【愛の◯◯】お父さんが好きなはーちゃんの祝福と戸惑い

 

日曜日。

葉山家にやって来た。

 

ダイニングテーブルに、はーちゃんのお父さん。

「お邪魔します」

わたしが挨拶すると、

ようこそようこそ。杏(あん)さん、いつも娘が世話になってるね」

と笑顔で言われた。

下の名前を呼ばれて、少しだけドキッとした。

 

× × ×

 

「…ステキなお父さんだね、はーちゃんのお父さん」

「あなたもそう思う? アン」

「思うよ。そう思うよ」

はーちゃんは微笑んで、

「よかったわ」

「わたしのパパより……断然ステキ」

「あら。そこまで言っちゃうの」

「……好きなんでしょ? はーちゃんは。じぶんのお父さんが」

「好き」

「尊敬してるんだ」

「してる」

「うらやましいなあ……。」

微笑んだまま、

「そんなにステキだと思うのなら、もっと話してきたら?」

「はーちゃんのお父さんと?」

「そーよ。きっとわたしのお父さん、アンのいい話し相手になってくれるわよ」

「……遠慮」

「あらら」

「……面と向かうと、緊張しちゃうし。はーちゃんとおしゃべりするほうがいい」

 

微笑み続けるはーちゃん。

 

やがて、

「――仲良しなの、わたしとお父さん。読書の話ができるし、一緒にフランス語の勉強会もしてる。休日には、ふたりで出かけることもあって。――父娘(おやこ)デートかな」

と、遠い目になりつつ言う。

 

……ほんとうに仲良しさんなんだな。

 

「それに」

しみじみとした声で、

「わたしが、いちばん荒れてた時期も……根気よく、わたしと向き合ってくれたし。助けになってくれて……。だから、感謝してもしきれない」

と言うはーちゃん。

 

「――家族愛だ。」

「そう、家族愛」

「感謝してもしきれない、か。……はーちゃん、そういう気持ちは、大切にするのがいいよ」

「…アンの言う通りね」

「うんうん」

 

 

しばらく、お互いにしみじみする。

 

ベッドに座るはーちゃん。

『こういう顔も……美人だな』と、こころのなかで勝手に思う。

 

 

× × ×

 

美人な親友が、

「ところで――」

と口を開いて、

「祝福を――まだ、してなかったわね」

と言ってくる。

 

「――わたしの就職のこと?」

「もちろん」

「そんなうまく行ったわけでもないんだけどね」

「でも――立派よ」

 

柔らかな美人顔で、

「おめでとう、アン。あなたが立派な社会人になれて、わたし嬉しいわ」

と祝福してくれる。

 

「……なんか、むずがゆいかも」

「そんなこと言わずに、もっと喜びなさいよ。せっかく祝福してあげてるんだからね?」

「まだ……内定出ただけだし」

「どうしてあなたそんなに控え目なのよ。らしくもない。もっと全身で喜びを表現したっていいのに」

「全身で……って。どういうオーバーリアクションかな」

苦笑いのわたしだけれど。

「でも……嬉しい。純粋に、嬉しい。きっと、ここまで来れたのは、はーちゃんのおかげ」

「アン……。」

「わたしとはーちゃんが出逢ってから、今年で4周年」

「……うん。」

「はーちゃんはいつも助けになってくれた。感謝しても、しきれないです」

 

戸惑い気味の彼女のほっぺたに、ささやかな赤みがさす。

 

× × ×

 

それから話題は、戸部アツマの地獄の就活ロードに移っていった。

許せ、戸部。

 

「それは――大変なことになってるのね、戸部くん」

眼を丸くするはーちゃん。

 

わたしは、イタズラな遊び心で、

「――激励、してみたら?」

と言ってみる。

「げ、ゲキレイ??」

「いま、戸部に電話かけて、激励のことばを浴びせるの」

「わ、わたしが、やるわけ!?」

「いいじゃんよー」

 

スマホをぽちぽちして、

「わたしのスマホから電話かけるから、かかったらお願いね、はーちゃん」

「お、お願いって……。こころの準備、できてないわよ」

「――なんで身構えてんの? どうせ、戸部だよ??」

「どうせ、じゃないのよっ」

 

ヘンだなあ。

彼氏でもなんでもないのに。

 

「あ…あなたのスマホを貸しなさいっ、アン」

「え、激励する気になったの? 戸部を」

「違うの」

「違うのなら、わたしのスマホでなにすんの」

「……キョウくん」

「キョウくん!? はーちゃんの幼なじみが、どーかしたの!?」

「キョウくんに、ヘルプを……」

 

 

や、「ヘルプ」っていったい。

そもそも、わたしのスマホの電話帳に、キョウくんの連絡先なんか、入ってないよ…?