きょうの東京の天気は、晴れときどき曇り。
気温が、なかなか上がってくれない。
早く――春らしい気候に、なってほしいものね。
× × ×
「アツマくん、きょうバイトは?」
「お休みだ。シフトが入っていない」
「ふーん、じゃあ、邸(いえ)にいるんだ」
「用事もないし、自宅休養だ。……おまえは?」
「自宅学習」
「ほーん」
『ほーん』って、なによ。
「……あなたがダラダラゴロゴロし過ぎてないか、定期的に見回りに行こうかしら」
「見回りって、どこに?」
「リビングとか」
「リビングにいるとは限らんぞ」
「なら……あなたの部屋まで」
「厳しいなあ、愛は」
はい、厳しいですよ。
それはそうと。
「――アツマくん」
「ケチャップちょうだい」
「はいよ」
ふたりだけの――朝食の席である。
× × ×
時間は一気に7時間くらい飛ぶ。
だって――、わたしの受験勉強を実況中継しても、つまんないでしょ。
端折(はしょ)るところは端折るのよ。
ここからが本番なんだから。
おやつタイム、ってとこ。
いま、わたしは、アツマくんの部屋の入り口に来ている。
コンコンコーン、とドアを叩くと、
ガチャッ、とドアが開いて、彼が現れてくる。
「――ほんとに、おれの部屋まで、見回りに来たんか?」
「それもある」
わたしは彼のベッドまでずんずん突き進んでいく。
ベッドに着席するわたしを見る彼の眼が、『やれやれ……』と言っている。
彼はなぜか、ベッドでとなりに腰かけるのではなく、勉強机の椅子に腰を下ろす。
わたしはとなりに座ってほしかったんですけど。
「なんで距離をとるかなあ」
「……なんとなく」
「『なんとなく』は、わたしが許しません」
「ほんとに、理由とか、ないから」
――ほんとうになんにも考えてなさそう。
ま、いいや。
アツマくんをベッドに座らせるのをあきらめて、
ゴロゴロ~ン、とベッドに寝っ転がるわたし。
腹ばいになって、アツマくんの顔を見上げ、
「お願いがあるんだけど」
「……」
「聴いてよ」
「……そんな姿勢のままだと、聴いてやんないぞ」
もうっ。
身を起こし、ベッドから立ち上がる。
椅子に座っているアツマくんの前に立ちはだかり、腰をかがめて、す~~っと顔を接近させる。
「……その体勢でお願いされるのも、なんだかなあ」
!?
ずいぶんとワガママね。
椅子を離れて、床座りになるアツマくん。
「ほれ」
わたしにも床座りになるよう促す。
とりあえず、アツマくんの要求に従う。
床座りの、向かい合い。
「――で、お願いって?
もったいぶらずに、早く言っちまえ」
急(せ)かすアツマくん。
わたしは素直に、
「じゃあ、言う。
スーパーに、買い物に行こうよ」
「え、
おれも、スーパーに、ついていけ、と」
「わたしひとりだったら行かない。アツマくんと行くんだったら行く」
「なんじゃそりゃあ」
「美味しい晩ごはんを作ってほしかったら――言うこと聞いて」
× × ×
「唐揚げを作るから、油と片栗粉を持ってきて」
「人使いが荒いなあ」
そうボヤきつつも、アツマくんは、言った通りにしてくれる。
彼が油と片栗粉を探しているあいだに、わたしは野菜コーナーに。
キャベツに手を伸ばそうとすると、同じキャベツを掴(つか)もうとする小さな手と、触れ合った。
男の子。
健気(けなげ)に、背伸びして、両手でキャベツを掴み取ろうとしていたようだ。
そんな男の子の仕草が可愛くて、思わず見つめてしまう。
どうやら、わたしと手が触れ合って、ドギマギしちゃっているみたい。
おませさん。
「はい、どうぞ」
わたしは男の子に、キャベツを譲ってあげる。
照れくさそうに、キャベツを凝視する男の子。
微笑ましい……。
やがてお母さんがカートを引いてやって来る。
幼稚園の帰りとかだったんだろうか。
お母さんに寄りついて、キャベツを手渡しする男の子。
買い物かごに、キャベツを入れるお母さん。
――状況を把握したらしく、わたしに向かって笑顔で会釈する。
わたしも会釈。
遠ざかっていく親子が、名残惜しくて、キャベツ売り場の前にしばらく立ち続けていた。
× × ×
両手で買い物袋を運んでいるアツマくん。
「あなたの腕力が強くてよかったわ」
「よかねーよ。荷物はぜんぶ、おれ任せかよ」
「重い?」
「重い。」
「がんばって」
「あのなーっ」
さりげなく、
彼の右腕に、左腕を回す。
「…右腕がいい加減キツいんだけど」
「耐えて」
「…イチャつきやがって」
「いいでしょ」
「おれの部屋じゃないんだぞ。帰り道なんだぞ」
彼が反発するから――、
遠慮なく、
彼の右肩に、ギューッとひっついていく。
「や・め・れ」
「そんなこと言ってる限り、一生やめない」
「バカヤロ」
「ことばづかいが汚いっ」
「――スキンシップ過剰」
「しかたないでしょ」
「な・に・が・だ!」