【愛の◯◯】あすかの義理チョコ

 

「あすか~、本ばっか読んでないで、こっち向いてくれよ~」

朝から、となりの児島くんが鬱陶しい。

「――なんの本読んでんの?」

夏目漱石の『三四郎』」

「ふ~~ん」

なんの興味もないみたいに言う。

児島くんにとって、『三四郎』といえば、お笑いコンビの三四郎のことなのかもしれない。

いや、かもしれない、ではなくて、その可能性が濃厚。

「なー、あすか」

「いいかげん、うるさい」

文庫本をパタンと閉じて、

「…『明後日はバレンタインデーだよね』とか、言ってくるつもりだったんでしょ」

「お、どうしてわかった?」

「そして…『学校でもらうなら、きょうしかないんだけどな…』とか、『さぐり』を入れてくる腹づもり」

「だって、バレンタイン日曜だし。2日前倒し、ってやつ?」

「どうせ児島くんは、いっぱい女子にチョコをもらえるんだろうけど」

「けど?」

 

わたしはおもむろにカバンから『例のもの』を取り出して、

 

「これ、なんだかわかるでしょ」

「これは、もしや」

「義理チョコ」

オレにくれんの!?

「声……大きすぎ」

 

窓際の方向にそっぽを向きながら、

『早く受け取ってよ……』と促すように、義理チョコを差し出す。

 

「うわ~、うれしいな~~」

「言っとくけど」

「――なにを?」

「となりの席だから、あげたんだよ。児島くんは運が良かった」

「ラッキーボーイじゃんか、オレ」

「……100パーセント『義理』ってことだけは、忘れないで」

「了解!!」

「……ほんとに了解してるの?」

 

× × ×

 

来年は、たぶん児島くんに義理チョコをあげることは、ないだろう。

よかったね児島くん。

おそらく一生で一度の、わたしからの義理チョコだよ――。

 

 

そんなこんなで放課後。

スポーツ新聞部の活動教室。

 

「加賀くん、もうすぐここに、『特別ゲスト』がやってくるから、期待してよ」

「だれだよ、ゲストって」

「あー、でも、今回は女の子じゃないから、加賀くんドキドキワクワクしないかー」

「なんだそれ」

「もっとガッカリしてよ、『女の子に来てほしかったー!!』って」

「おれそんなこと言わねーよ」

 

ガラッ、と、活動教室の扉が開いた。

 

「……来たぞ」とぶっきらぼうに言う『特別ゲスト』。

「ようこそ、ミヤジ」と、わたしは『ミヤジ』こと宮島くんを出迎える。

 

「……ふたりで部活、してんのか?」

「あいにく」

「部員ふたりで、よくあんな分量の新聞作れるな」

「ありがとう、ホメてくれて。でも、正直、人手不足」

「それで――、僕の手も借りたかった、ってか」

「そゆこと」

 

わたしの座ってる席に突き進んで、

「ほらよ」

と、わたしが依頼した野鳥コラムの原稿を置く。

「締め切り守ってくれて、ありがとう」

「文章に間違いがあったら、遠慮なく直してくれていい」

「ミヤジ……、いい人だ」

「そうか?」

「児島くんとはぜんぜん違う」

「児島は関係なかろう」

わたしはフフッ、と笑って、

「はい、約束通りの図書カード」

と、500円分の図書カードを手渡す。

「…これも、馬鹿にならない出費だっただろうに」

「と、思うでしょ」

「?」

「わたしのお母さんにね、」

「お母さん、?」

「『図書カードちょうだい!』って言ったら、いつでもくれるの」

「――なんじゃそりゃ」

「お母さん、無限に図書カード持ってるみたいで」

「どんなお母さんだよ…」

「不思議でしょ?」

 

出版関係者だから、そこはね……と、こころのなかでつぶやいてみる。

 

それはそうと、

「ところで、」

「ん? どうした」

「まだ渡したいものがあって」

「なにを?」

「――鈍感だなあ」

「は」

「――コラムを書いてくれたお礼は、図書カードだけじゃないの」

 

かばんから、ガサゴソ、と『あれ』を取り出すわたし。

 

「はい。――これ、なにを包んでるか、わかるでしょ」

「……チョコレートか」

「純粋なお礼だからね。本命でも、対抗でもない」

「『義理』だって素直に言えばいいだろ」

「この時期だったから、タイミングよかったねえ、ミヤジ」

 

ま、

原稿のことがなくても――ミヤジには渡してたかもしれないけど、義理チョコ。

 

 

そしてミヤジは去っていった。

去りゆく間際に、加賀くんがいる方角を、少しだけ見た気がした。

 

 

× × ×

 

 

いま、加賀くんは、どんなことを思ってるだろうか。

とりあえず、

「ね、加賀くん。バレンタインっていえば――なんだと思う?」

と揺(ゆ)する。

「チョコ…じゃ、ねぇの?」

「そう答えるよねー」

「……」

「でもバレンタインってチョコだけじゃないんだ」

「……なんだよ」

「バレンタインといえば、やっぱり、ボビー・バレンタインだよ」

「はあっ!?!?」

「――知らないの?」

「ぐ…」

ロッテマリーンズを日本一に導いた名将だよ」

「…スキあらば、野球ネタか」

「スポーツ新聞部でしょ」

「……」

「そうだ~!」

「なんだよっ」

「この際だから、ボビー・バレンタイン監督についてお勉強しましょう」

「なんでだよ!!」

「――学校の授業より、面白いと思うよ?」

「ほんとかよ」

「まず、バレンタイン監督が最初にロッテの監督に就任したのは、さかのぼること約25年前、1995年のことでした……」

「……学校の授業より長くなりそうだな」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】そろそろ、動きたい

 

ヴィクトル・ユゴーの『エルナニ』を読んでいたら、電車が湘南の駅に着いた。

 

祝日ということで、キョウくんの家にお邪魔するのである。

 

× × ×

 

キョウくんがバイトを始めたらしい。

「横浜に、鉄道関係に強い書店があってね」

「そこで、バイトしてるんだ」

「――なかなか、たいへんだけどね」

「大丈夫? 疲れてるんじゃない?」

「疲れるんだよ、これが」

そうは言いつつも、キョウくんは笑って、

「でも、やりがいがあるから」

 

横浜か――。

親戚のおじさんが、住んでるな。

 

「――がんばってね、としか、わたし、言えないけど」

「そのことばだけで充分だよ」

「くれぐれも、無理しないでね」

「大丈夫さ」

 

 

そっか――。

バイト、か……。

 

 

キョウくんのベッドにわたしは座っている。

床に腰を下ろしていたキョウくんが、わたしが物思いを始めたのに気づいたらしく、

「むつみちゃん、どしたー?」

と気づかうように、訊いてくる。

「……キョウくんの、バイトの話を聴いて、」

「うん、」

「わたしもね、」

「うん、」

「わたしも……なにか、やらなくちゃいけないのかな、って思って」

「バイト――したいの?」

「だって、なにもやってないでしょ、なにもできてないでしょ、いまのわたし」

「そうかなあ」

「そうなのっ」

「――焦ってるんじゃない?」

「焦りもするよっ」

「まぁまぁ」

「……」

「マジメだね」

「キョウくんこそ」

「きみのほうが、ぜんぜんマジメさ」

「そんなことないっ!」

「――そうやって突っぱねるのが、もうすでにマジメだよ」

「そんなもの…?」

「うん」

「…キョウくんは、マジメに大学で勉強してるし、マジメにバイトまでしてる。なのにわたしは……」

「そうやって、思い詰めるところも――それはそれで、かわいいんだけどさ」

「……どうも」

「むつみちゃんには、やっぱり前向きでいてほしいよ」

「……なにか、動き始めたら、前向きになるかもしれないでしょ、それこそバイトとか」

「いますぐ結論を出す必要ないって」

「猶予(ゆうよ)があまりない気がするの。気づいたら、手遅れ――」

「思い込みだから」

「しゃ、社会は待ってくれない」

「それも、思い込み」

「きょっ、キョウくんは優しすぎるよっ」

「優しすぎるぐらいが、ちょうどいい」

 

ふと、窓の外を見て、彼は、

「海でも見に行って、気分転換しようか?」

「……寒い」

「きょうはそれほどでもないんじゃないの」

 

わたしは彼の枕をギュギューッ、と握って、

 

「キョウくんが寒くなくても、わたしが寒いの」

と、反抗するみたいに言ってみる。

 

珍しいわたしの反抗ぶりを意外に思ったような表情で、

「そりゃ……悪かったなぁ」

 

彼の枕を抱きしめたまま、む~~っとした表情を作って、

「まだ、冬でしょ」

「…たしかに」

「部屋でヌクヌクしたいの、わたしは」

「…そうしよっか」

「わかれば、よろしい」

 

ようやくわたしが柔らかい態度になったことに安堵(あんど)した様子のキョウくん。

照れまじりの表情で、

「――雑誌でも、読む?」

と言ってくるのが、微笑ましくて、愛(いと)おしい。

 

 

× × ×

 

あ~あ。

 

反抗期の15歳みたいになっちゃった。

 

反省しなきゃ。

 

 

――帰宅後、お風呂で汗を洗い流すついでに、ひとりぼっち反省会を開く。

マズかった。

キョウくんに対し、ワガママで、イジワルだった。

ふまじめ。

反抗期っぽかった。

 

「……わたしが反抗期のときは、もっと暴れてたけど」

 

湯船でポツリとつぶやく。

 

――荒れてるってレベルじゃ、なかったものね。

 

某・伊吹先生を、ビンタしたりとか。

 

先生に暴力ふるって、よくお咎(とが)めなしだったよね。

彼女が――伊吹先生が、優しかったんだ。

何年前だっけ、あれ。

今思えば、伊吹先生、わたしが余裕ないって、わかってくれてたんだな。

ああ見えて、生徒ひとりひとりのことが、見えてるんだ。

ああ見えて……。

 

「ごめんなさい、伊吹先生、ビンタして」

 

本日2回目の、お風呂でひとりごと。

 

今年度は、羽田さんのクラスの担任をされているとか。

羽田さんも、もうすぐ卒業だけど。

月日の流れは、あっという間。

 

× × ×

 

ダイニングテーブルで、お父さんが読書している。

正面の席に、そっと腰かけた。

お父さんは読書を中断して、

「どうしたんだ、ずいぶんとあらたまってるじゃないか」

「ごめん、せっかく読書してるところだったのに」

「べつに構わない」

お父さんが読んでいたハードカバーの背表紙を確かめて、

「お父さんは……ほんとに本が好きなんだね」

「……わかるか?」

「わかるよ。」

冗談めかして、

「お父さんの娘でよかった」

「なんだ、そりゃ」

苦笑いになって言うお父さん。

「――そこまでヨイショするってことは、お小遣いでも欲しくなったのか?」

「そんなワガママ言わないよ」

「けど、話はあるんだろう」

「話というか、訊きたいことというか」

「なんだ?」

「横浜の、おじさんのこと」

「また、なんで」

「お店――やってるでしょ? おじさん」

「やってるなあ」

「飲み屋さん、的な」

「ビアバー……っていったらいいのかな」

「――人手不足とかじゃ、ないのかな?」

 

お父さんはびっくりして、

 

「どうして――そんなこと訊くんだ」

「ほら、人手不足だったら――だれかが、手伝ってあげないと、じゃない?」

「人手不足であるかどうかは知らないが……手伝うって、まさか、むつみ」

「――手伝えるなら、手伝ってみたい」

 

びっくりにびっくりを重ねるお父さん。

 

「動きたいの、そろそろ。いつまでもこのままじゃ、お父さんだってお母さんだって気がかりでしょ」

「無理する必要はないんだぞ……むつみ」

「それ、何回目?」

イジワルにわたしは笑ってみせる。

「もう、充分に充電したと思うの」

 

お父さんが黙りこくり、考えにふけり始める。

 

「……やっぱり、急だったかな。動きたい、とか、いきなり」

「むつみ……」

「はい。」

「時間をくれないか」

「いつまで?」

「納得いくまで……考えさせてくれ」

 

 

× × ×

 

寝る前に、ダイニングをのぞいてみた。

 

お父さんが、まだ同じところに座っている。

お酒を飲みながら、考え込んでるみたいだった。

 

 

「おやすみ……お父さん」

 

 

わたしは、お父さんが好きだから、

いたわるように、優しさを「おやすみ」に込めて、

聴こえないところから、そっと、つぶやいた。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】いつの間にか羽田(アイツ)が恋しい

 

すべり止めの私立大学の入試が終わって、駅に向かって歩いていた。

すると、

知った顔が、眼に飛び込んできた。

そのオトコは、手持ち無沙汰であるかのように、通りに佇(たたず)んでいる。

いつもの腕まくりの学ランじゃない。

学生帽もかぶっていない。

私服だ。

 

とりあえず、

「こらっ」

と声をかけてみる。

「こんなとこで立ちんぼはよしなよ」

反応が薄い。

「……聞いてんの? 篠崎」

ようやく、アタシの存在に気づいたかのように、

「あ、ああ、麻井か」

もうちょいビックリするもんじゃないの。

こんな偶然の出会い、なかなかないと思うんだけど。

変なの。

「奇遇だな」

挨拶代わりの常套句を篠崎は言った。

う~ん……。

「……なんかいつもと違うね、アンタ」

調子、狂っちゃう。

「どこも変わってないぞ、俺は」

無理するみたいに笑って篠崎は否定するが、

「否定したってムダだよ。まず、服が違うじゃん。学ランじゃなくて私服じゃん」

「……そういえば、そうだった」

おいおい。

「アンタ、自分のことが自分でわかってないんじゃないの!?

 重症だね」

 

× × ×

 

とりあえず、篠崎を比較的人気(ひとけ)の少ないところに移動させた。

湯島聖堂にも、秋葉原の電気街にもほど近い某所の階段に、ふたりして腰かける。

 

「――アンタも入試受けてたの?」

「受けてない」

「じゃ、なにしてたわけ」

「赤門を――見に行っていた」

 

は??

 

「赤門って――本郷でしょ。なんで御茶ノ水に来てるわけ」

「考え事にふけりながら歩いていて――気がつくと、御茶ノ水だった」

 

――大丈夫じゃないよ、コイツ。

ちゃんと家まで帰れるのかな。

 

篠崎が共通試験でしくじったことは、すでにアタシの耳にも入っていた。

赤門を見に行ったことと、因果関係がないわけがない。

 

「……アンタの行動原理は理解できないし、『気持ちはわかる』なんて言うつもりもない」

「……ああ」

「どんだけ東大に未練があるのか、って話」

「ああ……」

「すっぱり、あきらめればいいのに」

「まあな……」

篠崎の適当な相づちにムカムカしてきたので、

「こんな時期に赤門を見に行くなんて、まるで『赤門フェチ』だよ。正直、気持ち悪い」

と罵倒する。

「ま、アンタは普段から、わりとキモいんだけどさ。

 それでも、東大に粘着する気持ち悪さと比べたら、まだ、マシだったよ」

まだ、腹の虫がおさまらなかったので、

「なんで、さっさと切り換えられないわけ?」

と、説教くさく、言ってみる。

「甲斐田はとっくに立ち直ったよ」

アンタもとっとと甲斐田に追いつきなさいよ……という気持ちを込めたことばだった。

『甲斐田』という名前に反応したかのごとく、篠崎が目線を少しだけ上げた。

そして、

「甲斐田か……」

と、つぶやくように言ったかと思うと、

「麻井、おまえは――」

 

突拍子もなく、篠崎が顔を見てきたから、

少しだけアタシはドキリ、となる。

 

「おまえは――、甲斐田の支えになるべきだと思う」

 

なにを言ってるの。

自分のことを棚上げしてまで、

『アタシが甲斐田の支えになれ』なんて、いきなり――。

 

「卒業してからも、甲斐田の面倒、見てやってくれ」

「あっ、あたりまえでしょ、親友なんだから」

 

立ち上がって、遠くを見るように、篠崎は、

 

「女同士の友情は――尊い

 

こっちが恥ずかしくなってくるような『決めゼリフ』を言ってくる。

 

「もう帰る」

「……ちゃんと帰れるの? アンタ」

「電車賃なら足りてる」

「そういうことじゃなくって……」

 

階段を何段か下りて、

こちらを振り向かずに、篠崎は、

「麻井の言ったことは、ぜんぶ受け止める。

 受け止めて、考えたうえで、自分でなんとかする。

 ――前向きにな」

真剣な口調で、そう言った。

「それと――、」

その場に立ったまま、

「くれぐれも……甲斐田のことは、よろしく頼んだ」

そう念を押して、右手を軽く上げた。

 

その右手が、『じゃあな』の挨拶代わり。

篠崎は歩き始め、アタシからどんどん遠ざかっていく。

 

 

× × ×

 

なんであんなこと言ってきたんだろう。

 

甲斐田のことが、そんなに気がかりなのかな。

 

純粋な善意で――甲斐田をアタシに託そうとしたんだろうか。

 

だとしたら、篠崎は案外、いいヤツってことだ。

 

キモいだけじゃなくって、ウザいだけじゃなくって。

 

――オトコとしては、論外だけど。

 

あんなオトコがタイプな女子がいたなら、見てみたい。

 

確実に――アイツは、彼女いない歴、18年。

 

アタシのタイプとは、まるで正反対。

 

アタシのタイプ、っていうのは――、

 

 

「あ、あれっ」

 

 

弾みで声が出てしまった。

電車の中なのに。

よかった。

となりの乗客は、居眠りして気づいていない。

 

次が新宿駅だった。

乗り換えに失敗せずに済んで、よかった。

もう少し考え事が長引いていたら、危ないところだった。

 

なんで――、

唐突に、羽田が、思い浮かんだんだろう。

篠崎がタイプじゃない云々から、思考があらぬ方向に行ってしまった。

羽田を思い浮かべたせいで、電車の中で声が出た。

羽田を思い浮かべたおかげで、新宿を素通りせずに済んだ、とも言えるけれど。

 

 

× × ×

 

そうだよ。

羽田は篠崎と正反対で。

正反対だから、つまりは、ドンピシャ、ってこと。

 

「でも……よりによって、電車内で連想しなくたっていいでしょっ」

 

帰宅後、

部屋のベッドにうつぶせになって、

自分で自分を叱りつける。

 

「いくら、2月に入ってから羽田に会えてないからって」

 

思わず、声に出して、言ってしまう……。

 

【第2放送室】に行って、

そこに羽田がいることの、

ありがたみ。

 

こんなに、さびしいなんて。

 

羽田に、会いたい。

 

もっと羽田と、かかわっていたい。

 

 

――あと少ししたら、卒業で、お別れで、

できない相談みたく、なっちゃうんだけど――。

 

それでも、かかわれる限り、かかわりたい。

 

 

羽田が恋しくて、

ベッドの掛け布団を、ぎゅっ、と握りしめる。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】この冬いちばん楽しい教え子の熱愛話

 

放課後、

スポーツ新聞部の様子が気になったので、

活動教室にわたしは向かった。

 

扉を開けて入ると、あすかさんひとりだけ。

 

「――加賀くんは?」

「都合が悪いそうで」

「お休みなの」

「ハッキリ言って、サボり、ですね」

「それはよくないわね」

ちゃんと連絡入れておくだけ、マシだけれど。

 

「じゃあ、きょうはあすかさん、ひとりぼっちで部活しないといけなくなってたのね」

椛島先生が来てくれて、助かりました」

わたし、ちょうどいいタイミングだったんだ。

「加賀くんがサボり気味で、3年生の3人が実質引退ってことは、もしかして――」

「ほとんどわたしひとりで新聞書いてます」

「それは――たいへんねえ」

「ページ数はそんなに減ってないんですけど……」

「だっ大丈夫? 無理してない? あすかさんに負担、かかりすぎなんじゃ」

「へっちゃらです」

 

――ひとりで、書きまくれるっていうのは、

天賦(てんぷ)の才なんだろう。

さすが『作文オリンピック』銀メダル。

全国2位の文章力。

だけど、

「書き過ぎるのも、心配だな、わたし」

「書き過ぎ……なんでしょうか?」

「顧問だから、心配しちゃうの」

だって、

「生徒を見守るのも、顧問のつとめだから」

 

あすかさんの、となりの席に座る。

寄り添うように、椅子を近づけて、彼女のほうに顔を向ける。

 

「……少しは、休んだって、いいんじゃない?」

「し、心配し過ぎなのでは……先生」

「し過ぎるくらいがちょうどいいの」

 

向かい合った彼女に、こうお願いする。

 

「ちょっと、お話しましょうよ」

 

× × ×

 

「加賀くんは、どうにも制御できないね」

「困ってます」

「わたしも困ってる」

「やっぱり、先生からしても、問題児ですか」

「宿題、かならず遅れて出してくるんだもの」

「ひどい」

「何回怒ってもだめ」

「…もう放(ほ)っといたらどうですか」

「放っとけないの」

「どうして」

「教師だから」

「たいへんですね……手がかかる生徒が、身近だと」

「その点、あなたは手がかからなくってうれしいわ、あすかさん」

「ホメ…られて、るんですか、わたし?」

「宿題、ちゃんと出してくれるし」

「宿題ぐらい出しますよ!」

「…そういうあなたのマジメさが、わたし、好き」

「わたし……決して優等生ではないと思うんですけど」

「どうしてそう思うの?」

「国語の成績が……べつだん優秀ってわけでもないし。

 現代文にしても、古典にしても、良くて85点、ってところだし」

「85点は、よくがんばってるわよ」

「そうでしょうか?」

「加賀くんは、平気で25点を取ってくるし」

「……どうしようもないですね、彼」

「ね? どうしようもないでしょ?」

 

笑い合うわたしたち。

 

「笑っちゃ、失礼、なんだけど、ねっ、でも」

「笑い過ぎですよぉ~~、せんせ~」

 

ゴメンね、加賀くん。

期末テストは50点を目指そうね。

 

× × ×

 

「なんだか、加賀くんがかわいそうになってきちゃった」

「先生、わたしも若干」

「本人の名誉のために話題を変えましょうか」

「今度はだれの悪口言いますか?」

「あら、あすかさんもイジワルなのね」

「てへーっ」

「悪口――はおいといて、女性週刊誌的な話をしましょうか」

「ゴシップですか?」

あすかさんが眼を輝かせている。

「ゴシップ――というよりも、熱愛報道」

「あっ――もしや」

「そっか、あなたは同じ部活だから、とっくに気づいてるか。

 …『熱愛報道』とか言った意味、なかったか」

「細かいことは気にせずにいきましょうよ。面白いことには変わりないんだから」

「――面白すぎるよねぇ。だっていきなり『岡崎くん』が『竹通(たけみち)くん』になってるんだもの」

「わたし、新学期早々、衝撃を受けました」

「いつの間に、って感じよね」

「ニヤニヤしちゃうんですよ、ふたりを見てると」

「わたしさ、

 岡崎くんが一宮(いちみや)さんに惚れてるのは、うすうす気づいてたんだけど」

「おー、先生も目ざとい」

「正直、空回りで、卒業まで行っちゃうのかな~、って思ってたの」

「――それが、年を越したら、いきなりカップル成立」

「なにがあったのかしらねぇ」

「イジワルな笑顔になってますよ、先生」

だってぇ。

「冬休みに、なにがあったって話でしょ!? 想像しちゃったよ、いろいろと」

「ヤダー、先生、岡崎さんと桜子さんのクラスメイトみたい」

「そーねっ、女子高生的な興味で、あのカップルのこと考えちゃう」

「きょーしがそんなことでいいんですかー」

超面白い、といった顔で、あすかさんがからかってくる。

そうこなくっちゃ。

こっちだって、超超面白いんだし。

「あら~~っ、あすかさんだって、イメージしちゃうんでしょ~、あのカップルの『きっかけ』を~」

「いつ告白したのか」

「そう!」

「どこで告白したのか」

「そう!」

「――たぶん、岡崎さんのほうから告白したんだと思うんですけど、」

「そう思う!!」

「その告白に対する、桜子さんの返事を想像すると――」

アツくなるよね!!

はいっ、この冬いちばん楽しいですよね!!

 

 

 

――岡崎くん、一宮さん、

とりあえず受験、がんばって。

 

応援してるよ、先生。

あらゆる意味で……。

 

ふふっ。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】月曜からスーパーにお買い物デート(?)

 

きょうの東京の天気は、晴れときどき曇り。

気温が、なかなか上がってくれない。

早く――春らしい気候に、なってほしいものね。

 

× × ×

 

「アツマくん、きょうバイトは?」

「お休みだ。シフトが入っていない」

「ふーん、じゃあ、邸(いえ)にいるんだ」

「用事もないし、自宅休養だ。……おまえは?」

「自宅学習」

「ほーん」

 

『ほーん』って、なによ。

 

「……あなたがダラダラゴロゴロし過ぎてないか、定期的に見回りに行こうかしら」

「見回りって、どこに?」

「リビングとか」

「リビングにいるとは限らんぞ」

「なら……あなたの部屋まで」

「厳しいなあ、愛は」

 

はい、厳しいですよ。

それはそうと。

 

「――アツマくん」

「ん」

「ケチャップちょうだい」

「はいよ」

 

ふたりだけの――朝食の席である。

 

× × ×

 

時間は一気に7時間くらい飛ぶ。

 

だって――、わたしの受験勉強を実況中継しても、つまんないでしょ。

端折(はしょ)るところは端折るのよ。

ここからが本番なんだから。

 

 

おやつタイム、ってとこ。

いま、わたしは、アツマくんの部屋の入り口に来ている。

 

コンコンコーン、とドアを叩くと、

ガチャッ、とドアが開いて、彼が現れてくる。

 

「――ほんとに、おれの部屋まで、見回りに来たんか?」

「それもある」

 

わたしは彼のベッドまでずんずん突き進んでいく。

ベッドに着席するわたしを見る彼の眼が、『やれやれ……』と言っている。

彼はなぜか、ベッドでとなりに腰かけるのではなく、勉強机の椅子に腰を下ろす。

わたしはとなりに座ってほしかったんですけど。

 

「なんで距離をとるかなあ」

「……なんとなく」

「『なんとなく』は、わたしが許しません」

「ほんとに、理由とか、ないから」

 

――ほんとうになんにも考えてなさそう。

ま、いいや。

 

アツマくんをベッドに座らせるのをあきらめて、

ゴロゴロ~ン、とベッドに寝っ転がるわたし。

 

腹ばいになって、アツマくんの顔を見上げ、

「お願いがあるんだけど」

「……」

「聴いてよ」

「……そんな姿勢のままだと、聴いてやんないぞ」

 

もうっ。

 

身を起こし、ベッドから立ち上がる。

椅子に座っているアツマくんの前に立ちはだかり、腰をかがめて、す~~っと顔を接近させる。

 

「……その体勢でお願いされるのも、なんだかなあ」

 

!?

ずいぶんとワガママね。

 

椅子を離れて、床座りになるアツマくん。

「ほれ」

わたしにも床座りになるよう促す。

とりあえず、アツマくんの要求に従う。

床座りの、向かい合い。

 

「――で、お願いって?

 もったいぶらずに、早く言っちまえ」

急(せ)かすアツマくん。

わたしは素直に、

「じゃあ、言う。

 スーパーに、買い物に行こうよ」

「え、

 おれも、スーパーに、ついていけ、と」

「わたしひとりだったら行かない。アツマくんと行くんだったら行く」

「なんじゃそりゃあ」

「美味しい晩ごはんを作ってほしかったら――言うこと聞いて」

 

 

× × ×

 

「唐揚げを作るから、油と片栗粉を持ってきて」

「人使いが荒いなあ」

 

そうボヤきつつも、アツマくんは、言った通りにしてくれる。

 

彼が油と片栗粉を探しているあいだに、わたしは野菜コーナーに。

 

キャベツに手を伸ばそうとすると、同じキャベツを掴(つか)もうとする小さな手と、触れ合った。

男の子。

健気(けなげ)に、背伸びして、両手でキャベツを掴み取ろうとしていたようだ。

そんな男の子の仕草が可愛くて、思わず見つめてしまう。

どうやら、わたしと手が触れ合って、ドギマギしちゃっているみたい。

おませさん。

「はい、どうぞ」

わたしは男の子に、キャベツを譲ってあげる。

照れくさそうに、キャベツを凝視する男の子。

微笑ましい……。

 

やがてお母さんがカートを引いてやって来る。

幼稚園の帰りとかだったんだろうか。

お母さんに寄りついて、キャベツを手渡しする男の子。

買い物かごに、キャベツを入れるお母さん。

――状況を把握したらしく、わたしに向かって笑顔で会釈する。

わたしも会釈。

 

遠ざかっていく親子が、名残惜しくて、キャベツ売り場の前にしばらく立ち続けていた。

 

 

× × ×

 

両手で買い物袋を運んでいるアツマくん。

「あなたの腕力が強くてよかったわ」

「よかねーよ。荷物はぜんぶ、おれ任せかよ」

「重い?」

「重い。」

「がんばって」

「あのなーっ」

 

さりげなく、

彼の右腕に、左腕を回す。

 

「…右腕がいい加減キツいんだけど」

「耐えて」

「…イチャつきやがって」

「いいでしょ」

「おれの部屋じゃないんだぞ。帰り道なんだぞ」

 

彼が反発するから――、

遠慮なく、

彼の右肩に、ギューッとひっついていく。

 

「や・め・れ」

「そんなこと言ってる限り、一生やめない」

「バカヤロ」

「ことばづかいが汚いっ」

「――スキンシップ過剰」

「しかたないでしょ」

「な・に・が・だ!」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】この少女マンガ、だれのだろう。

 

リビングのテーブルの上に、

無造作に置かれている、少女マンガの単行本。

 

りぼんマスコットコミックス的ななにかだ。

そうとう、時代が古そうな……。

90年代か。

もしかしたら、80年代までさかのぼる……?

 

いったい、だれが置いたんだ。

この乙女チックなマンガ単行本を。

 

――母さんか?

 

× × ×

 

「母さん」

「なーにアツマ」

「このマンガ……もしかして、母さんのか?」

「え、ちがう、わたしのじゃない」

「でも、年代的に……」

母さんはフフフッと微笑んで、

「たしかにねえ」

「読んだこと、あるんでは?」

「読んでたかもねー、でも、わたしの所有物じゃーない」

「母さんの所有物じゃなかったら、いったいだれの所有物なんだ……」

「――気になるの?」

「き、気になるって、?」

「読んでみたいとか」

「かっ、勝手に読めるかよっ」

「――そこらへんは律儀なのね、アツマ」

「しかも、おれが読むようなマンガじゃないし」

「少女マンガ、苦手なの」

「……」

「黙り込むってことは、苦手なんだ」

「……だって。」

「わかった。読んでるとこ見られるのが、恥ずかしいのね」

「どうしてわかるんだよ……」

「親だから」

 

クウッ……。

 

× × ×

 

こういった作品を読もうとすることに、

すごい抵抗感がある。

 

少女マンガの壁。

 

たとえば――妹の『りぼん』をコッソリ盗み読むとか、

そういうことすら、勇気がなくて、できなかった。

妹の影響で兄が少女マンガにハマるケースも、まあ、多いんだろうが、

うちの場合は当てはまらず。

 

――あすかから少女マンガを借りて読んだ記憶がない。

あすかのほうが、一方的におれからマンガを借りまくっている気がする。

 

× × ×

 

「お兄ちゃん、マンガ貸してよ」

 

ほら。

リビングを通りがかったあすかが、おれに気がついた途端、言ってきた。

妹のおねだりは現在進行形なのだ。

 

「『約束のネバーランド』の16巻から最終巻まで」

ずいぶん少年ジャンプな妹である。

「わかった、あすか。だが……少し待ってな」

「いつでもいいけど」

「よし、いい子だ」

 

……問題の少女マンガが置いてあるテーブルのほうに視線を向けたかと思うと、一気にニヤけた顔になる、妹。

 

「なんだ、ニヤニヤして……」

「――お兄ちゃん、読みたいんじゃない? そのマンガ」

 

くうううっ。

 

「は、反対だっ。少女マンガは、読まん主義だ」

「なんでそんな意固地(いこじ)なの?」

おれは……少女には……なれないから

 

声を出して笑うあすか。

ひとしきり笑ったあとで、

 

「――もっと心開いてもいいのに」

 

心を開くのも勇気が要るし、ページを開くのも勇気が要るんですが。

 

「頑(かたく)なな兄貴で悪かったな」

「捨てゼリフ?」

そうともいう!

「やけっぱちだね」

「……そうかもなっ」

 

それはそうと……、

「このコミックスは、あすかの所有物というわけではないんだな」

「わたしのじゃないよ」

「じゃあだれがここに置いたのか」

「知らない、わたし」

「迷宮入りになるのか…」

「えっ、もしや探偵気取り!? お兄ちゃん」

「もはやミステリーだろ、これは」

「…お母さんが持ってそうな気も」

「いや、母さんはシロだ。さっき訊いたら、違うと言っていた」

「じゃ、残るは……」

「母さんのでも、あすかのでもない。もちろんおれのでもない。

 可能性があるのは……愛か、利比古か、流さんだ」

「……おねーさんは、違うと思う」

「女のカンってやつか?」

「直感……。おねーさんの好みとは重ならない気がするし、そもそも第一、おねーさんはマンガにそんなに詳しくないでしょ」

なるほど。

愛に、『このマンガ知ってるか?』と訊いたとしても、『知らない』と速攻で返される気はするな。

「んー、愛の可能性が薄いとなると――」

「――利比古くんと、流さんしか、残らない」

 

ふうむ。

 

「おれは、『流さん説』のほうが、有力だと思う」

「なんで?」

「――彼女さん経由で、このマンガが流さんの手元に渡ってきた、という線が、考えられるだろう?」

「あー、つまり、もともと彼女さんが持っていたマンガで、いまは流さんが借りてるってことね」

「おれの推理どうだ」

「推理って域には達してないと思うけど……彼女さん経由っていうのは、説得力がある。というか、説得力、ありあり」

「流さんを呼んで確かめてみようか」

「やめなよ、流さんがかわいそうだよ」

 

それもそうだよな……。

そっとしておくに、限るか、

流さんも、この少女マンガも――。

 

兄妹のあいだで、『流さん説』が濃厚になってきたところに、

フワ~ッと、利比古が登場してきた。

 

「利比古くんだ」

「はい利比古です」

あすかと利比古の、お決まりのやり取り。

「さいきん、神出鬼没っぽくなってるよね、利比古くん」

「神出鬼没……ですか?」

ランダムエンカウントってわかる?」

「……わからないです」

「ゲーム用語」

「ゲーム用語?」

「とくにRPG

「は、はぁ…」

 

そのへんにしてやれよ、あすか。

茶番を見かねたおれが、

「なぁ利比古、このマンガは、おまえの持ち物じゃないよな?」

と、確認がてら言ってみると、

「ぼくの持ち物ではないです」

「やっぱりか。」

「ないんですけど……」

「んっ??」

「それを置いたのは……ぼくです」

 

 

んんん!?

どゆこと。

 

 

「野々村さんからの借り物で。つい、このテーブルに置きっぱなしにしてしまっていて」

「の、ののむらさん、だれ」

「あっすみません、アツマさんご存知なかったですか、野々村さんは、ぼくのクラスメイトです」

「――女子?」

「女子です」

 

そっかぁ。

クラスメイトの、女の子から――。

 

「おまえも――ずいぶん気軽に、少女マンガ、借りるんだな」

「野々村さんの頼みを断れなかったんです」

「頼み?」

「『頼むから読んでほしい!』って、迫られて」

「迫られちゃったか」

「迫られちゃったんです」

「それは――仕方ないよな」

 

「それなら、もっとちゃんと読んだほうがいいよ、利比古くん」

「あすかさん」

「借り物なんだし、テーブルに雑に放置しちゃ、ダメっ」

「わかりました……今後、気をつけます」

「――利比古くんが読み終わったあとでさ、」

「?」

「わたしにも――読ませてよ」

「の、野々村さんからの、借り物なんですよっ!?」

「わかってるよ。コッソリ、コッソリ読ませて」

「強引な……」

「野々村さんに返すときは、わたしが読んだのは秘密で」

「強引に強引を重ねないでください」

「……約束ね」

 

 

少女マンガの謎は――意外な結末を迎えた。

事実は推理小説よりもブログよりも奇なり。

なによりも、ミステリーなのは――、

利比古に対する、あすかの強引さか。

 

 

 

 

【愛の◯◯】土曜の朝から『しゅごキャラ!』と『ダイの大冒険』でドタバタ

 

どうも皆さまこんにちは、蜜柑でございます。

 

さて、挨拶もそこそこに、いまの状況を説明したいのですけど、

実のところ、なんの変哲もない、土曜日の朝を過ごしているわけなのです。

 

わざわざ勿体ぶる必要、皆無でしたねー。

勿体ぶっても、100文字しか稼げないじゃありませんか。

ねえ?

……。

 

× × ×

 

『意味不明瞭な前フリは、よしなさい』というクレームは、甘んじて受け容れるとして、

土曜の朝から、自分の部屋で、お電話しているところなんです、わたし。

電話の相手は、親友のメグ。

けっこうな長電話になりそうな気配なんですけど、

いったい、メグとなにを話しているかというと……。

 

『……唯世(ただせ)くん派だったんだ、蜜柑は。正統派だね』

「メグは、唯世くん派じゃなかったの?」

『うん、違った。わたし正統派じゃないから』

「――まさか、メグ、あなた、」

『だれ派だと思った~?』

「イクト派――とか!?」

『大当たりぃ』

「イクト派って、メグ、そんなに年上好きだったの!?」

『ふふふんっ☆』

「『ふふふんっ☆』じゃないよ。唯世くんなんか眼中になかったってわけ」

『だってイクト、スタイルよくってカッコよかったじゃん』

「そういう問題じゃないでしょ」

『なら、どういう問題?』

「あむちゃんよりイクトが何歳年上だって思ってんの」

『――そこ気にするんだ』

「あむちゃんには絶対、唯世くんのほうが相応(ふさわ)しいよっ」

『蜜柑も案外、デリケートなんだねえ』

「デリケートって……?」

『もしかしてイクトのこと、ロリコン、っていう認識だった?』

「……ロリコンとまではいかないけど、ヒロインとの、ね、年齢差が……!!」

『いいじゃん、べつに。あっちが高校生で、こっちが小学校高学年でも』

「……そもそも、イクトは悪役だし」

『――言うほど、悪役かなぁ? イクト』

 

――、

え~、わたしとメグが、どんなことで議論してるかといいますと、

しゅごキャラ!』というアニメが、わたしたちの小学生時代に、放送されておりまして。

テレ東の、土曜朝枠だったはずです。

原作はPEACH-PIT先生で、『なかよし』に連載――。

単行本は全12巻、偶然にも? CLAMP先生の『カードキャプターさくら』も全12巻で、巻数がまったくおんなじ――。

そうですねえ、

アニメは――2期の『しゅごキャラ!! どきっ』までは、観ていましたっけ。

『いま振り返れば、出演声優が相当豪華だったよね……』みたいなことを、だれかが言っていた、のを、小耳に挟んだ、気が、いたしますが……。

で!

本題は!

――さっきのメグとの会話に出てきた、『唯世(ただせ)くん』『イクト』『あむちゃん』というのは、ぜんぶ『しゅごキャラ!』の登場キャラクターなわけなんです。

『あむちゃん』――日奈森(ひなもり)あむちゃんが、主人公。

そして、『唯世(ただせ)くん』は、あむちゃんの同級生の男の子、

『イクト』は、あむちゃんの寝込みを襲う(!?)、男子高校生で……。

……ほんとうに寝込みを襲っていたかどうかは、正直うろ覚えなんです。

原作が、手元にないので……でもこれは、言い訳にはならないですね。

うろ覚えで解説してるので、事実と異なっていたら、ごめんなさい。

……それでですね。

問題なのは、あむちゃんは女子小学生で、向こうのイクトは男子高校生である点だと『わたしは』思うんですけど、

それでも、メグは、さっきの会話内容の通り、『イクト派』を強硬に支持しているわけなのです。

『唯世くん派』のわたしとは、意見が合いません。

 

――要するに、幼少期に観ていたアニメに出てくる男の子キャラの好みで、議論が沸騰していた、ということです。

 

『なかよし』……。

『なかよし』と、『りぼん』『ちゃお』で、女子小学生ご用達マンガ雑誌御三家ですけれど、

これらを購読していたのも、もう10年以上前のこと――セピア色の記憶です。

もっとも、

少女マンガ雑誌を読むのをやめた、というわけでは、ぜんぜんなく、

現に、ベッドに腰かけてメグと通話しているわたしの傍(そば)には、『別冊マーガレット』がデーン、と置かれているわけなんです。

 

『蜜柑、『別(べつ)マ』の2月号は、もう読んだでしょ?』

「――ごめん、まだ。あと少しで読み終わるとこ」

『え~~っ、早く読んでよ~蜜柑。ネタバレできないじゃ~ん』

「なにも、わたしがぜんぶ読むの、待たなくったって」

『もうすぐ3月号が出ちゃうよ』

「……ほかの積んだ雑誌を消化するのに、忙しいのよ」

 

うず高く積まれた『BE・LOVE』のバックナンバーが、眼に入ってきました。

ほかにも、『花とゆめ』『LaLa』『Cocohana』などなど……。

 

× × ×

 

メグは『BE・LOVE』の最新号をもう読み終えたそうです。

要領、悪いんでしょうか? わたし。

それとも、メグが、要領、良すぎるんでしょうか?

 

――住み込みメイドのお仕事と違って、積み雑誌を崩すのは、テキパキとはいきません。

そこが歯がゆいんです。

 

 

通話が終わったあとで、リビングに下りたわたし。

時刻は9時半を過ぎていました。

――ちょうど、この時間帯に、『しゅごキャラ!』は放映していたはず。

いまは、どんなアニメが放映されてるんでしょうか?

気になったので――テレビをつけて、リモコンの『7』を押し、テレ東に選局してみたところ、

 

「――『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』」

 

…いつの間に、少年アニメ枠に、なったやら。

というか、『ダイの大冒険』って、ジャンプに連載されていたの、わたしが産まれる前だったような…。

 

「……ま、いいか。細かいことは」

 

『テレビに向かってひとりごと言うんじゃないの、蜜柑』

 

「その声は、お嬢さま」

「テレビじゃなくて、わたしの顔を見てしゃべってほしいんだけれど」

「わかってますよ」

テレビ画面から眼を離さずに、わたしが受け答えをしたので、

「説得力皆無なこと言わないでよ……」

お嬢さまが、ピリピリとし始めます。

しょうがなく、お嬢さまに視線を移して、

「……これでよろしいでしょうか?」

「ずいぶんな不満顔ねえ」

「それはどーも」

「すぐ不機嫌になるんだから、蜜柑は。やってられないわ」

挑発に乗っかるごとく、

おじょーさまだっておなじじゃーないですかっ、すぐムキになるのはむしろ、おじょーさまのほうでは!?

逆ギレはやめなさい!! 見苦しいわよ

その気になってるのは、断然おじょーさまのほうですよね!?

その気ってどんな気よっ!?

ほら! まるで反抗期の中学生みたいに

わたしはもーすぐ大・学・生よっ!!!

 

――すっかり喘(あえ)ぎながら、にらみ合っていたところに、

 

『はいはい、そこまでそこまで』

 

手をポンポン、と叩きながら、お父さんが、やって来たのでした……。

 

「土曜の朝から、元気がいいのは、たいへんよろしい。

 だが、アカ子も蜜柑も、もう、大喧嘩する年頃でもないんだから。

 な?」

 

優しく諭(さと)されて、お嬢さまもわたしもシュン……となってしまいます。

 

お父さんはテレビ画面を見て、調子の良さそうな声で、

「おー、『ダイの大冒険』じゃないかあ」

 

……ご存知、なんですか、お父さん。

 

「初代のアニメは、途中で打ち切られちゃったからなあ」

「…『初代』?」

「ん、気になるか蜜柑」

「い、いえ、そんなには」

「照れんでも。――蜜柑やアカ子が産まれるはるか昔に、TBSのゴールデンタイムでやってたんだよ。ゴールデンタイムなのが仇(あだ)になって打ち切られたんだが、そういう意味では、今回のアニメはリメイクであると同時に、『リベンジ』だ」

 

――お父さんが語り始めたので、必然的にお嬢さまが、頭を抱えてしまいます。

 

テレビ画面に熱中するお父さんをよそに、

「蜜柑」

「……はい、なんでしょう、お嬢さま」

「この邸(いえ)は……ほんとうに収拾がつかないわね

「……慣れっこじゃないですか、もう」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】お昼休みは校内放送で暴走

 

「――はいっ、旧校舎の皆さん、

 お元気ですか~~!

 

 ……いきなり、

 いきなり、大声上げちゃいましたけれど。

 

『ランチタイムメガミックス(仮)』のお時間なわけですよ、旧校舎の皆さん。

 いまは、金曜日のランチタイム、ということは、今週もあと半日なわけですね。

 是非とも残る半日、元気を振り絞って、がんばって頂きたくて。

 それで、『お元気ですか』の叫び声を上げた、ってわけですよ。

 

 ――あらためまして、こんにちは。

 絶叫アナウンサーの、板東なぎさです、

 というのは真っ赤なウソで。

 フツーに自己紹介しろって話なんですけど。

 わたくし、

 水卜麻美と申します、

 というのも、もちろん真っ赤なウソです、ウソっぱちです。

 

 なんですか?

 もっとマジメにやれ、って??

 

 …やれやれ。

 わかりましたよ。

 わたし、実のところアナウンサーでもなんでもないわけです。

『知ってるよ!』ですって??

 それはどーも。

『茶番で時間稼ぎもいい加減にしろ』って??

 確かにねえ。

 

 ――、

 なんだか、きちんと自己紹介するタイミング、逃しちゃった気がします。

 せっかく、初代パーソナリティの麻井先輩が勇退して、わたくし板東なぎさがめでたく全曜日パーソナリティに就任したというのに。

『金』曜日じゃないですよ。

『全』曜日パーソナリティです。

 念のため。

 

 スベってますか?

 スベってますよね!?

 

 なんだか――収拾がつかないまま、有耶無耶(うやむや)のうちに放送が終わってしまうような、そんな危険を感じるので。

 とりあえず、1曲。

 

 ――レミオロメンで『粉雪』」

 

× × ×

 

「懐メロ、ご堪能頂けましたか?

 ――今度こそ、あらためまして、こんにちは。

 荒ぶる季節の17歳、板東なぎさでございますわ。

 ……なんか、変ですね。

 ございます『わ』、って。

 日本語の、乱れ。

 こんなことじゃ――日本放送協会に就職できない!!

 

 ――はい、

 旧校舎限定のローカル校内放送だから言える発言でありました。

 いまここに麻井先輩がいたら、きっとピコピコハンマーであたまを叩かれまくってることでしょう。

 想像するだけで痛い。

 でも、麻井先輩、いません。

 ここにいるのは、パーソナリティのわたしと、特別ゲストのスズキくんだけ。

 そうだよねえ、スズキくん?」

 

「……え、『そうだよねえ』と言われてもっ」

 

「緊張してない? だいじょうぶ?」

「もう、これ、出演してるわけ!? おれ」

「そうだよ。ゲストコーナー始まってる」

「でも板東、おまえなんにも言ってないじゃん、『ゲストコーナー』とか」

「なし崩し的な進行が、この番組の『売り』なの」

「?」

「このブログもそうだけどね」

 

「……?」

 

「あ、ごめん、放送事故になっちゃうところだった。

 わたしがしゃべり続けないと、『間(ま)』が空きすぎて放送事故になっちゃうんで、とにかく特別ゲストのスズキくんを紹介したいと思います。

 スズキくんは、2年生で、帰宅部

 好きな食べ物は、うなぎの蒲焼き――」

ちょちょいまった

「――なに」

「どこで、どこでその情報知った」

「どこでも。」

「は!?!? いみわかんねえ」

「スズキくん、極度に混乱していますねー」

「実況すんな」

「だっておもしろいし」

「板東……おのれがそんな『あくどい』性格だとは、思ってもみなかった」

「……ここで! スズキくんのイチオシ漫画をご紹介」

おいっ!!!

「――『イチオシ漫画紹介、とか、台本に一切書かれていなかったよな!?』って言いたそうな顔になってます、スズキくん」

「顔を実況すんな、顔をっ」

「スズキくんのイチオシ漫画は――沙村広明先生の『無限の住人

「だからその情報の出どころ教えろよ…」

 

 

「スズキくんに質問メッセージが届いてます」

「…何通?」

「5通」

「へぇ…。」

「みんな、思ったより、スズキくんに関心あるみたいで」

「バカにしたような眼で言わないでくれ」

「……読むね、時間の許す限り。

 

 ラジオネーム、『海浜幕張』さん。

『スズキくんの趣味はなんですか?』

 

 ――だって」

「んん……」

「答えて」

「……」

「無趣味だったの?」

「し、強いて言うならば……『阪神タイガースの応援』」

「初耳だぁ」

「そこは初耳なのかよ」

「カンペキな情報網なんて存在しないから。」

「あっそ……」

 

「――阪神ファンなのはいいんだけどさぁ」

「……なんだよ?」

「この質問くれたひとのラジオネーム、よく見てよ。

海浜幕張』、じゃん?

 海浜幕張は、マリンスタジアムの最寄り駅、ってことは――、

 ロッテファンなんじゃないの? このひと」

「確証はないだろ」

「――ロッテと阪神、この上なく相性悪いよね」

「いや、2005年の日本シリーズとか、おれ知らないから」

「……スズキくんは、だれが監督のときから、阪神ファンなの」

「和田」

「遅くない!?」

「遅くねーよ!! まだ小学生だったんだぞ」

「それもそうか」

 

「――板東」

「な~に」

「おまえは――」

「ん~?」

「――おまえは絶対、ミーハーだよな」

「……ここで、もう1曲。」