【愛の◯◯】街で見かけたらとりあえず問い詰めてみる

 

3限目に出席したあとで学生会館に入った。

5階のサークル室で、後輩の男の子をからかい、可愛がる。

罪なわたしは2時間滞在したあとで退室し、退館する。

いったいだれをからかって可愛がったのか。具体的にどうからかって可愛がったのか。

本人の名誉のために、そこはハッキリさせないでおく。

 

鼻歌を歌いながらキャンパス近くの通りを歩く。

スキップまでしてみたい気分になる。

わたしにイジめられた後輩男子のタジタジぶりが微笑ましく思い出されて、とても楽しい気分に。

 

性格に難のあるわたしが横断歩道に近づくと、信号待ちで立っている男性の後ろ姿が視界に飛び込んできた。

見覚えのある背中。

たぶん、あの男性(ひと)は……。

 

× × ×

 

荒木先生!! お久しぶりです」

横から挨拶という名の先制パンチを繰り出すわたし。

振り向いた途端にギョッとする荒木先生。

信号が赤になったから、荒木先生は横断歩道を渡れない。

「わたしの卒業した女子校の音楽教師であらせられる荒木先生、こんにちは」

「は……羽田さん、どういう挨拶、それ」

わたしは答えてあげない。

答えてあげるもんですか。

 

歩きながらの会話。

どうしてこんなトコロにこの時間帯に居るのか? というコトをわたしが問うたら、

「今日は少し早く放課後になったんだ。吹奏楽部の練習も無かったし」

「だから、こんな時間帯から羽を伸ばせるんですね」

ジロリ、と荒木先生を見てみる。

敵意ではなく、挑発でもなく、もてあそんでみたかっただけ。

わたしより8歳年上だけどギリギリ20代の若い男性教師は、

「羽を伸ばすというか……用事も、あったし」

とうろたえる。

ふーーーーん。

「きみ、なーんか……攻撃的になってない?」

なるのは当たり前ですから。

今こうやって先生に流し目送ってるのも、必然です。

出会った瞬間から、わたしに『使命』ができたんです。

わたし、探偵役。

「容疑者」とは違うけど、先生は、わたしに探偵行為をされる役。

こうして歩いてる間にも、先生のあんな◯◯やこんな◯◯を探(さぐ)り続けてるんですよ。

もっと具体的にしてみましょうか?

『とある気配』が先生に漂ってないかどうか、わたし、女子の感覚でサーチし続けてるんです。

『とある気配』とは、すなわち。

恋人の気配』。

 

× × ×

 

「あっ! こんなトコロにちょうどよく、ストリートピアノが!!」

最高にわざとらしく叫ぶわたし、

「弾きますか? 荒木先生」

たじろいで、

「きょ、教師が、目立つのは、どうなのかな」

と先生。

当たりの強いわたしと反対の性格、変わってないのね。

「じゃあわたしが弾きます」

「そういえば、羽田さんはピアノ得意だったんだよね」

あり得ない言い回しの先生に向かって、

「ですよ。先生より得意ですから」

「!?」

「半分本気で言ってます」

鍵盤にまっすぐ向かって、

「わたしの腕前を先生に見せてあげます」

 

× × ×

 

ピアノの周りに次第に人だかりができていく。

例によって、だった。

この前このストリートピアノで演奏した時と、変わらない状況に。

わたしのピアノの腕のおかげ。

 

しかしながら、5曲目を弾き始めたあたりから、人だかりが洒落(シャレ)にならないレベルになってきてしまった。

歩行者天国とはいえ、収拾がつかなくなるのは、まずい。

弾きながら、アイコンタクトで、

『逃げましょう、荒木先生』

というメッセージを送る。

しかし荒木先生はわたしのアイコンタクトに気付く様子が無い。

キリのいい小節まで弾き終え、立ち上がる。

それから。

瞬時に、先生の右手首を握る。

 

× × ×

 

一緒に逃げた。

裏路地でひとまず互いに立ち止まる。

荒木先生は体力が無く、いきなり走らされたので喘ぎまくっている。

全く息の乱れないわたしは、

「先生」

と呼び掛け、

「青島さやかって娘(こ)のコトは、憶えてますよね」

と問い掛ける。

まだ少し喘ぎ気味に、

「憶えてるよ、そりゃあ」

「ですよね」

わたしはお腹の前で両腕を組みつつ、

「青島さやか。わたしの大親友にして、荒木先生に焦がれていて、卒業間際に先生に告白――」

彼は、無言。

『それ以上はやめてくれ』とすら言い出せないみたい。

問い詰めモードに突入し、

「で、どーなんですか? 今、いるんですか?? いないんですか??」

「しゅ……主語を」

「カノジョがいるかいないか。それを訊いてるんですっ!!」

 

またとない機会なのだから。

今確かめないで、いつ確かめるの、ってハナシだ。

さやかが焦がれ続けている荒木先生は現在、フリーなのか、そうでないのか。

彼の返答次第で、今後の『対策』が、変わる。

 

「答えにくいが……」

ヘロヘロの声で、先生は、

「交際相手は、いない」

と、ハッピーな情報を公開してくれる。

「言いふらしたらダメだよ……。羽田さん、きみぐらい賢かったら、わかってくれると思うが」

「当然わかってますよ」

完全にこっちが上の立場。

なんだけど、『言わせっぱなし』じゃ、フェアじゃないし、

「情報提供に感謝して、わたしも『開示』してあげます」

「へ?」

気の抜けたリアクションの先生に対し、

「わたしは今、男の子と『ふたり暮らし』してるんです。彼のほうが2つ年上で、わたしが高等部1年の時からつきあってる。だから、交際期間6年近く……長くて太い関係です」