「戸部くん、今日もやや短縮版よ。1200文字程度を目指していくわよ」
「あっそ」
「ちょっと!? これ以上なくやる気無さそうな声ね!?」
「だって『やや短縮版』だし。エネルギー節約したいし」
「せっかくわたしが孤独な戸部アツマくんに電話をかけてあげたってゆーのに」
「なぜおれのフルネームを言った、葉山」
「あなたに敬意を払ってるのよ。……ねえ、まさかわたしの下の名前、忘却してないわよね」
「『むつみ』だろ。葉山むつみ」
「ありがとう憶えててくれて」
「なあ葉山よ。状況説明要るだろ。今回は地の文ナッシングなんだから」
「あなたにお願いするわ」
「愛が競馬場に招待されて、出かけてしまった。マンションの部屋におれ独りになった。せっかく休みの土曜日なのに、相方が居ない。どーすっかな……と思ってたら、おまえから電話がかかってきた」
「そして今も通話中である、と」
× × ×
「やっぱしパートナー不在は寂しいでしょ」
「あー。寂しいお留守番だなー」
「大丈夫よ。わたしが退屈させないから」
「アレだろ?? どうせ、愛が競馬場に行ってることに引っかけて、お馬さんについて喋り倒したいんだろ」
「どーしてわかったの」
「だれだってわかる」
「だったら、わたしは自分が生まれた年のダービー馬の話をするわ」
「『だったら』ってなんだよ、『だったら』って」
「2000年の日本ダービーの勝ち馬はアグネスフライトっていう馬なんだけど。皐月賞を勝ったエアシャカールとの接戦をハナ差で制して。エアシャカールには武豊、アグネスフライトには河内洋が乗っていたの。河内洋は武豊の兄弟子で、日本ダービーはなかなか勝てずにいて、悲願で……」
「そのカワチヒロシさんって騎手はまだ現役なんか」
「そんなわけないでしょ。武豊の兄弟子だって言ったじゃないの」
「そもそも武豊の現年齢が分からん」
「宿題ね。宿題にするわ」
「エーッ」
「……アグネスフライトは結局ダービーしか勝てなかったんだけど」
「まだ話に続きがあるんか」
「あるのよ。あのね、アグネスフライトの1つ下の弟が、アグネスタキオンっていう馬なんだけど。無敗の4戦4勝で皐月賞を勝って『三冠』が期待されてたんだけど、故障してダービーを走れずに引退してしまったのよ」
「じゃあ、アグネスフライトとアグネスタキオンは『おあいこ』じゃないか? どっちもG1をひとつしか勝てんかったってコトじゃねーか」
「なにを言うの戸部くん」
「オイ」
「アグネスタキオンのほうが断然強かったの。弟のほうが兄より優れてたの」
「なぜ言い切れる」
「宿題その2」
「……」
「アグネスタキオンのレース映像を全部見ること。4戦しか走ってないんだから、すぐに見終えられる」
「全部見ろって言ったって、どういう手段で」
「2001年皐月賞はJRAの公式You Tubeで見られるわよ」
「他のレースは?? 『新馬戦』ってあるだろ?? 新馬戦の映像とかはあまり残ってないんでねーの??」
「あっ」
「……図星なのか、もしや」
「無駄に鋭いのね、あなたって」
「おこるぞ」