「あすか~、本ばっか読んでないで、こっち向いてくれよ~」
朝から、となりの児島くんが鬱陶しい。
「――なんの本読んでんの?」
「ふ~~ん」
なんの興味もないみたいに言う。
児島くんにとって、『三四郎』といえば、お笑いコンビの三四郎のことなのかもしれない。
いや、かもしれない、ではなくて、その可能性が濃厚。
「なー、あすか」
「いいかげん、うるさい」
文庫本をパタンと閉じて、
「…『明後日はバレンタインデーだよね』とか、言ってくるつもりだったんでしょ」
「お、どうしてわかった?」
「そして…『学校でもらうなら、きょうしかないんだけどな…』とか、『さぐり』を入れてくる腹づもり」
「だって、バレンタイン日曜だし。2日前倒し、ってやつ?」
「どうせ児島くんは、いっぱい女子にチョコをもらえるんだろうけど」
「けど?」
わたしはおもむろにカバンから『例のもの』を取り出して、
「これ、なんだかわかるでしょ」
「これは、もしや」
「義理チョコ」
「オレにくれんの!?」
「声……大きすぎ」
窓際の方向にそっぽを向きながら、
『早く受け取ってよ……』と促すように、義理チョコを差し出す。
「うわ~、うれしいな~~」
「言っとくけど」
「――なにを?」
「となりの席だから、あげたんだよ。児島くんは運が良かった」
「ラッキーボーイじゃんか、オレ」
「……100パーセント『義理』ってことだけは、忘れないで」
「了解!!」
「……ほんとに了解してるの?」
× × ×
来年は、たぶん児島くんに義理チョコをあげることは、ないだろう。
よかったね児島くん。
おそらく一生で一度の、わたしからの義理チョコだよ――。
そんなこんなで放課後。
スポーツ新聞部の活動教室。
「加賀くん、もうすぐここに、『特別ゲスト』がやってくるから、期待してよ」
「だれだよ、ゲストって」
「あー、でも、今回は女の子じゃないから、加賀くんドキドキワクワクしないかー」
「なんだそれ」
「もっとガッカリしてよ、『女の子に来てほしかったー!!』って」
「おれそんなこと言わねーよ」
ガラッ、と、活動教室の扉が開いた。
「……来たぞ」とぶっきらぼうに言う『特別ゲスト』。
「ようこそ、ミヤジ」と、わたしは『ミヤジ』こと宮島くんを出迎える。
「……ふたりで部活、してんのか?」
「あいにく」
「部員ふたりで、よくあんな分量の新聞作れるな」
「ありがとう、ホメてくれて。でも、正直、人手不足」
「それで――、僕の手も借りたかった、ってか」
「そゆこと」
わたしの座ってる席に突き進んで、
「ほらよ」
と、わたしが依頼した野鳥コラムの原稿を置く。
「締め切り守ってくれて、ありがとう」
「文章に間違いがあったら、遠慮なく直してくれていい」
「ミヤジ……、いい人だ」
「そうか?」
「児島くんとはぜんぜん違う」
「児島は関係なかろう」
わたしはフフッ、と笑って、
「はい、約束通りの図書カード」
と、500円分の図書カードを手渡す。
「…これも、馬鹿にならない出費だっただろうに」
「と、思うでしょ」
「?」
「わたしのお母さんにね、」
「お母さん、?」
「『図書カードちょうだい!』って言ったら、いつでもくれるの」
「――なんじゃそりゃ」
「お母さん、無限に図書カード持ってるみたいで」
「どんなお母さんだよ…」
「不思議でしょ?」
出版関係者だから、そこはね……と、こころのなかでつぶやいてみる。
それはそうと、
「ところで、」
「ん? どうした」
「まだ渡したいものがあって」
「なにを?」
「――鈍感だなあ」
「は」
「――コラムを書いてくれたお礼は、図書カードだけじゃないの」
かばんから、ガサゴソ、と『あれ』を取り出すわたし。
「はい。――これ、なにを包んでるか、わかるでしょ」
「……チョコレートか」
「純粋なお礼だからね。本命でも、対抗でもない」
「『義理』だって素直に言えばいいだろ」
「この時期だったから、タイミングよかったねえ、ミヤジ」
ま、
原稿のことがなくても――ミヤジには渡してたかもしれないけど、義理チョコ。
そしてミヤジは去っていった。
去りゆく間際に、加賀くんがいる方角を、少しだけ見た気がした。
× × ×
いま、加賀くんは、どんなことを思ってるだろうか。
とりあえず、
「ね、加賀くん。バレンタインっていえば――なんだと思う?」
と揺(ゆ)する。
「チョコ…じゃ、ねぇの?」
「そう答えるよねー」
「……」
「でもバレンタインってチョコだけじゃないんだ」
「……なんだよ」
「バレンタインといえば、やっぱり、ボビー・バレンタインだよ」
「はあっ!?!?」
「――知らないの?」
「ぐ…」
「ロッテマリーンズを日本一に導いた名将だよ」
「…スキあらば、野球ネタか」
「スポーツ新聞部でしょ」
「……」
「そうだ~!」
「なんだよっ」
「この際だから、ボビー・バレンタイン監督についてお勉強しましょう」
「なんでだよ!!」
「――学校の授業より、面白いと思うよ?」
「ほんとかよ」
「まず、バレンタイン監督が最初にロッテの監督に就任したのは、さかのぼること約25年前、1995年のことでした……」
「……学校の授業より長くなりそうだな」