浪人生活を経て、加賀くんが大学に受かった。
彼が報告してきたとき、感極まって、こみ上げてくるモノがあった。
教師になって良かったと思う。
× × ×
「スポーツ新聞部」の3年生は3人とも現役合格できた。
まず、日高さん。
彼女はワセダな大学の複数の学部に合格した。
12月に入ったあたりから偏差値がどんどん伸びたという彼女。その前からワセダは有望だったんだけど、12月以降の模擬試験では複数の学部でA判定になることもあったという。
12月を境に偏差値が伸びていったコトの理由を、わたしは推し測ることができる。
だけど、彼女にとってプライベートでデリケートな◯◯、が絡んでくるから、オブラートに包んでおく。
合格報告をしてきてくれたとき、
『どの学部に進むの?』
と訊いてみたら、
『カルチャーを構想する学部に』
と答えてくれた。
さらに、そのとき、
『椛島先生。あたし、つらくなるコトがあったら、先生のトコロに行って、泣いてもいいですか……?』
と言われたから、
『もちろんよ』
と、頷いてあげた。
日高さんと固い友情で結ばれている、水谷さん。
彼女も第一志望の大学に見事に合格した。
第一志望の大学の名前は伏せておく。
でもヒントは出す。
ヒントは……ワセダを受ける子が、よく滑り止めにする大学。
あーっ。
『滑り止め』だなんて、水谷さんが悲しんじゃう表現よね。
『ワセダより立派で高いビルが御茶ノ水の近くに立ってる』ってヒントにしたほうが、いいかしら。
もうヒントというか9割9分答えになっちゃってるけど。
あはは……。
まあ、最初は京王線の某駅からスタート、なんだけど。
そこから一緒にスタートする子も居るんである。
合格報告のとき、イジワルな先生になって、その点を突っついちゃった。
『どう? 水谷さん。足並みを揃えてくれる男子が居るってゆーのは』
『い、イジワルなコトおっしゃるんですね、先生も』
『実質高校の延長よね。お互いに高校4年生みたいなモノ。部活動だって、延長戦に突入する感じで――』
『か、勘弁してくださいっ先生っ!!』
会津くん。
男子。
日高さん&水谷さんと同期の、男子。
彼は。
というより、彼『も』。
水谷さんと同じ大学に受かったのである。
部活動でも3年間ずっと一緒だったし、志望校も一緒。
偶然なのかしら?
妄想の風船が膨らんでいく。
そしてその風船は割れることがない。
彼が合格報告のために職員室に来たとき、
『しっかりやるのよ』
と満面の笑みで言ってあげた。
彼は狼狽(ろうばい)のために、なんにも言えなくなってしまった。
なんにも言えずに、慎重に周囲を見回し続けた。
椅子に座ったわたしは、余裕アリアリで、背の高い会津くんを見上げてあげる。
眼を逸らしながらも、彼はようやく口を開き、
『先生、ここは職員室ですし……あまりそういうコトを『ほのめかす』のも……どうかと』
すかさず、
『わたし、なーんにも、『ほのめかし』なんかしてないわよー??』
『か、からかわないでください!!!』
……会津くんの叫びに、数人の先生が注目したのだった。
× × ×
三者三様。
水谷さんと会津くんは彼女彼氏になったから、これからいっぱいいっぱい、混じり合って絡み合うんだけれども。
それにしても、悲鳴を上げる水谷さんも、同じように悲鳴を上げる会津くんも、2人まとめて初々しくて、微笑ましい。
あんまり微笑ましいものだから、職員室のデスクで仕事をしながら、笑い声を出しそうになってしまう。
自分独(ひと)りで面白がる分には、なんの問題も無かった。
そうなんだけど、
『椛島先生、いま、お忙しいですか?』
と背後から声を掛けられて、ヒヤッとする。
すごくヒヤッとする。
なぜか。
それは。
声の主が、二宮先生、だったから。
二宮先生。
30代。独身。男性。
英語担当。
教え子からのニックネームは『ニノ先生』。
……なぜわたしは、二宮先生に声掛けされて、極度にヒヤッとするのか。
今のところは……オブラートに包みたくて。
オトナのズルいトコロ、なんだけども。