだよっ」
「戸部くんは、中学生だった頃のわたしをイメージしたコトって無いの??」
「あ、アホちゃうか。そんな妄想一切せんわ」
「ねえあなた東京生まれの東京育ちよね。どうして関西弁っぽい言い回しになったりするの。こういうコト比較的よくあると思うんだけど」
「葉山の印象に過ぎないんとちゃうか」
「ほらほらほら!! 今のはカンペキに関西弁よ!?」
「は、はやくクリームソーダ賞味しろや!!」
「いいわね、関西弁って」
「葉山……?」
「わたしの志望大学、関西にあるのよ。京都大学っていうんだけど」
「!?!?」
思わぬ葉山の志望校告白。
トレーが床に落下し、派手な音を立て、おれは棒立ちのままコトバを失い……!!