【愛の◯◯】休日出勤だよ、加賀くん

 

「――ったく。なんでわざわざ、土曜に学校来なきゃなんねーんだよ」

「ふたりだけで新聞作らなきゃいけない現状だからだよ、加賀くん。がんばって」

「がんばって、っつったって」

「とりあえず、将棋の記事書いてよ」

「しょうがねえなぁ……」

「あとでわたしがしっかり添削してあげるから」

「……」

 

× × ×

 

「ああっもう、ミヤジの日本語、おかしすぎ!!」

「うるせーよ、あすかさん」

「うるさくもなるよ。声出して文章直さなきゃ、やってられないよ」

「なんだそりゃ…」

「声を出しながら作業すると2倍はかどるんだよ」

「…口から出まかせだろ」

「――そうだ」

「は」

「声を出すついでに――加賀くんの文章、音読してあげようか」

「なにがしたいんだ。イジメか?」

「――やっぱやめた」

「おい!」

「そうだよね。イジメっぽいよね。小学校高学年レベルの文章を読み上げて、晒(さら)しものにするなんて」

「……その発言自体が、イジメだろ」

「でも加賀くんも悪いんだよ」

「なにがだ!!」

「サボりぐせ、ひどいし」

「そんなにひどいか?」

「自覚がないところが最悪」

「……」

「あとさ」

「……」

「敬語、使えないの?」

「……あんたに?」

「わたしに」

「使う必要も――」

「あるよ。年上なんだし。

 加賀くん、先生にもタメ口になりがちじゃない。

 目上の人に敬語が使えないと、将来困るんじゃないの?」

「――けっ」

「わたしの顔見てしゃべって」

「るせぇ」

「照れてる照れてる」

「るせぇよっ!!」

「ね。敬語の練習、しようよ」

「はぁ??」

「『その原稿を渡してください』って、言って」

「……、

 その原稿を、渡して、く…くださいっ」

「言えるじゃん!

 じゃあ、次。

『サボりがちですみません。もっとマジメになります』」

「くっ……。

 さ、

 サボってごめんな。部活には……来るよ」

「――それのどこが敬語なの」

「謝りたくねーんだよ!! わかれよ」

「や、謝ってたよね。ぜんぜん敬語じゃなかったけど」

「ぐぐ」

「もっとちゃんとしてよぉ~」

「笑わないでくれっ」

 

「なぁ。ミヤジって人、いったいなんなんだ? 先週、部活に来て、原稿渡して帰ってったけど」

「ん、クラスメイト」

「だいたいなんだよ、『ミヤジ』ってあだ名は」

「宮島くんだから」

「単純な…」

「あれ、説明してなかったっけ?」

「たぶん、されてない」

「――ミヤジは貴重な戦力だから、これからも、来たときは大事にもてなしてね」

「あんたがあの人を大事にもてなしてる印象はなかったが……」

「チョコ、渡したでしょ、あのとき」

「渡してたが、たしかに」

「あれも、おもてなし」

「…意味わからん。

 それに、あの人の文章を、ずいぶん悪く言ってるよな? あんた。日本語おかしい、とかなんとか」

「それがどうかしたの」

「扱い、あんがい、ひどくねーか」

「……ほんとだ」

「お、おい!!! らしくねーぞ」

 

× × ×

 

「ん~、調子出ないから、作業用BGMでも流してみようか。

 いいよね加賀くん? 音楽流しても」

「べつにかまわない」

「素直で助かる」

「べつに…」

 

「…ずいぶんと、とがった音楽、聴くんだな」

うそっ

「…そのリアクションも困るぞ」

「そんなこと、ふつう、言われないから。聴いてる音楽が、とがってる、なんて」

「素直な感想だったんだよ…」

「そっかぁー、加賀くんはー、そう思ったんだぁー」

「変なテンションだな…」

「うれしいかも」

「え?」

「うれしいかも、って言ってんのっ!! 2度も言わせないでよ」

「な、なんでうれしいんだ」

「ひみつ」

「!?」

「さぁ、わたしはなんでうれしいんでしょう?」

「そう言われたって」

「ニブニブだな~、加賀くん」

「ニブニブ……!?」

「鈍すぎなぐらい鈍いってこと」

「……あすかさんの日本語が……乱れている……」

そんな

「…おい」

 

 

 

 

【愛の◯◯】毒まんじゅうがいい? 破門がいい?

 

「はい、みなさま、こんにちは!

 浜辺美波と申します、

 

 ――、

 ――、

 というのは、嘘で、

 

 いつもどおり、2代目パーソナリティのわたくし板東なぎさがお送りする、『ランチタイムメガミックス(仮)』のお時間なわけです。

 

 浜辺美波になれたらなあ。

 ……というのは、冗談ですが、

 ともかく、金曜日です。

 

 金曜のお昼ですよ!!

 

 プレミアムな放課後を過ごすために、みなさん、残りの半日、がんばっていきましょうねー。

 

 金曜といえば。

 みなさんのお家(うち)は、金曜の夜に、カレーライスを食べますか?

 そういう風習がある家庭もある、って聞いたんですけど――。

 

 ソース?

 出典の在(あ)り処(か)ですか?

 そんなもの、あるわけないじゃないですか。

 

 ソース、といえば、

 わたしの家では、カレーライスの隠し味に某食品メーカーのソースを入れるんですけど、

 これって――たぶん、ウチだけじゃないですよね。

 カレーの隠し味に、ソースって。

 そーすっと、味わいが深くなる……、

 ソースだけに。

 

 ――はい、冷えました。

 

 脱線はともかく、ウチではべつに金曜日に必ずカレーだとか、そういう風習なくて、どんな曜日でも勝手に食べてるんですけど、『金曜の晩はカレー!』って家訓みたいなルールがあるお家(うち)も、少なからずあるみたいですね。

 海上自衛隊とかも、そうなんですっけ。

 

 

 ――で、こんな話が、きょうの放送の主目的(しゅもくてき)なわけじゃーないんですけれども、

 ここで1曲、

 くるりで『カレーの歌』」

 

× × ×

 

「――はい。

 2001年のアルバム、『TEAM ROCK』から。

 …20年前の曲を流してしまいました。

 わたしたち、まだ産まれてませんよね。

 そもそも、くるりってバンドの存在、知ってますか?

 わたしたちヤングジェネレーションのあいだでの、知名度的に、心もとない……、

 ま、いいんですよ。

 音楽に、旧(ふる)いも新しいも、ないんです!!

 ないんです!!

 たぶん!!

 

 ――どうしてわたしがこのアルバム知ったかっていうと、

立命館大学に絶対に入りたい』

 っていう確固たる信念を持った、クラスメイトがいて。

 もちろん名前は明かさないし、性別も明かしませんが、

立命館大学信者』みたいなその子から、アルバムのCDを渡されて、知ったわけなんです。

 くるりって、立命館大学出身のバンドなんですよね。

 だから、その子は当然のごとく、くるりを認知していて、CDも持っていたと。

 …受かるといいですね、立命館大学

 わたしは応援してるよ。

 嘘じゃないよ、

 本気で。

 マジで。

 

 ……、

 え~、きょうは、ゲストコーナーと朗読コーナーは、お休みです。

 

 代わりに、おたよりを読んでいきます。

 

 まず、

 ラジオネーム『セレッソ大阪信者』さんから。

板東さんは、将来どんな仕事がしたいんですか?

 

 お答えします、

 ――まだ早いでしょ。

 言うのは、まだ早いよ、セレッソ信者さぁん。

 まだ、高校2年の3学期でしょ?

 そういうこと打ち明けるのは、焦(じ)らすだけ焦らしたいの、わたし。

 面白くないっしょ。

 セレッソ信者さん、もしかして――、せっかち?

 せっかちなだけじゃ、ガンバに勝てないよ。

 ――すみません、

 Jリーグの力関係とか、良く知らないまま、言ってます。

 知ってるのは、セレッソヤンマーディーゼルで、ガンバがパナソニック、ってことだけ――。

 そうですよね?

 ……そうですよね? って言ったって、だれも教えてくれない状況なわけですが。

 ブースにひとりだし。

 釜本邦茂さんは、どっちのOBでしたっけ??

 教えてくれたリスナーのかたには、タコ焼きおごってあげます。

 嘘じゃないですよー。

 ほんとにタコ焼き食べさせてあげますよ。

 ……そのタコ焼きが、銀だこのタコ焼きであるかどうかは、保証できませんけど。

 

 ――続きまして、

 ラジオネーム『佐倉綾音大好き人間』さん。

 ……覚悟のこもったラジオネームですね。

 

板東さん、ファンです。

 ファンなので……、

 こんど僕と、埼玉県に行きませんか!?

 

 これは――、

 正直、コワいなーっ。

 だいいち、

『埼玉県に行く』って、抽象的すぎるでしょ、あまりにもっ!

 抽象的な、あまりに抽象的な――、

 キミ、

 埼玉県のどこにわたしを連れて行きたいの??

 秩父

 長瀞

 飯能?

 所沢?

 川越?

 大宮?

 浦和?

 

 いったい、どこに……。

 

 コワいよ。

 

 しかもさぁ。

 キミ、『佐倉綾音大好き人間』なんだよね。

 声優さんだよね、佐倉綾音さんって。

 そんなに彼女が好きなのなら――、

 ファンを貫き通しなさいよ。

 

 なんでわたしなんかナンパしてるわけ!?

 二股(ふたまた)!?

 ねえ!!!

 

 あ、そうか。

 声優さんと現実の人間は別腹、ってことか。

 どういう線引きかなあ……。

 

 キミ。

 こんなことでは、キミの将来が思いやられるよ。

 岡村隆史さんだったら、『毒まんじゅう差し上げます』とか言ってるところだけど……これは元ネタ古すぎるか。

 

 オールナイトニッポンってわかる?

 コーナーにハガキ投稿するひとを『ハガキ職人』って言うんだけど、

 あんまりにも酷いネタハガキばっかり送りつけてると、『破門』されてしまったりするんだよ、ハガキ職人

 

 ……キミを、試しに、破門してみようか。

 名誉の犠牲ですよ、これは。

佐倉綾音大好き人間』さん……」

 

 

 

 

【愛の◯◯】伝えてくれた想いは、まっすぐに受け取ってやる。

 

『MINT JAMS』のサークル部屋で、

ギンさんと、いろいろと話していたら、

ノックもそこそこに、

八木八重子が入ってきた。

 

「……ギンさんと、戸部くんだけですか? 来てるのは」

「おやっ」

「おやっ、ってなによ、戸部くん」

「あいにく、今まで、ギンさんとふたりきりだったわけだが――」

「――そう。」

「鳴海さんに――会いたかったのか?」

 

いきなりフリーズ状態になる八木。

 

「こらっ、反応しろ、八木」

 

ブンブンブンブン……と際限なく首を振って、

「ちがうもん、そんなわけじゃないもん」

「完璧に、図星な人間の反応だな……」

おれがそうツッコむと、

そんなことより!

突然の、暴力的なまでの、大声。

「……ビビらせんな」

と、たしなめるおれに向かい、

「戸部くん……きょうって、羽田さん、入試受けてるんでしょ」

おー。

やっぱり、言ってくるかー。

「ああ、受けてるよ。第二志望の学部だとか。気になるか?」

「わたし、羽田さんの先輩なんですけど」

「そうだったな」

「『そうだったな』じゃないよ。戸部くんは、羽田さんの受験のこと、気にならないの?」

「気にしてるよ」

「……心配してる素振(そぶ)りもないじゃない」

「平常心だ、八木」

「平常心、って」

「おれたちが、過剰に心配したって、しょうがないだろ?」

「……朝は?」

「ん」

「朝の様子はどうだったって訊いてるの」

「いつもと変わりない。いつもより元気だったかもしれない」

 

八木は、はぁ…とため息して、

 

「強いんだね、羽田さんも、戸部くんも」

「おれは――『きっとだいじょうぶだ』って、信じてるから」

それと、

「八木が、あいつのことをそんなに気にしてくれてて、うれしいよ」

「――あたりまえでしょ」

「ありがとよ、八木」

 

おれたちのやり取りを見ていたギンさんも、

「彼女なら、絶対に受かるよ」

と、気持ちを込めて、言ってくれる。

「ありがとうございます、ギンさん」

感謝するおれ。

 

× × ×

 

足音がして、

ノックもなしに、どーん、とドアが開かれる。

 

「――なんだよ、ルミナかよ」

「来ちゃ悪い」

「わるかーない」

「じゃあもっと歓迎してよ」

「歓迎してあげる代わりに――」

「?」

「おまえも、愛さんを応援してやってくれ」

「え、入試受けてる、とか!?」

 

「今、受けてる最中なんです、ルミナさん」

おれが言う。

「マジ!? 大変じゃないの」

「大変といえば、大変なんですかね」

ここにいる場合なの戸部くん

「いや、付き添いとか、あんまり保護者的なことは……」

彼氏が付き添っちゃいけない法律なんてないでしょ

「……おそらく」

 

 

× × ×

 

ルミナさんの勢いに圧倒されて、帰ってきた。

きょうは寒いから、あいつが入試から帰ったとき、苦情を言われないように、暖房の設定温度を高めにした。

 

ほかに――あいつのために、しておいてあげたほうがいいこと、なにかあるだろうか?

おれは考えた。

 

考え続けて、

少し、頭がこんがらかりかけていたところに、

あいつ以外のだれでもない足音が――聞こえてきて。

 

朝と変わらない、

元気な様子の、愛が、

おれの眼の前に、やってきた。

 

「ただいま。」

「…おつかれ」

「『おかえり』って、言えないの?」

「ばーか。『おつかれ』が、『おかえり』だ」

「なにそれ」

 

『ほんとしょーがないんだから……』と言いそうな表情も、

きょうは、すぐに、

『ま、いっか』という、微笑みに変わる。

 

「その様子だと……なにごともなかったみたいだな」

「なかったよ。なにごとも」

 

――ということは。

 

えっへん、と、Vサインを、おれに見せつけて、

 

――圧倒的自信。

 

そんなことばで、きょうの入試を、結論づける。

 

きょうだけじゃない。

 

おとといの第一志望の入試にしたって、こいつは、圧倒的自信を感じてるはずだ。

 

つまり、

「乗り越えられたみたいだな――受験を」

「気が早いよ、アツマくん」

「ひと段落したことは、たしかだろ?」

「――それもそうね」

 

ふぅ。

 

「なぁ、寒くないか? もっと暖房、効かせてやろうか」

「いつになく、気くばりね」

「……べつに」

 

愛はおれに近寄って、

「ね、今晩、わたしの部屋で、打ち上げしようよ」

「打ち上げ? 受験の?」

「そ」

「あんまり夜ふかしはイヤだぞ。あしたおれ、バイトだし」

「夜ふかしなんかしないよ」

「約束だぞ」

「うん♫」

「……素直だな」

「利比古とあすかちゃんも呼んで、マッタリやろうよ」

「それがいい、それが」

「決まりね」

 

 

――部屋に上がっていこうとする愛に、

「なあ」

「どしたの?」

「……おつかれさまでした」

「……さっきも言ってくれたじゃないの」

「いや、あらためて」

「あらためて、か。

 わたしのほうからも――、

 ありがとう、ずっと受験、見守ってくれて」

「まだ合格発表がある」

「こまかいなあ、アツマくんは」

「――、

 これからだって、おまえのことは、見守っていくから。

 ずっと。」

「――カッコいいこと、言っちゃってぇ」

「笑いやがって」

「笑いどころでしょ、ここは」

「本気だっ! おれは」

「……うん。

 ほんとは、わかってる、本気だって」

「ったく」

「ふてくされないでよ」

「とにかく、おまえは……ゆっくり休めっ!!」

「わかった、わかった」

 

休め、って言ったのに、

なぜか、おれのところに戻ってきて、

「……アツマくん。」

「ど、どうしてこっちきた」

「……あらためて、あなたに感謝したくって」

「え」

ありがとう……。

 これまでも、いまも、これからも、

 ありがとう

「――わけわかんねえ」

「わけわかんなくても、いいから。

 受け取って。わたしの『ありがとう』を」

 

そう、お願いする愛を、まっすぐにおれは見て、

 

成長したんだな――こいつも、って、

 

そう、素直に感じたから、

 

わかった。受け取る。

 

迷いなく、はっきりと――そう答えた。

 

 

 

 

【愛の◯◯】もっとずっと、人間らしく。

 

きょうで、私立の受験も、一段落した。

まだ、本命の国立が、残ってるけど。

 

「さて――、どうしようかな、このあと」

まっすぐ帰宅…も、なんだか物足りない気がして、

アタシは受けた大学の入口で迷っていた。

 

――そうだ。

桐原高校は、ちょうど放課後が始まる時刻。

 

行ってみようか。

あの場所に。

いや、行ってみようか、じゃない。

行くしかない。

 

気づくと、桐原の最寄り駅に向かうために、アタシは地下鉄に乗り込んでいた。

 

 

× × ×

 

オンボロの旧校舎。

アタシを待ち遠しがっていたのかもしれない、旧校舎。

 

「――来たよ。」

 

旧校舎の階段をのぼる。

【第2放送室】は眼の前。

明かりが灯(とも)っている。

アタシ以外、全員集合してるはず。

 

ゆっくりと、ドアノブに手をかけ、回す。

――ドアを開くと、後輩3人が、やっぱり来ていた。

 

なぎさ、

黒柳(クロ)、

……羽田。

 

……羽田に視線が行ったとたん、アタシの胸がドクン! と高鳴る。

 

「麻井先輩」

羽田のほうから、呼びかける。

「ぼく、待ってました……麻井先輩のこと」

 

体温を下げようと思っても、

自力で下げることはできない。

人間は、そういうふうにできている。

 

「必ず、卒業までに、KHKに、来てくれるって。ぼくは思ってました」

羽田は――無邪気に――アタシが来ることを、期待してたんだ。

羽田はたぶん、なんにも気づいてないけれど、

羽田のことばを、受け止めるごとに、

アタシは――冷静でなくなっていく。

 

「…じゃあ感謝してよね」

そっけなさを装って、羽田からプイ、と顔をそむけ、

ミキサー脇の『指定席』に座る。

 

ごめん……羽田。

いつもアタシ……突っぱねてばっかで。

この期に及んでも。

バカだよね。

 

× × ×

 

もっとちゃんとしなきゃ。

ケジメ……っていえばいいのかな。

残された時間は、もうほとんどない。

 

この気持ちを――宙に浮かせたまま、羽田と別れてしまったら、

ぜったい後悔するし、ぜったい今より苦しくなる。

 

どうすればいいんだろうか?

頭の中は、グジャグジャ状態。

まとまりがつかない。

 

こころの迷路をさまよっていた。

眼の前で後輩トリオが話し合っているのが……聴こえないぐらいに。

 

「麻井先輩、どうかしましたか?」

羽田に声をかけられて、アタシはハッとなる。

「どうも……してないけど」

「悩んでるような、顔だったんで」

 

羽田、コイツは……、

アタシの気も、知らないで!

 

吐き捨てるようにアタシは、

「なに話し合ってたか、教えてよっ」

「え? 聴いてなかったんですか? ランチタイムメガミックス(仮)の――」

「羽田くん」

なぎさが、羽田をさえぎった。

「『聴いてなかったんですか』なんて、言っちゃダメだよ。麻井さん、入試で疲れてるんだよ」

「――そうでした。問いただすような言い方で、すみませんでした、麻井先輩」

 

なぎさ……、

いいよ……そんな配慮は。

 

「聴いてなかったアタシも、悪いから……。

 それで、ランチタイムメガミックス(仮)の、なにを話し合ってたわけ」

「いいかげん正式タイトルを決めちゃおうと思って」

答えたのは、なぎさだった。

「どうせわたしが単独パーソナリティだし、

板東なぎさのナギナギラジオ

 とか、いいんじゃないかな~~、って」

「――なぎさが前面に出すぎじゃないの、それ」

 

× × ×

 

「ボクシング中継番組、ほとんど出来上がりましたし、ぜひ今度麻井先輩にも観てもらいたいと思ってます」

そう言ったのは、羽田。

反射的に、

「今度――か。」

ほとんど独り言同然にアタシが言うと、

「先輩は、いつが都合いいですか? やっぱり国立の試験が終わったあと――」

「あのね羽田っ」

「――?」

「この際だから、クギをさしておくけど」

「??」

「鈍感と無神経さが、アンタの最大の欠点だよ」

「……はい。」

恐縮そうな顔になってる。

自覚が、芽生えてるのかもしれない。

 

眼の前の羽田が――微笑ましい。

微笑ましいどころか――可愛い。

その可愛さで、胸がくすぐったくなって――、

あれっ――、

アタシ変だ。

思考回路が、変だ。

 

…軌道修正したくて、

「2年のふたりにも、ひとこと言っておく」

羽田のことは考えまい…と努めながら、

「まず、なぎさ」

「なんですか? 麻井さん」

「アンタは、突っ走りすぎて、男子ふたりを置いてけぼりにしないように」

「はい」

「それが、会長の務めだよ」

「承知しました」

「次に、クロ」

「……なんでしょうか」

クロの陰気な声。

こういう点も、直してほしいけど、

「ハッキリ言って、クロは影が薄すぎ」

「はい……」

「なぎさと並んで最高学年なんだから、もっともっと目立ってよね」

「了解です……」

「ほんとに了解してんの!?」

「ほんとのほんとです、先輩……」

ヘナヘナなクロ。

いささかの不安。

まあ――言いたいことは、言った。

 

 

× × ×

 

 

次は、あの空間に、【第2放送室】に、いつ行くべきだろうか。

 

自分の部屋の天井を見ながら、考える。

 

 

……ふと、思った。

羽田の顔を久々に見て勝手にドキドキしてたアタシだけれど、

当のアタシは……どんな顔だっただろうか。

 

笑えてた?

ぎこちなくなかった?

素直な感情を、顔で伝えられていた?

 

その自信は……まったくない。

 

 

ベッドから出て、姿見とにらめっこする。

いや、にらめっこしてはいけないんだ。

自然な顔を、姿見に映そうとする。

 

……やっぱり、なんか、ギスギスしてる。

そんなアタシの顔。

もっと柔らかくなりたい。

もっと優しさを、人に示したい。

 

そう。

もっと、もっと、人間らしさに溢れた顔に、アタシはなりたい。

感情豊かになりたい――それだけがアタシの願望。

攻撃的な態度で、自分も他人も傷つけていた、そんなアタシにおさらばしたい。

ネガティブな過去のアタシを振り払って、

ポジティブすぎるぐらいポジティブに、アタシを解き放ってみたい。

 

とりあえず――、

うまく笑える、練習をしよう。

 

 

羽田の前で、

じょうずに笑うことができたら、

アタシ、

思い残すことは――なんにもない。

 

 

 

 

【愛の◯◯】Vサインと、腕相撲。それから、『彼』の部屋で――いろいろと。

 

第一志望学部の入試――、

 

を、終えて、帰ってきた。

 

 

流さんがいる。

「愛ちゃん。おかえり」

「ただいまです」

「きょうが、第一志望……だったよね」

「ハイそうです」

「とりあえず、お疲れさま」

「ありがとうございます!」

わたしは元気にハキハキと言う。

 

おそるおそる……といった感じで、流さんが、

「その……手応えは?」

と訊いてきた。

 

来たか~。

 

わたしは、

右手でVサインを作って、流さんに突き出す。

 

バッチリです!

 

――流さんは、ホッとした顔になって、

「きみは――やっぱり、すごいよ。」

 

ですよね??

 

 

× × ×

 

「試験の感触は、上々みたいだね」

 

夕食後、利比古の部屋で、利比古とくつろいでいる。

 

「でも、まだ入試は、残ってるんでしょ?」

「まだ、ね」

「まだまだ、がんばらないとね、お姉ちゃん」

「そうね。だけど、一度入試受けたら、入試の感覚に慣れた。だから、大丈夫だよ」

 

そう言って、熱いコーヒーをググッ、と飲む。

 

利比古が、

「夜にコーヒー飲んで、眠れなくなんないの」

「そんなことないよ。それにこれは、景気づけも兼ねて」

「タハハ…」

 

コーヒーで気を良くしたわたしは、

「ねーねー、利比古ー、お姉ちゃんとあそぼーよ」

「…? なにするつもり」

向かいの利比古をまっすぐ見て、

「腕相撲……しない?」

 

「ええ……」

 

「どうしてそこでうろたえんのよ」

「だって……」

「『だって……』じゃわかんないよ」

「……だって、お姉ちゃん、豪腕だし」

 

……そんなふうに思ってたの……? わたしのこと

 

「とつぜん悲しそうな顔にならないでよっ」

「――と、利比古だって、前より握力強くなってるでしょっ。わたしのワンサイドゲームにはならないって」

 

渋々、

「わかったよ。やってもいいよ。お手柔らかに」

 

右手と右手を組み合わせる。

わたしの「せーーのっ!」で試合開始。

抵抗する利比古。

懸命に食い下がる利比古。

そんな弟を――姉のわたしは、ねじ伏せる。

 

「――アツマさんにも、勝てそうだな」

弟はそんな感想を漏らすが、

「アツマくんには――勝てないよ」

「やる前から決めつけるなんて。らしくないよお姉ちゃん」

ふふふん♫ とわたしは笑って、

「利比古」

「なに?」

「あんたに、ハンドマッサージ、してあげる♫」

「な、なんで」

「なんでも、よ。…腕相撲も、痛かっただろうし」

「大丈夫だよ、ぼくは…」

姉がせっかく『してあげる』って言ってるんだよ

「……」

 

× × ×

 

「はいっ、だいぶ癒やされたでしょ♫」

「…ありがと。」

「素直な感謝がうれしい、はぁと」

「はぁと、って…」

「ハートマークの代わり」

「?」

 

もう1回、ほぐしてあげてもいいんだけど。

 

わたしは、おもむろに立ち上がって、

「――アツマくんの部屋行く」

「せわしないね、きょうは……」

部屋のドアに近づきながら、

「利比古ぉ」

「なに? こんどは」

「夜ふかししちゃダメよ」

「……そのことば、そっくりそのまま、お姉ちゃんに返すよ」

 

返されちゃった。

てへ。

 

× × ×

 

アツマくんのベッドの、真ん中へんに座っている。

「――ベッドに座るのが、定番化してきたな」

「定番化って。前からでしょ?」

「ん、そーともいう」

「適当ね」

 

脚をバタバタさせながら、わたしは、

「しっかり受けてきたよ――入試」

「そうみたいだな」

「――もっとわたしに関心持ってよ」

「なんじゃそりゃ」

「わたしの受験が気にならないの?」

「ならない――わけがない」

 

じゃあ、なんであさっての方向、向いてんのよ。

 

「冷たいわねぇ」

「……」

「バイト先でなんかあったの? 失敗して、こっぴどく叱られた、とか」

「んなわけない」

「なら、どうしてそんなつれない態度なのよっ」

「……」

「アツマくんっ!」

「おれは……」

「……?」

「おれは……、次に行きたいラーメン屋のことを考えていた」

 

……ことばも出ない。

 

しかし……ノーコメント、というわけにもいかず、とりあえず、

「どうしようもないわね、あなた」

と罵倒を開始する。

「どうしようもなくバカ。そのひとこと」

 

……『ご苦労さま』のひとことすらも、まだ、言ってくれてないじゃない。

『ご苦労さま』とか、『お疲れさま』とか、『よくがんばったな』とか、

いちばん言ってほしいのは……アツマくんなのに。

 

静寂と、沈黙。

 

ケンカするために、彼の部屋に来たわけじゃないのに。

 

落ち込みかけていると、

いきなり、

アツマくんが、勉強机の椅子から、ガバーッ! と立ち上がった。

 

ベッドに座るわたしの、左隣に腰かける。

腰かける位置が、いつもとは違う。

 

わたしの右肩に手をかけ、

自分のほうに、引き寄せるアツマくん。

 

彼の温かみを感じながらも、

「――遅いよ」

とグチるわたし。

「最初から、もっとひっついてほしかった」

彼はそっけなく、

「そんなに、おれのからだ、好きなのか?」

「…エッチ。スケベ。」

「スキあらばスキンシップ、だろ、おまえは」

「好きだから、スキンシップ」

「ぐいぐい来るよな」

「なにそれ」

 

ゆっくりやんわりと、身をほどき、

ベッドの上に正座する。

アツマくんと向かい合ったかと思うと、

こんどは自分から、彼のからだを抱き寄せていく。

 

「……寝るのは、ナシだぞ」

「なんでよ」

「受験生だろうが、おまえ」

「言ってることのピント、ずれすぎ」

「人間の3大欲求は――」

そこまでっ!!

「――」

「言って良いことと、悪いことがあるでしょ?」

「……たしかにな」

「年齢制限付きのブログなんて、本末転倒でしょ」

「……あのなあっ」

「わたしは、ただ……」

アツマくんの上半身に、ぐぐぐっ、と身を委ねていき、

「あなたに……『入試、ご苦労さま』って、そういうことを、言ってほしかっただけ」

彼の胸の中で、打ち明ける。

「そっか」

『やれやれ、しょうがねーなあ』という彼の気持ちが伝わってくる。

そして――結局、

「ご苦労ご苦労。よくがんばりましたで賞」

と、わたしを抱きとめながら、彼は言ってくれるのだ。

 

「…ありがとう」

胸の中で、むにゅむにゅとつぶやくわたし。

アツマくんは、

「まだ、受ける学部、あるんだろ。次は――明後日だっけか」

「よく知ってたわね」

「たまたまだよ」

「そんなこと言わないで。…怒っちゃうよ?」

「ぜんぜん怒る気配はないが」

たはっ、と笑って、胸の中に埋(うず)めていた顔を上げて、上目づかいでアツマくんを見る。

わたしは彼にこう言う。

「よくわかってるじゃないの……わたしのこと」

すると、彼は――ほっぺたを少し赤くして、わたしからちょっぴりと、眼をそらしてしまう。

――照れているのだ。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】中村『名誉部長』は、そこらへんの男子とは格が違います!!

 

「加賀くん」

将棋盤とにらめっこしている加賀くんに、声をかけた。

でも返事がない。

将棋の世界に、閉じこもってるみたいだ。

「加賀くーん」

再度、声をかけてみる。

でも、反応してくれない…。

加賀くんってば!

三度目の、正直。

声を張り上げたので、さすがに気がついたみたいだ。

「…どうしたんだよ」

怪訝そうな眼で見てくる加賀くんだったが、

「わたし、3回もキミの名前を呼んだんだけどな」

と、たしなめるように、言ってみる。

「なんか用か」

「なんか用か、じゃないよっ」

手招きの仕草をするわたし。

「なんだよ……わざわざそっちに来いってか。

 お説教か?」

「違うよ」

「お説教じゃなきゃ、なんなんだよ、いったい」

「早く来てよ」

 

この上なく面倒くさそうに立ち上がる加賀くん。

わたしのもとに、やってくる。

 

「――加賀くんにプレゼントがあります」

「プレゼント?」

「――そんなに疑り深い顔しなくてもいいのに」

「してねぇよ」

「ふ~ん」

「……」

「きのうは、なんの日だった?」

「バレンタインデー……」

「うん、そうだよね」

「きょうは違うだろ。もう終わったことだろ、バレンタインは」

「甘い」

「は!?」

「甘すぎ」

 

かばんをまさぐって、チョコが入った袋を取り出す。

 

「あいにく、将棋の駒の形に作る技術は、わたしにはなかったけど」

「……くれんの?」

「キミにあげないと、フェアじゃないでしょ」

「フェアじゃない、って」

「とにかく! 黙って受け取って」

 

黙って受け取る加賀くん。

受け取った袋を、まじまじと見つめていたと思ったら、いきなり、

 

「――いま食っていいか?」

 

…なんでよ。

 

「なんでよ」

「その……正直、家に持ち帰りたくないし」

 

あのねー。

 

「持ち帰ったら、不都合があるっていうわけ?」

「……そうともいう」

 

どっちつかずの態度。

良くないっ。

 

「わかったー。

 お母さんに……見つかるのが、コワいんでしょ」

「……そうともいう」

「加賀くん、高校1年生だよね? 中学1年生じゃないよね?」

「なにが言いたい」

「お母さんにチョコが見つかって恥ずかしがる年齢でもないでしょ」

「……っるさいっ」

 

顔をそむけて、チョコをバクバク食べ始めてしまった。

 

わたしは、不満。

 

× × ×

 

「……あ、お母さん?

 きょうの晩ごはん、わたし、食べて帰るから。

 よろしくね」

 

× × ×

 

――腹いせに向かった先は、『笹島飯店』。

 

「月曜の夜に来るなんて珍しいね。しかも、あすかちゃんひとりで」

お冷やを置きつつ、マオさんが言う。

わたしは――、

「ムカつくことがあったんです」

「ふぅん?」

「――とりあえず、ラーメンとギョウザを」

 

× × ×

 

だめだ。

満たされない。

 

カロリーオーバーなのは、わかっていても。

 

「マオさん」

「お冷や?」

「違うんです」

「え」

「追加で……チャーハンをください」

「えっ」

 

× × ×

 

チャーハンを持ってくるマオさん。

『こりゃ、よっぽどなにかあったんだわ……』という顔つき。

 

「……あすかちゃん」

「お代はちゃんと払いますんで」

「……そうじゃなくってね」

「はい」

「そのチャーハン、食べたらさ、

 わたしと少し……お話しようよ」

「――そのつもりでした」

「エッ」

 

× × ×

 

「もらったばかりのバレンタインチョコを、その場で全部食べてしまう男の子が、地球上のどこにいるっていうんですか。

 しかも、手作りだったのに!!

 あんな目に遭(あ)ったら、女の子はだれだってヤケ食いしたくなりますよ!!

 そう思いません!? ――マオさん」

「ヤケ食いは……どうかな」

苦笑するばかりの、マオさん。

 

マオさんの部屋にお邪魔している。

途中でお店を抜けても大丈夫だったらしい。

なにがあったか、話してごらん……と。

 

「さいきん、男子にフラストレーション感じることが多いんです。

 とくに、学校の男子!」

「加賀くん以外にも?」

「――となりの席の、児島くん」

「ほぉ」

「チャラいし、無責任だし、頭悪いし、それに……」

 

……具体例を交えながら、児島くんがいかに悪質かを、ひたすら説明していたら――ちょっと、疲れた。

 

「そのへんにしとこうよ」

聞き役に徹しているマオさんに、なだめられる。

「悪口ばかり言うのも、アレだけど――、でも、グチらなきゃ、気が済まないんだよね」

わたしは首を縦に振る。

「……加賀くんと児島くんで、グチは終わらなくて」

「――まだディスりたい男子がいるの?」

「いるんです。

 ミヤジ……宮島くんだから、『ミヤジ』なんですけど、彼の文章力が、最悪」

「文章力??」

「最悪、は、言い過ぎかもしれないけど――校内スポーツ新聞にコラムを書いてくれたのは助かるんですけど、肝心の文章が」

「ヘタなの??」

「ヘタな文章なら、まだいいんです。『文法』がおかしいんですよ、ミヤジの文章!!」

「日本語になっていない、ってこと?」

「マオさんは理解が早くて頼もしいです。――ミヤジの文法の誤りを直すだけで、どれだけ時間がかかったか!!」

「――ま、日本語書くのがヘタな男の子だって、たくさんいるもんだよ」

「あきらめるしか、ないんでしょうか……」

「ん~」

 

なにかを思い出したような表情になって、おもむろに、

 

「ソースケは――違ったよね」

と、中村『名誉部長』の名前を出してくるマオさん。

たしかに、そうなのだ。

中村さんは、違うのだ。

「中村さんは――違いました。彼の書く日本語は、男子とは思えないほど、ちゃんとしていました」

「なにが違うんだろうね」

「わたしの兄も見習ってほしいぐらい――ちゃんとした文章を書いてましたよ」

「そこでアツマさんを引き合いに出さなくても」

マオさんは苦笑するのだが、

「――中村さんの能力を、もっと認めてあげてください。マオさん」

「能力を、認める――」

「だって、」

「だって……?」

「好きなんでしょ?」

……唐突。あすかちゃん

 

× × ×

 

「いけない! ソースケにきょうまだ電話してなかったっ」

「いま、かけてみれば」

「えぇ……いまは、ちょっと」

「どうしてですか」

「ほら……あすかちゃん……部屋に、いるじゃん?」

「あーっ」

「どうしよっかなあ……」

「押入れに隠れてましょうか? わたし」

ドラえもんごっこはダメ

「じゃあ、電話のあいだ、わたしはお店の手伝いを――」

「それもダメ」

「――労働基準法的な?」

「そうじゃないけど、ダメッ」

「バイト代とかべつに要りませんよ」

なおさら、ダメッ! タダ働きなんて、お姉さん許さない

「……厳しい姉だ。」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】チョコは魚じゃないけれど

 

タブレット端末でYou Tubeを視(み)ていたら、あすかさんがやってきた。

 

「利比古くんだ」

「あすかさん」

「利比古くん…」

「?」

「きょうも、オタク活動に余念がないね」

ゆ、You Tubeはオタク活動じゃないですっ

 

やれやれ……といった表情が、

やがて、柔らかく、穏やかな笑顔になって、

「ねえ」

と呼びかけるように言ったかと思うと、

「これ」

と――、彼女は、

バレンタインチョコを――差し出してくれる。

 

「なにが入ってるか、わかるよね?」

はい、わかります。

「バレンタインのチョコ以外に――考えられませんよね」

「そゆこと」

「――ありがとうございます」

「どーいたしまして」

「手作り……ですよね?」

「そこは疑ってほしくなかった」

「タハ……」

「『タハ……』じゃないよ。おねーさんには作り方、ある程度教えてもらってたけど、今回はほとんど自力だったんだから」

「姉は…チョコレート作りどころじゃ、ないですもんね」

「そーゆーことだよ。

 今回は、おねーさんの気持ちも込めて、作ったの」

「お姉ちゃんの、気持ちも…」

「だから、ふたり分のチョコレート」

「なるほど……」

「納得してくれるならうれしい。大事に食べてね」

「いま、じゃ、ダメですか」

「ええええ、いきなり!?」

新鮮なうちに……

チョコは魚じゃないでしょっ!!

 

× × ×

 

「やれやれ」

「……すみません。無神経で」

「……」

「どうか、しましたか?」

「――、

 1個なら、1個なら、食べてもいい」

「や、やったぁ」

 

袋から、1つだけチョコを取り出して、食べた。

甘い。

 

「――ぜんぶ食べたあとでさ、」

「なんですか?」

「感想文、書いてほしい」

 

えっ……。

 

「いわゆる……『食レポ』的な?」

「利比古くんの、舌と表現力を試したい」

舌と、表現力。

「字数無制限だけど、長文のほうがわたしは評価する」

「ずいぶん、無茶振りのような…」

「そりゃー無茶振るよ。利比古くんだもん

「そんな」

「チョコの鮮度がどうとか言ってるだもん、あたりまえだよね」

「……。期限は?」

「決めてなかった」

あすかさんっ!

 

姉の……影響もあるのかな。

気まぐれだ。

 

× × ×

 

テーブルにチョコの袋を置き、引き続きタブレットYou Tubeを視ている。

 

あすかさんは一旦部屋に帰って、ゆるキャラ『ホエール君』のぬいぐるみを携えて、再びリビングに戻ってきた。

 

ふにふに、とホエール君をひざの上でいじっているあすかさんに、

「そのホエール君は、1号ですか、2号ですか」

「1号」

「…なるほど」

「なにが…なるほどなのかな」

「不穏な口調にならないでください」

 

「ふぅ」と彼女はため息をついて、

「しょうがないなあ、利比古くんは」

「…きょうも、しょうがないなあ、って言われてしまいましたね」

「そんなに毎日言ってる!?」

「毎日、なんて、ひとことも言ってませんから」

「紛らわしいよ」

 

ぽす、とホエール君1号を手前のテーブルに置き、

「――このホエール君1号にはね、『青春』が詰まってるの」

「『青春』とか……また突拍子もない」

ぼくのツッコミを例によってスルーし、

「夏の思い出。

 甘酸っぱい感情。

 わたしだけじゃない、人の想い……。」

あいにく、さっぱり意味がわからない。

なにを言わんとしているのか。

 

「――チョコは、アツマさんや流さんにも、あげたんですか?」

流れを変えたくて、訊いた。

しかしながら、

「もうちょっと、ホエール君で、あそぼうよ」

いや……質問に答えてくださいよ。

しかも、なぜに5・7・5的なリズムで、話すのか……。

「…あげたよね? ホエール君。お兄ちゃんにも、流さんにも」

いや、ホエール君に向かって確認する必然性、ゼロですよね。

ラチがあかないままに――、

「ちゃんと、あげたってことですね」

「あ・た・り・ま・え」

「そんなに不満そうな眼にならなくったって」

「む~~」

「『む~~』は、余計な気が」

利比古くん厳しすぎ!!!

「……」

「また、そうやって黙り込む」

 

だれか助けて……と思い始めた矢先、

 

『利比古にパワハラかぁ? 良くないぞー』

 

ア、アツマさん。

救いが――!

 

「物騒すぎるよ、お兄ちゃん。わたしは、ただ――」

「ただ――、なんだ?」

 

無言でホエール君1号に視線を落とすあすかさん。

 

「利比古を、もっと大事に、してやんな」

これもまた、5・7・5のリズム。

さっきのあすかさんの「もうちょっと、ホエール君で、あそぼうよ」といい、川柳の才能に恵まれた兄妹なのだろうか。

――もとい!

 

「アツマさん、あすかさんは、おおむね、いつもどおりだと思います」

「そうかあ??」

「ただ、いつもと違うのは、きょうがバレンタインであることで、たぶんそのせいで、微妙にテンションの違いが――」

利比古くんの、無理くり理論!!

 

……わぁ、びっくりした。

 

「バレンタインだからって、いつもと同じでしょっ。きょうがバレンタインであることは……たしかだけど」

「あすか」

「なにお兄ちゃん」

「日本語崩壊を、おれは見た」

「バ、バカ兄(あに)」

「――めちゃくちゃなことを言ってるのは、おまえのほうだぞ、あすか」

ううううう

「せっかく――国語の成績、おれよりいいんだからさ」

最高点、85点!!

 

……そう、謎のことばを言い放ちながら、

あすかさんはキレて、ティッシュの箱をアツマさんに投げた。

 

 

× × ×

 

あとでわかったことだが、

アツマさんは、あすかさんからチョコをもらったら、速攻でぜんぶ食べきってしまったらしい。

「おれは食べるのが早くてさ」とは、本人の弁。

 

バレンタインチョコとの向き合いかたの――多様性か。

Diversity。

 

 

 

 

【愛の◯◯】美人なだけじゃ……こんな素敵な笑顔には、なれないから

 

長い春休み、例によって喫茶店『リュクサンブール』でバイトに励(はげ)んでいる。

きょうは土曜日。

早めに上がらせてもらったおれは、邸(いえ)に帰る……前に、愛と合流するため、約束の場所に向かっていった。

 

約束の時刻から5分遅れて愛はやってきた。

 

「遅刻だぞ」

「そうだっけ?」

「そうだよ」

「ぜんぜん気がつかなかった」

おいおい。

「ずいぶんと時間にルーズだな」

「そう見える?」

「見える」

「ひどい」

「ひどくねえ」

「……きょうは遅れちゃったけど、いつもこんなふうじゃないもん」

「ほんとかよ」

「アツマくんじゃなかったら、もっとちゃんとするし」

……どうしようもねえ。

もう、遅刻を咎(とが)めるのもバカバカしくなった。

 

「とりあえず、お疲れさま、アツマくん」

「あんがと」

「あのさ……」

「なんだよ」

「寄ってみたいお店が……あるんだけど」

「どこだよ」

「『メルカド』っていう喫茶店なんだけど」

「――おまえの学校の近くにある喫茶店だっけか」

「よく知ってたわね」

「知ってるよ、それぐらい」

「さすが」

「だろぉ?」

「知ってたのなら、おごってくれるよね」

 

……意味不明な理屈をっ。

 

「ね、いいでしょ。――卒業しちゃったら、学校の近くに、なかなか行けなくなるかもしれないし」

「いまじゃなきゃ、ダメなのか?」

「いましかないのよ。受験始まっちゃったら、行くヒマなくなっちゃうでしょ」

たしかに。

愛の受験は、目と鼻の先。

「――『メルカド』に通えなくなるのが、名残惜しいのな」

「そういうこと」

「わかったよ――おまえの頼みなら」

「やったぁー」

「ただし、おごるかどうかは別だ」

「……」

 

× × ×

 

 

電車に乗って、愛の学校の最寄り駅に移動し、

誘導されるがままに、『メルカド』にたどり着く。

 

 

席につくなり、店員さんが、

ブレンド?」

と愛に尋ねる。

「はい」

と答える愛。

完璧、常連じゃねーか。

 

店員さんが、おれの顔を見て、微笑む。

『微笑ましいな』といった感じで、微笑む。

そして、

「のちほどおうかがいしますね」

と言って、やっぱり微笑む。

 

 

……おれはメロンクリームソーダを注文した。

 

 

× × ×

 

「すごいもの頼んだわね」

どういうリアクションか。

「……メロンクリームソーダを頼むのにも理由がある」

「どんな?」

笑いながら訊くな。

「あのなーっ、バイト終わりで疲れてんだ、おれ。だから甘いもの補給したいんだよ」

「それでメロンクリームソーダなんだぁ」

だから笑いながら訊くなってば。

 

ブレンドコーヒーとメロンクリームソーダがめでたく到着した。

メロンクリームソーダを見るなり、ブレンドコーヒーのことはそっちのけで、眼をキラキラさせて、

「少し……飲ませてくれない?」

とワガママを全面に出して言う愛。

――どアホがっ。

おれは、きっぱりと、

「おまえには絶対飲ませない。おまえが炭酸に酔うと、どんだけヤバいことになるか」

チエッと愛は舌打ちして、

「ケチ」

取り合わず、緑色の液体に浮かぶアイスクリームに、おれがスプーンを持っていくと、

「ケチんぼ」

と再度不平を言う。

 

愛に炭酸、ダメゼッタイ。

なぜなら、愛に炭酸飲料を与えると、酔っ払ってしまうからだ。

不可解な体質ではある。

非科学的な原理で、炭酸に酔っ払う――とも言えなくはないが、

それにつけても、

ダメゼッタイ、である。

ダメなものはダメなのだ。

世の中にはどうにもならないものもあるってことを、そろそろ受け容(い)れてもいい年頃じゃないのか、愛?

なあ。

そうだろ?

……、

ちなみに、愛は、カフェインには、めちゃくちゃ強い。

 

「――なんでそんなコーヒー好(す)きなんだ」

「好きだから、好きなのよ」

…コトッ、とコーヒーカップを置いて、答える愛。

いつものように、ブラックで飲んでいる。

――ところで、

奇妙なたとえだが、

なにも入れないコーヒーは……、

まるで、

なんの薬味もつけずに食べる豆腐のようなもの、

だとは、思わないだろうか?

思いませんか!?

思わないですか!?

――すみません、脱線して。

やっぱり、なんでもないです。

もちろん、愛にもこんなことは、話さない。

 

今回、地の文がずいぶんと無駄口だが、

……、

いろいろと、気を取り直して――、

 

「ケーキ、ほしくないか?」

「え!? いきなりなに」

「ほしいだろ?? ほしいよな??」

「だ、だからその勢いなに」

「――おごってやるって言ってんだよ」

 

そのことばに、びっくりしたみたいに、

 

「おごってくれないかと――思ってた」

と言う愛。

「景気づけだよ」

「景気づけ?」

ケーキだけに」

「……また、そうやって無理やり、こじつけるんだから」

「っるさいっ」

「ダジャレ魔ね、アツマくんは」

るせぇっ。

「――激励の気持ちを込めておごるんだ。素直におごられてくれ」

「……ヘンなの」

「どこがだ」

「あなたの……日本語。ねじれてる」

 

ねじれてる、って、なんだよ。

 

ただひとつ、言えるのは、

「ヘンなの」と言いながらも、「ねじれてる」と言いながらも、

愛の顔は、楽しそうに笑っていて、

その笑い顔を――どう表現すればいいか、

素敵な、笑顔なんだけども、

『素敵だ』って思うことが、おれにはこっ恥ずかしくって、

それでも、

美人なだけじゃ……こんな素敵な笑顔には、なれないから、

愛の、卑怯なまでの魅力に降参したおれは、

ショートケーキに加えて――、コーヒーももう一杯、注文してやったのだった。