「いつでもいい」って、戸部くんは言っていたけれど。
大事な大事な後輩のピンチ。
できる限り急いで、羽田さんのもとに駆けつけたくて。
それで――戸部くんからの電話があった翌日、わたしはお邸(やしき)を訪ねに行った。
× × ×
「葉山、調子はどうなんだ? ここに来るまでの道程で、疲れてないか?」
優しい戸部くんが気づかう。
「なんてことないわよ」
応接間のソファに座っているわたしは答える。
「メロンソーダ、あるぞ。キンキンに冷えてる」
「ありがとう。でも、お気づかいなく」
「飲んでいかないのか……アイスクリームも冷蔵庫にあるから、クリームソーダだって作ってやれるんだが」
「――羽田さんのお部屋に行ってから、ね」
「……そうか」
彼女の状態を確かめたくて、
「羽田さん、どのくらい弱ってる?」
と訊いてみる。
戸部くんは、
「弱りきってる。かつてないほどに。いままでも、落ち込んでたときはあった。けど、いままでとは……違いすぎる」
そうなのか……。
「……がんばりすぎちゃったのかもね。彼女」
「それは、言える」
「ケアしなきゃいけないっていう思いが、ますます強くなってきたわ」
「お願いする……」
「任せて」
× × ×
勉強机の椅子に腰かける。
うつむき加減の羽田さんを見やる。
できるだけ、できるだけ、穏やかな視線で。
羽田さんがポツリと口を開いた。
「謝らないと、って思って……。カモフラージュっていうか、なんていうか……『元気です』って、ほんとうと正反対のこと、葉山先輩に伝えちゃった。ごめんなさい。後悔してます、わたし」
後悔、なんて。
羽田さんには、まったく似合わない2文字。
「――わたしは少しも気にしてないから」
「ホントですか……? センパイ」
「過ぎたことでしょう? いまのあなたと、これからのあなたが心配なのよ」
「……」
「だから、わたしはいま、こうやってここにいるわけ」
「……」
降りてしまう沈黙。
……2分後、羽田さんが唐突に、
「……ダービーは残念でしたね」
「センパイの本命馬、掲示板にも載ってなかった」
あ~。
「狙いすぎだったわね、今年のダービー予想は。皐月賞の1番人気と皐月賞2着馬のワンツーなんて、馬単1点で良かったじゃん、って感じ。そのぶん人気サイドの配当だったけど」
…って、なにを語っているのやら、わたし。
「羽田さん。…わたしの趣味の話は、気が紛れる?」
小さくうなずく。
「じゃ、次のG1レースのことも、ちょっとだけ話してみましょうか」
「次のG1レースは、なんですか?」
「宝塚記念」
× × ×
「――語り倒しちゃったわね、お馬さんのこと。喉が乾いてきちゃった」
「あ、それならわたし、冷蔵庫から――」
ベッドから腰を浮かせようとする羽田さん、だったのだが、
「いいから、羽田さん。飲み物は、わたしが直接、冷蔵庫に取りに行くから。――あなたに負担をかけさせたくないから」
「れ、冷蔵庫に行くぐらいで、負担なんて」
「あるわよ。」
キッパリとわたしは言う。
「……」
うつむいて押し黙る羽田さんに、優しく、優しく、
「とにかく、休むこと。それが先決……忘れないで。わたしも、メンタル崩れてたときは、とことん休んでた。その甲斐あって回復できたから」
精一杯のいたわりの気持ちで、
「いま、横になっても全然いいのよ? 羽田さん」
と言う。
「……。
では、お言葉に、甘えて」
まだ遠慮がちだけど、わたしのアドバイスに従ってくれる羽田さん。
ベッドに横になって、クッションを抱えこむ。
…その調子よ。
「本棚、見せてもらうね」
…わたしの本棚よりたぶん大きい本棚。
面白そうな本が、いっぱい。
トキメキすら感じちゃいそうな、本棚。
背後から…弱々しい声で、可愛い後輩が、
「センパイ……。わたし、学年が上がってから、少しも本を読めてないんです……」
「……読書以外のことを、がんばりすぎちゃったのね」
「読書できないことも……ストレスでした」
「わかるわ、その気持ち」
「わかってくれますか……?」
「もちろん」
トキメキのラインナップの本棚を眺めながら……、
わたしは、「あること」を思いついた。