【愛の◯◯】松若さんを待ちながら

 

わが校には、通称『6年劇』という伝統があったらしい。

『6年』とは、ほら、中高一貫だから、最高学年の高等部3年のこと。

――つまりは、文化祭で、高等部3年の生徒が劇を演じる、そういうことね。

 

――長らく封印されていた『6年劇』だが、

今年、突如として復活することになった。

諸々(もろもろ)の事情がありそう。

 

最初は伝統にのっとって、チェーホフ劇を上演する方向だった。

演目も『三人姉妹』で決まりかけていた。

ところが――チェーホフだと、某少女漫画とあまりにも丸かぶりだから、というわけではないが――難色を示す意見が生徒からいろいろと出て、案は白紙に戻ってしまった。

「どうせならオリジナル作品にしようよ!」というわけ。

「だから、誰か原作を書くひといない?」ということになって、誰からも手が上がらなければ『6年劇』の復活自体おじゃん、という瀬戸際まで来たところに、

文芸部の松若さんが立候補したのだ。

 

実は松若さんには前々から構想を練っていたストーリーがあったらしい。

「どういう表現形態にしたらいいか、わかんなかったんだけど……劇をするなら、ちょうどいいと思って」

というわけで、原作・脚本は松若さんの担当になった――、

と思いきや、

羽田さん、一緒に脚本を書いて!

と、せがまれてしまったのだ。

「あたしだけじゃ力不足だから……」

具体的には、松若さんが書いてきた叩き台に、わたしが加筆修正する、という流れ。

 

そんな共同脚本作業も、いよいよ追い込みの時期に来たのである。

今週末までに完成させないと、スケジュールに支障をきたす。

放課後の図書館で、文芸部の活動と並行して、松若さんとふたりで、検討に検討を重ねて脚本づくりをしてきたのだ。

――いつの間にか、文芸部そっちのけ状態で、脚本づくりに専念するようになっていったけれど。

繰り返しになるけど、期限は今週末。

ピッチを上げないと終わらない。

追い込みの時期に、追い込まれてる状態の松若さんとわたし。

金曜の放課後までにできなければ、土日返上で、松若さんをお邸(やしき)に招いて――カンヅメするしかない。

ふたりとも、必死。

 

× × ×

 

「疲れたね、さすがに……」

松若さんの表情が青い。

「松若さん、休憩したほうがいいよ」

「でも、明日までには…」

「急いては事を仕損じる、だよ。焦らないで」

 

「マツワカ、飲み物おごってあげる」

木幡(こわた)たまきさんが急に近寄ってきた。

「たまき、おごるったって、『メルカド』なんか行ってるひまないことぐらいわかってるでしょ」

「わたしも喫茶店でおごるつもりなんてないよ」

「はぁ?」

するとたまきさんは何やら小銭らしきものを松若さんに手渡しした。

「これじゃあ自販機でしか飲み物買えないじゃん」

「そういうことマツワカ。自販機で買うんだよ」

「あんたが買ってくれば済む話じゃん」

「図書館は飲食禁止でしょ?」

「…おごられてんのか半分パシリなのかわかんない」

 

「外の空気吸ってきなよ松若さん。頭が軽くなって、スッキリすると思うよ」

「羽田さんのお言葉に甘えて…」

立ち上がる松若さん。

「たまき」

「何」

「借りは返さないからね」

「おごりなんだから当たり前じゃ~ん」

 

× × ×

 

松若さんの休憩中、わたしは超ハイスピードで、これまで出来たぶんの脚本に目を通していた。

わたしが頑張らないと、間に合わない。

こういうときに持久力がものを言う。

持久力には自信があるから、ロングスパートするんだ――と決意して、一心不乱に文字を追うわたし。

ところが――不覚にもだんだん目が疲れてきて、連日連夜の疲労の蓄積を思い知ることになった。

いくらわたしでも……エネルギー、切れそう。

 

眼精疲労解消には、外の景色を眺めることが効果的だと聞いたことがある。

脚本から顔を上げて、窓の外に視線を移してみよう。

いい天気だ。

いまが1年間のなかでいちばん素晴らしい季節なんじゃないかしら。

10月、それはいちばん素敵な月。

 

「羽田さんが……たそがれてる」

たまきさんの不意打ちを食らった。

わたしの顔を覗き込むようにして、

「ロマンチックな眼になってる」

「どっどうしてそう思うの」

「なーんとなく」

「わ、わたしロマン主義じゃだめなのよ、眼の前の現実と戦わないと」

「眼の前の現実って?」

「脚本」

「あーなるほど」

脚本を持つ手が微妙に震える。

切羽詰ってるからか。

「とりあえず、落ち着こうよ」

「なかなか落ち着けないのよ……」

「そ~だ」

「え、なに」

「羽田さん、この新書、読んだことある?」

 

『貨幣とは何だろうか』。

今村仁司著、ちくま新書

 

「ち…ちくま新書の最初期よね」

「というより第一冊だよ。ここ(←表紙)に『001』って書いてあるし」

「…読んだことあるかもしれないし、ないかもしれない」

「ずいぶん切羽詰ってるんだねぇ羽田さん」

 

あ、あたりまえでしょっ。

 

「だってさ」

いきなり神妙な顔と口調になってたまきさんは、

「いつもの羽田さんなら――はっきり言うじゃん。

 読んでたら『読んだ』。

 読んでなかったら『読んでない』。

 そういう羽田さんのはっきりしてるところ――読書に対するスタンスかな、そんなところが、わたし好きなの」

 

たしかに。

そうやって、読書と向き合ってきた。

読んでるやら読んでないやらわからないとか、そういう中途半端さで、本と向き合いたくなかった。

 

切羽詰ってるから――読書に対して、本に対して、おざなりになってしまっていた。

 

「さてマツワカもそろそろ帰ってくるかな」

「たまきさん……たまきさんは、いいこと言うね」

「ありがと。

 けど、脚本作ってるのに、水差しだったかも。そこは、ゴメン」

「いいのよ……少しくらい、脱線しても。

 たまきさん、『貨幣とは何だろうか』って本読んでるってことは、お金に興味があるのね」

「あるねー」

…松若さんに小銭を渡したこととの因果関係が、ありそうでなさそうで。

ま、いいや。

 

「――もしかして経済学部志望?」

「わたし?」

「あなた」

「受けるねー、経済学部『も』」

「ああ、ほかの学部も受けるのね」

「――そういう羽田さんは?」

「……文化祭が終わるまで、待って」

「ずいぶんじらすね」

「楽しみがないじゃないの」

「いまバラしちゃっても変わりなくない?」

「あるのっ、あるのよ! ぜったい」

「なんで?」

もう一度、たまきさんが持っている新書を見て――、

「『進路とは何だろうか』」

「???」

「『受験とは何だろうか』」

「羽田さん――??」

「――『学問とは何だろうか』」

「そういうタイトルだと――新書1冊じゃすみそうにないね」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】9月にやったことを振り返ろう!

 

9月も、あっという間に最終日。

 

× × ×

 

・わたし

・利比古

・アツマくん

・あすかちゃん

 

の4人で団欒(だんらん)のひととき。

 

反省会じゃないけれど、順番に、9月にやったことを振り返っていくことになった。

 

まずは、あすかちゃん。

「ついこの前文化祭でバンドやりました」

「かっこいいよね~」

「いや~それほどでも、おねーさん」

 

「あすかさんは本当にかっこよかったですよ」

 

「利比古くん……」

 

おー、利比古のお墨付きだ。

 

「バンドのほかにも、スポーツ新聞作ってるんでしょ?」

「はい作ってます」

「…充実してるよね」

「さ、さみしそうにならないで、おねーさん」

「…それで近日中に『作文オリンピック』の結果発表」

「はい…」

「……充実してるよね」

お、おねーさん、元気出して!!

 

「お姉ちゃん、『羽田愛のお料理学園』がもうすぐ完成するよ」

元気づけようと思ってくれてるのね、利比古。

「――KHKの子たちがウチの邸(いえ)に合宿に来たときに撮影した番組よね。タイトルはあれでよかったの?」

「――ごめんね、KHKの面々、みんなネーミングセンスがないんだ」

KHKとは『桐原放送協会』の略で、利比古が入っている放送系のクラブである。

「わたしはあのタイトル、案外いいと思ってるよ」

「そう?

 ひょっとして――お姉ちゃんの名前が入ってるから?」

 

ギクッ。

――どうしてわかるの、なんて、言わない。言わないんだから。

 

「お姉ちゃんの『冠番組』が誕生しちゃったね――ぼくのほうのクラブ活動で」

「べっべつにいいんじゃない?」

「あとさ」

「なあに?」

「板東さんが――」

「板東なぎさちゃんが、?」

「お姉ちゃんのエプロン姿……かわいいって」

「言ってくれたの?

 うれしい!!

 

「あんまりデカい声出すな、このお調子者」

ムスッとしてわたしは、

「あすかちゃんと利比古は、ちゃんと9月のことを振り返ってくれたわよ。あなたはなにをやっていたの? アツマくん」

「バイトに明け暮れていた」

「ふーーーーーーーーーん」

バイトをバカにするな!

してないわよ!!

 

「あと――筋トレを再開した」

「あー、お兄ちゃん、すごい勢いでエアロバイク漕いでたね」

「たしかに、ときたま腹筋とか腕立てとかやってるわよね、アツマくん」

「ときたま、じゃないっ」

……ごめん

「愛…そこで素直に謝られても、だな」

「……がんばってるんだよね。」

「なぜにそんなしみじみとした顔になるのか」

 

「ねえ……アツマくん」

 

「ん?? なんだよ」

 

大学の後期も始まったし、そんなにわたしのこと、かまってられないかもしれないけれど。

 わたしが――手助けしてほしい時は、

 力を、貸してくれない?

 貸してほしいな――

 

……言われなくても、わかってるから

 

あすかちゃんがニヤニヤと笑い、

利比古がくすくす、と微笑んだ。

 

 

× × ×

 

「そういうおまえはどーなんだよ」

「そーだよ。お姉ちゃんも9月を反省してくれないとズルだよ」

「おねーさん、おねーさんの9月はどうでしたか?」

 

3つの方面から、集中砲火。

 

「んーーーーー」

「なんだよ、その思案顔」

「文字通り思案してるのよアツマくん」

 

「おねーさんは文芸部の部長なんですよね?」

「そうよ。でも残念なことに、文芸部ではあまり忙しくないの」

「部長なのに?」

アツマくんが訝(いぶか)しげに言う。

「そこ重要かしら」

「部長なのに忙しくないって――なんかたるんでんなぁ」

わたしたるんでるかしら

「お姉ちゃん、おさえておさえて」

苦笑するしかない、といった様子の利比古。

 

「これから忙しくなるんだからっ。文芸部以外にも、受験勉強以外にも!」

「具体的には――?」

不満げなアツマくん。

「10月になったら教えるわ」

10月って明日からじゃねーかっ!!

「……不服?」

「おれをちゃかしやがってっ…!」

「明日まで待ってよ」

怒りっぽく、

「10月の愛がとても楽しみだなあ」

「どうぞ次回お楽しみに」

ピリピリと視線をぶつけ合うわたしとアツマくんだったが、

「おねーさんとお兄ちゃんって、」

あすかちゃんがおもむろに口を開いて、

「ホント、仲いいですよね。」

 

 

 

物事の本質を捉える、

あすかちゃんの洞察力……。

 

「わかります、あすかさん」

「え、そこで利比古うなずくの」

「うなずくよ」

「どうしてうなずくの……」

「察しが悪いなあ、お姉ちゃんらしくない」

 

「アツマくん……利比古がいじめる」

「おれに手助けを求められても……」

 

「……そうよね」

「お」

本当に必要になったときに……助けて、って言うから

 

「……おぅ」

 

「照れを隠そうとしなくたって――いいじゃない」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】メタフィクショナル伝書鳩

 

赤と黒』のジュリアンと『パルムの僧院』のファブリス、羽田さんはどっちのほうが好きなのかしら――とか何とか考えていたら、藤村アンが家のピンポンを押してやってきた。

 

「おっはよ~はーちゃん」

「はいおはようアン。わたしんち来るの、久々?」

「そんな気がするねえ」

 

「紅茶淹れてあげるから」

「だいじょうぶ? じぶんでできる? はーちゃん」

…見くびらないでっ

 

× × ×

 

ふたりぶんの紅茶をテーブルに置く。

「あっりがとーはーちゃん♫」

「アン、あなた大学は始まったの」

「始まったよ」

アンを見回して、わたしは、

「……じゃあもう少し外見をしっかりしないとね」

「え、だらしない、わたし」

「はっきり言ってだらしない。髪をもうちょっときちんとセットするべきよ」

「ハハ…きびしいな」

「別にきびしくないわ。…せっかく良い具合に伸ばしてるんだから、髪を無造作にしないの」

「なんか…わたしのお母さんになってるみたいだね」

「お母さんじゃなくて、おねーさんよ」

 

というわけで――わたしの部屋で、アンの髪を整えてあげた。

 

× × ×

 

「ありがとはーちゃん。

 きょうのはーちゃんは、元気でいいね。

 キョウくんは元気?

 

 

 

 

「――不意打ちはやめて」

「不意打ちしちゃうもん。

 いい大学通ってるんだよね~、しかも理系」

「え、ええ、都の西北――というより大久保のキャンパスで、建築を学んでるわ」

「はーちゃんの熱血指導で合格できたんだよね!」

わたしの机の椅子にまたがり、頬杖をついてアンが笑う。

「熱血、は余計」

「やっぱすごいや、はーちゃんは」

「…褒めちぎらないで」

「でも褒められてうれしいでしょ?」

あたりまえじゃない…。

 

「キョウくんのところも講義は始まってるみたいよ。このブログフィクションだからオフライン講義」

「いるのかなあ、そのおことわり」とアンは苦笑。

「フィクションであることのケジメはつけとくのよ」

「まじめだね」

「…あなたも、もう少しまじめにならない?」

「彼と、会ってないの?」

「会ってるわよ」

「お弁当とか……作ってあげないの? 彼に」

 

「どうしてわかったのアン……キョウくんにお弁当、作ってあげてるって」

 

「だってはーちゃん、料理得意じゃん」

 

「とっ遠くに住んでるから……毎日作ってあげてるわけじゃないけど。キョウくんわたしのお弁当喜んでくれるし、彼にしてあげられるの、お弁当作るくらいだし」

 

「ほかには?」

「わたし体力ないから…、あんまり遠出はできないし」

「近場でいいからどっか一緒に行ってみればいいじゃない」

「そ、そうね、キョウくんの興味を探ってみようかしら――フィクションだから、楽しめそうな施設もいっぱいありそうだし」

「フィクション、ってのにこだわるねー」

わたしはコホンと咳払いし、

「フィクションついでに、メタフィクションな話をするわ」

「??」

「このブログの『中の人』から伝書鳩が来てね――」

「うそっ! 伝書鳩って実在するの」

「そこがもうメタフィクショナルなんだけど…まーいいわ。

 とにかく『中の人』の伝言で、『明日から3日間お休みをいただくかもしれません』だって」

「更新のこと?」

「更新のこと」

「かもしれません、って曖昧ね」

「ひょっとしたら更新できるかもしれない、ってことでしょ。

『中の人』、『むやみに休み過ぎたら調子狂うこともある』って前に言ってたし」

「なにそれ」

「そんなに笑うもんじゃないの、アン。『中の人』、ひょっとすると体調が悪いのかもしれないでしょ。だからこうやってわざわざ前もって休載連絡を――」

「はーちゃん、『中の人』にもお弁当持っていってあげたら?」

メタフィクショナルなからかいはやめなさい

 

 

 

【愛の◯◯】6つの餃子を分け合いたくて

 

カーテンを開いて、朝の光を浴びる。

 

文化祭の振替休日だから、1時間だけお寝坊した。

 

× × ×

 

文化祭のバンド演奏の責務は果たした。

 

今後気になることは――、

スポーツ新聞部の人間模様と、

わたしの『作文オリンピック』の結果。

 

作文オリンピックのほうは、10月になれば結果が出るのだ。

「そのとき」が来るのを待つしかない。

もう書いて、出しちゃったんだから、こっちのほうでジタバタしたって仕方がない。

不安と希望混じりの感情を――ときおり抱いたりは、するけれど。

 

スポーツ新聞部の未来はまったく不確定だ。

いや、正確には、スポーツ新聞部における人間関係の行く末が――いまだ全然定まっていない。

桜子さんも、

瀬戸さんも、

岡崎さんも、

ギクシャク、ギクシャク、ギクシャク――。

とりわけ3年組の歯車がお互い噛み合っておらず、わたしは心配。

こんがらがってるよねー。

加賀くんの存在感が極度に薄れるぐらい、3年組の人間模様は複雑にこんがらがっている。

水泳部の神岡恵那さんと仲睦まじい瀬戸さん。

ハルさんとの因縁浅からぬ岡崎さん。

神岡さん・ハルさんなど、スポーツ新聞部外部の人間も巻き込んでこんがらがっちゃってるから、もう、たいへん。

あと――3年の皆さん、進路、どうするんでしょうか??

 

「……わたしは、傍観者でいいんだろうか。

 どう思う……? ホエール君。」

 

……、

……腹話術じゃあるまいし、

ゆるキャラのホエール君のぬいぐるみに語りかけたって、しょうがないんだけど、ね。

 

 

× × ×

 

 

「よぉくつろいでるなあすか」

「だってせっかくの振替休日だし」

くつろいでるのは、お兄ちゃんのほうじゃないですかー。

大学はどうしたのー?

とか、思っていると、

ヨォシ! せっかくおれもおまえも休みなんだし、2人で昼メシ食いに行こーぜ!!

――そういえばいつの間にか、そんな時間帯だ。

「――いいよ、わかった。外出る準備するね」

わたしのリアクションが意外に思ったのか兄は、

「ん…いつものあすかなら、もうちょっと抵抗すると思ってたけど」

「きょうのわたし素直なの」

「んん……」

「お兄ちゃん、『笹島飯店』に行きたいんでしょ?」

「どうしてわかったんだ……」

「妹だからに決まってるでしょ」

そうやって、不敵な笑い顔を作ってみるのだ。

 

 

× × ×

 

 

「しばらく行ってなかったもんね」

「マオがさ、バイト先に来てくれたから」

「そのとき『近いうちに行ってやる!』って約束したんだよね」

「よく知ってるな。あすかに話したか?」

「んー、お兄ちゃんが話したか、マオさんから聞いたか……」

「ずいぶんあいまいだな」

「いいじゃん、どっちでも。

 わたし、マオさんとの約束を果たしたお兄ちゃんはエラいと思うよ」

「ずいぶん素直だな」

「そんな日もあるの」

 

そしていつの間にやらマオさんの実家『笹島飯店』の入口前に着いたのだった。

 

ガラーッ、と扉を開け、入店。

 

「いらっしゃいま…アツマさんとあすかちゃん!!

 

お盆を抱いて、感極まった表情のマオさん。

 

アツマさん、ほんとうに来てくれたんですね、しかもこんなに早く!

「長男はエラいから約束は必ず果たすんだ」

「『長男はエラいから』ってなんなの、お兄ちゃん…」

「あすかちゃんもお店に来てくれるのは久々ね、すぐお冷やとメニュー持ってくるからね~」

 

マオさんの機敏さにわたしは驚いた。

実家で働き始めて半年、ずいぶん手慣れるものなんだなー、と感心。

 

ニコニコ顔で、兄妹の向かい合うテーブルの脇に立つマオさんに、

「マオさんは――中村部長に、お盆休みに会ったんですよね」

当然、卒業してしまったので、もう『部長』ではないのだが、ついクセで『中村部長』と言ってしまう。

「うん、会ったよー」

「わたしも中村部長に会いたいです。」

 

目を丸くするマオさん。

 

「ソースケに…そんなに…会いたいの???」

「だって、彼は……いろいろなものを、わたしに与えてくれましたから」

 

「そ、ソースケ、そんなに人望があったんだなあ、って、」

 

「マオさんが過小評価なんですよぉ」イタズラっぽく。

「違うよ! わたしがいちばんソースケのこと認めてるもんっ!

 ……あっ

 

恥ずかしそうに口をつぐんだマオさんに、

「みんな……彼のことは認めてるんですよ……。

 いちばんは、もちろんマオさんで間違いないですよ?」

 

「こらあすか、無駄口叩くなっ、はやく注文決めろ」

「ごめん、お兄ちゃん」

「素直なのはいいんだがなあ」

「ブログという次元じゃなかったら何分間さっきの会話で消費してんのかって話だよね、ごめん…」

 

やってられない、といった様子で小さくため息をついて兄は、

「ラーメンとチャーハンのセットを頼むよ」

「承りました。――あすかちゃんは?」

「ラーメン。それと――」

これを頼まなきゃな。

「――餃子1人前」

「あ、おれも餃子頼もっかな」

「ダメダメお兄ちゃん」

「なんでだよ!?」

「1人前を――お兄ちゃんと半分こするの。

『笹島飯店』の餃子1人前は6つ――でしたよね? マオさん」

感激の声でマオさんが、

よく覚えててくれたね!!

 あすかちゃんは、お兄さん想いなのね!!

 

× × ×

 

「6つ、ってことは――半分こで、3つしか食べられないのか」

「いいじゃんお兄ちゃんチャーハンも頼んでるんだし」

「あくまで1人前に執着するというのか」

――兄妹で分け合うことに、意味があるんでしょ?

 

「なんか、きょうのおまえ――」

「?」

「落ち着いてるな」

「ありがとう、ほめてくれて」

「…いつもこうだったら、もっと平和なんだがな」

前言撤回

 

 

 

【愛の◯◯】利比古くんを思わず折檻(せっかん)…

 

「いよいよもうすぐ本番だね。

 緊張する?」

文化祭の『ソリッドオーシャン』のステージを前に、奈美がわたしに訊いてくる。

「そんなに。

 場数を踏んだから……それに、きょうは学校のイベントだし」

「学校のイベントだからって手抜きはなしだよ、あすか」

ベースのレイが言ってくる。

「わかってるよぉ……」

 

「あすか」

不意に、ドラムスのちひろが問いかける。

「あすかは――自分の演奏を聴いてもらいたい、大事な人とか、いるの?」

「な、なに、本番前に急に」

奈美とレイまでニヤニヤしちゃって。

「秘密に決まってんじゃん」

ぶっきらぼうに言うわたし。

 

――『大事な人』、か。

 

「そういうちひろはどうなの」

「残念。

 それを話してるヒマ、なくなってきたみたい」

ほんとだ。

スタンバイしなきゃ。

ちひろのズル。

――ともあれ、軽く深呼吸して、

4人の拳を突き合わせて、

ステージに向かうのだ。

 

 

× × ×

 

 

岡崎さんがいる。

 

来てくれたんだ。

意外。

来てくれたのなら、

最後までちゃんと聴いて行ってくださいよ、岡崎さん――。

 

× × ×

 

利比古くん、ちゃんと来てくれてるじゃん。

あとで感想、訊き出さなきゃ。

 

利比古くん、観客のスペースで、棒立ちで、眼がキョロキョロ泳いでいて、

一緒に暮らしてる身として――ちょっぴし情けなく思う。

もっと堂々としてればいいのに。

ま、

来てくれただけ、エラい。

 

× × ×

 

「あすか、MC」

「あ、ごめん奈美。

 どうも『ソリッドオーシャン』です!!

 奇妙奇天烈なバンド名でごめんなさい。

 ――だけど、近頃の不安定な大気をカッ飛ばして、どんどん場を盛り上げていきたいと思ってるんで、よろしくおねがいしまーーす!!

 カッ飛ばす、といえば。

 わたしは野球が好きです。

 奈美やレイやちひろ――ほかのメンバーには、なかなか野球の魅力をわかってもらえないんだけど、

 あの、カーンッ! っていう『打球音』が、どうにもたまらなくって、

 やっぱり野球――大好きなんです。

 で、わたしの野球好きが高じたのか、今回は――、

 Base Ball Bear、やりたいと思います。

 

 カッ飛ばしていくぞーーーーー!!!

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

シャワーを浴び、

ミネラルウォーターを飲みつつ、

邸(いえ)のソファでクールダウン。

 

すると、丁度いいところに、利比古くんがやってくるではありませんか。

 

「丁度よかった。座って」

「えぇ……命令ですか? あすかさん」

「そうかもしれないねぇ」

「……バンド演奏の感想を聞きたかったんですね」

「理解が速くてよろしい」

素直に彼はソファに座った。

「あの…、お疲れさまでした」

「わたし感想が聞きたいの。『お疲れさま』じゃ感想になってないでしょ?」

「そうですよね…」

「――利比古くんってさ、

 優柔不断タイプなのか、そうじゃないのか、

 イマイチはっきりしないよね」

 

テンパる利比古くん。

 

「――ごめんね。話題をそらしちゃった」

「ステージの、感想ですけど…」

「うん。」

「あすかさんが……堂々としていました」

また漠然な

うぅっ

わたしは利比古くんのほうにもっと堂々としてもらいたいよ

「……」

「意外と見えるのよ――ステージから、観客の様子」

「ぼくを見てたんですか」

「見てた」

ずっと――ですか??

え、演奏もしてるのにずっと一点だけ見つめてるわけないじゃん?! とつぜんなに言い出すのっスットボケないでよ利比古くん

 

× × ×

 

「あすかさんに――頭、はたかれたの、初めてです」

「そうだっけ?」

 

 

 

 

【愛の◯◯】呑んでも呑まれるな

 

去年同様、戸部アツマくんの邸(いえ)で、ルミナの誕生日を祝うことになった。

 

去年と同じ流れだ。

おれがバースデーケーキを買ってくる。

お互い、連れてきた友だちと一緒に、ケーキを前にして『ハッピーバースデー』の歌を歌い、ルミナを祝福する。

羽田愛さんが中心になって作ってくれた美味しい料理を食べる。

愛さんはルミナとおれのために1曲ずつ、ピアノで演奏してくれる。

 

「どうでしたか? わたしのピアノ」

「素敵だったよ」

月並みな褒め言葉しか返せなかったが、愛さんは喜んではにかむ。

「ギンは語彙(ごい)がないねえ」

「あいにくな、ルミナ」

「かといって、あたしも……すごく良かった、上手かった、としか言えないけど」

「言えないんかい」

「うれしいですルミナさん。その言葉だけで」

朗らかに笑う愛さん。

彼女が、眩しく見える。

ピアノも料理も、超一流。

率直に、戸部くんがうらやましい――おっと。

「前途洋々」ってことばが、ちょうどピッタリ当てはまるんだな、彼女。

それに比べて、おれは……。

 

「――どうしたんですか? ギンさん」

「えっ?」

「なんか、急に元気がないような顔になったみたいで」

愛さんが心配そうにおれの顔を見る。

「料理に嫌いなものでも入ってたとか」

「そ、それはないよ。断じてない」

「でも急に顔が曇ったから…」

 

「ギンは将来がナーバスなのよ」

「ルミナ……」

「4年で卒業できないのは確定的だし」

「えっルミナどこでそれを」

「知らない人間、いなくない?」

 

…そういうもんなのか。

 

「これからどーすんのよ、って感じだよねー。ホント」

そう言って缶チューハイをあおるルミナ。

いつの間にか、飲み会モードなのだ。

おれは焼酎をちびり、と舐める。

案外、静かに呑むのが好きなのだが、

目の前の幼なじみが、そうはさせてはくれない気がする。

「あたしはがんばってるよー、ギン」

「……わかってるよ」

 

「――ギンさんもいろいろ大変なんですね」

片手で頬杖をつき、愛さんがつぶやくように言った。

「――わたしも今年は、将来のことでいっぱい悩みました」

 

悩み「ました」ってことは――、

過去形――、ってことなんだなあ。

 

おれは思わず大きなため息をついてしまった。

それにビックリしてしまったのか、

「ぎ、ギンさん!?」

なにかマズいこと言っちゃったんだろうか!? というふうな表情になってしまう愛さん。

その様子が、10代の女の子らしくって、少しホッとして、思わず微笑(わら)ってしまった。

「なんだか情緒不安定だねえ、きょうのギンは」

「すまん。

 おまえの22回めの誕生日を祝うためにここに来たんだった。

 おまえが主役だった」

「……ま、いいんだけどさ」

何本目かわからないハイボールの缶をくゆらせて、赤みがかった顔でルミナも微笑(わら)った。

 

「あの…時間も遅いし、受験勉強もあるので、わたしそろそろ上の部屋に……」

「おお、悪いな、愛さん」

え~っ、愛ちゃんもう寝ちゃうの

 

なにを言い出すかルミナ。

 

「す、すぐに寝るわけではないですけど」

も少し夜ふかししてもいいんじゃないのぉ??

 もうコドモじゃないんだしぃ、愛ちゃんもぉ

 

「こコラっ、よせルミナ」

やっちまったか。

おれの監督不行き届きで。

アルコールが、ルミナの中で、爆(は)ぜた――。

 

そのとき、

 

「いいじゃんか、愛。そそくさ引っ込まんでも。たまには、夜ふかししたって、バチは当たらんだろ?」

 

アツマくん!?

戸部くん!?

 

愛さんとおれは同時に驚きの声を上げた。

 

「あしたも学校があるのよ、朝から。アツマくんあなたとは違うの」

「べつに深夜2時とか3時とかまでいろとは言っていない」

「いるわけないじゃないっ」

「少しだけ夜ふかしするんだよっ、ルミナさんとギンさんのそばに、もう少しだけいてやるんだよ」

腕をつねられながらも戸部くんは愛さんを引き止める。

「どうしてそんなこと…」

「…いや、愛も、もう子どもじゃないよな、って思ったからかな?」

「ルミナさんと同じこと言う」

「ああ。同じこと言った」

 

困惑する愛さん。

 

「いいだろ。いてやれよ」

「わたしがいたっていなくったって、おんなじ…」

「んなわけねーよ」

「どーしてわかるのよ」

「ルミナさんとギンさんの友だち、あらかた帰ってしまったし」

そう、いつの間にか、広い空間に人もまばらになってしまっていた。

ルミナとおれ、大学院生の流(ながる)さん、戸部くんのお母さん、そして戸部くんと愛さん。

残っているのはこれくらいだ。

「おまえがいてくれたほうが――賑わうだろ」

戸部くんは愛さんの顔をまともに見つめる。

どうしてもいてほしいの? ――アツマくん

無言で、彼は彼女の顔を見つめるまま。

な、なんとかいってよ

 

あたしはいてほしいな~~

 

「る、ルミナさん」

 

ギンのめんどー、みてやってよー、ギンったらほんとどーしよーもないんだからぁ

できあがったルミナが愛さんに絡みつこうとする。

おれにはルミナを全力で止めに行くことしかできない。

「やめような、ルミナ」

あんたがどーしよーもないからでしょー

「たしかにな……だが、超えてはいけないラインってものがあるんだ」

え~なんで~~

「聞き分けがないと、帰らせるぞ」

やだやだやだやだやだ!!!!! それだけはヤダっ

 

「ギンさん……」

喘ぎながらルミナを制するおれに、愛さんがことばを掛けてくれる。

「わたし……もうちょっとだけ、ここに残ったほうがいいみたいですね」

「い、いいんだよ気を遣わなくて」

「ルミナさんが心配なので……」

 

ほんとに。

酒ってやつは。

人を、変えちまう。

 

愛ちゃん、一夜をともに過ごそうよぉ~~」とかなんとか、尚もルミナは喚いている。

ため息を、ついている暇なんて、ない。

 

愛さんの顔を見て、

「しょうがなくってごめんな、ルミナが」

「――勉強になりました」

「?」

「大学4年になると、いろいろたいへんなんだなって。

 社会勉強できました」

「…それはよかったよ」

「ギンさん。」

「ん? …なんだい」

「お酒……強いんですね」

「……ルミナが、まだ子どもなだけさ。」

 

 

 

 

【愛の◯◯】波乱のお泊まり

 

合宿1日目、まずわたしたちは勉強会をやった。
番組を作る上での心構えや具体的な方法などについて、意見を出し合った。
ここでぶつかり合ったのが、麻井会長と羽田くんだ。
実際のテレビ番組を分析して持論を述べた羽田くんだったが、「話が長い!」だの「論にツッコミどころ多すぎ!」だの、即座に会長が噛み付いて……。
負けじと羽田くんも反論して、議論が白熱したのは良かったけれど、イマイチまとまりがつかないまま勉強会はお開きになってしまった。

で、そのあとは番組制作の実践。
麻井会長の力を借りずに下級生3人で番組作りすることになっていた。
お料理番組。
羽田くんのお邸で収録するということで、彼のお姉さんの愛さんに協力してもらった。
番組タイトルも、『羽田愛のお料理学園』。
タイトルからして、もはや愛さんが主役である。
冠番組」ってやつ?
本編は、オーソドックスなお料理番組みたいに、わたしがアシスタント役アナウンサーになって、講師である愛さんの指導をあおぐ、というスタイル。
ハンバーグの作りかたを教えてもらった。
愛さん――間近で見ると、信じられないぐらい、美人。
エプロン姿が可愛くて、可愛すぎて、このお料理番組の映像を観た桐原の生徒のあいだに『羽田愛さんを愛する会』ができないか、心配。
巷のアイドルなんか、目じゃないよ。
スカウトとか、されないのかなぁ?
ちなみに愛さんはエプロンもお手製らしい。
なんでもできるんだ。
弟子入りしようかな。

わたしたち下級生3人が番組作りに取り組んでいるあいだ、麻井会長はただ遠巻きにキッチンの光景を眺めているだけだった。
なんか、眠そうだったかも。
「くたびれ」も……やっぱりあるんだろう。

美味しいハンバーグができた。
ハンバーグをおかずにして、夕食。
そして、お待ちかねの、入浴タイム。
――お待ちかねといっても、何かが起こるわけでもなかったのだが。
あ、浴場がとても広くてビックリした。
わたしと会長だけでお湯に浸かったから、なんか贅沢だった。
脱衣所に、マッサージチェアやコーヒー牛乳自販機を置けそうなスペースもある、それぐらい広々で、快適。
とんだ豪邸に来ちゃったんだなー、とうっすら思った。
あー、
あと、要らない感想だけど、
脱衣所で、服を脱いだり、身体を拭いたり、着替えたりするわけですが――、
ここだけの話、
麻井会長、わりにちゃんとしたブラジャーつけてた。
――はい、要らない感想でしたね?

× × ×

「というわけで――あとは、会長と女ふたり、布団を並べて、就寝するだけなのであります」
「……なぎさ?」
「すいませんでした、カメラ目線で」
「どこにもカメラないでしょ」
「わかりませんよ? 例えば黒柳くんが――」
「アホなこと言わないでよ! クロに限ってそんなことしないよ!」
「へー。ずいぶん黒柳くんに信頼寄せてるんですね」
「……当たり前じゃないの」

ちょっかい、出したくなった。

「会長は……黒柳くんのこと、どう思ってんですか?」
「は? 撮影要員に決まってるでしょ」
そうじゃなくて。
「そうじゃなくて」
「――後輩の男子」
変な素振りはなし、か。
「なんなのなぎさ、アンタもしかして男子の品定めでもしようと思ってんの!?」
呆れたように、
「……アンタはクロのこととかどうでも良さそうだよね、いかにも」
「いかにも。」
「男としては、なんとも思ってない」
「よくわかっていらっしゃる」
苦笑いのわたしと、仏頂面の会長。
「じゃあ、羽田は? やっぱり1年男子は、お子様?」
「お子様とは、思っていませんけど――」
意味深長な間をもたせて、
「逆に訊きます。会長は羽田くんどうなんですか。男の子として意識したりはしないんですか」

とたんに、
あわてたような顔になって、
恥ずかしそうに、
会長が、わたしから眼をそらした。

――うそっ。

「その反応――、会長もしや、」
「なっ、なんにもない!! なんにもないから!!」
「『なんにもない』って言うひとが、なんにもないわけないじゃないですか!!」
「アタシはほんとうのことしか言わない……」

信じられない。

「アタシが、羽田に、後輩として以上の感情を持つなんて、ありえない」
そう言い張る会長。
「寝かせてよ……なんかくたびれちゃったし」
会長はそそくさと布団をかぶってしまったが、さっきのリアクションが予想の斜め上を行っていたので、わたしの眠気がどっかに行っちゃったりするのである。
予想斜め上……どころじゃなくって、
はるか頭上。

× × ×

あくる朝。
眠い目をこすりながら布団から起き上がると、会長がとっくに起きていて、窓からこぼれる朝の光を浴びている。
「会長、よく眠れました?」
「……」
こっちを向いてくれない会長。
「どうしましたー? 悪い夢でも見たんですかー?」
わたしに背中を向けたまま会長は、
「悪い夢は見てない。でも……」
「でも、?」
「夢の中で……」
「夢の中で、?」
「アタシの兄さんと……羽田のイメージがダブっちゃって……その」

それは。
つまりは。

振り向きざまの彼女の表情から、SOSのメッセージを受け取る。

泣きそうな、眼。

「兄さんと羽田を重ねちゃったのアタシ。どうすればいいのかな。羽田のこと過剰に意識しちゃう。おかしいよね、アイツ1年生なのに。でも気持ちが暴れて――このまんまだとアイツに顔合わせらんない。どうしようもないよ」

緊急事態……なのだが、とりあえず会長の肩を抱いて、どうにか落ち着かせようとする。

「会長、深呼吸、深呼吸」

「なぎさぁ」

「呼吸法。会長がむかし、わたしに教えてくれたでしょう? 会長だって、アナウンス、得意だったじゃないですか、元々」

……少しずつではあるが、からだの震えも、落ち着いてくる。

敢えて、励ましの言葉を。

「はやくしっかりしようよ……麻井センパイ。」

 

 

 

 

【愛の◯◯】誤解を招く言葉がいっぱい

 

「……ちょっとしか飲んでないし。それに、今回は誰にも迷惑かけなかったんだから、別に怒らなくたっていいじゃないの」
「こーゆーのはケジメってのが大事なんだ、ケジメが。いいかあ? これで味をしめて、二度三度って危険性がだなあ――」
「ムカつく」
「は!? 逆ギレすんじゃねーよ」
「わかったわよ。いいんでしょ、飲まなかったら、炭酸!」
 そう言って、ぷいっと顔をそむけて、茶番を打ち切ろうとしたのに、
「ちょっち待てや!」
とにっくきアツマくんが腕を掴んでくるのだ。
「痛いんですけど」
「おしおきだ」
「だから飲まないって言ってるでしょ?」
「約束できるか?」
「もちろんよ」
「あやしいな」
 うるさい早く手を離せこのバカ……と無言で呟きつつ不機嫌に睨みつけたら、利比古の足音が近づいてくる。
 いや、利比古だけではない。複数人の足音。
 そうだ、そうだった。今日と明日、利比古が所属しているKHK(桐原放送協会)の合宿が、わがお邸で行われるのだった。
『おじゃましま~す』
 元気のいい挨拶の声。
 利比古はわたしの右肩に手を置き、しょうがないなあお姉ちゃんは、と言わんばかりに微笑みつつ、
「夫婦ゲンカしてる場合じゃないでしょ?」
 ――わたしとアツマくんの顔が、同時に赤くなったのは言うまでもない。

 


 利比古のほかに、KHKは、女の子がふたり、男の子がひとり。
 女の子は、会長の麻井りっちゃんと、2年の板東なぎささん(アナウンス担当)。
 男の子は、2年の黒柳巧くん(撮影担当)。
 とりあえず、再会できたのがうれしくて、りっちゃんに声をかける。
「久しぶり、りっちゃん。会えてうれしいよ」
 家出のときよりも――顔色が良い感じがして、ひとまずホッとする。
「また迷惑かけちゃうね、愛さん」
「そんなこと言わないでよ。我が家だと思って、ゆっくりしていって」
「『我が家』、か……」
 しんみりするような眼になるりっちゃん。
 しまったー。
『我が家』という言葉を持ち出したのが微妙だったか。
 不都合なことを思い出させてしまったかもしれない。
「ゴメン、りっちゃん! わたしの言葉づかいがあやふやで。とにかく……リフレッシュしようよ、パーッとやろう? パーッと」
 りっちゃんは苦笑いで、
「気を遣わないで、愛さん」
「でも……!」
 この場をどう取りまとめようかとわたしがピンチになりかけているところに、
「愛さんの言う通りですよ!! パーッとやりましょうよパーッと!! 今夜は愛さんの絶品ハンバーグが食べられるんですよ!?」
と、物凄いテンションで、りっちゃんの後輩の板東なぎささんがまくし立ててくるのだ。
「ね、会長。ハンバーグ食べて元気出しましょ」
 じゃれるように、りっちゃんの背中を押す。
「なぎさ……。そうだね、そうだよね。愛さん……ハンバーグ、楽しみにしちゃってもいい?」
「もちろんだよ! りっちゃん」
 ありがとう、なぎささん。

 

 2年男子の黒柳くんは、気後れしているような感じ。
 なんとなく、利比古と雰囲気が被る。
 ――少しだけ意地悪しちゃおう、と思って、腰をかがめ、ボーッと立ち尽くしている黒柳くんの顔を、下から覗き込むようにして、
「ようこそ、後輩クン。今晩は美味しいゴハンわたしが作ってあげるから、たくさん食べてね」
と満面の笑顔で言ってみた。
 型通り、黒柳くん、ドギマギ。
 からかっちゃった……。
 でも、かわいいからいいや、と思っていると、
「初対面の男子に変なモーションかけんな、このバカ」
と、にっくきアツマがおもむろにわたしの頭を小突いてくるのだ。
 モーションかけるって、なに!?
 誤解を招くようなこと言わないでよ!?
 わかってんの!?!?