アパート。
朝の身支度をしていたら、いきなり母から電話がかかってきた。
「お母さん、どうして電話してきたの? わたし急いでるんだけど」
「ツンツンしてるわね」
ぬなっ。
「『ツンツン』って……どういう意味」
「だから、『ツンツン』は『ツンツン』よぉ」
「お母さんっ!!」
叫ぶように言ったから、勢い余って左手のヘアブラシを落としてしまう。
床に腰を下ろして、少し息を吸って吐いて、それから、
「わたしの口調、そんなに攻撃的?」
「攻撃的というか――」
母は、
「遅れてきた反抗期って感じよね」
と衝撃的な発言を。
たしかに、反抗期になるべき時期に、わたしはあまり反抗期になっていなかった。
だけど、それは両親を尊敬していたからだ。
厳しい両親だったけど、厳しいのも愛情だと受け容れていた。
それなのに、厳しかったはずの母が、今はすこぶる楽しそうに、
「反抗期が遅れてやって来たみたいで、嬉しいわぁ」
「なにそれ。『反抗期』だって決めつけないでよっ」
「その反発ぶりがまさに反抗期よ」
言い返せない。
「侑(ゆう)。あなたが中高生のとき、もう少しそんな風に反発してくれたって良かったのに」
お母さん!?
初耳なんですけど!?
× × ×
フォークでガトーショコラを切り、切ったガトーショコラを刺す。
口に持っていって、咀嚼(そしゃく)。
いったんフォークを置いて、それから、
「愚痴、聴いてくれる?」
「あら」
正面の席で右手にコーヒーカップの愛が、
「どんな愚痴なのよ。わたし気になるわ」
今朝の母との通話について愛に話す。
母に対する違和感と不満を打ち明ける。
そしてそれから、
「尊敬してたから、あまり反抗しなかったのに」
というコトバをぼしょり、とこぼして、
「今になって、『もう少し反発してくれても……』だなんて」
愛は微笑ましそうだ。
可愛くも美しく、ニコニコ。
わたしの愚痴を受け止めてくれているけど、わたしにとって都合の良くないコトを言ってきそうで、不安になる。
「侑?」
上手に愛のニコニコ顔が見られないわたしが、
「……なに」
と恐る恐る言ったら、
「たまにはワガママ言ってみても、いいんじゃないの?」
ワガママ!?
ワガママって、お母さんやお父さんに……!?
「そんな」
完全にうろたえてしまって、
「ワガママを言う勇気なんか、わたしには無い……」
と、弱り気味な声を出してしまうけど、
「たぶんワガママな侑も見てみたいのよ、親御さん」
と愛に言われてしまう。
自分の皿のショートケーキの残りをフォークで半分に切る愛。
× × ×
16時にカフェを出て、第二文学部の講義を受けにキャンパスに戻る。
2コマ連続で講義を受けて、教場のある建物を出る。
すっかり夜。
電灯のランプが眩しい。
電灯の下にあるベンチにだれも座っていなかったから座る。
3回深呼吸して、スマートフォンを取り出す。
「あの……。お母さん?」
「なーに」
「ワガママを言わせて」
「!」
「今から、そっちのアパートに、行きたいの」
『そっちのアパート』。
つまり、両親の暮らすわたしの実家。
反抗期が訪れるコト無く、高校卒業まで過ごして育った実家のアパート。
突然『帰省したい』と言ってきた娘。
電話の先のお母さん、戸惑ってるかも……とも思ったけど、戸惑うどころか、
「侑~~」
と明るい声をわたしの耳に届けてきて、
「うれしいわ~~」
と喜びの声をわたしの耳に響かせて、
「お父さんも絶対喜ぶわよ!! 今日は侑の『ワガママ記念日』ね!!」
『ワガママ記念日』。
無理やりなネーミングのお母さん。
だけど……お母さんの喜びようがくすぐったいけど、なぜか胸があったかくなっていたりもする。