【愛の◯◯】唐突に志望大学を打ち明ける葉山

 

ポヤ~ンと朝飯を食っていたら、

「眠いの!? アツマくん」

と、向かいの席の愛から罵倒が。

「だってまだ起きたばっかだし」

「とってもストロングなコーヒーを飲ませなきゃダメみたいね」

「えっコワい」

「こわくない!!」

はいはい。

分かったから、テーブルを叩かないで。

 

で、食後のコーヒーとなったワケなんだが、

「アツマくん、わたしを見て」

「? なぜに」

「告知があるの」

なーんかイヤな予感がするぞ。

「またもや、ブログの管理人さんが取材旅行に行くので――」

「更新お休みしまーーす!! ってか」

「そういうコト」

奴(ヤツ)も懲りねーな。

4月10日から12日までの3日間、更新お休みよ

「ふうん」

おれはコーヒーを啜(すす)って、

「ちょうど良いんじゃないのか? ほら、記事を書き続けてると、キーボードだとかマウスだとか、機器が消耗するだろ」

「あなたらしくない眼の付けどころね」

「それどーゆー意味」

「ふふーん♫」

あのぉ。

愛ちゃん?

もう少しマジメにやって??

 

× × ×

 

「ブログ管理人の都合とかに構ってる場合じゃないんじゃねーのか。葉山が邸(ここ)に来るだろ、もうすぐ」

「そうね。出迎えて、おもてなしをしないとね」

「もてなしたあとは――」

「わたしが、葉山先輩の『先生』になる」

 

× × ×

 

でかいリビング。

正方形のテーブルを挟んで、やって来た葉山むつみと愛が向かい合っている。

双方カーペットに腰を下ろしていて、おれは立っているから、ふたりを見下ろす格好に。

「戸部くん上から目線ね」

いきなり葉山の先制パンチ。

「立ってるから仕方が無い」

「あなたも、わたしたちのそばに来れば?」

なにを言う葉山。

「そばに来てどーする。おまえらのジャマになるだけだ」

なにしろ、これから『個人指導』が始まるのだから。

『個人指導』というのは、つまり、

「愛が教師役で、葉山が生徒役。おれの介入する余地なんぞ無い」

「マンツーマン指導だもんね」

と言ったのは愛だった。

「あなたにしては空気読めてるのね」

と付け加える愛。

一瞬ムカッとするが、

「愛。ちゃんと教えてやるんだぞ」

と念を押す。

「分かってるわよ。きりの良いところであなたのスマホに連絡するから、その時は差し入れ、よろしくね」

 

× × ×

 

階段を上がり、自分の部屋に戻る。

窓から青空とプッカリ浮かんだ雲が見える。

ベッドに腰を下ろし、『なにをして待とうかな』と考える。

 

しかしそれにしても。

それにしても、である。

葉山むつみのヤツ、

『大学受験する』

なんて急に言い出しやがるんだもんなぁ。

おれと同学年の葉山は今年の11月で24歳だ。

愛と同じ女子校を卒業してから、あいつはどこにも所属していない。

諸事情というやつである。デリケートな◯◯が絡んでいる。おれもおれなりに配慮してきた……つもりだ。

さすがに無所属が辛くなってきたのだろうか。

大学受けるというコトは、将来の夢でもできたのだろうか。

訊く勇気はあまり無い。

個別指導の先生役を買って出た愛に任せておけば良い。

愛ならば、葉山をきちんと教え導くコトだろう。

後輩が先輩に勉強を教えるという構図も奇妙ではあるが。

 

『愛同様に葉山も女子校時代は成績優秀だったようだが、いったいどんな大学を狙おうとしてるのだろうか』

暇なので、こんなコトも考えてしまう。

葉山の志望大学を探り始めようとしたおれ、だったのだが、ここでとうとうスマートフォンが振動。

 

× × ×

 

葉山の好物は言うまでもなくクリームソーダである。

メロンソーダを入れたグラスに、スーパーマーケットなどではあまり売られていないバニラアイスを乗っける。

あいつにクリームソーダを作ってやるのも何度目か。

何度もあいつのためにクリームソーダを作ってやったおかげで、働いている店でも非常に手際良くクリームソーダやコーヒーフロートなどを作られるようになった。

思わぬところでスキルが向上したのである。

 

葉山がクリームソーダなら、愛はブラックなアイスコーヒー。

もしブラックアイスコーヒー以外のモノを愛に出してしまったら、機嫌を損ねてしまうだろう。

双方が飲むグラスをトレーに乗せて、チョコだとかクッキーだとか適当に深皿にどばぁ、と入れてこれもトレーに乗せる。

 

× × ×

 

「気が利くわねアツマくん」

リビングに来たら愛に言われた。

「いつものようにしてやってるだけだ」

「それが『気が利く』ってコトなんじゃないの」

愛はニコニコしながら言って、

「今のあなたステキよ。素晴らしいわ。寝起きの時とは比べものにならない」

とおれを褒めちぎる。

褒めちぎられた弾みで、愛の顔に見入ってしまう。

不覚。

美しい笑顔に見入ってしまった己(おのれ)を恥じ、まずは葉山の前にクリームソーダを置いてやる。

「良かったわね戸部くん、羽田さんに褒めちぎられて」

「繰り返すが、おれはいつものようにしてやってるだけで……」

「じゃあどうして顔が微妙に赤いの」

「……けっ」

眼を逸らしてしまったおれに、

「クリームソーダ、どうもありがとう」

という葉山の感謝。

「カンペキなクリームソーダね」

は?

「カンペキなクリームソーダって、なに」

思わず振り向くおれに、

「精密機械」

と、葉山は謎の漢字四文字を。

「もっとも、お菓子のほうは、『テキトーに盛っちゃいました』感アリアリなんだけど」

悪かったな。

愛のほうにアイスコーヒーを置きつつ、

「バニラアイスが溶けないうちに早く召し上がりやがれ」

と言うが、声を出して葉山は笑いやがり、

「に、にほんご、ホーカイした、とべくんのにほんご、クラッシュしてる、おかしい、これいじょーベンキョーできないほど、おかしい、せきにんとって、せきにんっ」

と、度を越した爆笑状態になって、おれをからかっていく……。

「アホか。おまえは小学生か。退化しやがって」

「『召し上がりやがれ』なんて言っちゃう戸部くんも小学生レベルよ」

「はぁ!?」

「小学生扱いしないでよ、わたしのコト。せめて中学生が良いわ」

「ぐぐぐ」

「ねえ」

「な、なんだよっ」

「戸部くんは、中学生だった頃のわたしをイメージしたコトって無いの??」

「あ、アホちゃうか。そんな妄想一切せんわ」

「ねえあなた東京生まれの東京育ちよね。どうして関西弁っぽい言い回しになったりするの。こういうコト比較的よくあると思うんだけど」

「葉山の印象に過ぎないんとちゃうか」

「ほらほらほら!! 今のはカンペキに関西弁よ!?」

「は、はやくクリームソーダ賞味しろや!!」

「いいわね、関西弁って」

「葉山……?」

「わたしの志望大学、関西にあるのよ。京都大学っていうんだけど」

 

「!?!?」

 

思わぬ葉山の志望校告白。

トレーが床に落下し、派手な音を立て、おれは棒立ちのままコトバを失い……!!

 

 

 

 

【愛の◯◯】短縮版は朝飯の最中に

 

「お兄ちゃん、今日は短縮版だよ」

「おー」

「800字から900字で」

「うぉー」

「なにその反応!?」

 

× × ×

 

「えーと状況説明。

 おれは実家の邸(いえ)に『プチ帰省』中。

 そんでもって妹のあすかと仲良く朝飯を食っており――」

「ちょっと待ってよお兄ちゃん」

「へ」

「『仲良く』ってなに『仲良く』って」

「だって、おれとおまえ、仲良し兄妹じゃん?」

「んなっ」

「だろ?」

「あ……兄貴の笑い顔がキモチワルイ」

「おいおい」

「朝食中にそんなにキモくならないで」

「おいおいおいおい~~」

「食べるのに集中したらどうなの変態兄貴!?」

「や、変態とは」

 

× × ×

 

「それにしても、おまえ、焼き海苔に醤油かよ」

「はぃ!?!? どーゆう意味」

「知ってるか、焼き海苔って高級食材なんだぞ。朝っぱらから焼き海苔に醤油でご飯食うとは、ずいぶんお嬢さまなこった」

「あのねえ。『朝っぱらから』って言うけど、朝ご飯『だから』焼き海苔に醤油なんでしょ」

「ハイソサエティだなあ」

「バカ!!! なにがハイソサエティだか」

「『わたしがお嬢さまなら兄貴だってお坊っちゃまでしょ』とか言わんでくれよ」

「……」

「な? それぐらいの慎みはあるよな」

「……味付け海苔」

「ん」

「お兄ちゃんは、味付け海苔を、お皿に盛り過ぎ」

「エーッ盛り過ぎじゃないって」

「味付け海苔の容れ物があっという間に空(カラ)になっちゃうよ。矢継ぎ早に味海苔の容れ物カラッポにしていくのは良くないと思うよ。海苔も無限にあるわけじゃないのに」

「味海苔を無駄遣いするなってコトか」

「それともう1つ。お兄ちゃん、何杯ご飯お代わりする気? もう5回ぐらいダイニングテーブルと炊飯器を行ったり来たりしてるよね」

「ダメなの」

「限度がある」

「大目に見てくれよ~。連日の激務で腹が減り放題なんだよ、エネルギーを蓄えるには現在(いま)しか無いんだ」

「うそつき。」

「え?」

「おととい、シフトが入ってないからって、母校の大学の学生会館に行ってたんでしょ。そんな余裕があるのなら、『激務』なワケ無いでしょーが!!」

「なななっ、あすかがなぜそれを知ってる!?」

「わたしの地獄耳」

「いや自分で自分のこと『地獄耳』とか普通言わないよね」

 

 

 

【愛の◯◯】スポーツ新聞とおマヌケ利比古くん

 

南浦和の某・カフェレストランでのアルバイトはもう始まっている。

今は主にホール担当。でも、いずれは厨房で腕を振るってみたいと思っている。

現在14時10分。モーニングからランチまでの営業だから、ほとんど閉店間際だ。

伝票を持ったお客さんがレジに来る。現金会計。

「ありがとうございました。またよろしくお願いします」

レジ打ちも担当しているわたしは退店するお客さんを丁寧に見送る。

出入り口のドアノブを右手で持ったお客さんは、左手を上げて『また来るよ』という意味の込められたジェスチャーをしてくれた。

 

これで店内に残るお客さんがゼロになった。

「ふう」

肩の荷が下りるわたし。

そこに、

「ラストオーダー過ぎたから、もうエプロン外して休んじゃっていいよ」

というご主人の声。

「ありがとうございます。ご主人もお疲れ様です」

わたしから見て右側、わたしの立っているレジカウンターから少し離れたところにご主人は立っている。

「くたびれた? あすかちゃん」

「いえ。このぐらいなんてこと無いです」

「頼もしいな」

ご主人は微笑して、

「浦和競馬が開催してる週はもっと忙しくなるんだけど。この調子ならば大丈夫そうだね」

あー。

南浦和浦和競馬場の最寄り駅。

よって、

「ご主人おっしゃってましたよね。浦和競馬あるときは常連の競馬記者さんたちが集まってくるって」

「土地柄、ね」

このお店にはスポーツ新聞がたくさん置かれていた。

ニッカン・スポニチ・サンスポの3紙に留まらない。いろんなスポーツ紙の競馬担当の記者さんが来店するんだろう。

「スポーツ紙記者だけじゃなくて、競馬新聞の『トラックマン』もやって来る」

棚に置かれたたくさんのスポーツ紙に眼を向けているわたしにご主人が言う。

「近年になって浦和競馬の発走時刻が遅くなってるから、昔より記者やトラックマンが長く滞在するようになった」

「ご主人も馬券買われるんですか? 今はスマホでも簡単に馬券が買えるようになりましたよね」

「買うよ。買うけど、ここに来る連中の予想には乗らない」

「えっ。それって」

「大穴予想だ。連中が予想印を付けてない馬を買う。当然滅多に当たらないが」

思わずご主人の顔を見る。

朗らかな笑顔。

 

× × ×

 

お店に置かれたスポーツ紙の中には『青春(せいしゅん)スポーツ』もあった。

規模の大きくない独自路線の新聞。一般紙系列ではなく、メジャーなスポーツ紙とは一線を画している。

『青春スポーツ』はわたしの邸(いえ)でも定期購読していた。

わたしはこの『青(あお)スポ』のオリジナリティが好きだったので、いつも熟読している。

今日は朝『青スポ』が読めなかったので、バイトから邸(いえ)に帰るやいなや、リビングのソファにどっかり座(ざ)して、『青スポ』を1面から入念に読み始めた。

 

中ほどの競馬面に差し掛かったあたりで利比古くんが出現した。

わたしの真向かいのソファに座る。

そして、この1週間どんなコトがあったのかを自分勝手に振り返って喋っていく。

主に新年度の始まった自分の大学のコトについてペラペラと喋る彼。

止まらない。

が、スルースキル抜群のわたしは彼の語りが全く気にならない。余裕で『青スポ』の記事の文面を熟読できる。

 

「……で、『CM研』の上級生女子の『いたぶり』にも、だいぶ耐えられるようになったんですよ。ぼくのメンタルの『防御力』、上昇してるみたいです」

とうとう終面(しゅうめん)に眼を通し終えたわたしは『青スポ』をぱさっ、と手前の長テーブルに置いた。

実際には不機嫌にはなっていないんだけど、不機嫌な表情をわざと作り、利比古くんに見せつけ、

「利比古くん肝心なコトから眼を背けてるよね」

「え? どういうコトですか?」

右人差し指で長テーブルをしこたま連打して、

「し・ん・か・ん」

「……?」

「新入生の、勧誘っ!」

「あーーーっ」

利比古くぅん??

その間の抜けたリアクション、一体全体なんなのかなあ。

間の抜けた声を出すのにも限度があると思うんだけど。

まったくまったく。

「新歓活動について訊く必要も無かったみたいだね。そんなにおマヌケなリアクションしかできないってコトは」

「あすかさんにはおマヌケに見えるかもしれないですけど」

彼は、

「新歓活動は、ゆっくりじっくりです」

「その油断がサークル崩壊を招くんだよ」

わたしは睨みつけて、

「利比古くんが新人勧誘能力ゼロなコトがよく分かった。……ほら、高校生のときも、卒業するまでに『KHK』に後輩を入会させるコトができなかったじゃん? 『KHK』を休会状態にした責任、重いよね」

やはり彼はテンパって、

「こ、こ、高校時代のコト蒸し返すなんて、あすかさん、ヒドいですっ」

「ヒドくないっ。悔しかったら新人勧誘スキルを磨きなさい!!」

「ななななななっ」

「ダメだよー。超イケメン男子がそーんなリアクションしちゃあ」

「さ、さりげなく『超イケメン男子』と言った意図は!?」

「事実じゃん、利比古くんが超イケメンなのは」

「……困惑させないでください」

「とっしひっこくーん☆」

「なんですか……」

「かわいいね」

「はい!?」

 

 

 

【愛の◯◯】OBがまさかのあの男性(ヒト)

 

音楽鑑賞サークルの『MINT JAMS』に入会する理由ができたような気がする。

不純な理由、なのかもしれないけど。

昨日出会った、某自動車メーカー経営者ファミリーに仕えるメイドさんの「蜜柑さん」。

彼女の物腰の優雅さや、優雅でいて時にイタズラな部分を垣間見せるところが、眼に焼き付いて離れない。

さらに、蜜柑さんと『MINT JAMS』のリーダー的存在のムラサキさんとの関係性。

大学4年生男子なのに小柄・童顔・ボーイソプラノのムラサキさんと、彼より年上でファッショナブルでエレガントな蜜柑さんとの取り合わせ。

気になる。かなり気になる。

蜜柑さんとムラサキさんの◯◯な◯◯を深く知りたくならずにはいられない。

 

× × ×

 

だから、私は今日も学生会館1階のサークル部屋に来た。

 

「どうやら、川口さんは入会に前向きになってくれたみたいだね」

嬉しそうに言うムラサキさん。

「はい、前向きになりました」

CD棚の前に立って棚を眺めていた私だったが、ムラサキさんにクルリと振り向いて、

「今日は蜜柑さん来ないんですか?」

とズバズバッと言ってみる。

先制攻撃。

「そ、そ、そんなにきみ、蜜柑さんのコトが気になるの」

「私じゃなくたって気になりますよ。印象があまりにもヴィヴィッドで」

「そうかぁ……」

「で、蜜柑さんは??」

「き、きほん、彼女は来ないんだよ。昨日は『ぼくの落とし物を届けに来る』っていう目的があったからさ。昨日のはイレギュラー」

「それは残念」

「……」と狼狽(ろうばい)のムラサキさん。

「次に彼女と出会うのが楽しみです」とゆとりをもって言う私。

そしてそれから、

「ムラサキさん。PCでSpotifyにアクセスしてもいいですか?」

「どうぞご自由に……」

「このサークルのSpotifyはプレミアムなので助かります。私って意外とケチで、Spotifyは無料会員だし、ネトフリとかも使ってないんですよ」

 

× × ×

 

PCの前の椅子に腰掛け、サークル会員のだれかが作成したと思われるプレイリストを再生した。

聴き心地の良い曲が多い。聴き心地が良いってコトは、お気に入りの曲になりそうってコト。

ジャンルはノンジャンルだった。邦楽もあれば洋楽もある。J-POPもあればJ-ROCKもある。パンクもあればR&Bもある。アニメソングやジャズミュージックまで網羅している。

聴き入っていたら、

「今日はサークルのOBのヒトが来てくれるよ」

と背後からムラサキさんが。

『せっかく聴き入り始めてたのに……』と少しムッとするけど、「OB」というアルファベット2文字に気が引かれる。

「OB」ということは、男性だ。

私は、

「いったいお幾つぐらいのOBの方なんでしょうか?」

「ぼくより2つ上。だから、社会人2年目」

つまり、私より5つ上のオトコのヒト、か。

 

それから15分程度が経過した。

プレイリストがちょうど終わりを迎えた頃。

ノック音が鳴った。

 

× × ×

 

戸部アツマ

と紹介された瞬間に、とってもビックリして、

「あ、あのっ!! ……もしかして、私の高校で伝説になってる、スポーツ万能の、戸部アツマさんですか……!?」

「うおっ」

やって来たOBの彼は軽く驚いて、

「『伝説』は、まーだ『伝承』されてるんか……。厄介なこった」

と言い、後頭部をぽりぽりと搔く。

そうなのだ。あのアツマさんなのだ。伝説の伝承だけで、面識は今まで無かったけど。

「あのあのっ、妹さんの戸部あすかさんも、作文オリンピックだとかガールズバンドだとかで、アツマさんと同じく伝説を残していて……」

「アハハ」

アツマさんは陽気に、

「おれもそうだけど、あすかも到底『伝説』っつー器じゃないと思うがな」

「ひ、卑下しないでください。『伝説の戸部兄妹』は、確かに『伝説』なんですから」

ここでムラサキさんが、

「アツマさんはとっても頼りになる先輩で、ぼくがいちばん尊敬してるOBなんだ」

「ムラサキ、照れる照れる」

そこに私は焦り気味な口調で、

「わかります、わかります。アツマさん、実際に会ってみたら、想像を超えて頼もしそうで、それはどうしてかっていうと、あのその、とってもたくましく、見えるので……!!」

……言ってしまってから、後悔してしまった。

不用意なコトを、たぶん、言ってしまった。

実際に会った第一印象は、胸の内にしまっておくべきだった、のに。

もう後戻りできない。

後戻りできない流れに流されて、つい、

「私、前からアツマさんに会いたかったんですっ!!」

と、喚くがごとく打ち明けてしまう。

「えっマジ」

ほんの少し照れて微笑むアツマさん。

ムラサキさんとは対照的。大柄。

167センチの私より10センチ以上高い。

スポーツ万能で伝説を残したのも頷ける、「タフさ」を身にまとった見た目。

私より5歳年上で、世代に開きはあるけれど。

 

だけど。

だけど、だけど。

 

このサークルに入会する、大きな『理由』が……できちゃった。

 

 

 

【愛の◯◯】新しい春にメイドさんと出会う

 

ハァイ。

私の名前は川口小百合(かわぐち さゆり)。

7月産まれ。

身長167センチで、自分で言うのもアレなんだけど、高身長女子。

髪型は黒髪ロング。

 

この春から大学生。

高校時代は生徒会長をやったりしていた。

大学には生徒会長的なポジションが無いみたいで残念。

 

学生会館に来ている私。

どこかのサークルに所属したい。

サークルで新しいコトを始めて、高校時代同様に自分を輝かせたい。

そんな気持ちで1階フロアを歩いている。

新歓シーズンなのだから当然、新入生歓迎仕様のポスターが貼られていたり、同じく新歓仕様の立て看板が置かれていたりする。

あるサークルのお部屋の前で私は立ち止まった。

『MINT JAMS』

そんな名前のサークルらしい。

ハッカのジャムって意味よね。

ポスターでは『音楽鑑賞サークル』を標榜。

ハッカのジャムと音楽がどう結びつくのかしら……。

不思議な気持ちになって、気付けばそのサークルのドアをノックしていた。

 

× × ×

 

幹事長みたいな概念は無いが、笹田(ささだ)ムラサキさんという4年生男子がサークルの要になっているらしい。

ムラサキさんは『MINT JAMS』というサークル名の由来を教えてくれた。

大学4年生なのに、彼はボーイソプラノだった。

しかも、私より身長が低い。

 

サークルの趣旨を説明したかと思えば、巨大なCD棚を私に見せつつ、

「この棚のCDは自由に聴いていいよ」

と言って、

「最近ぼくはこのアルバムにハマってるんだよ」

と、洋楽のアルバムCDを抜き出す。

それから、そのアルバムの楽曲について語り始めたのだが、分からないコトバが多くて、正直ついていけない。

音楽を聴かないワケでは無い。

生徒会のメンバーやクラスメイトよりも音楽に少しだけ詳しかった、という自己認識もある。

だけど、私……オタクじゃないのよね。

「アッ、ゴメンゴメン」

ムラサキさんが照れ笑いかつ苦笑いになって、

「語り過ぎた。他のサークル会員が居なかったから、ついつい。いつもは他会員に『制御』されるんだけどね」

厄介な面もあるけど、面白いヒトなのかもしれない。

そういう印象になる。

「川口さん」

「はい」

「きみは好きなミュージシャン居るの」

「いえ、音楽はそれなりに好きですけど、ミーハーなので……。サブスクリプションでシャッフル再生で聴くことがほとんどなので、深く知っているミュージシャンは居ないんです」

「広く浅く?」

「はい。もっとも、そんなに視野は広くありませんが」

彼はニッコリと、

「このサークルに入れば、じきに『広く深く』なるよ」

 

× × ×

 

ムラサキさんに手渡された休刊した某・音楽雑誌をペラペラめくりながら、私は迷っていた。

面白い趣旨のサークルだと思うし、ムラサキさんも不思議に面白い。

だけど、決め手に欠ける部分があるのも事実。

『あとひと押し』みたいなのが無いと、入会する意思を固められない。

 

迷っていた私の耳にノックの音が響いた。

だれかがこの部屋に入ってくる。

他の会員さん?

 

『たぶん他の会員さんが来たんだろう』

そう思い込んでいた。

でも違った。

入室して来たのは、学生ではなく……。

 

× × ×

 

ファッションモデルみたいな見た目の女性が、ムラサキさんが座る椅子のそばに立って、ムラサキさんとコトバを交わしている。

永井蜜柑(ながい みかん)さんという女性(ひと)らしい。

たぶん身長168センチぐらい。私と背丈はほぼ変わらないはず。

でも、私よりも物腰が優雅だという印象を受ける。

上流階級的な……。

 

不躾(ぶしつけ)かもしれないけど、訊いてみた。

「あのっ。蜜柑さんは普段なにをされているんですか?」

優雅に微笑む蜜柑さんの口から、

「メイドです」

という答えが来る。

メイド。

メイドっていうと。

つまりは、お邸(やしき)に仕(つか)えるメイドさん

「川口さん。蜜柑さんはね――」

ムラサキさんの説明によれば、某大手自動車メーカー経営者の自宅に住み込みで、メイドさんのお仕事に従事しているという。

そしてムラサキさんは、同い年の社長令嬢の「アカ子さん」なるヒトと繋がりがあるらしく、その経営者ファミリーのお宅にしばしば出入りしているとか。

「だから、ムラサキさんと蜜柑さんも、お知り合いなんですね」

私がそう言った途端に、不可解にも、ムラサキさんが照れくさそうに俯(うつむ)いた。

え。

マズいことを指摘しちゃったワケじゃ無いわよね。

「そうですよ」

声を発したのは蜜柑さん。

「わたしムラサキくんとはとっても仲良しなんです」

 

んん……??

 

「ムラサキくーん?」

俯き通しのムラサキさんに呼び掛ける蜜柑さん。

呼び掛けてから、

「せっかくわたし学生会館まで来たんだから……いい機会だし、照れるあなたに、もっともっと仲良しな態度を取ってあげようかしら」

 

……『仲良しな態度を取る』って、いったいなに。

 

 

 

【愛の◯◯】関西出身トリオに波乱の◯◯!?

 

新入生の「敦賀由貴子(つるが ゆきこ)」ちゃんがサークルのお部屋にやって来てくれた。

昨日お部屋に来てくれた小松まなみちゃんよりも、だいぶ長い髪。

わたしの長髪ほど長くはないけど、肩の下まで伸びていて、前代幹事長の高輪(たかなわ)ミナさんを想起させるものがある。

背丈は160センチに少し届かない程度。これもミナさんとの相似点(そうじてん)だ。

 

お部屋の入り口の近くで由貴子ちゃんと立ち話。

「由貴子ちゃんは大阪出身なのよね? あんまり関西弁的なイントネーション出てないわね」

「鍛えたんです。東京の大学に行くんだから、東京の色に染まるべきだ、って」

ほほぉ。

「入会動機は?」

わたしが訊くと、

「漫画7割、ソフトボール3割、です」

オーーッ。

昨日、小松まなみちゃんは、

『漫画3割、ソフトボール7割』

と言っていた。

新入生の女の子ふたりで、好対照……!

「どんな漫画が好きかしら? やっぱし、少女漫画かな――」

わたしがそう尋ねた瞬間に、ドアが開いた。

2年生の古性(こしょう)シュウジくんだ。

そういえば、シュウジくんも大阪出身。

そして、シュウジくんもあんまり関西弁の色を出さない……。

とか、思っていたら。

 

しゅしゅしゅシュウジ先輩っ!!

 

と、由貴子ちゃんがドッキリビックリなリアクションを。

え。

彼女、「先輩」って、シュウジくんのこと、呼んだ。

とすると。

互いに大阪出身、なのだから。

「あなたたち、高校の先輩後輩同士なの?」

わたしの問い掛けに、シュウジくんが、ほっぺたをポリポリしながら、

「そうです。敦賀は高校の1個下です。……こんなところで再会するなんてな」

ここで、シュウジくんの後輩なコトが発覚した由貴子ちゃんが、

「どうして、サークルのこと、知らせてくれなかったんですか」

と、うつむきつつ、昔の先輩男子に。

敦賀だって」

ややきまり悪そうに、

「この大学に入ったってコト、知らせてきてなかったろ」

と、シュウジくんは。

そのまま互いを見られずに沈黙。

すれ違ってる。

でも、

「感動の再会じゃないのよ!!」

とわたしは割って入り、

しょっぱなからギクシャクするんじゃなくって、再会をもっと喜ぶべきじゃない!?」

「……羽田幹事長」

わたしに振り向き呼んできたのは由貴子ちゃんのほうだ。

とりあえず、

「『愛さん』って呼んでよ」

とお願いする。

「じゃあ、愛さん……。シュウジ先輩って、母校では、『めっちゃ文学青年』で有名でして」

『めっちゃ』文学青年。

関西っぽいかも。

「漫画が好きだなんて、わたし知らなかった」

そう言い、由貴子ちゃんはシュウジくんをまっすぐ見据え、

「わたしも漫画に関心があってこのサークルに来たんですけど。もっと早く漫画好きなのを教えてくれたって良かったじゃないですかっ」

「あのさ、敦賀

押され気味のシュウジくんは、

井の中の蛙(かわず)がなんとやら、というか。やっぱり世界は思ったより広くて」

と言い、わたしをチラ見して、

「ほんとうに文学通なのは、羽田センパイのほうだよ」

『文学通』と言われた嬉しさをわたしは否定できないが、

「愛さん。」

真顔になった由貴子ちゃんから、

「あした、ふたりだけで、お茶しませんか」

と、豪速球的な申し出が。

「なにを言ってるんだ敦賀。不躾(ぶしつけ)に」

シュウジくんがたしなめるが、

「……」

と、敵意とかは感じられないものの、由貴子ちゃんは依然真顔。

 

ところで。

ところでところで。

実は、シュウジくんが入室してくる前、つまり由貴子ちゃんとわたしが立ち話していた時から、新山文吾(しんざん ブンゴ)くんという2年生男子が、部屋の奥のほうの席に座っていたのである。

120%ブンゴくんを置いてけぼりにしてしまっていたので、奥のほうの彼に視線レーザーを発射するわたし。

ブンゴくんは、京都府出身。

つまりつまり。

関西出身者が、今このお部屋には、3人も居るというワケだ。

『大阪と京都の相性ってどうなのかしら?』

と思ったりしながら、ブンゴくんに視線レーザーを注ぎ続ける。

すると、大変興味深いコトが発覚した。

ブンゴくんは、なんと。

ずーーーっと、由貴子ちゃんから眼を離していないのだ……!!!

 

 

 

【愛の◯◯】幹事長になったことでもあるし、厳しくする

 

新入生の「小松まなみ」ちゃんがサークルのお部屋にやって来てくれている。

かなり短い髪。わたしの長髪の3分の1ぐらいの長さ。

そして背が高い。165センチか166センチってところね。

第一印象は、「ボーイッシュ」。

 

「ねえねえ、あなたのこと『まなみちゃん』って呼んでもいい?」

「もちろんいいですよ、羽田幹事長」

「わたし『羽田幹事長』はイヤかな」

「えっ」

「下の名前で呼んでくれるほうがいい」

「えーっと……愛さん、でしたよね」

「そーよ」

「では、『愛さん』で」

わたしはニッコリ。

そういえば、このサークルで女子の後輩ができるの、初めてだ。

 

「まなみちゃんは、どうしてこのサークルに入ろうと思ったの?」とわたし。

「動機は、漫画3割、ソフトボール7割です」とまなみちゃん。

「なるほどー。カラダを動かすのが好きなのね?」

「好きです」

「わたしとおんなじ」

「そうなんですか」

 

『羽田センパイはスポーツ万能なんだよ。ソフトボールでは、だれよりも速い球を投げるんだ』

 

幸拳矢(みゆき けんや)くんの声が割り込んでくる。

「だれよりも、って……男子よりも、ですか」

とまなみちゃん。

わたしをジックリと眺めてから、

「あの、失礼だと思うんですけど、愛さん、こんな華奢なカラダなのに……」

「まーそーよねー。信じがたいかもしれないけどねー」

まなみちゃんは、

「あたし、愛さんが投げるところ、早く見てみたいです」

おー。

「分かったわ。できれば今週中にソフトの練習しましょう」

照れ混じりの嬉しい顔を見せてくれる、まなみちゃん。

 

拳矢くんが、声を割り込ませるだけではなく、女子ふたりの立っている場所に近寄ってきた。

「小松さん。ぼく、3年の、幸拳矢」

なにその積極性。

ツッコみたくなってくるじゃないの。

「まなみ、でいいですよ」

「だったら……まなみさん」

「ハイ」

「どうぞよろしくね」

「ハイ!」

「ところで」

「ハイ?」

「きみと名字が同じ、小松未可子(こまつ みかこ)って声優さんがいるんだけど」

「……ハイ??」

「なんだか、小松未可子さんが演じるクールでボーイッシュな少女キャラの面影を、きみに……感じてしまって」

ちょっと待ちなさい拳矢くん。

初対面でそれは無いんじゃないの。

だれにでも声優ネタが通用すると思ってるんじゃないかしら?

あなたは重大な間違いを犯してるわ。

それにしても、3年生にもなって、自分の間違ってるところに気付く様子も無いなんて……!!

「拳矢くん!! まなみちゃんがドン引きしてるのが分かんないの」

「う」

わたしに怯(ひる)む拳矢くん。

「怒るわよ!?」

「ううぅ」

呻(うめ)かないでよ。

まったく。

「幹事長権限でペナルティ出すわ」

「ぐぐ」

「今晩、わたし・まなみちゃん・あなたの3人で、バッティングセンターに行きましょう」

「そんな!?」

「黙ってついて来るのよ!! しごいてあげるから」

拳矢くんが青ざめる。

 

× × ×

 

部屋の隅っこのソファで、ひたすら項垂(うなだ)れる拳矢くんだった。

 

もうひとりの3年生男子・和田成清(わだ なりきよ)くんが入室。

拳矢くん同様、不用意なコミュニケーションをまなみちゃんとするんではないか……? と、わたしは懸念する。

「新入生の子ですか」

「確認するまでも無いでしょう成清くん。1年の小松まなみちゃんよ」

「オォー」

成清くんのリアクションが不安をかき立てる。

「小松まなみさん、ですか」

彼は、

「おれ、和田成清って言うっす。よろしくっす」

と、軽いノリの自己紹介。

なーんか、いつもよりチャラくない!?

「えーと、きみのこと、どう呼べばいいかな?」

やっぱり成清くんチャラい。

勢いに押されるように、まなみちゃんは、

「下の名前で……どうぞ」

「じゃあ『まなみさん』で」

「は、ハイ」

「早速なんだけど――」

「な、なんですか?」

「アニメソングとか、興味あったりしない?? おれ、このサークルでは、『アニソンマスター』で通(とお)っていて――」

あのねえ。

「あ、あ、あにそんますたー、!?」

「カラオケなら、いつでも歌う準備ができてるよ」

成清くん。

あなた……分からないのね。

まなみちゃん、怯(おび)え始めてるのよ?

「成清くーーーん」

睨みつけながら言うわたし。

「わたし、ここ最近は、自分の彼氏以外に暴力は振るわない主義だったんだけど……」

物理的にも心理的にも成清くんに詰め寄って、

「どうも甘かったみたいね」

わたしが殺気立っているのをとうとう察知する成清くん。

背筋に悪寒が走っているのが手に取るように分かる。

威圧する眼つきと共に、わたしが右手で握りこぶしを作るのも必然の流れ。

彼は恐れおののき、『勘弁して下さい……!!』というコトバすらも口から発せない。

「あ、あのっ……」

わたしの横のまなみちゃんが、

「愛さんって、厳しいんですね」

「基本、そうよ」

「そして、彼氏さんが居る」

「そうなのよ。成清くんのお腹にパンチしてから、詳しく話すわ」

「……パンチしなくても」

 

 

 

【愛の◯◯】男子コンビを向こうに回して侑は……

 

わたしの左斜め前の席の脇本くんが、

「4月になってないけど、今日が入学式なんだな。どうしてだろう?」

わたしは、

「4月になってないとはいっても、3月最終日でしょう? それに日曜日だし、入学生の親御さんが来やすいでしょ」

「それはそうなんだけど……いいのかな、4月にならないのに入学式やっちゃって。ルール的にどうなのかな、と思ってしまう」

ここでわたしは、脇本くんの顔面にネットリと視線を注ぐ。

愉しい笑い顔を脇本くんに見せつける。

動揺する彼に向かって、わたしは、

「諸々の理由があるのよ」

「それは……裏事情的な??」

「ブログの事情~☆」

「!?」

「ゴメン。『ブログの事情』云々は言い過ぎだった」

「羽田さん……」

「ふふっ☆」

 

とうとう最高学年のわたしたち。

・わたし(羽田愛)

・脇本くん

・新田くん

・侑(ゆう)

この4年生カルテットがサークルのお部屋に集まって、新歓活動の対策を練っている。

あ。

わたしは、最高学年の4年なんだけど、5年まで通わなきゃならなくなったのよね。

わたしだけは、『最高学年』ではない。

ま、いっか。細かいコトなんか。

 

「脇本くん」

「なに、羽田さん」

「幹事長として、わたし、張り切っていくわ」

「やる気に満ち溢れてるね、なんか……」

「あなたも張り切るのよ。副幹事長でしょう?」

「きみの勢いには敵わないけど。まあ、モチベーション、大事だよね」

「あと2年大学に通えるから、モチベーション2倍になってるわ」

「ん……」

「留年パワーよ、留年パワー」

「んんっ……」

脇本くんが戸惑うのも織り込み済み。

留年をバネにして頑張るコトに決めたわたしは、副幹事長・脇本くんに向かってちょっぴり前のめりになりながら、

「女の子がほしいわ。女の子をできるだけ集めたいわ」

「そっか。現在の主力メンバー、女子は羽田さんと大井町さんだけなんだもんね」

「わたしも侑も、もう少し女の子が居てくれないと、淋しくなっちゃうわ」

脇本くんと新田くんの向かい側の席についている侑とアイコンタクトする。

わたしに同調してくれて、

「そうね。女の子ほしいわね」

と侑。

「今のままだと男子の比率が高いし、男女比をできれば拮抗させたいわ」

とも。

『どういう方法で女の子をサークルに招き入れるのか?』を考える流れになりかけていた、はずだった。

しかし、侑と相対している新田俊昭くんが、

「俺としては、男子にも来てほしいけどな」

と、わたしと侑のジャマをする。

侑がピリピリとなり始めて、眉間にシワを寄せながら、

「だったら自力で頑張りなさい。わたしと愛は手を貸してあげない」

新田くんは少し弱気になって、

「どこまでやれるだろうか」

と言い、

「忙しくもあるし。ほら、就職活動と同時並行になるからさ」

すかさず、

「なに言ってるの!!」

と、侑が、ピシャリ。

「新歓活動と就職活動を同時にこなせないようでは、先が思いやられるわ」

殺気立つ侑。

新田くんを叱る侑。過去3年間で何度も繰り返された光景。否定できない既視感。

叱られた新田くんがどう出るのか、気になった。

すると新田くんは、

「珍しくない? 大井町さんが、俺の心配をしてくれるって」

おおー。

侑のお叱りを食らっても、堂々としてるじゃないの。

やるわね。

彼の堂々とした受け答えが意外だったらしく、

「べつに、心配するキモチで言ったわけじゃないし……」

という声に、戸惑いが混じる。

「あっ」

と声を出したのは、新田くんの右隣の脇本くん。

脇本くんが、

大井町さんが、なんだかツンデレっぽい」

と興味深そうに言う。

意表を突かれ、唖然とする侑。

『脇本くんに『ツンデレ』なんて言われるなんて……!』

そんなキモチになっていると思われる。

攻撃対象は新田くんで、脇本くんの存在は眼中の外だった。なのに、脇本くんが、新田くんに加勢するみたいに。……侑が唖然とした表情になるのも無理は無い。

唖然としてしまっているのを男子ふたりに見られたくないから、うつむく。それから、しばしの沈黙。

男子コンビは侑の様子を眺めている。

やがて、

「新田くんのみならず、脇本くんまで、懲らしめられたいみたいね」

という攻撃的発言が、侑の口から出てくる。

「決めたっ。今年度は、ふたりまとめて厳しくするわ。覚悟して」

「おおーっ」

脇本くんが、面白そうに、

「強気がみなぎってるね」

「……どういう意味、脇本くん。強気が、みなぎるって」

大井町さんらしいってコトだよ」

そう答えてから、

「きみらしさが、桜満開だよね」

と、脇本くんは、謎めく喩えを……。

そっぽを向いて、

「あんまりワケの分かんないコトばかり言うのなら、卒業まで『ワッキーくん』って呼び続けるわよ……」

と、侑は、新田くんだけでなく脇本くんにも厳しくなる。