『赤と黒』のジュリアンと『パルムの僧院』のファブリス、羽田さんはどっちのほうが好きなのかしら――とか何とか考えていたら、藤村アンが家のピンポンを押してやってきた。
「おっはよ~はーちゃん」
「はいおはようアン。わたしんち来るの、久々?」
「そんな気がするねえ」
「紅茶淹れてあげるから」
「だいじょうぶ? じぶんでできる? はーちゃん」
「…見くびらないでっ」
× × ×
ふたりぶんの紅茶をテーブルに置く。
「あっりがとーはーちゃん♫」
「アン、あなた大学は始まったの」
「始まったよ」
アンを見回して、わたしは、
「……じゃあもう少し外見をしっかりしないとね」
「え、だらしない、わたし」
「はっきり言ってだらしない。髪をもうちょっときちんとセットするべきよ」
「ハハ…きびしいな」
「別にきびしくないわ。…せっかく良い具合に伸ばしてるんだから、髪を無造作にしないの」
「なんか…わたしのお母さんになってるみたいだね」
「お母さんじゃなくて、おねーさんよ」
というわけで――わたしの部屋で、アンの髪を整えてあげた。
× × ×
「ありがとはーちゃん。
きょうのはーちゃんは、元気でいいね。
キョウくんは元気?」
「――不意打ちはやめて」
「不意打ちしちゃうもん。
いい大学通ってるんだよね~、しかも理系」
「え、ええ、都の西北――というより大久保のキャンパスで、建築を学んでるわ」
「はーちゃんの熱血指導で合格できたんだよね!」
わたしの机の椅子にまたがり、頬杖をついてアンが笑う。
「熱血、は余計」
「やっぱすごいや、はーちゃんは」
「…褒めちぎらないで」
「でも褒められてうれしいでしょ?」
あたりまえじゃない…。
「キョウくんのところも講義は始まってるみたいよ。このブログフィクションだからオフライン講義」
「いるのかなあ、そのおことわり」とアンは苦笑。
「フィクションであることのケジメはつけとくのよ」
「まじめだね」
「…あなたも、もう少しまじめにならない?」
「彼と、会ってないの?」
「会ってるわよ」
「お弁当とか……作ってあげないの? 彼に」
「どうしてわかったのアン……キョウくんにお弁当、作ってあげてるって」
「だってはーちゃん、料理得意じゃん」
「とっ遠くに住んでるから……毎日作ってあげてるわけじゃないけど。キョウくんわたしのお弁当喜んでくれるし、彼にしてあげられるの、お弁当作るくらいだし」
「ほかには?」
「わたし体力ないから…、あんまり遠出はできないし」
「近場でいいからどっか一緒に行ってみればいいじゃない」
「そ、そうね、キョウくんの興味を探ってみようかしら――フィクションだから、楽しめそうな施設もいっぱいありそうだし」
「フィクション、ってのにこだわるねー」
わたしはコホンと咳払いし、
「フィクションついでに、メタフィクションな話をするわ」
「??」
「このブログの『中の人』から伝書鳩が来てね――」
「うそっ! 伝書鳩って実在するの」
「そこがもうメタフィクショナルなんだけど…まーいいわ。
とにかく『中の人』の伝言で、『明日から3日間お休みをいただくかもしれません』だって」
「更新のこと?」
「更新のこと」
「かもしれません、って曖昧ね」
「ひょっとしたら更新できるかもしれない、ってことでしょ。
『中の人』、『むやみに休み過ぎたら調子狂うこともある』って前に言ってたし」
「なにそれ」
「そんなに笑うもんじゃないの、アン。『中の人』、ひょっとすると体調が悪いのかもしれないでしょ。だからこうやってわざわざ前もって休載連絡を――」
「はーちゃん、『中の人』にもお弁当持っていってあげたら?」
「メタフィクショナルなからかいはやめなさい」